―――やめ、やめてくださいっ


 ―――っいや・・・・んっ・・・・


 ―――ね、がい・・・やめ・・・ひん・・っ・・・あっ


 ―――ああっ・・・やっ、なに・・・・やめっ!


 ―――ごめん


 ―――っ・・・・ぁん・・・いっ・・・ああっ・・・・・


 ―――ああ・・・っひぃ・・・・・・う、あああぁぁぁ・・・・っ


 ―――無理矢理こんな事するつもりじゃなかったのに・・・








「どうぞ。口に合うかわかりませんが」
 彼は、ハーブティを入れてくれた。ケーキも出してくれた。
「これ・・・・・・あの時と同じだな」
「それしか作れないんですよ」
 彼はそっけなく言い放つ。
 そっか、覚えていて出してくれたわけじゃないんだ・・・・・
「それを食べたら帰ってください」
「嫌だ」
「皇子・・・」
 彼が、困った様に言う。
「あの時約束しただろう?」


 ―――く・・・・んんっ・・・ああぁぁ・・・っ

 ―――でも、もう・・・止めれない

 ―――うっ・・・いい・・・・あぁ・・・あああぁぁぁぁぁ・・・・・っ・・・

 ―――もっと、俺を感じて・・・・

 ―――ひぃぃ・・っ・・・ああっ・・もぅ・・・・ああ・・・っ・ね・がい・・・ああぁぁぁ・・・・・・・っ


 ―――もっと、もっと、感じて


「皇子、私はあなたとは一緒にはいけません」
「どうして!?」
「・・・・・・・・」


 ―――ごめん、俺・・・・

 ―――もう、いいですから。忘れてください。私も、忘れますから。

 ―――嫌だっ。忘れない!

 ―――皇子

 ―――俺は絶対忘れないからっ

 ―――皇子・・・・・・・


「どうしてだよ?」


 ―――迎えに来るから。俺、絶対迎えにくるから。

 ―――帰ってしまえば、私の事など忘れますよ。

 ―――だから、忘れないって言ってるだろ!?

 ―――忘れた方がいいんです・・・・・・

 ―――絶対忘れたりしない。俺は必ず、迎えに来るから。

 ―――・・・・・・・・

 ―――そうしたら、その時は、一緒に来てくれるか?


「私は前国王の息子なのですよ?貴方のお父様が殺した男の子供なんですよ?」
「そんな事、知ってる」
「なら、わかるでしょう。ここを出て城へ行ったところで、結局幽閉場所が変わるだけです。城の中で監視されて、命を危険にさらすだけ」
「そんな事はさせない!!」
「どうして言い切れるんですか?」
「・・・・・・・・っ」
「ならば、住み慣れたここでいい」
「でも、ここには一人っきりだ」
「城に行っても、一人ですよ」
「・・・・・・・俺がいても?」
 俺が側にいても?
「・・・・・・・・」
 俺の言葉に、彼の身体がビクっと揺れる。
 けれど何も言ってはくれない。
 その無言は肯定?
 この日を待っていたのは、俺だけ?
「じゃぁなんで、あの時あんな約束したんだ」
 俺の質問に、彼が苦しそうな顔をするのは、何故?
 そんなに、俺は貴方を苦しめてるの?

