未来予想図?-前-


 今日の講義は昼からなのに、ふと目が覚めたのはまだ早い時間だった。
 あ・・・
 何時の間に帰ってきていたのだろうか。腕の中に感じる重みに剛は慎重に首を巡らすと、すやすやと眠る由岐人の寝顔。長い睫毛に、綺麗に通った鼻筋。男の肌とは思えないキメの細かい肌。
 それは、親友の響の恋人であり小憎らしい態度が腹の立つあいつと同じ顔のはずなのに、全然違うものに見えるから不思議だ。
 拗ねた顔も、困った顔も、怒った顔も、照れたように俯く顔も、はにかんだような笑顔も、泣きそうになるのを我慢している顔も、何もかも全部が愛おしいと思う。
 そんな由岐人を起こさない様にしたくて、動く事も出来なくてただ由岐人の顔を眺めていると、なんだかまたうとうとしだした俺はいつの間にか再び眠りについた。
 それからどれくらい寝ていたのだろうか、再度目が覚めたのは空腹のためだった。
 腹減った・・・
 まだ腕の中で由岐人は眠っているけれど、これ以上この空腹を我慢する事は出来ないと、俺は細心の注意を払いながらそっと身体を動かして、その身をベッドから抜け出させた。
「ん・・・」
 その時、声を漏らして身じろいだ由岐人に俺はハッと振り返るが、それ以上由岐人が動く様子はなかったので、俺はとりあえずホッとして、そーっと足音を忍ばせ部屋を出た。
 リビングダイニングへの扉を開けて、寒くなった室内を暖めるために暖房のスイッチを入れる。とりあえずとトイレに行って用を足してスッキリしてから、顔をザバザバと洗う。俺の洗い方がいつも豪快らしく、洗面所を派手に濡らしては由岐人に文句を言われるので、最近は顔を洗った後には置かれてあるティッシュでサっと洗面台の水しぶきを拭うのも忘れない。
 歯をゴシゴシ洗って口臭チェックして。
 まじ腹減ったぁーっ。ん〜何食うかなぁー・・・
 俺は冷蔵庫の中身を思い出しながらキッチンへと続く扉をガチャリと開けてた――――
「由岐人!?」
 思いもしなかった由岐人の姿がキッチンにあった。
 え、なんで?
「朝から何、大きな声出して」
「いや、だってお前寝てたんじゃ・・・」
「ベッドの中が急に寒くなって・・・目が覚めた」
 由岐人はそう言いながら冷蔵庫からハムやレタス、卵などを取り出した。
「・・・悪ぃ」
 剛は、パジャマにカーディガンを羽織っただけの少し寒そうに見える由岐人の姿を後から抱きしめた。
 少し体温の低い由岐人は、俺のことをいつも子供体温だと言っては暖かがって擦り寄ってくるのを知っているから。
「ごめんな」
 ぎゅっと抱きしめると、由岐人は少し笑って俺にもたれるように体重を預けてこっちの顔を見上げてくる。
「いいよ。それより朝ごはんサラダパスタでいい?お米はないから、パンになるけど」
「作ってくれんの!?」
「剛がキッチン触った後は汚れるんだよ。仕方ないでしょ?」
 嘘の怒り顔を作りながら、いたずらな色の瞳に含み笑いで言う由岐人がもう可愛くて、俺は思わずそのかわいくない事を言う唇を塞いだ。
「ん・・・」
 咄嗟に答えてくる由岐人の舌を朝からしっかり味わって、名残惜しそうに唇を離すと、少し照れたように由岐人は俯いてお鍋に乱暴に水を注いだ。その耳が赤くなっているのが、堪らなくイイ。
「なんか手伝う?」
「邪魔だからいいよ。そんな事より大学行く用意しといた方がいいんじゃないの?」
 そっけない言葉も優しさなんだと知っているから、こんな言葉一つにこんなにも愛しさが増していくのだろうか。
「じゃー着替えてくる」
 俺はこのまま押し倒したい衝動を堪えてそう言うと、キッチンを出て自分の部屋に向かって服を着替える。まだ1月の終わりの寒い今日は、ロンTにスエット重ね着して、この冬のSALEで買った中綿のジャケット。下はこだわりのデニムパンツ。ノートやプリントの入ったいつものリュックを持ってダイニングに戻ると、由岐人がちょうどパスタを茹で上げていた。
