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「あ・・・いやぁ・・・っ」
 室内には濡れた声が響いていた。声の主は襲い来る快感に耐えようと、足で何度もベッドを蹴る。その度上質のシーツが波打っていた。
「何が嫌って?こんなに涎たらして」
 違う、男の声。こちらは余裕をたたえて、笑いすら含んでいる。
「もう・・・っ・・・ねがい・・・」
 切れ切れの濡れた声の持ち主は、冬柴響(フユシバキョウ)18歳。つい先日高校を卒業したばかりだ。
 その響は今ダブルベッドの上で後ろ手に縛られ、胸をベッドにつけ腰だけを高く上げさせられた格好で、足を思いっきり開けさせられていた。太股には先ほど放たれた白濁がタラリと伝い落ちている。そして奥の蕾にはローターが入れられ、小刻みな振動を繰り返していた。
「もう・・・抜い・・・っ」
 この格好を強いられて、ローターを入れられて、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。響は身体を震わせてただひたすら終わりの見えない時間を耐えていた。
「苦しい?」
「・・る、しい」
 響の声とは正反対に、もう一方の声はくすくす笑っている。
 響はローターを入れられてから、一度もイっていない。与えられる快感に上り詰めイキそうになると、根元を諌められ、響が勝手にイケないように男は加減する。それは、生殺しの快感。
「もう・・・たすけ・・・イカ、て」
 もうイキたい、響の頭の中はそれだけで一杯だった。この、身体の中で暴れ狂う快感を吐き出したい。
 一方、男はずっとベッドの端に腰かけて響の痴態を眺めていた。勃って涎をたらすアソコも、ひくひくと動く蕾も、全てを見ている。
 それが響には堪らなく恥ずかしかった。
 早く終わらせて欲しかった。
「おね・・・、がい」
「随分、おねだりが上手になったね?」
「んっ!」
 指がいきなり後ろに触れて来た。指でゆっくり入り口付近を撫でられなんとも言えない感覚が背中を這い上がって、響の体が震える。
 そして、ゆっくりゆっくり男の指が中に入ってきた。
「ん・・・あぁ・・・」
 その指先が、中のローターに当たる。
「これ、抜いて欲しい?」
 響は夢中で首を立てに振った。
 もう、こんな生殺しなのはつらくて苦しくて嫌だった。もう限界に来ているのだ。一刻も早くソレを抜いて、そしてこの行為を早く終わりにして欲しかった。
「抜いて、代わりに何が欲しい?」
 けれど、そんなに簡単には終わりは来ない。
「っ、・・・って・・・そんなのっ」
「言わなきゃ分からないよ」
 男はどこまでも楽しそうに言うと、反対に響は思わず唇を噛み締めた。 男の望む言葉が何であるのか、響にはその答えがわかっていた。それはこの数日で無理矢理教え込まれた事。けれどそんな恥ずかしい事を言いたくもなければ、響はただこの精を吐き出してそのままゆっくり眠りたいだけで代わりのものなんていらない。けれどその願いは叶えられない。そんなに簡単には終わらない。
 それも、響がこの数日で学んでいた事だった。
「そんぁ・・・無理・・・あぁ・・・・がい・・・」
 身体だけが作り変えられて、まだ気持ちが全然追いつかない。だって響は何も知らない高校生だったのだ。セックスは女としかしたこともなくて、当然男に抱かれる自分なんて想像もしたことは無かった。
「そう?もうちょっと躾が必要かな」
 言えずにいる響を面白がる様に、咲斗の指は響の中をゆっくり掻き回した。わざとポイントは外して、ローターを取る仕草さえも見せない。
「もう・・・、やだっ。―――ねがいっ、イかせて・・・」
 長すぎる快感の波の中で、響の意識が段々と混濁していく。
「なら、ちゃんと言いなさい」
 男の声が、遠くに響いて。まるでそれは甘い囁きの様な錯覚さえも起こしそうになる。
 けれど響はまだ、理性を手放してはいなかった。手放せなかった。だからそんな言葉は、口に出来ない。
「響?」
 促す声に響はなんとか首を横に振って、拒否する意思を伝える。必死で意識を繋ぎとめようとしている響に、男はゆっくりと笑った。
 男には焦る気など毛頭無かった。だからこそ、性急に理性を奪ったりしなかったのだ。響が自分から快感の渦に落ちて、手の中に堕ちて来るのを待つようにことさらゆっくりと快感を与えていく。響の喉が枯れてしまうまで、響が自分から腰をふって強請る様になるまで、ゆっくりとやるつもりだった。
 男がそんなつもりだと知る良しも無い響は、ただひたすら理性を保とうと、苦しい快感の中必死で耐えていた。閉じた瞳からは涙が零れ、今まで知らなかった、知る必要もなかった快感を覚えこまされながら、それを拒否するかのように必死で歯を食いしばった。

 頭の中では漠然と、どうしてこんな事になってしまったのだろう、と――――――随分前に感じた出来事を思い出そうとしていた・・・・・・








