ここには今まで日記にて書いたショートショートなSSをまとめました。
なので、内容はさしてありませんが
軽く、読んでいただければ嬉しいです。

※尚、新しいのが1番上になっております。

DATE 2005.8.25

 仕事に行くまでの、僅かな時間。一休憩とばかり咲斗が少しのんびりとソファに座って新聞を読んでいた。一応つけているテレビ画面はなんという事の無い、情報バラエティ番組。
「うわぁ〜美味しそうっ」
 新聞に没頭していた咲斗の横に、いつの間に座ったのか響が声を上げて驚いて咲斗は顔を上げた。
「なに?」
「これ、串揚げ!美味しそう〜って思って」
 テレビに視線を向けたままに言われる言葉に咲斗もつられて、テレビ画面に視線を向けた。
 そこには、油で揚げられていく串揚げの映像。
「響、串揚げ好きだったんだ?」
「うん。高校ん時始めて食べたんだけど、美味しかったんだよ〜」
 そこで初めて咲斗に顔を向けて、響は嬉しそうに笑う。
「へぇー、どこで?」
 その時は、その言葉に、たいした意味は乗せていなかった。
「どこだろう?-----連れられて行ったからなぁ」
 うーんと、思い出そうと顔を顰めて空を見た響は気づかなかった。咲斗のこめかみがピクっと反応した事には。
「連れられてって、誰に?」
 声は、怖いくらいに優しい甘い声だった。
「剛の家族と一緒に行ったんだ。ああいうトコ初めてだったし。おばさんもおじさんも凄い良い人でさぁ〜」
 その時の事を思い出しているのだろう、響はふふっと笑う。
「ふーん・・・」
 響とは対照的に咲斗の頭上には、今世紀最大の雨雲台風が出現した。
「コースで食べたんだけど、蟹爪とかアスパラとか。あ、松茸も食べたっ。松茸もあの時が初めてだったなぁ〜」
「-----初めて」
「うん!」
「串揚げを、剛の家族と?」
「うん?」
「そんなのどうせ、外国産の松茸だろ」
「・・・咲斗さん?」
「こんど俺が本物をちゃんと食べさせてあげるからね!」
「えーっと・・・」
 雨雲からは雷が鳴った。
「これからの初は全部俺とするからっ!------剛と、楽しいなんて・・・」
 この時咲斗には、理不尽と言われようがなんと言われ様が。響の"初"を奪った剛へはっきりとした殺意が生まれた・・・



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これは私が串揚げを食べに行って、思いついて書きました。


DATE〜2005.8.22
「なんですか、これは・・・?」
 松岡はその日、郵便ポストに入れられていた1枚の紙を見て、僅かに眉間に皺を寄せた。
 そこに書かれていたのは「怒ると怖い人ナンバー1に、南條雅人氏を抑えて選ばれました。おめでとうございます」という文字。
「・・・怒ると怖い?」
 雅人様より私が?
 唸るように考えて、さらに眉間を寄せる。どうやら納得いかないらしい。微動だにする事無く、その紙を見続けていること数十秒。
「ああ、こんな事をしている場合ではありませんでした」
 そろそろ子供達のおやつを作りにかかなければ、と独り言を呟いて。ぐしゃりと紙を握りつぶしてゴミ箱に捨てた。
 その動作がいつもより多少荒っぽかった事を知る人は、誰もいない。
 それから数日、いつのも増して松岡が優しかった事に首を傾げたのは綾乃と雪人。
 密かに、優しいけどなんか怖いかもなー・・・なんて思っていたのは、絶対に言バレちゃいけない秘密。


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TOPのプチアンケート結果。
怒らしたら怖いのは誰?で松岡1位おめでとうSSです

