2度目 -1-


 くだらない事を言ってしまったと、わかっていた。
 テストが終了した直後の、クラスで交わした佐々木と青木との会話。何故あんなに挑戦的な気分になってしまったのか。何故あんなに投げやりな思いに捕まってしまったのか。
 その気持ちを抑える事が出来なくて、衝動のままに試すような言葉を口にしてしまった。
 だって・・・
 自然と浮かび上がった自嘲的な笑みを漏らして部屋を見渡せば、ガランとした何もない静かな部屋が目に入る。
 そういえば、学校が火曜日に終わって帰宅してから1度も部屋を出ていない。なんでだか、何もする気にはなれなくて。洗濯もしなきゃいけないし、買い物にも行かなきゃいけないとわかっているのに。
 今年は暖冬で、暖房器具も買わないできてしまったから、部屋には暖を取る手段がコタツしかない。だからどうしてもコタツからは出たくなくて、それを言い訳にごろごろして。電気ストーブか何か買ったほうがいいとは思うけれど、なんだか何もかもがどうでもよくて。
 そうやって昨日1日が過ぎて今日は木曜日。今日こそは起きて電気屋へ行こうと思うのに、やっぱり身体はピクリとも動かない。
 結局今もコタツに入って寝転んで、シミの出来ている天井を眺めている。
 もう、お昼は回ってしまっただろうか。
 そろそろおなかも減ってきたけれど、冷蔵庫の中に何かあっただろうか?
 テスト中でばたばたしてたし、たぶん、何もない。買いに行かなきゃ。
 でも・・・動くのが、面倒だな。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・、まあいいや。寝よ。
「おーい」
 ドンドンドン!
「―――っ!?」
 何!?
 このまま再び眠りに落ちてしまおうかと思っていた思考に、いきなり大きな音が鳴り響いて僕を現実へと連れ戻した。
「譲!いねーの?」
 ・・・っ、東城和弘!?え――――なんで?
 あの、一緒に焼肉を食べてから半月ぶりくらいだ。
「おーい」
 アレ以来、顔を合わすこともなくて、なんの接触もなかったのにいきなり何?
「あれ?譲ー?」
 ・・・ウザい。いいや、無視無視。僕はもう今から寝るんだから、あんな奴相手にしてられない。
「いねーのかなぁ〜」
 そうそう。僕は今いない。ここには誰もいない。
「・・・まさか、中で倒れたりしてんじゃねーだろうなぁー」
 いや、しないから!元気です・・・って、元気でもないか。でもまぁ別に、死んでもないし。とりあえず生きてるから。
「あいつ栄養のありそうなもん喰ってなさそーやったしなぁ」
 大きなお世話だから。放っといて。
「冬休みだし、いねーはずねーんだよなぁ」 
 いやいや、勝手に決めないでよ。っていうか、まぁ実際はここにいるんだけどさ。
「友達もいなさそうやし」
 うるさいっ!!ほんっと、大きなお世話だよ。僕はただ、くだらない友人なら必要ないって思ってるだけだ。
「やっぱ倒れてんのかもっ。しゃーない、ここはドア蹴破ってみるか」
 はぁ!?ちょ、何言ってんだ、こいつ!!いい加減にしろよ!?
「ったく、世話かけるよなぁ〜」
 ちょっと!?
「はぁー、・・・よし、いくか」
 待てっ、待てー!!
「せーのっ!!!」
「いや、いるからっ」
 僕は思わず叫んでしまった。だって、ドアなんか蹴破られたらたまったもんじゃない。その修理代誰が払うんだよ。
「お、譲か」
 っつーか、いまさらだけどなんでいきなり呼び捨てなんだ!!呼び捨てにされるような仲じゃないだろうが。
「うるさいんで、静かにしてもらえませんか?」
「なんやねん、起きてるなら早う出て来いよ」
「・・・・・・」
「譲?」
 つーか、帰れ。
「ゆーずーる」
「何の用ですか?」
「なんやねん扉越しって。開けてーや」
 東城和弘はそういうと、扉をガチャガチャとさせてくる。
「・・・・・・」
「一緒に焼肉食うた仲やん」
「はぁ?」
「なんや知らんのか?一緒に焼肉食うたカップルは出来てるっちゅうのは常識やろ」
「・・・カップル?」
「カップル」
「男同士ですけど?」
 頭おかしいのか、こいつ。
「そういう硬いことは気にせんでええし。なー早う開けてーや」
 その、能天気な明るい声が神経に障るんですけどね。
