―――やめてください

 ―――っいや・・・・んっ・・・・

 ―――ああっ・・・やっ、なに・・・・やめっ!

 ―――ああ・・・っひぃ・・・・・・う、あああぁぁぁ・・・・っ






「どうぞ。お口に合うかわかりませんが」
 彼の前にハーブティと一緒にケーキを出す。ハーブも自分で育てている物で、ちゃんとフレーバーティーにして飲みやすくしてあるもので、試行錯誤を重ね、色々作ってみた中の1番いいのを出す。
「これ・・・・・・あの時と同じだな」
 彼がケーキを見て言う。
「それしか作れないんですよ」
 ・・・・・・・・・覚えていてくれたんだ・・・・・・・・・
 その事がわかっただけで、話す機会を作ってくれた少しダグロードに、感謝しそうになってしまう。
「それを食べたら帰ってください」
「嫌だ」
「皇子・・・」
 もう、これ以上は決心が鈍ってしまうから。わたしはそんなに強い人間じゃなのに。
「あの時約束しただろう?」

 ―――ごめん

 ―――無理矢理こんな事するつもりじゃなかったのに・・・

「皇子、私はあなたとは一緒にはいけません」
「どうして!?」
「・・・・・・・・」
「じゃぁ、どうしてあの時―――」

 ―――迎えにくるから。絶対。

 ―――帰ってしまえば、私の事など忘れますよ。

 ―――忘れない!絶対忘れたりしない。俺は必ず、迎えに来るから、その時は、一緒に来てくれるか?



「私は前国王の息子なのですよ?貴方のお父様が殺した男の子供なんですよ?」
 そんな人間を側に置く事の危険性をわかってますか?
「そんな事、知ってる」
「ここを出て城へ行ったところで、結局幽閉場所が変わるだけです。城の中で監視されて、命を危険にさらすだけ」
 私は死ぬ事が怖いわけじゃないんです。私が側にいる所為で、あなたの命を危険にさらす事が怖い。
「そんな事はさせない!!」
「どうして言い切れるんですか?」
 あなたを苦しめたくない。
「・・・・・・・・っ」
「ならば、住み慣れたここでいい」
 あなたに無駄なハンデを負わせたくはないんです。
「でも、ここには一人っきりだ」
「城に行っても、一人ですよ」
 わかってください。
「・・・・・・・俺がいても?」
「・・・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・そんな言い方は、卑怯だ・・・・・・・・・・・・


「じゃぁなんで、あの時あんな約束したんだ」
 ごめんなさい。
「・・・・・・まさか、本当に来るとは思っていなかったんです」
 貴方を苦しめてしまって、ごめんなさい。
「本気にしたのは俺だけだったって事?」
 違います。
「・・・・・・・・そうです」
「本気じゃなかったんだ?」
「ええ」
 本気だから。本気だかこそ、行けない。
「適当に言っただけだ?出来ないと思ってからかったわけだ?」
「・・・・・・・・・・・」
 違う。違う。
「5年必死だった俺がバカだって事か!?」
「・・・・・・・・・」
 そうじゃない。
「なんとか言えよ!!その口で、ちゃんと言えばいいだろう!?」

・・・・・貴方が、好きです。

「何故何も言わない!?」
「・・・・・・・・・」
 もう、許してください。
「俺の側にはいてくれないのか?」
「すいません・・・・・」
 そう出来たら、そうする事が出来たなら、どんなにかいいでしょうね。私がこんな立場じゃなくて、もっと貴方の役にたてる人間だったら、きっと側にいれた。
 ずっとずっと側にいて、貴方を守る事も出来たけど。