DATE〜2005.711
響の1日 加筆修正後プラチナページへ移動

DATE2005.
 その土曜日。雅人にしては非常に珍しく、午後までで仕事を終えることが出来た。そうなれば雅人は、どこへ寄る事も無く家へと急ぎ。帰り着いた時間は、午後のおやつに間に合う時間。
 門を開けて、いそいそと玄関を開ける。
「あーお帰りなさい」
 ------!!!!
 衝撃が走った。
「あ、あ、綾乃・・・」
「早かったんだっ。ちょうど良かった。今マフィン焼けあがったトコロだよ。一緒に食べよう?」
 頬に小麦粉をを付けた顔で、嬉しそうに笑う顔はそれはもう見惚れるくらいに可愛いのだが。今の雅人にはそれどころではない。
「エ・・・エ・・・は・・・っ」
「え?は?」
 -----裸エプロン!? いや、そんなはずはない。ただ、この暑い最中なので、綾乃はショートパンツにノースリーブという格好の上から、エプロンをしていたのだ。その所為で正面から見ればショートパンツはエプロンに隠れて見えず。腕も肩の細い紐とエプロンの紐が重なり合っていて。確かに一瞬見ると、間違わないでもないのかもしれない。
「雅人さん?」
 しかし、綾乃にはそもそも"裸エプロン"という単語が頭の中にないのだから、今の自分の格好がどう見えているのかなんて考えるはずもない。当然雅人が何を赤い顔で驚いているのか、まったく分かっていない。
「マフィン、いらない?あっ、僕が作ったからって心配してるんでしょう!!」
 いやいや、雅人が考えているのはそういう事でもなく。その瞳を向けているのも拗ねている綾乃の顔でもない。エプロンからスラリと伸びた、生足。生足。生足。
 ただ、後からやってきた松岡には雅人の思考が分かったようで。綾乃の後ろで深々とため息をついた。
「もうっ。分けてあげないんだからっ」
 ぷんっと怒った顔で綾乃が言うと、キッチンから雪人が呼ぶ声が聞こえて。綾乃はクルっときびすを返して行ってしまった。
 後ろから見れば、確認するまでもなくちゃんと服は着ている。
「・・・雅人様・・・」
 玄関に立ち尽くしている雅人に松岡はため息混じりに声をかけ、嘆かわしいとでも言うように軽く頭を振って。松岡までもが戻っていってしまった。
 玄関に取り残された雅人は一人。
 やっとの思いで立ち直った数秒後。転がり込むようにキッチンへと入っていった。トイレに駆け込まなかっただけでも良しとするべきか。

 ----いや、ですがっ。普通に帰ってきたら不意打ちであの格好でお出迎えは、私だって冷静ではいられませんよっ!!!

 そんな雅人の心の内の叫び。理解してくれるであろう直人は、残念ながら仕事のためここにはいなかった。
「つーか、俺も見たかったなぁ〜。あ、綾乃の方じゃなくて、放心した兄貴の方ね」by直人。


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TOPのプチアンケート結果。
裸エプロン似合うのは誰?で綾乃1位おめでとうSSです