 響は、間違いなくどこにでもいる普通の高校生だった。
 卒業後は友人とシェアで部屋を借りて家から出て独立するつもりでいたから、既に部屋も決めて契約も済ませていた。
 その響にとって事件が起きたのは、卒業式も無事終わった学校からの帰り道。いきなり黒いワゴン車が目の前に止まり、中からガタイのでかい男が出て来たと思った時にはもう車に放り込まれ、目隠しをされ猿轡をされていた。
 あまりの手際の良さに響は抵抗らしい事抵抗もできず、叫ぶ事も出来ず、わけもわからないまま運ばれて、荷物の様にドサっと落とされたかと思ったらバタバタと複数の足音が遠ざかった。目隠しと猿轡を外されたのはその時。手は縛られたままだったが。
 目隠しを外されて最初に見たものは、男の顔だった。それもえらく男前な。少しクセのある長めの茶色の髪、耳にさり気なくついているピアスは何の石か、スレンダーなのに鍛えられた感じの体躯に仕立てのいいシャツがピタっとフィットしていて黒のパンツもよく似合っていた。
「こんにちは、冬柴響クン」
「誰だよ、アンタ!なんのつもりだよ、コレは!!」
 響は思わずカッとなって怒鳴った。響にしてみればそれはもっともな事だし、また目の前の男が、いかつい強面とは対照的な、いわゆるやさ男に見えた事も安心感を抱かせたのかもしれない。
 しかしそんな響の心理なのお見通しなのか、男は悠然と笑顔を向けた。
「俺は、藤原咲斗(フジハラサキト)。君の主人だ」
 ただその瞳が、一瞬狂気に絡んだ事は気づかなかった。
「はぁ!?何っ、何言ってんのアンタ?主人ってなんだよ!!ああもう、とにかくとっとと手解けよ!」
 ただ響は、相手に負けまいと威圧するように声を荒げた。やっぱり少し、怖かったのかもしれない。
「それは出来ない。主人というのは文字通りだよ。君は、義父に売りにだされたんだ。そしてそれを俺が買った。これがその証書。ここに君のサインと印がある」
 男―――咲斗はそう言うと響の目の前に1枚の紙を示した。響は思わずそれをふんだくろうと身体を動かしたのだが、後手に手を縛られていてはそれも叶うはずもない。
「ほら、ここだ」
 咲斗は指で響の署名がある場所を指し示した。そこには間違いなく"冬柴響"の名前があり、印鑑が押してあった。そしてなんと8000万円という数字も。
「こんなの、サインした覚え、ない!」
「印鑑は響の実印だよ。印鑑はもうちょっとちゃんとした所に隠さないとね。それと、サインも響がサインした物を忠実に写したものだから、鑑定してもらっても響のサインと認められると思うよ」
 にっこりと笑顔で言われる言葉に、響は一瞬絶句した。カッとなっていた頭は混乱に陥って咲斗の言葉がぐるぐると頭の中を回っている。
「なっ・・・それ!犯罪だろ!!―――第一、あいつが売りに出したって・・・」
「そうだ。響のお義父さんは何を勘違いしたのか俺の友人に話を持って来たんだ。ああ彼の名誉のために言っておくけど、確か裏社会の中にはそういう組織があるのは事実だけど、彼はそういうのとは一切係わり合いがない。響のお義父さんはどうも間違った噂を間に受けたらしい。だから響のお義父さんがやって来た時も、当然友人は申し出を一蹴したらしいんだけど、無理やり響の書類を置いて帰ったんだ。たまたまその直後彼の元を訪ねた俺が、響の写真を見て気に入ったんで、買う事にした」
 ――――かっ、買う事にしたって・・・
 今の日本でいきなり"君は人身売買の対象になったんだよ"と言われて、ハイそうですかと頷けるはずがない。
「ふざけるな。そんなもん、俺には関係ない!」
 第一そんな事、法が許すはずが無い。
「だから、証書があるって。8000万円は響の借金になってるんだよ。署名捺印もあって、逃げられると思ってる?」
「そんなの・・・っ」
「それに響は言う事きくしかないよ?」
「なんでだよ!」
「担保がある。もし響が借金踏み倒して逃げたら、お母さんを代わりに貰う事になってるから」
「な・・・っ!そんなの、義父を身代わりにしろよ」
 響は今にも飛び掛りそうな勢いで咲斗にくってかかるけれど、咲斗は苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「それじゃあ担保にならいでしょ。この世界の誰があんなおじさんに興味持つんだよ。響のお母さんでも、正直年は取りすぎてるけど・・・まぁ物好きな人はいるかもしれないし、ダメなら―――――臓器売買とか」
「やめろっ!!」
 響はその視線で咲斗を串刺しにでもしそうな程の強さで、睨みつけた。ギリっと悔しさに奥歯が鳴って、憎悪に瞳が燃える。
「―――お母さんは大事なんだ?」
 どこか吐き捨てるような咲斗の声。
「・・・別に、そういうわけじゃない」
「そう?」
