軌跡、そして…21
透は何も言わず無言で薫の腕を引っ張って、真っ直ぐ目的地へ向けて空港内を歩いた。チェックインは済ませてあると書かれた手紙とともに入っていたカードキー。 無言で腕を引かれる薫の顔は、幾分青くなっていて唇を噛み締める。 入った部屋は最上階に近い、空港の見える、どう見ても広い部屋。スィートまではいかないまでも、かなり広い部屋にダブルベッド。 そのダブルベッドに、透は薫を投げるようにして手を離した。反動で薫はベッドに倒れこむ。 「・・・・・・」 慌てて見上げた薫の視線の先には、一切の表情を消した透が仁王立ちしていた。 「・・・、飛行機・・・」 我ながら間抜けだと思うが、薫の口からはそんな言葉が漏れた。 「もう手遅れだ。俺の荷物だけが行っちまったな」 「・・・ごめんなさい」 「そんな事は謝らなくていい」 思わず俯いた薫に落ちてくるのはそんな言葉。 薫は何を言って良いのかも分からなくて、唇を噛み締めたまま俯いた。泣きそうなくらい怖くて、何故こんな事をしてしまったのかと思う。 けれど、想いを止めることが出来なかったのだ。 「――――ごめんなさい・・・」 それしか言えなくて。そんな薫の頭上に透のため息が漏れた。 「唇を噛むなって」 透の指が薫のあごにかかって、無理矢理上を向かせる。 ――――っ!! 「ごめんなさいっ」 見上げた透の顔はもう怒ってなくて。しょうがない奴だと、いつも見知った優しい暖かい眼差しがあって。その顔を見た途端、薫の瞳から溢れるように涙がこぼれ出した。 そんな薫を、透は隣に座って抱き寄せた。頭を引き寄せて顔を肩に埋めさせると、薫は堰を切ったかのように腕を伸ばして透に抱きついた。 そんな薫の背中をゆっくりさすってやって、透の口からは苦笑がこぼれる。 「ったく。お前は何をしたかったんだ?」 「っかんない――――っ」 本当に、何をしたかったのだろう? ただ1日くらい、自分の所為で無駄にさせてみたかった。 「なんだよそれは。・・・まったく。もうちょっと分かりやすく拗ねろよ」 くすくす笑って、薫の耳に軽いキスを落とす。 「拗ねる?」 透の言葉に薫は顔を上げて、わからないと言いたげな瞳を向けた。その瞳はまだ濡れていて、瞼は赤くなっていた。 その瞼に、ついばむようなキスをする。 「拗ねてたんじゃないのか?」 ――――僕は、拗ねていたのだろうか・・・? 薫は首を傾げて自問自答してみる。けれど、答えはよくわからない。別に拗ねていたわけじゃないと思う。 ただ、―――――― 「・・・怖かった」 「何が?」 優しい声に、心が揺らぐ。不満を、不安を、言ってもいいのだろうか?この人に――――― 「薫?言って」 その口調はどこか、薫の言いたいことが分かっているような感じもする。けれど、透は薫の口から聞きたかったのだろう、その甘い言葉を。 「いつか、僕は邪魔になると思うんです」 「邪魔?」 「透さんの将来にとって、邪魔になると思うんです。男の恋人なんて、・・・・・・今日だって、僕の所為で飛行機に乗れなかったし」 「薫、一つだけ訂正していいか?」 「はい?」 「恋人じゃなくて、奥さん。男の奥さんね」 今ここで笑顔でそういう透は、どこか次元がすれている気がする。薫もなんと返して良いのか、返答に困った奇妙な顔をしていた。 「それに薫だって、かわいい奥さんじゃなくてかっこいい旦那様がいるってバレたらやばいのは一緒だろう?跡継ぎって意味じゃ同じだ」 「それは・・・諦めてもらいます」 ――――お爺さまは絶対言えないけれど。この人とは秤に掛けれるものではないから。 「いいのか?」 「はい、それはいいんです」 「それは?」 「透さんは、いいんですか?