雪人が最強?・前


 今年も、綾乃と雪人は松岡の大掃除を手伝いながら冬休みの宿題をするという年末を過ごしていた。
 南條家はそれでなくても広いので、半分くらいは業者が入る。庭の芝刈りや屋根の掃除。大きな窓ガラス、豪華なライト、高い門扉など綾乃や雪人には手に到底負えない物を多いからだ。
 豪華なカーテンや絨毯なども一切合財業者行きだ。
 雪人と綾乃は絨毯のなくなった床や、壁、廊下やお風呂、自室は当然だが、階段を拭いたり玄関を掃除したりと、自分たちの出来る範囲を少しずつ小分けして3日で松岡に言われた分を掃除し終わった。
 31日は朝からお正月の御節作りの手伝い。ご褒美にと、胡桃餡のつきたてのお餅を、南條家の中で誰よりも早く味わわしてもらって、さらに二人はご機嫌にお手伝いをした。
 松岡お手製の餡はとってもおいしくて、段々口が肥えてきているのが綾乃の最近の悩みの一つでもあったりする。
 それはさておき、松岡は今凄い量の御節に下ごしらえをしていた。というのも、1月3日には身内だけの集まりがあるとかで、その分も兼ねていたからだ。
「凄いですねぇ・・・」
 こんもりと盛られたかまぼこや、黒豆煮、椎茸煮、下味につけられた数の子や、煮られたとこぶし、鯛の子、牛肉八幡巻、程よく焼けたさわらの西京焼きからは香ばしい香りも漂ってくる。仕上げられた煮しめや、甘い伊達巻などの他にも、綾乃や雪人用にと鳥の竜田揚げや、鴨のロース、栗きんとん等も並び、それはもう所狭しとテーブルの上に並んでいた。
 その他定番の紅白なますに、田作り。形ばかりのくわいも用意されているのだ。
 冷蔵庫にはしめ鯖や、これから焼かれる海老や鯛もスタンバイだ。
「そうですね。3日の日は、総勢で30名さまほどですが、お集まりになりますからねぇ」
 料理が足りないとあっては、それこそ問題だ。それでなくても口うるさいのが集まるのだから松岡も神経を使う。
「それ、僕も行くの?」
 つまみ食いした竜田揚げをもぐもぐしながら、雪人は松岡に尋ねた。
「そう伺っていますよ。社長や奥様を始め、ご親戚の方々が一同に揃いますからね。昨年も行かれませんでしたか?」
「行った」
「では今年もご出席を」
 当然の様に言って、松岡はその視線をまた手元に戻して慎重にかまぼこを紅白に並べていく。
「んー・・・それって、綾ちゃんは行かないんだよね?」
「僕!?もちろんっ」
 お重に綺麗に並べられるその手さばきに見とれていた綾乃は、いきなりの雪人の言葉にビックリして、言葉が変に跳ねてしまった。
「綾ちゃんだって、家族なのに・・・」
「雪人くん・・・」
 雪人の言葉に言いようのない感動が胸に押し寄せてきて、綾乃は目頭が熱くなった。そんな風に、ちゃんと思っててくれたんだ・・・と、嬉しくて仕方がなくなるのだが。雪人の言葉の意味は、どうもそれだけではなかったらしい。
「・・・ずるい」
「ずるい?」
 続く言葉に、綾乃は再度驚いてしまった。家族で、ずるいとは一体どういう意味なのか、さっぱりわからないのだ。
「僕も行きたくないのに、綾ちゃんだけ行かないでいいのなんて、絶対ずるいよ!」
 なるほど。どうやら雪人はその集まりに行きたくないらしい。しかし、今度はその理由が綾乃には見当がつかない。
「どうして?みんなと一緒だし、おいしいものも一杯食べられるよ?」
 小学校5年の雪人を、食べ物でなだめようと試みている綾乃は少し甘い気がしないでもない。
「お父さんやお母さんだって、一緒でしょう?」
 綾乃の言葉に雪人は少しうっと言葉に詰まるが、すぐに不満そうに口を尖らした。
