2度目 -2-


 寒かった。風がまともに吹きつけるチャリの後ろに立って25分は寒すぎる。今は12月なのに。
 僕はやっとの思いで辿りついた電気店の中に、急いで入っていった。
「ひゃぁー寒かったなぁ」
 東城和弘もいそいそと店内に入って来て、そう一息つく。
 そりゃぁそうだろう。チャリ移動じゃ寒いに決まってる。ったく、いい大人が車くらい持ってないのかよ。アパートの下でチャリ見せられた時は行くと言ってしまった自分を本気で後悔した。
「譲、鼻赤いで」
「うるさい」
 チャリ二人乗りで風切ってここまでやってくれば、鼻くらい赤くなるよ。鼻水だって出そうだ。あーあ、手もジンジンするっ。
 ―――手袋とかも買ったほうがいいのかなぁ。
「平日やからかな、案外空いてるな」
「うん」
 確かに、店内に人は思ったほどいなくて人影はまばらだ。大通りの大型店がこんな人の入りでやっていけるのだろうか――――なんて、僕が心配する事じゃないな。
 僕らは暖房器具売り場を探すためにとりあえず店内地図を眺めてみると、売り場は入り口から右手にすぐだった。やっぱりこの時期に売るモノのメインだもんなぁ。
「おー、結構揃ってるやん」
「ほんとだ」
 所狭しと並べられたそこには、小さな電気ストーブからCMで見たことのある扇風機型みたいなやつ、それに石油ストーブなど種類も豊富に大小様々と陳列されてあった。値段も2000円ぐらいからと、色々だ。
「どんなんがええやろなぁ」
「・・・これでいいよ」
 僕はなんだか面倒だしよくわかんないしで、手近にあった電気ストーブを指し示す。値段も1999円とかなりお手ごろだ。これなら財布にも響かないし、小さくて場所も取らないだろう。そう思ったのに、東城は顔をしかめて首を横に振った。
「そんなんあかんあかん、全然部屋あったかならへんで。そうやなぁー・・・これとかどうや?」
 東城和弘が指差したのは、例のCMでよく見る扇風機みたいな形のやつ。・・・ハロゲンヒーター??って何。
「これな、職場にあんねんけど結構あったかいしええで」
「ふーん」
 そうなんだ。これ、あったかいんだ・・・
「石油ストーブとかは危ないし、石油入れるんも面倒やしなぁ」
 確かに。それに、石油高いし。
「これやったら、首の角度も調節出来るし、温度も2段階に調節できるみたいやし、首も回るしええんちゃうか?」
「いくら?」
「4980円(税込み)」
 ・・・微妙だなぁ。高くはないけど。
「こっちは3980円なのに」
 隣にあるやつも形はほとんど同じに見えて、しかも説明書きを見てみると機能もほとんど一緒のようなんだけど、一体どう違うんだろう。というか、それなら安い方でいいんじゃないのか?
「こちらですと、後の反射板が少しこぶりになりますので、部屋全体をあっためるのには厳しいかと思いますよ」
「っ!」
 いつの間に後ろに店員がいたのか。いきなり話しかけられて、僕は思わずビクっと身体を揺らして振り返ってしまった。
 うわっ、満面の笑みだよ。
「6〜7畳くらいの部屋なんですけど」
 いきなりの店員登場に気後れしている僕に代わって、東城和弘が勝手に説明しだした。いやいや、買うの僕だから。
「そうですねぇ。それでしたらやはりこちらの方が良いかと思いますよ」
 店員はやはり先ほど東城和弘が指し示した方を進めてきた。
「少しの違いで随分違いますからね」
「これって配送とかしてくれるんですか?」
 だーかーらっ、まだ買うとか決めてないんだけど!
「配送代が1000円かかりますが出来ます。配送をご希望でしたらお届けは最短でも明日の夕方くらいになるかと思いますが」
「そっかぁ〜。明日やったら今日寒いしなぁー。・・・・・・じゃぁ持って帰ります。自転車の荷台に乗せればなんとかなるやろ」
 独り言を呟いて、次は店員に、後半は僕に話しかけて。一人納得したように東城和弘は頷いた。
 まじ!?ってことは帰りはあの距離歩いて帰るの!?
「ありがとうございます。ではこちらレジへどうぞ」
 まったく、僕はまだ買うともなんとも言ってないのに勝手に決めてしまって、東城和弘は本当にマイペースにムカツク奴。――――まぁ、買わないわけにはいかない必需品なんだけどさ。でも、こいつのペースに乗ってると思うとなんかむかつく。
 ・・・・・・・・・なんか、うん。むかつくっ!