DATE2005.6.9
「あ・・・雨だぁー」
 日曜日。10時くらいに、朝とも昼ともつかないご飯を食べた綾乃がポツポツと濡れた窓を見て声を上げた。
「えぇ〜」
 向かいに座っていた雪人が、慌てて窓辺に走り寄る。
「どうしたんです?」
 傍らで新聞を広げていた雅人も顔を上げた。
「いいお天気だったら、公園でキャッチボールでもしようかって話してたんだ」
「・・・そうだったんですか?」
 変な間と、何か少し不満そうな声に綾乃は目をパチパチさせて、無言で何?と問いかけると。
「私は何も聞いていなかったので」
 そんな答えに、あーと、綾乃は苦笑を浮かべた。
「雅人さん、今日は仕事かもって言ってたから」
「・・・そうでしたっけ?」
「そうでした」
 金曜日に週末のことを聞いたら、仕事になるかも・・・って言ったくせにと軽く睨んで見ると、そんな事はすっかり忘れている雅人は、何食わぬ顔で肩をすくめた。
「あーあ、もう公園無理だね」
 まだ窓辺に張り付いている雪人に向かって言う。どうやら雨脚は強くなっているようだ。
「仕方ないね」
 不満そうな顔の雪人をなだめる様に綾乃が言うと。
「じゃぁ〜何して遊ぶ?」
 と、聞いてくる。
「うーん、3人で出来ることだと・・・」
「えー雅人兄様も混じるの?」
 綾乃の言葉に、雪人は益々不満そうな顔を作る。もちろん、雅人が怒るのが楽しいからわざと、なんだけれど。
「雪人?」
 案の定雅人は、不満そうな声を上げて。立っている雪人に手を伸ばして抱え上げる。
「きゃぁあ」
 腹ばいに抱いてこしょばすと、楽しそうな雪人の声。さらに雅人はふざけてお尻を軽く叩く。
「あれ?兄貴が家庭内暴力してる」
「あー直人兄様ぁ〜」
 目の下にくっきりクマの出来ている直人が、まさにダラ〜とした態度で入って来た。
 4日ぶりの帰宅。
「お帰りなさいませ」
「んーただいま。松岡ー・・・腹減った」
「はい」
 そのままぐったりと椅子に倒れ組むように座った直人に、雪人は背中から覆いかぶさる。
「雪人〜重い・・・」
 そんな光景に綾乃は声を上げて笑う。雪人は上機嫌で、雅人も笑顔を浮かべている。
「綾乃ー、笑ってないで助けろ。俺は今猛烈に疲れてるんだ」
「え〜」
 綾乃が不満の声を上げるころ、松岡は味噌汁とご飯に太刀魚の塩焼きを運んで来た。

 こんな、なんでもない朝。なんでもない日常。

 そして午後には、シアタールームで雅人、綾乃、雪人、直人の並びでソファに座ってDVDを見ている姿があった。
 直人は、爆睡していたけどね。

 こんな事なら、梅雨も悪くはない。

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メールのお返事に、もうすぐ梅雨ですね。って書いた瞬間に浮かんだお話です。

