内緒の昼下がり -2-




「直人さん、仕事じゃないの?」
 デザートを頼むかどうしようかひとしきり悩んでオーダーした後、綾乃が疑問だった事を口にすると直人はとっても嫌そうな顔をした。
「いーんだよ」
「・・・さぼりだ?」
「うるせぇっ」
 ―――――・・・ん?
 変にムキになった様な言い方をした直人に綾乃は内心首を傾げた。いつもなら冗談とか、軽くとか流してしまいそうなのに、そうしないのがなんだかおかしい。
 綾乃が怪訝な顔をすると、直人もしまったと思ったらしく、少しバツの悪い顔をした。
 むーっと唇が尖って。
「あいつが・・・」
 拗ねた口調だった。
「あいつが悪ぃんだよ」
「・・・なんかあったんだ?」
 なるほど、それでサボって、時間をみつけたとプレゼントを捜しには来たけど、綾乃が尋ねたとき肯定は出来なかったのだ。
 腹立たしくて。
 直人の顔が素直にそう語っていて、雅人よりずっと読みやすい表情には綾乃でも楽勝である。
 さて、どうしたものかと考えていると、コーヒーとロイヤルミルクティーが運ばれてきた。そのカップに手を伸ばして、その熱を手のひらに移してみる。
 ほどよく効いた暖房とプラスされて、身体を温めてくれた。
「そりゃぁ、さ」
 口を開く気になったらしい。
「ずっと待たせた俺も悪いよ。でもな、色んな事があったけど、俺はアイツがいいって思って付き合いだしたんだぜ」
 店内には静かなBGMが流れていた。
「妥協したわけじゃないし、ましてや代わりでもない。それなのに―――――」
 直人がイライラした仕草でカップを掴んで一口コーヒーを喉に流し込む。眉を顰めたのは、ブラックの苦さが今は心に沁みたからだろうか。
「普通、付き合いだした最初のクリスマスは一緒に過ごすもんだろうが」
「まぁ・・・」
「それがなんで"自分でいいんですか?"って質問が返ってくるんだよ」
 くそっ、と面白く無さそうに言う。
 綾乃は、なるほどなぁと思っていた。確かに久保は、綾乃の眼から見てもそう言いそうな雰囲気があるし、もし自分が久保の立場だったらそう言ってしまうかもしれないと思った。
 自分で本当にいいのか、自信なんてまだ持てなくて。
 ―――――薫は・・・どう言うんだろう・・・・・・
「なんでわけわかんねーヤツの家の招待に応じなきゃいけねーんだよ。そんなの断るに決まってんだろう。っていうか勝手に断れよ。いちいち俺にお伺いたてにくるんじゃねーっつうのっ」
 ―――――なるほど。
「なんなんだよ・・・っ」
 イライラと吐き捨てる直人は本当に腹が立っているんだろうけど。
「あーでもー・・・、僕ちょっとわかるけどなぁ」
 恐る恐る口を開いてみると、直人の怖い顔がこっちを向いた。
「だってさ、立場とかあるし、邪魔しちゃうのかなぁー・・・とかさぁ。――――やっぱり僕でいいのかなぁとか思うもん」
「・・・綾乃でも思うのか?兄貴、あんななのに?」
「そ、それは・・・っ」
 そりゃあ昨日の夜だって土曜日に仕事は嫌だ嫌だってさんざんごねて言って、僕の部屋でずっといて・・・その色々したけど――――ってそうじゃない!!
「顔真っ赤だけど、なぁ〜にを思い出してんだぁ?」
「なっにも、思い出してないよっ」
 もうっ!!
「ってそうじゃないでしょ?久保さんの事」
 改めて綾乃が言うと、直人はやっぱりフイっと横を向いてしまった。
「信じてねーんだよ、結局。こっちはちゃんと覚悟決めてんのに」
「そうなんだ」
「当たり前だろ」
「でも、―――――迷う事もあるかもしれない」
 ピクっと直人が眉を寄せた。
「・・・本当に今持ってるものと全部引き換えに出来るかなんて、その時が来ないとわからないんじゃないかなぁ」
 直人の眉間がぐっと寄るけど、綾乃は止めなかった。
「それに、全部引き換えにさせることが出来るかなんて、こっちも迷うよ」
 ―――――薫も、結局はそういう事なんだろうなぁ・・・・・・
 自分だって、最後まで自分の素直な気持ちを押し通せるかなんか自信が無い。今は、溢れんばかりの愛情を注がれてるし、甘やかされてるし、そういう状況に無いから安穏としていられるけど。
 でも、目の前に突きつけられたら。
「綾乃、最近なんかあったのか?」
「え!?あ、ううん、ないよ」
 慌てて否定しても直人の顔が納得出来ないって言う。
「そー・・・じゃなくて、僕じゃなくて友達がね」
「友達が?」
「・・・うん。あの・・・実はさ――――その好きな人がいて付き合ってるんだけど、その事が回りにばれるとマズいんだよね。その、男同士だし」
「ああ」
「で、周りにはごく一部を除いて隠してるんだけど、その相手の人の弟さんにバレそうっていか、感づかれてるかもしれなくて」
「そいつ、反対しそうなのか?」
「どうかなぁー・・・、僕はそうは思わないんだけど、あんまりそういう話した事無いからわかんない。お兄さんと友達がってなった時、どう反応するかわかんないって部分はあるかも」
