軌跡、そして…6
最初に自覚したのは、いつだったのだろうか? その顔と名前をはっきりと認識したのは、小等部で次期生徒会長に選ばれた時だった。小泉会長から挨拶するように言われて立ち上がった俺を、あいつはキツ瞳で見ていた。 その顔には、不満ですとありありと書いてあって。 ――――小泉会長、彼は? 会議のお開き早々、部屋から出て行こうとしている薫の背中を指さして聞いた。 ――――ああ、2年の樋口薫だよ。真面目でソツないけど、ちょっと堅そうな奴だぜ。 小泉は興味なさそうにそう言ったが、俺は直感的に面白そうな奴だと思った。 軽く調べて知ったのは、1年の時もクラス委員をやって、幼等部でも同じような役割をやっていたこと。成績・スポーツともにトップに立つ事はないが常にトップクラスにいて、真面目で隙がない。誰とでも仲良い変わりに、特定の誰かはいない。親はじーさんから続いた弁護士一家。このじーさんが随分昔堅気というか、横柄というか厳しいと言うか、まぁ俺の嫌いなタイプだった。父親は仕事に忙しく、母も趣味に忙しく、樋口はわりとほったらかし。 その時はなんとなく、ありがちだなぁ・・・くらいだった。あまり接点も無くて、俺の興味はそれ以上進まなかった。 けれど、3年になって翔と同じクラスになって。やっぱりクラス委員に選ばれた樋口と顔を合わした。 その時もやっぱり俺が会長なのが不満そうで、変わらない頑固さが思わずおかしくなって。 しゃべりかけたら、やっぱり嫌そうで。 こりゃぁもう落とすしかないな、なんて俺はガキながら思ってたんだ。たぶん、ムキになってたんだろうな、今にして思えば。俺に対して反抗的な態度の、その鼻っ柱をへし折ってやろうじゃないか、そんな感じ。 そうと決まれば戦略を立てて、とりあえず俺は積極的に話しかけた。こっちに気を向けさせなければ話にならないからな。明るく優しく接して、どんどん心を開かせていくわけだ。実際その作戦は順調だった。 けれど、俺はしゃべればしゃべるほど樋口がわかんなくなった。 優等生なのか、ただの不器用なのか。 ただ、まっとうに真っ直ぐに、与えられた役割を必死でこなそうとしている様に見える姿が、少し苦しそうに感じたのは、一体何の時だったのか。 そんなに頑張らなくてもいいぞ、そう言ってやりたくなった。 そしてあの遠足。 行方不明ですって連絡を受けた時は、あの樋口が!?って信じられなかった。ありえねぇと思ったけど、浮かべた笑顔が引きつったのは自分でもハッキリ認識した。 その後、樋口君だけ荷物がそのままなんですって聞かされて。 足元がグラついた。 いや、グラついたなんてもんじゃなかった。地面が、無くなったみたいだった。奈落の底に落ちて行くみたいな、あんな思いをしたのは初めてだった。 気分が悪くなって胃が痛くなって。あれで寿命が10年は縮んだ。 翔たちと一緒に見つかったって聞いた時は、翔には悪いけれど、真っ先に樋口の顔を見たいって思った。 交番で青ざめた樋口を見た時。 俺はわけもわからない衝動に駆られた。 ――――今ならわかる。 あれが恋に落ちた瞬間だったって。 あの時、本当は俺はまっすぐ薫に近寄って。なりふり構わず抱きしめたかった。 薫のじーちゃんがやって来て、薫を殴ろうとした時。頭で考えるよりも先に身体が動いた。それもまた俺には珍しくて。じーさんに向かって口答えしてる時も、全然言葉を考えてる余裕とかなくて。ただ、無我夢中だった。馬鹿なガキみたいに、内心凄いドキドキで。 ぎゅっと握ってくる薫の手に、震えてるのがバレるんじゃないかとさえ思った。 でも、あの事件のおかげで薫とは結構仲良くなれて、薫も普通にしゃべりかけてくれるようになったのは俺にはラッキーだった。 俺は薫にもっと傍にいて欲しくて、薫が3年の秋。生徒会引継ぎの時に会計にした。 そしてその後、自分の後を任せたいのは薫だけだと決めて、薫を生徒会長に任命した。それまでは間違いなく、俺達はうまくやれていた。 ――――と、すると・・・ 「やっぱあれが、まずかったのかなー・・・」 はぁーと、透は思わずため息をついた。 卒業式の日。離れ離れになる寂しさと、梅の木の下で笑う顔が可愛すぎて。我慢出来ずにキスをした。 するつもりなんか、なかったのに。 まだ、今はいいと思っていたはずなのに。 自分自身が、自分の行動に驚いて。 言葉も見つけられずに、薫から離れた。 ――――いや、違う。 俺は、ただ俺を忘れて欲しくなかったんだ。 だから、強烈に記憶に残したかった。きっかけが欲しかった。先に進むための、俺を意識させるためのきっかけ。キスの意味を2年考えればいいと思った。もし、知りたくなったら俺を訪ねてくるかもしれないと、そんな期待もあった。 まだ、好きだというには、子供過ぎて。その言葉を口にする勇気だけがなかった。 だから、キス。 「・・・」 つーか、順番おかしいよな。普通告白して、キスだよな。 「だから怒ってるのか?」 答える人のない呟きが、空気に溶けて消える。 薫は考えたのだろうか? キスの意味を。 俺に答えを求め無いのは何故だろうか?