DATE2005.6.1
「ふっ・・・、やだっ」
「響?」
 日曜の昼間。リビングに響の少し抗うような声とともに、咲斗の楽しそうな声が重なり合う。
「んっ・・・ちがっ」
「でも、イイでしょ?」
「はぁっ・・・、さきっ」
「ん?」
「っ・・・、――――もうっ!!」
 フローリングの上で、クッションを抱きしめながら寝そべっていた響は、もう我慢出来ないと荒げた声とともに勢いよく上体を起こした。
「響?」
「腰じゃなくて、足!」
 一体何?と不審気に見つめる咲斗に、響は怒った目を向けてイーっと口をも曲げる。
「俺は足をマッサージしてって言ったのにっ」
「ああ。そうだったんだ?じゃぁもう1回」
 そうなの?と、胡散臭いまでににこやかな笑顔で頷いた咲斗は、すりすりっと響の身体を捉えようと近寄ってくる。それを響は足を伸ばして防御した。
「痛っ」
 ようは、あろうことか咲斗を足蹴にしたのである。
「そうだったんだ?じゃないよ!足揉んでくれるって言うからねっころがったのに」
 咲斗は足を揉むどころか、俯きに寝転んだ響の背中に手を這わして、腰を揉んできたのだ。しかも、明確な意思をもった指先で。
「だーって。響ってば最近疲れた疲れたって、すぐ寝ちゃうし」
「・・・?」 
「全然構ってくれないし」
「構うって」
 いい年をした咲斗が、体育座りになっていじいじと響を見つめながら言い募る仕草を、ああかわいいかもと思ってみている響は、多少問題ありな気がしないでもないが。
「寂しかったんだよ」
「・・・咲斗さん・・・」
 今週は何故かお店が忙しくて、つい咲斗の相手を後回しにしてしまっていた自分に響は反省する。
 が―――――
「同棲1年でセックスレスなんて」
「セッ!ちょっと5日ほどしなかっただけでしょ!!」
 響は思わず手にしていたクッションを咲斗に投げつけて、咲斗の発言に怒鳴ってやる。
 同情して反省した自分がバカだった。たった5日何もしなかっただけで、なんて事言うのだ。その5日だって、キスはしてたし、隙さえあれば深い口付けをしかけてくるのだから。
「5日も響に触れてないなんて、拷問だ」
「触ってたじゃん、十分」
 エッチしなくったって、抱きしめてくるし首筋にはキスするし。ことあるごとに、Tシャツを捲りあげて素肌に手を滑らしてきたくせに!
 と、内心毒づく響だか、そこまでされて5日逃げ切った響が強者といわずにはおれない。
「そんなんじゃ、4人で温泉なんていけるの?」
「行けるよ?なんで?」
「二人のいる前で変なことしないでよっ」
「え〜〜〜」
「え〜〜じゃないよ!」
 やっぱり、とむくれる響に、そんな事は納得出来ないと、咲斗は拗ねた顔でじりじりと響に近づいていく。ちょっと足蹴にされたくらいでは、諦めてられないのだ。
 昨日の土曜日は寝て過ごし、お休みは今日の日曜だけなのだ。今日、思う存分その身体を味あわなければ、明日からの1週間をとてもじゃないけど乗り切れないと、咲斗は切羽詰っていた。
 いや、そんなことで切羽詰るのも情けない話なのだが、咲斗にしてみれば、目の前に好物があるのに手が出せない状況なのだから、男としてつらくもなるというものだ。
「でも、由岐人さんも行くって言ってくれたらしいし、良かったね!」
「まぁね」
 響の言葉に、どうやって同意をとりつけたのか、由岐人経由で知っている咲斗は多少苦笑を浮かべざるを得ないのだが、咲斗にしてみてもその結果には十分満足している。
 さんざん毒づく由岐人の話を、惚気だなぁなんて思いながら聞いていたとはさすがに由岐人には言えないが。
「どこ行こうっかなぁ〜みんなで温泉なんて!!」
「そうだね」
 すっごく嬉しそうに笑う響に、咲斗も嬉しくなってしまう。
 好きな人の笑顔を見ているのが何よりの幸福。そんな思いを今まさに噛み締めて。
「2泊3日だから、観光もできる場所がいいね」
「うん!」
 響は本当に旅行を楽しみにしていた。家族旅行に縁がなかったのは、咲斗や由岐人ばかりではなく、それは響も同じだから。大好きで、もう家族なんだって思える人と一緒にどこかへ行けるのは、それがたとえほんの近場の、すぐそこの場所だって、嬉しいのだ。
「温泉に入って、美味しいもの食べて、いっぱい楽しもう」
「うん!」
「早くどこに行くか決めなきゃね」
「うん」
「来週あたり、4人で下の二人を呼び出そうか?」
「あー賛成!」
 この提案に、自分から距離をとっていはずの響が、嬉しさに咲斗に抱きつくと、咲斗は待ってましたとばかりのその身体をぎゅーっと抱きしめた。
「これからも、毎年みんなでどこかへ行けるといいね」
「うん」
「世界は広いから、毎年行ってもきっと回りきらないから、長生きしなきゃね」
「うん」
「たくさんの楽しいことや新しいことして、いっぱい思い出を作っていこうね」
「うん」
「ずーっと一緒だよ?」
「もちろん!」
 何気ない言葉が、泣きそうになるほど嬉しいのは、この幸せが真実だと知っているからだろうか。きっと何があっても、この先きっと色んなこともあるだろうけれど、何があってもこの手を離す事はないと、咲斗も響も知っている。
 法律にも、紙切れにも守られない関係だけど。
 そんなものよりも、もっと強い絆があるから。
「愛してる」
「俺も」
 見詰め合って、ゆっくり触れ合うキス。
 軽いキスなんかじゃ物足りなくて、すぐに深いものへと変わって。
 背中に回された咲斗の手によって、響は着ていたTシャツを取り上げられてフローリングに押し付けられる。
 ―――――ん・・・?
 拒んでいたはずなのに、いつの間にか組み敷かれてしまった状況に、一瞬我に返って咲斗を見上げるけれど。咲斗の優しい笑みにぶつかって、すぐに首筋を吸い上げられて腰に腕を回されて。
 響は考える事を放棄した。
 胸にキスをされる頃には、その口からは甘い声しか漏れなくなっていた。

 さて、どこからが咲斗の計算だったのか?

