内緒の昼下がり -1-
―――――12月かぁ・・・早いなぁ。 今日は12月の最初の金曜日。 綾乃は生徒会室の窓際に座ってカレンダーを見つめて、残りの日数を数えてみる。クリスマスまでそう日にちは無くて、今年自体も残りが少ない。 カレンダーは最後のページ。すでに、来る年の準備が始まっていて街中全体が忙しない。今はクリスマスの音楽が流れ、ショーウィンドウや街の飾りもクリスマスだけど、直ぐにお正月のものにとって変わられるだろう。 ―――――んん〜〜っ 両手と両足をぐーんと伸ばした。 「なぁんか・・・」 「なんか、何?」 「うわっ!」 突然の声に綾乃は吃驚して座っていた椅子から転げ落ちそうになって、椅子は大きな音を立てた。 「いつからいたの?」 職員室にまとめた資料を出しに行くと出て行った薫と翔が知らない間に戻って来ていたらしい。二人並んで立っていて、本当にびっくりした。 「つい今しがた。綾乃がカレンダー数えているみたいだったから、邪魔しちゃ悪いかなって思って」 「あれだろ?年末の旅行が待ち遠しいんだろ?」 「そんなんじゃないけど」 綾乃は口を尖らせて立ち上がった。 「今年ももう終わりだなぁ〜って思ってさ」 「そうだね」 そう言いながら帰り支度をするために、部屋の暖房を消す。翔は窓の鍵をチェックしていく。外はもう暗くなっていて、寒そうだ。 「色々あったなぁー・・・」 しみじみと言った綾乃の言葉が空に溶ける。けれど溶ける前に、その言葉は翔にも薫にも降り注いで沁みこんでいった。 薫にとっても翔にとっても、今年は色んな事があった様だ。綾乃の言葉が心の底に沈んでいく。 ただ、その思考にはまり込むのを避けようとするかのように薫は明るい声で言った。 「さ、帰ろう」 「ちょっと待った!」 「何!?」 「トイレ」 翔はそう言うと、ダッシュで駆けていった。 「早く言えばいいのに」 綾乃が肩を竦めて笑みを零す。けれど薫は笑みも浮かべず閉まったドアをじっと見つめたまま。 その横顔がなんだろう。 「薫?なんかあった?」 「ん?・・・んー・・・」 ふっと小さな息が薫の口から漏れた。 「――――さっきさ」 「ん?」 暖房を切った所為だろう、ひたひたと寒さが忍び込んできた。 「言われたんだ。冬休みも行くのか?って。アメリカに」 「え?」 はっとした瞳を向けると、薫の横顔に暗い影が差し込んでいた。 「翔、なんか感づいてるかも・・・・・・」 「・・・・・・」 何を言えば良いのかわからなかった。 「アメリカ行った時、やっぱまずかったかな。なんとなく、視線感じたし。僕だけ行くのマズいかなとか思ったし、一人で帰ってくるのが嫌で誘ったんだけど――――墓穴掘っちゃったかも」 「薫」 苦い笑みを漏らす薫の腕に綾乃は手を伸ばしてぎゅっと掴んだ。 でも、大丈夫だよ、なんて軽々しく言えなくて。 「先輩に言った?」 「ううん」 「言った方がいいよ」 薫は何も言わない。 「薫だけの問題じゃ無いんだからさ。僕だっていつでも相談に乗るし、ね?」 「ありがと」 「―――クリスマス、会えるの?」 「帰ってくるって言うんだけど・・・・・・」 その声に、期待と嬉しさを滲ませながらも、同じくらいに躊躇いも含ませていた。躊躇い、迷い、戸惑い。 会いたいけれど、会わないほうがいいのかもしれない、と。 見えない先を見つめている様な、暗い瞳が気に掛かったから。 「会えばいいじゃん」 「綾乃?」 「顔見なきゃわかんないこともあるし、伝わらない事もあるよ」 綾乃のその言葉への薫の返事はわからなかった。 「お待たせ!!」 翔がトイレから帰ってきたからだ。 「じゃあ、帰ろうっか」 薫は表情を一変させて笑って言った。心の内を、全部隠してしまったのだ。そういうところ、朝比奈先輩と似ているな、と綾乃は思った。 