 私じゃあ、何も出来ない・・・・・・・・・

「わかった」
 何も言わない私に、彼は苛立った顔をして立ち上がった。ケーキとお茶には手がつけられていない。
「皇子?」
 せっかく焼いたケーキなのに。食べてくれないんですか?
「帰るよ」
 え・・・・・・・?
 彼は、わたしの顔もみないで本当にそのまま背を向けてしまう。これが、最後なのに。もう2度会う事もできないのに・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・こんなの、嫌だ。
「待ってください」
 その時私は、考えるより先に、言葉が出た。
「・・・・・・・なに?」
 何を言ってるんだろう。このまま、帰してしまわなきゃいけないのに。冷静な頭はそう言っているのに。
「もう日が暮れます。夜の森は危ないから」
 ほら、彼がすっごいびっくりした顔してる。
「今夜は泊っていってください。明日の朝、ダグロードに送らせますから」
 何を口走ってるんだろう・・・・・・・・・・頭では分かっているのに、脳の命令に口が従ってくれない・・・・・・・
「・・・・・・いいの?なんかするかもよ?」
 彼が、少し試すように私に言う。その目の奥が少しいたづらっぽく光っていて、ああ、やっぱりあんまり大人にはなっていないかもなんて、冷静に考えてしまう。
「皇子・・・・・」
 苦笑のような、ため息のような自分の声。
「座ってください。冷えてしまいましたね、お茶を入れなおします」
「いい。これでいい」
「そうですか?」
 あったかい方がおいしいのに。
「簡単にしか出来ませんが、夕飯の用意をしますね」
 ウサギあるし・・・・・・・・なんだか、ダグロードの思い通りに事が進んでいる気がするな。
「うん。あ、何か手伝うよ」
「皇子様が?」
 思わず、意外そうな声をだしてしまった。案の定、彼は少し膨れた顔をする。
 やっぱり、そんなに変わってないな。
「やればできるよ」
「本当ですか?」
「うん」
「じゃぁ、このナイフでジャガイモとにんじんの皮をむいてください」











「凄い・・・・・・」
 彼が、出来上がった料理に目を丸くしている。王宮ではもっと凄いご馳走を目にしているはずなのに。
 今日の献立はウサギのソテーに温野菜を添えたのに、ジャガイモの冷製スープ。サラダに自家製のパン。こんな事なら、もっと準備しておけば良かったと思う。
「食べましょうか。皇子様のお口に合うかわかりませんが」
「全然!うまそう!」
 その笑顔に、思わずつられてしまう。
「それは良かったです」
「これパンも野菜も全部手作りなんだよな?」
「ええ」
「凄いなぁ・・・」
 そこで、ウサギも森で狩る事が出来るし、少し歩くと湧き水も沸いてて、少し離れているが小川も流れていて、魚を取る事もできるというと、彼は目を丸くして感嘆の声を上げた。
「じゃぁ、食べる物に困る事はないんだ?」
「ええ、そういう意味で、ここで飢える事はありません」
「ここの生活には、満足してるんだな・・・?」
 ああ、なるほど。
「そうですね」
 その返事に、彼は見るからに落ち込んでいる。表情がすぐ表に出てころころ変わるところなんて、本当に昔と全然変わってない。それだけじゃない、まっすぐな瞳も、その純粋さも何も変わってない。
「皇子?何か、お口に合わないものでも?」
 それがうれしいのか、悲しいのか自分でもよくわからなかった。
「ううん、おいしい」
 彼が、無理矢理笑おうとしているのがわかって、心が痛んだ。
「なぁ、いつもは一人で食べてるの?」
「ええ。たまにダグロードが一緒の事もありますけど」
「そっか。寂しくもないんだな」
「・・・ええ」
 寂しいですよ。
 ずっと一人でいて、そんな事思いもしなかったけれど、5年前出会ったあの日、初めて寂しいという気持を知りましたよ。あの日から私はずっと寂しいです。
 きっと、明日からは、もっと寂しい・・・・・・・・そして苦しい日々なんでしょうね?
 あなたが、変わってしまっていたらもっと楽だった。もっと嫌な大人になっていたら、すっぱり諦められた。
「泣かないでください」
「泣いてない」
 泣かないでください。
 泣かせたいわけじゃないんです。
 私は思わずため息をついてしまう。自分のふがいなさに。意思の弱さに。
 どうして引き止めたりしてしまったんでしょうね?

 すいません。

 ばかな私でごめんなさい。

 でも、お願いです・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうか、私を許してください。

 明日からは、なんの希望もなく生きていかなくてはならない私の為に。

 この5年の様に

 いつか、あなたが迎えに来る・・・・・・・そんな夢を見る事もできなくなってしまうから。

 ああ・・・・・


 本当に、過去に中で、生きていかなきゃいけない・・・・・・


 でもね、


 会わなきゃ良かった。


 出会わなきゃ良かった


 なんて、思わないんですよ。



 会えて良かった。


 あなたに会えて本当に良かった。


 私が何のために生きているのか、

 生かされているのか



 やっと、その意味を知ることが出来たから。




 きっと貴方に会うためだったんだと、今は思えるから・・・・・・・・・・






 人を愛するという事を、教えてくれて




 ありがとう・・・・・・・・・・








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