 とにもかくにも、日曜の午後は甘い吐息に埋まりそう・・・・・・

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「咲斗と響ちゃんのある週末」



DATE2005.5.10
 週末。由岐人は当然のように仕事は休みで、朝から家でごろごろしていた。剛は深夜から朝にかけてバイトだったので、由岐人は久しぶりに一人で朝を過ごしていたのだけれど、ふと漏れるため息。
 ―――――なんか、この静けさが少し・・・
 寂しい。
 言葉には絶対出来ないその思い。言葉にするどころか、認めることもなんだかまだ出来ないでいるくせに、由岐人はソファの上でクッションをぎゅっと抱きしめた。
 少し前までは、これが普通の日常だったはずなのに。カチカチと鳴る時計の音がやけに耳障りだとイラつきさえ憶え出した、その時。
「ただいまぁ〜。ひゃぁー疲れた!」
 静けさの中に、見知った騒音。
 由岐人の心臓がドキっと音をたてた。
「・・・お帰り」
 待ってたなんて絶対言えないし、気配にすらだしたくないから、わざとそっけなく言って急いで手元にあった雑誌を慌てて広げてみる。
「ただいまぁ〜。あれ?もう完全に起きてんだ?」
 まだパジャマのままか、それとももしかしてベッドの中かもと思いながら入ってきた剛は、しっかりと起きてきている由岐人の姿に少し驚いた顔になった。
「寝てるかもって思ってたなら、大きな声だして帰ってくるな」
 剛のいないベッドが妙に広く感じて。実はよく眠れなかった由岐人は密かに機嫌も悪い。まして、眠れなかったその理由にすら、腹立たしいのだから、なお始末に悪い。
「だーって」
「だってって・・・何、それ?」
 身近に近づいてくる剛の気配を感じて、やっと剛の方へ振り返った由岐人は、剛が手にしていたパンフレットに目を止めた。それは、関東近郊の温泉のパンフレットが多数。
「ああ〜これ?いや、温泉でも行こうかと思って」
 剛はそう言うと、ソファ前に置かれているローテーブルにパサっとパンフレット置いた。伊豆、日光、熱海などのお決まりの文字の並ぶパンフレット。
 由岐人の心がざわっと揺れる。
「・・・へぇー」
 ――――誰と?
 由岐人は喉元まででかかった言葉を、なんとか飲み込んでなんでもない顔をした。
「良くない?温泉」
「いいんじゃない?・・・何泊くらいしてくるの?」
「うーん、出来れば二泊三日かな」
 剛は、パンフレットを手にするわけでもないのに視線をはずさないその由岐人の態度に苦笑を浮かべながら、冷蔵庫を開けてジュースをグラスの注いだ。
 1分1秒でも早く帰ってきたくて、駅から走って帰って来たのだから喉はからからだった。ゴクゴクと飲カルピスソーダがとりわけ美味く感じられる。
「へぇー・・・のんびり出来ていいかもね」
 ―――――三日・・・
 三日も剛が家にいないという事実が、由岐人の心臓をぎゅっと掴んで、剛が自分を観察していることになんてまったく気づいていない。
 ただ、誰と行くのなか気になって仕方が無い。剛には剛の付き合いがあって、それはそれで当たり前だとわかっているのに、自分と旅行に行くなんて話をしたこともないくせに、と。
 そんな苛立ちだけが湧き上がって。悔しくて悲しくて、いらいらする。
「由岐人!?」
 唐突に立ち上がった由岐人に剛は少し驚いて、テーブルに少しもたれかかっていた身体を浮かせる。由岐人の態度が予想外だったのだろう。
「・・・ご飯、食べるよね?」
 そこで初めて剛を見た由岐人は、まるで旅行の話なんて聞かなかったかのような態度だ。目が微妙に据わって見える。
 そんな由岐人を見て、剛がクスクスと笑いを漏らした。
「・・・なに?」
 不機嫌そうに寄せられる由岐人の眉。
 剛はそんな由岐人に手を伸ばして、腕を取って無理矢理に自分の方へ引き寄せる。少し身体をテーブルに預けるように立って。