もう、お前の中で、俺の望まない答えに辿り着いてしまったのだろうか? 『遊びに付き合うつもりはありません』 ――――それが、答えなのか? つーか、遊びってなんだ? ・・・・・ ゴールデンウィークを5日後に控えた土曜日。 学校は休みなのだが、その日の正午より少し前正門には20人ほどの生徒が集まっていた。 「結局華なんだ・・・」 英明がゲンナリしたように呟いた。それもそのはず、透の腕には今抱えきれない程の薔薇の花束。 「止めたんですけど」 そう言うのは、昨夜一方的に今日買い物に付き合えと言われて電話を切られた薫。ここまで歩いてくるだけでも、相当恥ずかしい思いをしたのだろう。その顔は赤く染まっている。 「何言ってるんだ。女にあげるには華が1番だろう」 どう考えても、女ったらしのような台詞を吐くのは透だ。 「まぁもういいけどね」 「そうですよ、遅刻したら大変ですから行きましょう」 透の言動に諦めたのか、英明と書記の堂坂が促した。 今日は、桔梗ヶ丘女学院との定例交流会なのだ。20人ほどというのは、生徒会役員とクラス委員達だ。それが、歩いて20分ほどの距離を並んで歩く図は多少壮観とも言える。 道路に広がるわけににはいかないから、きっちり2列に並んで歩く様はよく出来ました、と言うところだろう。必然と先頭になる透の横に薫がいる事に、誰も違和感を感じ無いのは、そのセットが回りから見れば当たり前になっているからだろう。 それに気づかないのは薫と、面白くないのは倉田だけ。 桔梗ヶ丘女学院は、白基調の校舎にイングリッシュガーデンが美しいので有名だった。深い緑色の門をくぐると、ちょうど向かえに出ていたらしい生徒がいた。 「本日はお招きありがとうございました」 透は、薔薇の花束を薫に押し付けて。優雅な仕草で出迎えの女生徒に挨拶をすると、女生徒はぽっと頬を赤らめて俯き加減になりながら、透らを体育館の方と誘導した。 体育館には座り心地を考えたのか、ゆったり座れるソファイスが20席用意されていた。 「会長は今日の日をとても楽しみにしてましたの」 「そうですか」 他の女生徒がいないことを見ると、どうやら桔梗ヶ丘女学院生徒会全員が舞台に参加しているらしい。たぶん、演劇が出来ない者もいただろうに。 「では、期待してみさせていただきます」 「はい。すぐに始まりますので、お待ちください。ご挨拶はその後にと」 「わかりました」 透がそういうと、女生徒は優美に頭を下げて体育館を出て行った。彼女はたぶん、裏方なのだろう。 それを見送って、透は中央の席に座る。 「樋口、華は?」 「後ろに置いておきました。抱えて見るわけにもいきませんし」 「さんきゅ」 笑って言って、透が薫を隣に座らせようとすると。 「あの、僕背が低いんで、前で見てもいいですか?」 倉田が薫を押しのけて透の横へ座る勢いで前にやってきた。 「ああ、どうぞ」 その倉田に透は軽く笑ってそう言うと、わざわざ薫の腕を取って隣に座らせた。 「っ!」 「あ・・・」 驚いたのは薫で、悔しそうに声を漏らしたのは倉田だった。もう一方の隣には、当然副会長の英明が座る。一瞬立ち尽くした倉田は、悔しそうに口を歪めながらしょうがなく薫の横に座った。 「こんな柔らかな椅子だと、寝そうだね」 透は薫に耳打ちするように言う。その態度に、薫は鈍感ではない。 「ですから、僕を巻き込まないでください」 「それはしょうがないだろう?」 「何が・・・っ」 抗議を口にしようとしたとき、透の眉が寄せられた。 「なん、ですか?」 「なんか樋口、ちょっと熱っぽくないか?」 「え・・・」 いいえ?と、薫が首を傾げてさらに言葉を続けようとしたのだが、ちょうど体育館のライトが落とされて辺りが暗くなっていってしまう。 舞台の始まりだ。 こうなってはしょうがないと薫も透も諦めて。目の前の舞台に集中する事にした。特に薫は、透と違いこういった演劇を見る事は嫌いではなかった存分に楽しんだ。 2時間半後。 「素晴らしい舞台でした」 本気かどうかはこの際置いておいて、透はそう言って用意しておいた抱えきれないほどの薔薇の花束を、桔梗ヶ丘女学院の生徒会長山園へと渡した。 「ありがとう。あなたはつまらなそうだったけど?」 山園の言葉に透は笑みを浮かべて肩をすくめた。この山園が生徒会長に選ばれることも初めてではなくて、透とは顔見知りと言ってもいいだろう。学年も同じで気も合うのだろう、その口調はお互い軽やかだ。 そして、遠慮もない。 「薔薇の花っていうのも貴方らしいわね」 「似合うと思ったんですが。(綺麗で棘があるところなんか)」 「あら、ありがとう」 男女のほのかな甘さや優しい空気と言うよりは、どちらかというと男同士に様な空気に、生徒会役員は慣れた物。 「樋口君も、お久しぶり。2年ぶりね」 「お久しぶりです」 「こうやってると、中等部と同じ顔ぶれねぇ。来年は生徒会長でしょう?うちもたぶん変わらず、あの子よ」 山園がそう言って指し示したのは、現2年でこちらは副会長。薫と顔を合わしてお互い軽く会釈を返す。 そこへ、最初に透たちを案内した女生徒がやって来て、部屋へご案内しますと告げたのだった。 |