「・・・・・・まさか、本当に来るとは思っていなかったんです」

  ・・・・・・・・・・・・・そんな・・・・・・・

「本気にしたのは俺だけだったって事?」
 俺は、思わず彼の腕を掴んだ。
「・・・・・・・・そうです」
 彼は、俺の目を避けるように俺に背を向ける。
「本気じゃなかったんだ?」
 俺は、その背に問いかける事しか出来ない。振り向かせて、その瞳を見るのが怖い。
「ええ」
 その瞳が、俺を拒絶してるのかと思うと、怖くて見る事なんて出来ない。
「適当に言っただけだ?出来ないと思ってからかったわけだ?」
「・・・・・・・・・・・」
「5年必死だった俺がバカだって事か!?」
「・・・・・・・・・」
「俺の事、笑ってたんだ?」
「・・・・・・・皇子・・・」
「どうせ全部お見通しで、知ってるんだろ?」
「・・・・・・・」
「そんな俺を見てるのが楽しかったか!?」
「・・・・・・」
「なんとか言えよ!!その口で、ちゃんと言えばいいだろう!?」
 なんで、そんな苦しそうなんだよ。つらそうなんだよ!
 苦しいのは俺だ。
 悲しいのは俺だろ?
 したくもない勉強をして、したくもない根回しをして。今の立場を確固たるものにする為に、人を蹴落とすことだって汚い事に手を汚す事だって何だってした。
「何故何も言わない!?」
 それも、全部、無駄な事だったなんて。
「・・・・・・・・・」
 なんか言ってくれよ。
「俺の側にはいてくれないのか?」
「・・・・・・・・・・すいません」
 小さく、彼がつぶやいた。
 それが、答え。
「わかった」
 俺に、それ以上何が言えただろう。
 彼の顔を見るのもつらくて、俺は出されたケーキにもお茶にも口をつける事なく立ち上がった。
「皇子?」
「帰るよ」
 俺はそのまま、彼に背を向けた。 
 今、彼はほっとした顔でもしているのだろうか?
 そんな顔は見たくない。
「待ってください」
「・・・・・・・なに?」
 今更、何を言う事があるんだ?
「もう日が暮れます。夜の森は危ないから」
 彼の口から発せられた言葉は、あまりに以外で、俺は思わず振り返って彼の顔を見つめてしまった。
「・・・・・・・」
 彼は、少し目じりを赤くして困ったような顔をしていた。
「今夜は泊っていってください。明日の朝、ダグロードに送らせますから」
「・・・・・・いいの?なんかするかもよ?」
「皇子・・・・・」
 彼はもっと困った顔をする。
 ああでも、この困った顔はちょっと好きかも。
 俺はすぐにでもここを立ち去りたいと思うのに、1秒でも長くここにいたいと思うのもまた事実で。彼の言葉には、抗えず、頷くしか出来なかった。
 その時、彼がホッと息を吐くのがわかった。
 そのため息は、どういう意味の物なの?
「座ってください。冷えてしまいましたね、お茶を入れなおします」
「いい。これでいい」
「そうですか?」
 俺は頷いて、そのお茶に口をつけた。今の俺には冷えたお茶の方がちょうどいい。心の中にある、淡い期待を冷ましてくれるような、もっと冷えたやつの方がいいくらいだ。
「簡単にしか出来ませんが、夕飯の用意をしますね」
「うん。あ、何か手伝うよ」
「皇子様が?」
 彼が、少し意外そうな声を上げる。
 ああ、こういう声は初めて聞いたかも。
「やればできるよ」
 それを聞けただけで、ここに残って良かったと現金にも思ってしまう。
「本当ですか?」
「うん」
「じゃぁ、このナイフでジャガイモとにんじんの皮をむいてください」



 と、渡されたけど・・・・


 



「凄い・・・・・・」
 結局、俺はなんの役にもたたなかった。剣とナイフはやっぱり違う。人を殺す術にたけていても、じゃがいもの皮ひとつ満足に向けなくて。1個目が終わる前に、彼に取り上げられてしまった。
 彼が言うのに、手をざっくり切る前に止めてもらいます、と。
 その結果、俺のした事といえば、パン切りに格闘して、サラダを盛るのにしっくはっくしたくらい。その間に、彼はウサギをさばき、それをハーブとガーリックでグリルし、添え野菜も茹で、ジャガイモの冷静スープも作った。
「食べましょうか。皇子様のお口に合うかわかりませんが」
「全然!うまそう!」
「それは良かったです」

 ・・・・・・・・その時、彼が少し、微笑んだような気がしたのは、俺の願望だろうか・・・・・

「これパンも野菜も全部手作りなんだよな?」
「ええ」
「凄いなぁ・・・」
 聞けばウサギもこの森で取ったものらしいし、少し歩くと湧き水がわいているところがあるらしい。少し離れているが小川も流れていて、魚を取る事もできるらしい。
「じゃぁ、食べる物に困る事はないんだ?」
「ええ、そういう意味で、ここで飢える事はありません」
「冬は、凄く寒いとかそういう事も・・・」
「ありませんよ」
「そっか・・・ここの生活に不自由はないんだ・・・?」
「そうですね」
 彼の返事に俺は少なからず落ち込んでしまう。
「皇子?何か、お口に合わないものでも?」
 黙ってしまった俺に、彼は見当違いな事を言う。
「ううん、おいしい」
 俺は気を取り直して食事を再開する。きっともう彼の作る物を食べる事なんて出来ないから。
 これが最初で最後だから。
「なぁ、いつもは一人で食べてるの?」
「ええ。たまにダグロードが一緒の事もありますけど」
「そっか。寂しくもないんだな」
「・・・ええ」
 話せば話すほど、俺は自分で墓穴を掘ってる。でも、聞かずにはいれない。
 もう、答えも結果もはっきり出て、わかりきった事なのに。
 淡い期待も飲み干してしまったはずなのに。
 それでも、どこかでまだ期待している自分がいて。

「泣かないでください」

「泣いてない」

 彼がため息をつくのがわかった。
 そんなに迷惑だった?

 貴方にとって、俺は迷惑でしかなかった? 


 そんな顔されるなら、


 こんな思いをするなら、



 俺、来なきゃ良かった・・・・・・・・・







 俺は、打ちひしがれた思いで、使った皿を洗っていた。



 このまま、ここを立ち去ってしまったほうがいいのではないだろうか。



 彼は俺を待ってたわけじゃないんだから。




 俺のした事は全部無駄で、迷惑でしかなかったんだから。










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