弱いとことか全部隠して、抱えちゃうところ。 強がって、真っ正直なところ。 ―――――僕から、朝比奈先輩に教えた方がいいのかな・・・・・・ 生徒会室から駆け出していくように出て行く翔と薫の背中を見つめながら、綾乃は考えてみた。 今――――薫のために、出来る事を。 ・・・・・ 翌日の土曜日の午後、綾乃は一人とある輸入雑貨店を訪れていた。 クリスマスプレゼントを捜す為だ。 今日は、雪人はヤス達の家に遊びに行っていて、雅人も仕事でいなくて丁度いい日を見つけたと勇んで出て来たのだ。 だが、クリスマス前の土曜日というのは、皆同じ思考回路にあるということをうっかり忘れていた。店内はとっても混雑していた。 綾乃は特定の探し物があるわけでは無いので、何を見つけていいのか悩みながら人ごみの間をすり抜けながら歩いた。 実はこの輸入雑貨に入る前に、近くにある大人っぽいカジュアルテイストな品揃えのあるSHOPも覗いたりしたのだが、これというものは見つけられなかった。 良い、と思ったら高かったのだ。 衣服類で、雅人が安物を見につけるとは到底思えないし、綾乃のプレゼントだからとふさわしく無いものをむりやり身につけて欲しくも無かった。 ―――――んん〜困ったなぁー・・・ 勇んで出て来たはいいが、人ごみの多さと決めきれない悩みに綾乃は少々疲れてきた。その時ふと、レタースタンドが目に止まった。 人の形をした、ワインレッドのレタースタンドがなんとはなしに可愛くて、綾乃はそれを手に取った。 ざらりとした質感も気持ちいい。 「・・・兄貴にか?」 「ひゃっ!」 吃驚して思わず手にしていたレタースタンドを取り落としそうになってしまった。重いのに、落としたらえらい事だ。 綾乃は慌てて掴みなおして、後ろを振り返った。 周りの人も綾乃が発した言葉に視線を投げかけらてれ、恥ずかしい。が。原因を作った本人はそ知らぬ顔である。 そして、人々の視線が集まったとしても気にしないらしい。 「直人さん・・・っ」 「よっ!」 「"よっ"じゃあ無いよ。吃驚したっ」 綾乃は珍しく目くじらを立てて怒ってみるが、やっぱり直人はどこ吹く風の様だ。それどころか、イタズラが成功したと嬉しそうでさえあるから始末に終えない。 「綾乃、一人か?」 「うん。・・・プレゼント選びだから」 「やっぱり兄貴のか」 にやりと笑われて、綾乃の頬が朱に染まる。 確かにそうだけれども。 「直人さんこそっ」 「俺?あー・・・なぁ、・・・―――――綾乃、暇だろう?」 「え?うん」 返事をかわされてしまった。 ―――――どうしたんだろ? 「茶でも飲もうぜ」 直人はそう言うと、折角手に取ったレタースタンドを綾乃の手の中から取って直し、さっさと出口へと向ってしまった。 有無を言わせずのその態度に、綾乃は慌てて背中を追いかけ、外に出た。 「寒っ」 外は12月の冷たい風が吹きぬけている。綾乃は、今年も買ってもらってしまった、ちょっとアーミー風のコートの前をぎゅっと合わせた。 中がボアになっていて、本当あったかい。 毎年毎年コートを買わなくていいと言うのに買ってしまう雅人に怒ってみせたのに、こんなに着て活躍してたら雅人はきっと来年も買ってしまうだろう。綾乃はそれがちょっぴり悔しく思うが、仕方が無い。 ふと視線を巡らせば黒塗りの車が止まっているが、直人はその車に向って"まだだ"と手を振って、5〜6メールとほど先にあったカフェに入った。 全面ガラス張りに、黒を基調にした作りが格好良さを演出していて、入って直ぐのガラスケースの中には色とりどりのケーキが並んでいた。 中は暖かくて、オープンカフェは当然ながら閉めている。革張りのソファ席がゆっくりとした時間を過ごせそう、落ち着いた空間。 直人は、人気の窓際ではなく奥の人目につきにくい席に座った。 |