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 響と咲斗が駐車場で一揉めし、さらに仲直りをしている頃、剛は一人納得いかない顔で仕事をしていた。
 ―――――絶対おかしい。
 剛がそう思うのも仕方の無い事だろう。剛としてみれば、あんな奴見た事もないし響の口からその名を聞いた事すらない、のだ。3年間一緒で、そのほとんどの時間の響の事を知ってると自負する剛が知らない男なんて、ありえないのだ。
 しかも、携帯は無い住所は言えない、会うことも出来ない。響は明らかに咲斗の顔色を窺ってるし、咲斗は咲斗でブスっとした仏頂面で口を開こうともしない。
 ―――― 一体俺が知らない間に何があったんだ!?つーか、なんだあのヤロー。
 剛は腹立たしげに口元を強く結ぶ。咲斗の顔を脳裏に思い出してみれば、腹立たしさはより一層強くなってきた。絶対あの咲斗とか言う男が関与しているに違い無い。
 ―――――くそ〜っ。どうやって調べたらいいんだっ。
 車じゃなかったら、後をつける事も出来るのにっと歯噛みして、剛は本を棚に並べる手も止まり、その口からは何度目かのため息が洩れた。
「角川クン、さっきからため息ばっかりついちゃって。どうしたの?」
「ああ、矢野さん」
 気付けば矢野が自分を覗き込んでいた。
「悩める青少年って感じだねぇ〜」
 矢野は同じバイト仲間で剛の先輩になる。矢野は自分が年上という事もあって日ごろから剛を弟にようにかわいがってくれている人。剛も何かと頼りにしてしまっていた。
「矢野さん・・・」
「何々、どうした〜?このやさしーお姉さんが相談にのるよ?」
 相談、そう言われても何をどう話していいのか。困ったように剛が逡巡していると、そこへ同じバイト仲間の緑が声を弾ませてやってきた。今出勤という事は遅番なのだろう。
「あ、角川サンっ!」
 何やら瞳を輝かせている。
「緑ちゃん。おはよう」
「おはようございます。あの、さっき聞いたんですけど、咲斗さん来てたって本当ですか!?」
「ああ、来てたわよ」
 剛の変わりに矢野が嬉しそうに返事を返す。
「えー本当なんだぁ〜ショックぅ!!見たかったのにぃー」
 緑が本当にショックそうに肩を落とした。それを矢野がよしよしとし慰めてやっているのだが剛にはそんなものは目に入っていなかった。
 ―――――え!?今、咲斗って言った!?
 二人の会話の中に、今一番頭の痛い男の名前が含まれてる事に、剛は慌てて二人の会話に割って入る。
「え、え、ちょっと待って、咲斗って、さっきの客知ってるんですか!?」
「知ってるっていうか、うちでは有名人なのよ。あれだけの買い物する客だもん。それに、あの容姿。女の子としては騒がないわけにはいかないわよ」
「そーですよねぇ!」
「はぁ・・・そうですか」
 女の子独特の観点の黄色い声に剛は若干理解出来ない。そんな事より咲斗の事だ。
「あの、その咲斗って何してる奴とかなんか、知ってます?」
「ん?彼はホストだよ」
「ホスト!?」
 ホストってあの夕方になると、どこからともなく現れる黒のスーツの人々の事か?と剛は思った。剛にはホストに対してそれぐらいのイメージしか持ってなかったのだ。
「咲斗さんは、ホストには違いないんだけど、自分で何件か店持ってる経営者らしいのよ。だから、最近はフロアにはほとんど出てないって、ね?」
「はい。よっぽどのお客さんじゃないと相手にしないって話で、しかもその1回のお相手価格が相当高いらしいです」
「へぇー・・・」
 あの若さで一応社長という事なのか。なんだかそれも意外な感じがしないでもないと、剛は自分が見た咲斗を思い出しながら感じてた。
 しかし、もっと分からないのはそのホスト社長と響の関係だ。どう考えても接点が無い。
「特にパトロンがいるって話もないのに、いきなり現れてどんどんお店増やして成功させてて。中々そんな風に成功する人ってこの業界少ないから、咲斗さんは凄いって言われてるんですよ」
「そうそう」
「それに、咲斗さんの過去が一切不明ってとこも謎めいててっ。ミステリアスで。ほんと、もぅホント素敵っな人なの!」
「・・・緑ちゃん、詳しいねぇ」
 緑が、目をきらきらさせて咲斗の事を語る迫力に剛は思わず呟いた。
「へへー友達に、ちょっとそういうのに詳しい子がいて」
「そうなんだ。じゃぁお店にも行った事あるんだ!?」
 もし、お店まで知っているならコレは大きな手がかりになると、思わず身を乗り出した剛に、緑は首をふるふると横に振った。
「ううん、それは無理・・・すっごい高いんですよっ。咲斗さんがやってるのは高級クラブだから、それなりにお金を持ってる大人の女性じゃないと・・・」
「そうなんだ・・・」
「お店の前までは行った事あるんですけど」
 ―――――えっ!?