 なんか良い匂いもする。
 俺はソファにリュックを置いてキッチンを覗き込むと、由岐人がパスタを水で締めていた。横に置かれたボウルには、ゆで卵を崩したものとプチトマトが特製のドレッシングと合わせてある。そこにパスタと、ザっと湯にくぐらしたレタスを入れて混ぜ合わせる。
「そのスープ、器に入れて持って行ってくれる?」
「これ?」
 うまそーと眺めていた俺に由岐人が頼み事。俺は言われるままにコンロに目をやると、なんとそこにはコンソメスープが出来ていた。
「インスタントの簡単なのだけど」
「全然いい。すっごいうまそうじゃん」
 たぶんインスタントのコンソメの元を使ったんだろうけど、でもベーコンと玉ねぎ、ジャガイモも入っていてちゃんと一工夫されている。なんだか体が温まりそうだ。
 俺はそれをスープ用のカップに注ぎいれてテーブルに並べる。箸やフォークなども一揃え並べて、ロールパンも籠に4つ移して置いた。
「ありがとう。さて、出来たよ」
 由岐人はそんな俺に笑いかけて、綺麗に盛られたパスタをテーブルに置いた。
「うまそう!俺もうまじ腹減った」
 食べ物を見たらもう、腹がキューキュー鳴るのが止まらない。
「お待たせ。食べよっか」
「おう。いただきますっ」
 俺は手を合わせるやいなや、由岐人の作ってくれたパスタをがっついた。由岐人は意外に料理が出来るのだが、一緒に住むうちにさらに腕が上がっていて、このパスタも味が最高にうまい。あ、俺の好きなシーチキンも入ってる。味もサッパリ目でマジにうまい。
「あーほっぺのココに、ついてるよ」
 一心不乱に食べていた俺に、由岐人は指を伸ばして俺の頬についたらしいソースを拭ってくれる。まったくもう、って言いたげな顔で浮かべる笑顔がまた好きだ。
「へへ」
 ほんと、こういうのを幸せーっ!!て言うんだろうなぁ。大好きな人がご飯を作ってくれて、一緒に食べて、ふと視線が絡み合うその瞬間が嬉しいなんて。
 うん、最高に幸せだと俺は思ってかなり上機嫌になった。
 スープも当然美味しいし、俺は朝からパンも3つ平らげてお腹も満足。心も大満足だ。
 そう思って由岐人を見ると、由岐人はまだ半分くらいしか食べていない。由岐人は少し少食気味で、しかも今はまだ眠たそうだから仕方ないのかもしれないけど、俺はいつも心配になる。
 それでなくても不規則な仕事で身体への負担が多そうなのに。
 心配そうに見てしまう俺の視線に気づいたのか、視線を上げた由岐人と目が合ったその時、由岐人の携帯の着メロが鳴った。
「あっ」
 その音に由岐人は慌てたように携帯を手にして、テーブルから離れてしまう。テーブルからソファの方へ移動してから電話に出たけれど、声が聞こえないほど遠くじゃない。
「はい。奈津子さん?・・・え?いやだな、もう起きてますよ。―――ひどいなぁ。でも、奈津子さんから電話だなんてどうしたんですかぁ?」
 由岐人の電話はどうやら客かららしい。なんか、その余所行き声の甘い感じが俺にはムカっとくるんですけどね。
「お友達?今日お友達連れてうちに来てくださるんですか?・・・僕は、今日は六本木店に顔を出す予定だったんですけど・・・、え?いえそっちではなくて地下になっている方の・・・ええそうです。――――はい、わかりました。じゃぁそちらのお店に僕も行ってますよ。・・・何をおっしゃってるんですか、しょうがないじゃないですか、奈津子様のお言葉には逆らえません」
 なるほど、奈津子ってやつが今日店に来るんだな。その電話ってやつか。しかもこんな風にわざわざ由岐人に電話してくるって事は相当のお得意さんなんだろうな、やっぱり。普段は滅多にフロアには出ないって言ってたのに、その客の為にはわざわざフロアにも出るくらいなんだろうから。