「だって、みーんな勝手なことばっかり言うんだもん」
「え?」
「子供は元気なのが1番だからしっかり遊びなさいって言ったくせに、勉強しなきゃいけないとか言ったりするし。雅人兄様がいるから安心って言ってみたり、男3人は危険だって言ってみたり」
「雪人様」
 黙って聞いていた松岡が、雪人の発言に驚いたように声を上げた。松岡にしても、雪人のその言葉は予想外だったのだろう。そんな事があったことも、さすがの松岡も知らなかった。
 きっと、周りに誰もいないところで密かに言われた言葉に、雪人は少なからず心を痛めていたのだろう。
「なんか、嫌な感じがいっぱいするもん」
 素直な、率直な雪人の言葉に綾乃は思わず言葉を失った。子供子供している様に見えても、回りの見る目には敏感で、雪人は雪人なりに感じるものがあるのだ。まだ小学生なのに、そんな大人の都合に振り回されている。
 拗ねたように唇を尖らして足をぶらぶらさせるその姿は子供っぽいのに。そのまま子供のままではいさせてくれない、大人がいる。
 綾乃はなんとも言えない切なさを胸に仕舞い込んで、そんな雪人の前にしゃがみ込んだ。
「雪人クンは雅人さんの事好きなんだよね?」
「うん」
「直人さんの事も好きなんだよね?」
「うんっ」
 元気に笑顔で返事をしてくれるのが、返って切なさが募る。
「じゃぁー大丈夫。その気持ちが1番大事なんだから、他の大人の言う事なんか無視しちゃえばいいんだよ!」
 雪人の膝に手を置いて、笑顔を浮かべて覗き込んだ雪人の瞳はそれでも少し揺れていた。
「・・・雅人兄様や、直人兄様は、・・・ホントに僕のこと好きかな?」
「当たり前でしょ!!そんな事言われたら二人とも落ち込んで泣いちゃうよ?」
 あんなに目一杯かわいがって見えるのに、雪人の言葉に綾乃は驚いてしまう。こんなにも愛されているのに。こんなにも大切にされているのに、何を不安に思うことがあるのだろうか。
「・・・だって」
「だって?」
「そんなの、見せ掛けだって・・・」
「なんですって!!」
「「えっ!?」」
 雪人の言葉に、ダイニングの入り口から大きな怒った声が突然聞こえてきて、雪人と綾乃はビックリしてそっちを見ると、そこには怒りに額をヒクつかせていた雅人がいた。
「雅人さんっ」
「雅人兄様!?」
 今はまだ夕方の5時という時間。残務処理で呼び出されたのは昼なのに、こんなに早く帰ってくるなんて。
「誰ですか、そんな馬鹿なことを言う者は!」
 雅人は怒りが押さえきれない声でそう言うと、もう抱きかかえるには重いはずの雪人を抱きかかえて強く抱きしめた。
「私は雪人が大好きですよ。大切な大切な弟です。それは直人だってそうです。大好きなんですよ?」
「・・・うん」
「そんな悲しいこと、言わないでください」
「ん」
「僕も、雪人君の事は大好きだよ!!」
 少し悲しそうな顔をしていた雪人が、雅人に抱きしめられて綾乃にも声をかけられて、やっといつもの笑顔に戻って頷いた。
「うん」
 そんな雪人の頭を、雅人がぐりぐりと撫で回すと、髪がぼさぼさになってしまって雪人がきゃはははーと笑い声を上げた。
「雅人兄様おかえりなさいっ」
 そして、少し照れたように笑って、ぎゅっと雅人に抱きついた。
「ただいま帰りました。すいません、遅くなりましたね」
 本当なら大晦日はお休みにするはずだったのだが、くだらない雑務が残ってしまい出かけていた。
 それを、猛スピードで片付けてやっと帰って来たのだ。
「お手伝いしていたのですか?」
「うん。この竜田揚げすっごいおいしいよ」