本当に、本当にいいんですか?将来、僕がきっと邪魔になる時が来ても、僕はきっともう諦められなくなる。そして貴方を困らせるかもしれない。けど――――今なら・・・、今ならっ」 「今なら俺を捨てれる?」 「捨てるなんてっ!」 ――――そんな事っ 「一緒だろ?見えもしない、ありもしない将来を不安がって俺を捨てようとしてる」 「うわ・・・っ!?」 透はそういうと冷たく怒った瞳のままに薫をベッドに押し倒した。 「お前がいないなら、アメリカだって行こうとは思わない」 ――――・・・え? 「え・・・?」 今、なんて? 「お前がいるから。薫と一生一緒にいたいから、行くんだ。4年ただ学生生活なんか送るつもりはないぜ?親父はこれ幸いに向こうの会社関係者との交流を持てって言ってるし、それを利用させてもらう」 「――――」 「向こうは同性愛も認められてるし。カナダじゃぁ結婚だって出来るぜ?別に窮屈な日本にしがみついてなくてもいい」 「だって・・・会社が・・・」 「親父が俺を認めるなら継いでやってもいいけどな」 「そんな――――っ」 なんて言い草。 「じゃぁっ―――!そう言ってくれればいいじゃないですかっ」 なら、こんなに悩まなかったのに。 「何言ってるんだ。薫だって何も聞かなかっただろう?アメリカに留学するって言ったら、おめでとうございますって笑って言ったくせに」 「だって――――っ」 ――――それはきっと、透さんにとって良いことだと思えたから・・・・・・ 「だってじゃない。言いたいことも言わないで溜め込んで、一気にこんな爆発するんじゃない」 「・・・爆発、なんて」 「ま、かわいい恋人にごねられるのは良いモンだけどな」 透はそういうと、薫の唇にキスをする。 「ま、待って・・・」 どうやら何か意図を持ったらしい手の動きに薫は焦った声を上げる。 「んー?」 「ホントに、僕でいいんですか・・・?」 この期に及んでまだ言うか、と透は声をもらして、いつの間にかはだけさせていた胸元からリングを手に取る。 「婚約指輪って、言わなかったか?薫は受け取ったんだから、勝手に俺を捨てたら婚約不履行で訴えるぜ」 そうして透は、チュっと指輪に口付けた。 「・・・ばか」 「ばかはお前だ」 もっともである。 透は今度は薫のデニムパンツに手をかけて、ファスナーを降ろしていく。 「待ってっ」 「まだあんのかよ」 そういいながら手をとめる気はないらしく、デニムパンツに手を入れて内腿を撫でる。 「っ・・・、透さん」 「質問なら早く言えよ」 どうやら透は完全に辞める気がないらしく、どんどん勝手に脱がして行く。 「―――っ、・・・綾乃は、なんで?」 パンツの上から中心を撫でられて、薫は思わず息を詰めた。 「ん〜あ、濡れてきたな」 「や、って」 指でじわじわ刺激されて、薫は自分でも堅くなっていくのがわかる。 「夏川には卒業式の日、頼んでおいたんだよ。今日、薫を見張っててって」 「な・・・っ、でっ?」 透の舌が、薫の腹をペロっと舐めた。 「薫が何か考えてるのはわかってたからな。もし何かするなら今日かなーと」 「お見、通し・・・か――――ああっ」 腹から舐めていた舌先が、胸に届いてカリっと歯を立てられた。剥がそうと透の肩にかけていた指はすでに目的を忘れて、ただすがり付いている。 「ああ。だから、ずっと俺の手の中にいろ」 それは傲慢で不遜な台詞。けれど、薫の背中は甘美に震えた。 「一生、大事にしてくれますか?」 「ああ」 「捨てたら――――許さない」 「ああ」 「浮気したら、―――――許さないから」 「絶対しない」 「絶対?」 「絶対だ」 透はそのまま薫の唇を塞いだ。もう言葉は要らないという様に。 |