 やっぱり僕には関西人は肌に合わないんだ。佐々木もむかつくし。クラスメイトもぎゃぁぎゃぁうるさいし。
 僕に合うのは、きっと圭だけなんだ。
 ――――圭。
 今頃家で、佐々木と一緒にいるんだろうなぁ。
 二人で。
 クリスマスも二人で。
 同棲みたいなもんじゃん。
 圭。
 圭。
 圭。
 ――――圭。
 怒った顔しか、浮かばないよ。
 圭。
 なんで、僕じゃないの?
「譲!?」
「えっ!?」
「どうした?・・・レジ」
「あ、うん」
 僕は自分の思考に囚われていたらしい。呼ばれてハっと気づいたら、東城和弘が2メートルくらい先で振り返っていて、そのさらに向こうでは店員が僕を待っていた。
 僕は慌ててレジに向かってお金を支払った。その時何やらポイントカードを貰って。さらには、兄弟で買い物なんていいですねとかなんとか、わけのわからない事を言われて笑顔で店を送り出された。
 こんな奴、兄弟なんかであるはずがないのに。
 あの店員、全然見る目ないなぁ。
 ああ〜〜やっぱり外はすっごい寒いっ!!
「よいしょっと」
 東城和弘はヒーターを荷台とサドル辺りに乗せて手で押さえた。電気店でいつの間にかビニール紐を貰っていたらしく、器用に縛り付けて少しは固定する事にも成功した。
 ・・・意外に使えるなぁ、東城和弘。
「行くで」
「うん」
 東城和弘がチャリを押すので、僕は紐で縛られているとはいえ不安定なので、手でヒーターを押さえて、並んでゆっくり歩き出した。
 ・・・なんで、並んで歩いてる相手が東城和弘なんだろう。圭だったらいいのになぁ。
「これで今日からちょっとは部屋あったかなるな」
「そう、だね」
 東城の言葉に僕は、とりあえず頷いた。
 確かに、これで少しは部屋もぬくもって、コタツから離れられない生活は終わるかも。
 でも、寂しくて寒いのは、きっと変わらないんだろうな。そう思うとなんだか、ヒーターもむなしいかも。
「お前の部屋、物が全然ねーもんな」
 ・・・・・・・・・だって最低限のものしか揃えなかったから。
「うん」
 あの時はそれでいいと思ってたんだ。意地のようにそう思って。身一つじゃないけど、それに近いような形で、父親が心配してるのも無視してこっちに来たから。
 その心配気な態度すらも、嘘くさく見えて。父親ってものが信じられなくなっていた。それは、今もだけど。
「なぁ、なんでなん?」
「・・・え?」
 何が?いきなりの質問の意味が、わかんないん・・・ですけど――――
「そのしゃべり方、関西人ちゃうやん」
「うん」
「その関西人じゃない高校生が、なんであんなアパートで一人暮らしなんかしてんのかなぁーって思ってな」
「・・・・・・」
 別に――――好きで、一人で暮らしているわけじゃない。それしかなかったから。いきなり現れた知らない女の人と一緒になんて、住みたくなかった。だから、こっちにやってきたんだ。再婚なんて、認めてなんてやれなかった。
 横断歩道の赤信号に、僕らは立ち止まる。なんとなく重い沈黙が流れても、僕からはしゃべりだす気にはなれなかった。
 だって、そんな事東城和弘には関係ない事だから。東城和弘に尋ねられても困る。
 これは、僕の問題。
「譲?」
「・・・なに?」
 こんな風に、圭と歩いて、家の事とか聞いて欲しかった。だって、圭を頼ってやってきたんだ。圭ならわかってくれると思ってたから。
「なにって―――・・・」
 東城和弘の心配なのか不満なのかよく分からない顔を、僕は見つめて、その顔に圭をだぶらせてみようとするけど、やっぱり怒ってる顔しか浮かばなかった。
 ――――はぁ・・・・・・
 あの優しかった日々。優しい母さんと父さんがいた、普通のどこにでもあるあったかい家庭があった頃を知っている圭なら、きっとわかってくれると思ったのに。
 僕の、気持ちを。理不尽な今の現状を、一緒に怒ってくれると思っていた。可哀相って言って、抱きしめてくれるって信じてた。
 慰めてくれるって。佐々木なんかより、僕を1番に考えてくれるんじゃないかって思ってた。なんでもかんでも持ってる佐々木より、僕の方が数倍も可哀相ってわかってくれると思っていたのに。
 なんでみんな、僕じゃないのさ!
 父さんも、母さんもみんな勝手だよ。
 知らないところで勝手に、僕じゃない1番を見つけてきてしまって。僕を通り過ぎていくんだ。








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