軌跡、そして…17



「ふっ・・・」
 ピチャンと水が跳ねる音の合間に、甘い吐息がタイルの壁に反響している。
 馬鹿みたいに豪華な部屋は、透曰くちょっとしたコネで借りられたらしい。格安割引にしてもらえたら大丈夫、そう笑う言葉は本当かどうか薫にはわからない。
 風呂も広いから一緒に入ろうと、無理矢理連れ込まれた浴室。
「ああっ・・・、んんっ」
 薫は壁に胸を押し付けられて、震える足を必死で踏みしめて立っていた。響く声が、恥ずかしいのに快感が強くて声は殺せない。
「薫・・・」
 耳元に唇を近づけていき、息を吹きかけるように囁く声にすら背中に痺れが走る。耳に軽く歯を立てられては身体がビクっと震えた。
「・・・もう・・・っ」
 薫の口から、切なげに漏れる言葉。
 洗ってやる。そう言われて泡まみれにされて、ここに立たされて指を入れられてからどれくらいの時間がたっただろう。たっぷり時間をかけて弄られて、もう溶けているのが自分でだってわかる。
 欲しくて、指を締め付けてしまうのも。
「薫?俺は洗ってるだけ、だぜ?」
 ――――機嫌、直ったと思ってたのに・・・っ
 どうやらやっぱりまだ腹の虫が納まっていないのか、意地悪スイッチが入ったままになっている透に内心毒づいたところで仕方がない。
「透、さん・・・っ」
「なに?」
 クスクス笑っている透のものだって熱くなっているのは、背中越しに伝わっている。なのに、指以外にくれないのは言わせたいから。
「・・・って・・・、お願い・・・っ」
 もう限界に欲しい。熱くて雄雄しいものに突き刺されて掻き回されたくて薫の腰は無意識に揺れ動く。4年、その味を味わってきたのだ。
 そんな薫に嬉しそうに目を細めて、透は肩にキスをして吸い上げて痕をつけていく。そうしながらも指は2本指したままで、中を洗うと称して擦り上げている。
 熟知したイイところは微妙に外して。
「ああ・・・」
 切なげな声が漏れる。
「欲しい?」
 透の声も、少し掠れていた。
「欲しいぃ―――」
 薫の声は、細く上げられて。その限界を滲ませている。
「浮気は、しないな?」
 ――――そんな事・・・・・・・・・っ
「っない・・・」
「お前は、俺の物だ」
 心が、震えた。
「一生」
 鷲づかみにされた。
 閉じた瞳から、涙が零れ落ちた。
 嬉しくて悲しくて、苦しくて切なくて。どれのどの思いかわからない涙。いつの頃からか、泣くのを我慢するのを下手になったと、頭のどこかでそんな思いが浮かび上がる。
「ああっ!」
 指が荒々しく抜かれて、熱い切っ先が押し当てられてグッと入ってくる感覚。見知った、馴染んだ感覚に薫は背中を震わせる。中を擦り上げて押し入って、腰に回された腕にぐっと引き寄せられて奥まで来る。
「―――っ!・・・はぁぁ・・・」
 自分の体重分少し深く入った薫は、胸を上下させて息を吐く。
「すっげー、締め付けられるぜ?」
 言わないで、と薫は首を横に降る。
 胸に置かれた手をいたずらに上下されて、乳首をつままれて薫の足が崩れ落ちそうになる。
「しっかり立ってろよ」
「無、理・・・」
「出来るって、ほら」
「あああっ―――!!」
 透は促すように腰を揺すって薫を立たせようとする。その刺激に、薫からはドロっと先走りがこぼれて、ひっしで目の前のタイルの壁に爪を立てる。
 好きで。
 好きで好きで、好きで、どうしようもない人。この人との今の時間を想うだけで、切なさに苦しくて、薫は泣き叫びたい衝動に駆られる。
 そんな事、出来ないとわかっているのに―――――――
 困らせる存在にだけは、なりたくないから。
「もう・・・、動いて―――っ」
 今はもう何も考えられないくらいに無茶苦茶にして欲しい。快感に泣き叫んで、この想いを誤魔化せるくらいに。
「いいぜ?」
 声も何もかも、全てが好き。
「ああっ・・・、ひゃ、あああぁぁぁ・・・・・・」
 透が薫の腰を掴んで、後ろから大きく打ちつける。お互いに見知った、分かりきった身体。どこをどうすれば感じて、どこをすれば焦らせるかなんか分かりきっていた。
「んあぁ・・・っ、ぁぁぁ・・・」
 前に手を回して、少し擦れば薫の腰は一層跳ねる。
「あああ―――、とお、る・・・さん――――っ」
 名前を呼ばれる、その声にドクっと反応して大きくなって。もう焦らしている余裕もなくなって透は思いっきり腰を打ちつけた。
 愛しくて、愛しくて、ただ愛おしい人。
 ――――お前は、何を考えてる?
「ひっ・・・っ、ああああっ!!」
 中を抉るように掻きまわして、突き上げて。薫の1番の最奥をガンガン攻め立てた。手の中の薫はもうぬるぬるになっている。
 締め付けもキツくなって。
 透は無理矢理薫の顔を後ろに向けさせて、噛み付くように激しくキスをした。獣の様に舌をねじ込んで中を蹂躙して。その舌に歯を立てやった。
「・・・っ!!」
 薫のくぐもった声が漏れる。
「薫・・・」
「っ、ぁぁぁ・・・もうっ、―――――イクっ」
 薫の嬌声。透の掠れた声。
 濡れた空間には二人の息遣いしかない、今。
「ああ、イケ」
 透はそういうと、ギリギリまで引き抜いて、奥まで押し込んで腰を回す。
「あああぁぁぁ―――、イッ・・・あああああっ!!」
 その刹那透の手の中に薫の精が放たれて、透も奥に出す。

