幸せな日常 ―お正月編 2―
階上で、そんな甘いというかくだらないと言うかという話になっている頃、剛も由岐人を起こすのに苦労していた。 「由岐人って。そろそろ起きろよ!」 「・・・・・・るさいぃー」 「ほんっと酒臭え」 こちらも相当飲んだらしい。 「しょうがないだろっ。・・・仕事なんだっ」 くぐもった声は、額を枕に押し付けている所為。 「だからって飲みすぎ」 「うるさい!」 バスっと、音を立てて剛の顔面に枕がHITした。そしてそのまま由岐人は布団の中に潜ってしまった。 「由岐人」 その蓑虫状態の由岐人をそのまま剛は抱きしめる。 「起きて、風呂入って来いよ」 布団の中で、首を横に振っている感触が伝わってくる。ぐずっている子供の様だ。 「で、軽く朝飯食って、買い物行こうぜ。今夜、飲みながら映画見るんだろ?」 今度は否定の仕草は無かった。 「DVDどうすんだ?家のを見るのか?借りてくんのか?」 「こないだ、買ったやつ」 「了解。酒は?買う?」 「貰ったワインがあるから」 「じゃあそれな。ツマミは?なんか買ってくるか?」 「作る」 「冷蔵庫、空に近いぜ?」 「・・・・・・」 「買い物行く?」 コクンと、今度は頷く仕草が返って来た。 「じゃあ起きて。な?」 剛はそう言うと、慎重に布団を捲って由岐人の顔を見つけ出した。拗ねた顔をしながら見上げてくる瞳は、下半身に直撃した。 「んっ・・・、ふ・・・・・・」 けれど、落としたキスは甘くソフトだった。あやす様な、甘やかすようなキス。 優しく舌をいたぶって、しつこくは追いかけないで離れた。そして、ゆっくり唇を舐めて頬に軽いキスも落とす。 「おはよう」 にっこり笑って言うと、頬の端が微妙に赤らんだのがわかる。 「・・・重いぞ」 「はいはい」 「"はい"は1回でいい」 ああもうなんて可愛い人なんだろうとクスクス笑いながら上から退くと、クスクス笑ったのが不味かったのか後ろから枕がもう一つ、飛んできた。 ・・・・・・ 「直人、久保はどうしたのです?」 やっと帰って来た直人を交えて、遅めの昼食の席で雅人が一人で戻ってきた直人に声を掛ける。 「あー、荷造りして直接空港に向かうって」 シャクシャクと竹の子の煮物を食べながら直人が答える。昼食には、野菜の炊き合わせに数の子、しめ鯖、伊達巻が大皿に盛られ、個々に暖かい蕎麦が添えられていた。正月をここで迎えない彼らの為に、松岡が僅かばかり正月風にと配慮した昼食なのだ。 「そうなんですか?」 「ああ」 雅人の顔色が僅かばかり非難の色を帯びる。しかし、直人はその視線は無視することにした様だ。 「雪人!数の子ばっか喰ってんじゃねーぞ」 誤魔化すその態度に、人知れず雅人の口からはため息が漏れた。 「いいじゃん。美味しいんだから」 「子供には早いだろ」 「喧嘩しなくてもまだありますよ」 そう言って松岡がさらに数の子を大皿に入れる。その横で綾乃はふんわりと焼けた伊達巻を口に入れた。 「美味しいですか?」 嬉しそうな顔に、雅人は思わず聞いてしまうと、はいっと嬉しそうな返事が返った。その横で、やっぱり直人と雪人は数の子の奪い合いをしていて、松岡の深いため息を誘っていた。 見かねたのは、雅人だった。 「直人、荷造り急がないでいいんですか?」 「・・・あ!!」 やばっ、っという顔にやっぱりと思わずため息が二つ洩れた。 「飛行機は待ってくれませんよ。私たちも、待ちません」 「わーってるよ!パスポートと財布と、・・・海パンさえあればなんとかなるだろう」 その発想が雪人とそっくりだ、と綾乃が思わず思ってしまったのは言うまでも無い。そうか、雪人は直人さんに似ちゃったのかとしみじみ思って、久保の気苦労を考えてみる。 