 うっすらと笑みを浮かべるその顔を、響は忌々しそうに見ていた。
「――――」
 確かに、もし義父が担保なら響は何も躊躇う事無く逃げる方法を考えただろう。響と義父の仲は最悪だった。だからと言って、母が好きなのかと言われれば素直に頷けない気持ちもある。
 けれど、何のためらいも無く身代わりにも出来ない思いくらいはあった。
「君は義父に売られ、俺が買い、その借金は響の借金になった。響が俺から自由になるには借金を返し終わってから。すなわち、8000万の返金が終わった後。まぁ利子もつくから・・・何年かかるかな?」
 響の顔が悔しそうに歪む。けれど、今この縛られている状況ではいくら抗ってみてもどうしようも無いだろうと、少しばかり冷静になってきた頭で考えた。
 ――――こいつがどういうつもりなのか・・・
 とりあえずそれを見極めてみなければ、今の状況ではどうしようもない。
「一体俺にどうしろっての?」
 ここは一つ従う振りでもして、ゆっくり打開策を考えようと考えた。
「早いね」
 そんな響の態度の変化に、咲斗は多少驚いた表情を浮かべた。もっと手こずるとでも思っていたのだろう。
「じたばたしたって仕方ないって事だろ?」
 しかし響は対象的にサバサバした口調で言った。それは響の持っている、良くも悪くも諦めが早い性格の所為もあるだろうが。
「母親のために犠牲になる決心をしたわけだ。麗しいね」
「とりあえず、手、解いてくれない?」
 咲斗の問いには答えず、響は自分で思うところのささやかなお願いをしてみた。けれど返事はつれないものだった。
「それは、ダメ」
「いい加減腕が痛いんだけど。別に、逃げようとか思ってないよ」
「これからする事を考えたらまだ解けない」
 その言葉に、響が一瞬顔を顰めた。
 ――――これから、する・・・?
「・・・・何すんだよ」
 ざわりと嫌な予感がしたのを押し隠す様に、言う。それが外れていればいいと思いながら、こういう予感は中々外れないものだという事も響は純然たる事実として知っていた。
 響は昔から男にモテるのだ。別に顔や仕草が女っぽいとかでもない。背も173センチあるし言葉使いや態度だって男っぽいのに、何故かモテるのだ。友人曰く、なんか危なっかしい感じがソソる、と言うことらしいが響には未だにさっぱりわからない。
「どうやら察しがついたみたいだね」
 咲斗はくすくす笑って言った。
「・・・あんたも、SMおやじ?」
「してほしいなら用意するけど?でも、せっかくの綺麗な肌を傷つけるのは趣味じゃない」
「・・・」
「そんな顔しないで欲しいなぁ」
 響の瞳には、咲斗はどこまでも楽しそうに見える。それが、ムカつくと同時に、手荒な事はしなさそうだという漠然とした安心感にも繋がっていた。
 この状況で何故そんな風に思えるのか、響自身その時は深く考えなかったが。
「俺の勝手だ」
 響は、最高に仏頂面で言った。
「で、ベッドに行く?それともここでされたい?」
「・・・」
「選ばせてあげてるんだから、返事をしなさい。つらい思いするのは響だよ?いきなりバスルームとか玄関とか、そのテーブルの上とかがいいの?」
 ――――― そんなの絶対いやだっ!!
「俺に拒否権は無いのか?」
「無い」
「――――」
「響?」
 その声は、苛立ちも焦りも何も感じられない。ただ、拒否することを許さないという強い響きだけ。
「あんたは男が好きなのかよ」
「響、今は質問する時間じゃない。選ぶ時間だ」
 響は悔しそうに唇を噛み締めた。
「猶予とかねーのかよ」
 悪あがきだと分かっていても、言わずにはいられなかった。だって、今まで生きてきて一度だって男に惚れた事も無ければ抱かれたいと思った事とて無いのだ。
 せめて心の準備が欲しかった。そう思うのは、人として無理からぬことなのだが。
「えっ!?ちょっ―――」
 咲斗の手が響の肩にかかりそのまま押し倒しにかかってきた。
「待てっ!」
 響は手を縛られたままの不自由な身体で何とか逃げようと身体を捻る。しかし、それで逃げれるものではない。
「嫌だっ!!」
 床に腹ばいにされて、響の身体を咲斗が床に押し付けてくる。
「あんたはっ、こんな事の為に俺を買ったのか!?」
 響は叫びながら陸に上げられた魚の様に身体を揺らして、咲斗の下からなんとか逃げようとするのだが、完全に押さえ込まれた今となっては苦しい足掻きだ。
「おい!?」
 咲斗の指が、響のファスナーを下げる。
「話は後だ」
 冴えた声と共に、その手がベルトをはずしたところで響は観念した。
「やだっ――――願い・・・っ」
「何?」
 その声は、意外に優しかったけれど。それに気づくほどの余裕は響には無かった。
「――――ここじゃ、いやだ」
 悔しさを堪えて、そう呟くのが精一杯だった。








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