 快感に弛緩する身体を透は後ろから強く、抱き寄せた。
 今はただ、通わない想いを埋めたくて―――――――――





 風呂場でのセックスの後、"俺のを持ってきておいた"と出された透のスーツを着せられた薫は、ホテルの最上階へと連れて行かれた。
 目の前の壁一面の窓からは眼下の夜景が一望出来る。店内は、静かで。その中にピアノの音色が穏やかに響いていた。
 しかも透と薫のいるこの場所は個室で、その上場所はは高級フレンチ店。
 目の前に出される料理が一体いくらなのか、薫は知らないし聞くのも怖い。まぁ、透の性格からそういう事を聞かれるのを良しとしないのは知っているから口にしたりはしないが。あまりに呆気に取られた薫の様子に、コネだから大丈夫と苦笑して慰めてはくれたけど。
「ん、うまい」
 レアに焼かれた和牛ステーキを口に運んで透は思わず呟く。掛けられた赤ワインを煮込んで作ったソースも絶妙だ。
「美味しいっ」
 薫のその口の中で溶けていく感触に思わず目を見張った。
「良かった。薫に喜んでもらえて」
 そう言って口をつけるグラスは、流石にワインとはいかない。二人が未成年なのは明らかなのだから。
「・・・僕は、・・・」
 透さんと一緒ならどこでもいい。その言葉を、今の薫は発することが出来なくて、言いかけた声が途切れた。
「ん?」
「・・・いえ」
 だから今はただ無言で首を振る。何?という透の優しい視線が苦しくて。自分が間違っていることを突きつけられる。
「早くおおっぴらに酒の飲める歳になりたいな」
「どうしてですか?」
「そしたら行きつけのバーとか見つけて、薫とそこで飲むんだ」
 ――――未来?
 透との、未来。それを想像するのは薫には難しい。
「わざと薫一人にして、ナンパされたらお仕置きする」
「はぁ!?僕、がされるんですか?」
「そう」
「ナンパされた側なのに?したわけじゃないでしょう?」
「フェロモン出した罰」
「なんですか、それ」
 透のかなり親父の入った発言に薫は思わず笑ってしまう。第一、そんなところで一人になんてさせてくれないくせに。
「お仕置き、何にしようかなぁ」
「先の心配しすぎですよ。僕がお酒飲めるようになるのは4年後・・・ですよ?」
 ――――4年後。
 その単語に思わず声が途切れてしまった。
「なんて顔してる」
 透の声が、まるで幼子をあやすかのような響きになる。
「どんな、顔ですか?」
「泣きそう」
「まさか」
 ――――そんなはずはない。僕はこれでもポーカーフェイスに定評はあるのだから。
 けれど薫は変なところで抜けている。薫が透の小さな変化に気づけるように、透だって薫の密かな表情の変化を見逃すはずが無いってことを。
 そこへウエイターがやって来て、二人の皿を下げにやってきた。綺麗に食べられた皿を持って静に下がっていく。後はもうデザートだけだ。
「俺の卒業祝いは、薫のBarデビューかな」
「・・・っ」
 何も言えなくて、薫は無理矢理にぎこちない笑みを作った。
 思わず俯いた薫を、透は笑みを消した瞳で見つめていた。それは一瞬、突き刺さるような冷ややかさを含んでいたけれど、ふっと窓に視線をやった時にはそんな空気は消えてしまっていた。
「失礼致します」
 そこへ戻ってきた給仕は、大層豪華なチョコレートケーキを乗せたワゴンを押して来た。そのあからさまな感じに薫は思わず赤面してしまったのだが、透はいたって涼しげな顔で見つめていた。
 給仕は二人の目の前でチョコレートケーキをとりわけ、さらにその上にお酒を混ぜて溶かしたチョコレートソースをかける。皿の周りにはふんだんに果物が盛られ、2種類のアイスまで添えられて、飴とチョコレート細工を飾ってサービスされた。
 ――――凄い・・・
 ケーキ自体はほどよい大きさなのだが、そのデコレートが豪華で凄く綺麗なのだ。
「こちらは当店よりサービスでございます」
 そう言って置かれたグラスには、このデザートに合う特別のノンアルコールカクテルが置かれた。淡いピンクの色がなんとも言えず綺麗だった。
「ありがとう」
 透のその言葉に軽く頭を下げた給仕が、スッと扉の向こうに姿を消していった。







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