「直人・・・」 久保の苦労がわかるな、と雅人も横で思っていた。 「むぐっ、んじゃあちょっと荷造りしてくっから」 現在時刻が14時30分。19時の出発なので、17時過ぎには一応空港にはいなければならないことを思えば、結構ギリギリな時間帯。 バタバタと廊下を走る音に、流石の松岡も廊下を走らない!と注意する気にはならなかったようだ。 ダイニングには、深い深いため息が木霊した。 ・・・・・・ 外は、切りつけるような風が吹き、人々はついつい肩を竦めて足を速めて歩いていた。その中に、咲斗と響の姿も混じっていた。 手ぶらなところを見ると今から買い物へ向かうのだろうが、どうも様子がおかしい。 「だから、ごめんってば」 半歩先を歩く響の後ろを咲斗が追いかける格好。 「響」 どうやらこの年末に痴話げんか中らしい。 「きょーおって」 今の時間は4時を少し回ったところ。どう考えても年末の買い物に出るには、少し時間が遅いそうな気がしないでもない。 「なぁってば」 咲斗の再三の呼びかけにチラっと響が後ろを振りかえると、それだけでもう許されたと思ったらしい咲斗がにっこりと笑う。 「怒ってるんだけど」 「まだ?」 「まだ!?まだ、じゃないよ!!誰の所為でこんな時間になってると思ってんの!?」 「・・・俺だけの所為じゃないよ?」 絶対反省して無い顔でにっこり笑われて、響の顔が真っ赤に染まる。 「〜〜〜、もういい!!」 響は怒った顔で踵を返して、どんどん早足で歩いていく。 嫌って言ったのに、キッチンに押しかけてきて勝手に好き勝手して押し倒して、事もあろうか普段食事をするテーブルに押し付けてきたくせにに、何が!何が、俺だけの所為じゃないよ?だ!!!! 本当に本当に、本当に腹が立つ。 そ、そりゃあさ最後の方はこっちもちょっと、こう〜〜〜〜そうしちゃったかもしれないけどさっ。だからって、だからってあんな言い方無い。絶対無い!! そうだ。咲斗さんが悪い。絶対悪い!!!! 大体にしていつもそうなんだよ。なんかあったらすぐ怒って押し倒してくるし、迫ってくるし。こっちの都合とか全然おかいなしで、我がままで意地悪で自分勝手で!! ―――――うぅ〜〜〜っ それなのに好きなんて、・・・・・・・ホントに腹立つ!!!! 悔しいぃ〜〜〜〜〜〜!!!! 「・・・あれ?」 腹立ち紛れにわしわしと歩いていたら、気づいたら後ろから咲斗が来ていない。どうやら、怒りのエネルギーに任せて早歩きしすぎたらしい。 突然立ち止まった響に、後ろから来た人が迷惑そうにして避けて通っていく。中には、避け切れなかったのか、響の身体にぶつかって過ぎていく人も。 けれど、響はかまってられない。 「咲斗、さん」 知らない人の群れ。その中に咲斗の顔を見つけられなくて、響は急激に不安感と焦燥感に襲われた。 別に、ここは東京の見知った場所で、普段だってよく来るのだから歩いて戻ればいいのだけれど、なんだろうかこの感覚。たった一人ぼっちのような、孤独感に襲われた。 まるで、道を失った子供の様に。 「うわっ!」 「痛っ」 ぼうっと立っていた響の背中に、人が激突してきた。ドサっと音がして慌てて振り返ると、コゲ茶色のダッフルコートにデニムパンツ姿の少年が転げていた。 「ごめん、大丈夫?」 響はしゃがみこんで慌てて助け起こすと、少年の瞳にうっすら涙が浮かんでいた。 「え!?どっか打った?痛い?」 助け起こした少年を良く見ると、小学生――――高学年だろうか。手にはコンビニの袋。 グズっと、少年が鼻を鳴らした。そんなに激しくぶつけてしまったのだろうか? 「僕?」 呼びかけると、少年の瞳に新たな涙がじわっと浮かび、響は慌てて何か言おうと口を開くと、それより先に少年が口を開いた。 「僕、――――置いてかれちゃったぁ!!」 |