「へー、それは明日が楽しみですね。で、今夜の夕飯は?」
 もう味見済みな雪人に笑って、少し空腹を感じる雅人は催促のように夕飯のメニューを松岡に尋ねた。
「今夜はお鍋にします。良い河豚を取り寄せましたので」
「それは楽しみですね」
 松岡の言葉に、雅人は思わず嬉しそうに笑った。河豚は好物なのだ。松岡の事だから、から揚げもつくかもしれない。
「おさしみもあるよ〜」
「てっさもあるんですか?」
「はい」
「あ、雅人さん嬉しそう」
 綾乃の指摘に、少し照れたような顔で綾乃を見ると、綾乃はそんな雅人を見てくすくすと笑った。
 雅人はその指摘の照れ隠しに、少し拗ねた仕草をわざとして椅子にどかっと腰を下ろして、お茶が飲みたいとぼやいてみると、手の開かない松岡に替わって綾乃がお茶を運んで来てくれた。
 夕飯までにはまだ少し時間がある。
 松岡はとりあえず一の重だけでも終わらせるべく、せわしなく手を動かして、綾乃と雪人はそんな松岡の手が並べる綺麗な重箱を見つめていた。
 雅人はそんな二人を見つめながら、新聞を広げる。
 夕飯は7時頃からになりそうだと雅人は思いながら、まぁ定番の紅白でも見ながらゆっくり食べればいいかと考えた。広げた新聞には、今日の出順が書いてある。
 綾乃がマツケンサンバを見たいと言うと、雪人はあややが見たいと言い出した。雅人は、今年は豪華衣装が見られないのかと少し残念思い、気になるところの違いに年齢を感じて、少しショックを覚えたのは、二人には内緒の事。



・・・・




「あんな事、雪人君が言うなんて・・・」
 綾乃はベッドに横になりながら、傍らで眠る雪人の寝顔を見ながら小さく呟いた。
 年を越すまではとがんばって起きていた雪人も、12時を回るとすぐに眠ってしまった。朝から手伝いをしたりはしゃいだりと忙しくしていたらか、12時まで起きていられた事のほうが凄いくらいだろう。
「本当に・・・」
 雪人を挟んでベッドに横たわる雅人も、ため息を混じらせた声で呟いた。
 親戚といえども、利害が絡み立場が絡む間柄。ましてや雅人や直人と、雪人とでは母親が違う上に、今の社長婦人は雪人の母親なのだ。そんな複雑な環境が、周りの興味と好奇心を煽っているのだろう。
 今は雅人が南條家を継ぐものと思われていても、雪人が大人になればわからない。それが周りのもっぱらの評判だった。
 ――――それをこんな子供ににおわすなんて・・・
 雅人は苦々しい思いで、顔を曇らせた。何も知らずに大人になってくれればいいという願いは、こうも簡単に裏切られる。
「雅人さんも、大変?」
「私は大人ですから」
 雅人は笑って首を振る。
 もう、そんな口さがない言葉で傷つく年代はとうに過ぎた。肩をすくめて無視するだけの立場もあれば、余裕もある。
 そんな思いを表すような、雅人のどこか冴え冴えとした横顔を、綾乃は少し複雑な思いで見つめていた。
「明日には直人も戻って来るようですから、久しぶりに集まっての団欒ですね」
「うん」
 無理矢理に話題を変えようとする雅人に、綾乃も何も言わずにただ返事を返す。
 直人は、ホテルの方で年越しイベントなどがあるとかで今日は帰ってはこなかった。
 そんな理由をつけて、最近は中々家に寄り付かなくしているのを、雅人だけが感じていた。いや―――松岡も分かっているのかもしれない。
「綾乃」
「はい?」
 少し雅人の声のトーンの変わった。
「3日には、両親も顔を出すと思います」







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