「・・・・・・」
「ゆーずーる!」
「・・・・・・」
「ゆずるちゃん!」
「・・・・・・」
「なぁなぁ」
「・・・・・・」
「おーい?聞いてる?」
「・・・・・・」
「―――やっぱ、倒れたか!?」
「倒れてません」
「やっと返事したな」
「・・・・・・」
 マジ、ムカツクっ!!
「開けて」
「嫌です」
「じゃぁ、蹴破る」
「警察呼びますよ」
「うーん、それは困る」
「じゃぁとっとと帰ってください」
「帰るって隣やで?」
「・・・・・・」
「じゃぁ3分後に出直そうか?」
 なんで、3分後なのか意味わかんないんですけど!!
「開けてーや」
「・・・・・・」
「なぁ?」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・
 こういうのを根負けって言うんだろうな。
「うわぁっ」
 深いため息と同時にガチャリと鍵を開けた瞬間、向こうから扉を開かれて。予想もしていなかった力に僕は思わず前によろめいてしまった。
「おっと」
 ・・・・・・・・・・・・・・・え!?
「大丈夫か?」
「うわぁ!!」
 一瞬頭が真っ白になってしまった。前につんのめった僕は、あろうことかこの男に抱き止められしまった。しかも、ぎゅっと。なんたることだ。
「痛っ、お前なぁー。何も突き飛ばすことないやろう」
「・・・っ」
 だって。
 僕を抱きしめていいのは圭だけだから!!
 圭に抱きしめられた感触だけを大事にしたいから。東城和弘の腕のぬくもりなんて、知りたくない。だいたい、東城和弘のくせに僕に触るな。
「まぁ、ええけどな。入るで」
 黙ってしまっていた僕に、東城和弘はそれ以上何も言わないで、ただ僕を押しのけて勝手に部屋に上がりこんだ。
「寒っ。え?この部屋もしかして暖房器具、コタツだけ?」
「うん」
 僕は、開けっ放しの扉を閉めて、人の部屋見ながら軽く首を振っている東城和弘の背中に返事を返す。
「・・・寒くねぇ?」
「寒いよ」
 寒いに決まってんじゃん。こんな隙間風も吹くような部屋で、この時期暖房器具もないなんて、外にいるのと大して変わらないんじゃないかと思う。
「買う金、・・・ねーの?」
「あるよ!」
 何聞きにくそうにしてんだよ。家はそこまで貧乏じゃないってーの。
「じゃぁなんで買わねーの?」
「今日買いに行く予定だったんだよ」
 これが売り言葉に買い言葉というやつだろうか。
「そうなん?」
「そう、だから早く――――」
 帰ってくれ、と言葉を続けるつもりだったのに。
「じゃぁ一緒に行ったるわ!」
「・・・・・・・・・は?」
 なんだって?一緒に、行ったるわ・・・?
「だーかーらー。一人で買い物行くんも寂しいやん?俺も暇やし。付きあったる」
 ちょっ、ちょっと待ってくれます?
「付き合ったるって」
「おう」
 誰がそんな事頼んだ?まじ何こいつっ!!
「僕は別に一人で行けます」
「ここらへんで1番安い電気屋どこか知ってるん?」
「・・・え?」
 切り替えされた言葉に、思わず僕は間の抜けた声を上げてしまった。
「そもそも、電気屋がどこにあるんか、知ってる?」
「・・・・・・」
 そういえば、今家にある電化製品はほとんどが向こうで揃えて持ってきてしまったから。こっちで何かを買ったりはしていない。新聞も取ってないから、チラシもないし。確かに、知らないかも。
「なぁー?」
「・・・・・・」
 その笑み、むかつくんですけど。
「俺がおって良かったなぁ」
 いや、・・・全然よくない。そもそも、今日は家でごろごろしているつもりだったんだ。あんたが来なかったらそうなる予定だったんだ。
「昼飯は?」
「・・・まだだけど?」
 昼どころか朝も食べてないし。あーなんかそう言われれば空腹感が増してきたかも。
「じゃぁついでに昼も外で食うか」
「・・・・・・」
「マクドとかでええやんな」
 もう、なんでもいいです。好きにしてくれ。
 勝手に次々話を進めていく東城和弘に僕は反論するのも面倒になって、ため息のまま無言を返事の代わりにした。

 今日の休日は、こいつに振り回されそうだ・・・・・・・・・







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