 そんで、それが由岐人の営業用の声で、笑顔ってわけだ。
「いやだな、本当ですよ。ええ、――――わかってます。出きる限りサービスさせて頂きますよ。―――はは、嫌だなぁ。・・・ええ、ではお待ちしております。はい、また夜に」
 そう言って由岐人は電話を切った。
「・・・なに?」
 こっちへ振り返りざま俺と目があった由岐人はちょっと顔をしかめる。
「客?」
 声がなんとなく刺々しくなってしまうは、俺がまだガキだからだろうか。
「そうだよ」
「どんな客」
 でも気になって、どうしようもない。
「・・・剛?」
「お得意さん?」
 由岐人の顔が怒って不愉快そうになって行ってるのはちゃんと分かっているのに、俺の口は止まらないんだ。
「・・・」
「美人?」
「あのね・・・、相手は客だよ?」
 飽きれたように言う由岐人は、やっぱり俺の事ガキだって思ってるんだろうか。
「美人なんだ」
「・・・そんな事、剛には関係ないでしょう」
「関係ないって」
 恋人じゃん。俺。
「関係ない」
「ちょっとはあるだろっ」
 つーか、だいぶ関係はあるだろ!
「全然ないよ。仕事の話なんだから」
 それはそうだけど。
「・・・」
「つまんないヤキモチ妬いてないで、そろそろ行かなくていいの?」
「つまんなくなんかないっ」
「・・・」
 俺はちゃんとわかってる。これは仕事なんだし、それは俺には関係ないし、俺がいちいち口を挟むような事を言うことじゃないっていうのは、十分わかってたけど。でもなんか、こういう場合はもっとフォローの言葉があってもいいと思うんだ。
 恋人は別だ、とか。好きなのは俺だけとか。なんかそういうの、あると思う。それなのに。
「早く行けば?」
 そう言う言い方はないだろ!!
 俺は頭に来た。まじでむかついた。
 俺はリュックを掴むと由岐人の顔も見ないで、行って来ますも言わないで、行って来ますのキスもしないで、もろ怒ってます!って態度でドアもバンと派手な音をわざとたてて出て行った。
 ちょっとなんか、もっと甘い口調の言い訳や取り繕う言葉が欲しかった。それだけだったのに。
 ほんと、可愛気がないんだから。
 困ったって顔してたくせに。
 でかけに横目で盗み見た顔は、ちょっと泣きそうに見えたのに。
 なんで、口は素直じゃないんだろう。
 きゅって唇噛んで。
 切なげに眉を寄せていたくせに――――
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 っていうか、俺がバカか。
 由岐人のそういうの、全部知ってるのに。わかってるのに。
 口は素直じゃない分に、表情で語ってくる。
 何気ない仕草とかで甘えてきたり、態度で想いを伝えてたりするのに。
 きっとそう言うのも由岐人は無意識で。それだけにこっちに気持ちを許してくれてるのかなって思えて俺は嬉しかったりしていたのに。
 ほんとに、普通に考えても、俺が大人気なかったんだよな。
 どう考えても・・・
 だって由岐人は今朝だって、いつもより早めに起きて朝ごはんもちゃんと作ってくれた。
 それなのに、俺が仕事のことでくだらないヤキモチ妬いて不愉快な思いをさせてしまった。そしてきっと、そんな思いのまま仕事に行かせてしまったんだ。
 あいつはそういう事凄く気にするのに。
 凄い落ち込むのに。
 仕事は由岐人にとって大切な事なのに。俺が邪魔してどうすんだよ。
 マジ、俺のばか。
 ガキ。
 ・・・・・・ごめんな、由岐人。









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