 もしかしたら、大切な友人を失くすかもしれない。そして、今までの大事な思い出も何もかも、壊れてしまうかもしれないのだ。
 一瞬にして。
 その人が好き、っていうことだけで何もかも。
 脆いガラス細工みたいに砕け散ってしまうかもしれない。
「それでね、友達はどうしようって落ち込んでるんだ。もし反対されて、親にもバレたら――――」
「なるほどな。・・・その相手のお兄ちゃんはどう言ってるんだ?」
「まだ相談してないみたいなんだ。あ、今留学中で傍にいなくて。あっ、それでね、僕からその人にその事伝えた方がいいのかなって思ったりもしてるんだけど」
 どう思う?と投げかけた視線は一蹴された。
「それは止めといた方がいいぜ」
「どうして?」
 綾乃は首を傾げた。
「恋人同士には当人にしかわからない問題もあるし、それに今はその状況じゃないんじゃないかなぁって思うぜ。こういうことは不用意に外野が口を入れないほうがいい」
「そっ・・・か」
「それよりも綾乃はさ、いつでも力になるって事をその友達に常に示してておけばいいと思う。そういうのって心強いと思うしな」
「そう、か」
 ―――――なるほど。
「ああ。それに、今の段階では、様子を見るしか無いだろうなぁ」
「そうなの?」
「だって、感づいてるかもしれないってだけで、はっきりとは言えないんだろ?反対するかもわかんない。まぁ、五分五分の賭けってところだろうけどなぁ」
 それはヘタに動けばやぶ蛇になる可能性もあるのだ。
「直人さんならどうする?」
「俺はもう迷わねーよ。兄貴もそうだと思うぜ?」
「―――っ」
 真っ直ぐ言われて綾乃の方が言葉に詰まってしまった。
 直人や、雅人は本当に決心しているのだろうか?
 何があっても間違いなく?
 絶対?
 僕は、絶対?
 自分はどうだろう?
 薫は、どうなんだろうか。
「難しい、よ。好きだけじゃあどうしようもない事もあるかも」
「若いのに何シケた事言ってんだよ。何も頑張らないで諦めてるのか?」
「そうじゃいよ。そうじゃないけど」
 綾乃の脳裏に薫の横顔が浮かんだ。
 強がって、一人で立とうとしてる薫。
「信用されてねーのって、辛いぜ」
「――――」
「こっちは真剣なのにさ、アイツはどっか逃げ道作ろうとしてる。それが、俺の為だと思ってる。んだよ、その覚悟。ふざけんなっつーの」
 ――――薫は・・・
「信用してないんじゃないよ」
「?」
「ただ、相手の幸せの為に――――っ」
「それが違うだろ?アイツが傍にいてくれないなら、そこにどんな幸せがあるんだよ。傍にいてくれるから頑張れるんだろ?気持ちが満たされていくんじゃねーか。右側に違う人間がいる事なんか想像も出来ないのに、なんでいなくなろうとするんだよ。逃げてんじゃねーよ」
 ――――そっ・・・か。
「直人さんは、ちゃんと好きなんだ」
「当たり前だろ」
 ――――うん。
「綾乃は違うのか?」
「―――違わない。僕もちゃんと好きだよ。まだ、先の事は決められて無いけど・・・・・・」
「先?」
「雅人さんに、秘書になってくれないかって」
「ああ!聞いた聞いた。ああ〜なるほどなぁ。でもそれは別に今決めなくていいんじゃねーか?仕事でもべったり支えなくたって、傍にいる事は出来るんだしな」
「うん」
「綾乃は何か――――なりたいものとかあんのか?」
「え?」
「夢とかさ」
 なりたいもの。
 ・・・夢?
 その時ふっと、道場の子供たちの顔が浮かんだ。
 雪人の、ぱぁっと明るく広がる笑顔が浮かんだ。
「ん――――はっきりコレっていうのがあるわけじゃないけど・・・・・・、ちょっと先生とか、保父さんとかにも憧れるかな」
「へぇ〜ああーでもらしいな、うん。いいんじゃねーの?」
「え!?いや、まだはっきりそうって思ってるわけじゃないし、誰にも言って無い事だから、直人さんも誰にも言わないでね」
「って、兄貴も知らないの?」
 それは・・・と瞳を見開いた直人に、綾乃は首をガクガクと縦に振った。本当に漠然としたそんな気持ちを初めて言葉にしたのだ。
 夢とかそんな、ちゃんと言えるほどじゃあ無い。
「わかった。っていうか、自分が知る前に俺が知ってたってわかったら、俺が絞め殺されそうだから絶対言えねーよ」
「そんな・・・っ」
 大げさな、と苦笑を漏らす綾乃に、わかってないなと直人は思う。
 自分よりもっともっとでかいものを背負って、色んなプレッシャーを背負った兄が、自分よりはるかに強い覚悟を決めていることなど綾乃はわかっていないのかもしれない。
 まぁ、まだ気づかなくてもいいと思うけれど。
 その時、直人の携帯が震えた。
「――――っ!」
 液晶画面には、予想通りの名前。
「出ないの?」
「―――いや」
 出ないわけにはいかない。それはきっと、泣かせてしまう気がするから。












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