「由岐人は、どこに行きたい?」
「・・・・・・は?」
「だーかーら。由岐人はどこに行きたい?温泉」
「・・・・・・なんで僕が関係あるの?」
 笑みを浮かべて窺うように見てくる剛に、由岐人の不機嫌そうな眉間の皺はより一層深くなる。
「だって、由岐人と行くから」
「・・・・・・は!?」
 剛の腕がいつの間にか由岐人の腰に手を回して、しっかり抱きとめている。
「こないだ響とそんな話になって。じゃぁ4人で一緒に旅行行こうかって話になったんだよ。それでパンフ貰ってきたんだ」
「・・・・・・」
「ビックリした?」
 クスクス笑って、ちょっと呆気に取られている由岐人の唇に軽く剛の唇が触れた。
「っ!」
 我に返って、パッっと頬の朱が走る。自分の心を見透かした様な剛に、思わず暴れた由岐人だが、既に剛はしっかりと抱きしめてしまっているから由岐人は腕の中からは逃れられない。
「お前っ!」
 ハメられた!!由岐人がそう思った時にはもう遅くて。剛はいたずらが成功した子供のように笑ってる。
「俺が由岐人以外の人と勝手に旅行行くわけないじゃん。大学とかで行くことになったら、真っ先に由岐人に相談するから」
 ―――――〜〜〜〜〜っ!!
「心配した?―――――痛っ!!」
 由岐人が思いっきり剛の足を踏んだのだ。
「痛てぇ〜っ」
 それでもなんとか由岐人を離すことの無かった剛の態度は、賞賛に値するだろう。
「僕は行かないから!」
 耳を朱に染めて、悔しそうに言う由岐人はまるで駄々っ子だ。
「だーめ」
「はぁ!?」
「由岐人だって、温泉いいねって言ったし、二泊三日はゆっくり出来ていいかもって言った」
「・・・それはっ!」
 それは拗ねていただけだとは、まさか言えない。
「咲斗のヤツも響も、すっごい楽しみにしてるんだから。な?」
「・・・っ・・・」
 由岐人だって旅行には行きたい。だけど、剛にハメられたような今の状況が腹立たしい。
 何故か剛には、自慢のポーカーフェイスも役に立たない現実にだってムカつく。
「家族旅行とかも行ったことないんだろう?」
 常日頃から素直にならない自分が悪いとは、由岐人は思っていない。
 ただ、剛としては由岐人の本心を垣間見たかっただけだったのだが。
「な?4人で温泉行ってのんびりして、目一杯遊ぼう!」
 その誘いが由岐人の脳裏に、自分が望む幸せで当たり前な風景が浮かぶ。自分が知らずに通り過ぎた、きっと普通の人なら高校や大学時代に味合うであろう体験。
「・・・由岐人?」
 一瞬由岐人の顔が少し歪んで、泣くのかと思った瞬間、由岐人はその顔を隠すように剛の肩口に顔を埋めて、ぎゅっとしがみついてくる。自然と甘えるような仕草になっているのを、由岐人だけが気づいていない。回りはみんな、知っていて喜んでいるけれど。
 剛がどこかの誰かと旅行に行くわけじゃないのだとホッとして。ハメられたことにムカついて。そして、込み上げてくるなんともいえない幸福感。けれどまだ、ちゃんと素直にはなれなくて、由岐人には戸惑うことの方が多い。
「ごめん」
 そんな由岐人の内なる思いを全部わかっているのか、いないのか。ただ、剛は由岐人をぎゅーっと抱きしめて、"ごめん"と呟いた。
「ばか」
「うん」
「ばーか」
「由岐人」
 本当に子供みたいな由岐人に、剛が忍び笑いを漏らすと。
「痛ててててて・・・っ」
 由岐人が剛の肩に、噛み付いた。

 本当に駄々っ子で。

 けれど、窓の外から見ている鳥すらも呆れてどこかへ飛んで行きそうな、甘い景色。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







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