「お店、どこにあるのか知ってるんだ!?」
 一瞬引いた剛の体がさきほどよりもずいっと前に出てきた。その瞳は期待に爛々と輝いている。
「それは知ってますよ。だって、すっごい有名だもん」
 当然でしょっと言う緑に何がどう当然なのかはこの際無視して、剛は緑に店の名前と住所を教えてもらった。
 何か情報が手に入ったら教えてやる、という約束付きで。





・・・・・





 剛はさっそく次の夜から教えてもらったホストクラブ本店近くに車を止め、双眼鏡片手に刑事顔負けの張り込みを開始した。
 店にはめったに出ないと聞いていたので長期戦になるのは覚悟の上で、いつ現れるのかわからない相手を剛はじっと待ち続けるつもりだった。何せ響にたどり着く道は、今のところこれしかないのだからどんなに細い糸でも今はそれに縋るしかないと、剛は並々ならぬ決意を抱いていた。
 二人から聞いた咲斗像と、自分が知る響との接点が剛にはまったく分からなくて、どう考えても二人が結びつかない。となれば、何かよんどころ無い事情があるに違いないと、確信していたのだ。
 ―――――じゃなかったら、あいつが俺に黙って姿消すなんてありえねぇ!!
 剛は、なにがなんでもそれを突き止めてやると、心に誓って拳を握り締めた。
 その剛にとってラッキーだったのは、そのチャンスが意外と早くやってきた事だ。
 剛が張り込みを開始して3日目の深夜1時の頃。咲斗が店の前にタクシーで乗りつけた。
 ―――――来た!!あいつに間違いない。
 剛は双眼鏡越しに見えるその姿を凝視する。そこには、あの日見た咲斗が間違いなくいた。緊張からか心臓がドキっと跳ねて、双眼鏡を握る手にも汗が滲む。
 ―――――眠い目をこすりこすり待っていた甲斐があったぜ!!後は、出てきた時を絶対逃さないようにしないと・・・
 ここからが勝負と、それからの数時間眼球が乾くのも気にせずじっと目をこらして入り口を見ていると、明け方4時を過ぎてようやく咲斗が出てきた。2〜3人の男に見送られて、迎えに呼んであったらしいタクシーに乗り込む。
 剛もその姿を見失うまいと、急いで車を発進させた。
 明け方早くという事もあり、道路には他に車の姿はほとんどなく剛は難なくタクシーをつけて行く事に成功した。店から30分ほど走っただろうか、咲斗を乗せたタクシーは都内の12階建てのマンションの前で止まる。
 剛もそれを見て少し離れたところに車を止め、再度双眼鏡を覗くと咲斗はそこで車を降りてマンションの中へと消えていった。
 ―――――よし!!やった!!
 この時、剛は叫び声を上げたいほどの歓喜を覚え、自分の成果にも満足していた。シフトを変えてもらってバイトを減らしてまでの成果なのだ。
 ―――――ここが奴の住んでいるマンションに違いねぇ。という事は、ここに響もいるはずだ。
 何か凄い使命をやり遂げた後の様に剛の顔には笑みが浮かび、大きく身体を伸ばす。やはり緊張していたらしい、身体に力が入ってのかあちこちの筋肉が痛い。
 ―――――さてと、ここからが問題だなぁ。マンションは当然オートロックだろうし、俺は顔も割れてる。どうやって部屋を突き止めるか・・・・・・
 剛はなんとか咲斗の住む部屋がどこか知りたかった。それさえ分かれば、中に入るのは誰かについてコソっと入っていけばいい。ホストという事は、夜は確実に留守だという事もわかっている。
 さてどうしたものか、剛はしばし考えを巡らす。
 ―――――とりあえず、もう少しマンション近くまで行ってみるか。
 バレないようにと少し遠めに車を止めた為、剛のところからは入り口は死角になって見る事が出来ない。剛は人目がないのを確認してから、そっと車を降る。まるで探偵か刑事みたいだとどきどきしながらも、何気ない風を装いながら歩きマンションへと近づいていった。次第にエントランスが見えてきて、その傍らに郵便受けが見えた。
 ―――――そうだ!!
 剛はもう一度回りを見回して誰もいない事を確認してから、さっと郵便受けに近づいた。しかし、期待に反して、そこに名前を掲げている部屋は少なかった。大概が部屋番号のみだ。
 しかし剛は諦めきれず、郵便受けに手をかける。
 ―――――やった、開いてる!
 だめもとでと思って開けていくと、そのほとんどのものが鍵をかけられていなかった。
 剛はその郵便物から名前を確認できないかと思ったのだが、時間が時間。今は明け方なのだ。まだ新聞も入っていないそこは、ほとんどが空だった。
 ―――――そりゃぁそうだよな・・・仕方ない。このまま張り込んで郵便配達が来るのを待つしかないか・・・
 大学が昼からで良かったとホッとしながらも、諦めきれず最後の郵便受を開けた、その時だった。
「何してるの?」
「!!」
 剛は身体が自分でもビクっと大きく反応したのがわかった。それぐらい驚いてしまった。一瞬にして、全身の毛穴から汗が噴出す様な気がする。自分の事に集中しすぎて周りに気配るのをすっかり忘れていた、というより余裕がなくなっていた。
 ―――――落ち着け、なんとか言い訳して切り抜けるんだ。そうだ、住民のふりでもすればバレる事はない。
 剛は自分に言い聞かせながら、その緊張を悟られない様に何気なく振り返った。
「!!――――咲斗・・・っ」
 心臓が飛び出すかと思った。だってそこには、さっき中に入っていったはずの咲斗が立っていた。
 ―――――いつの間の外へ――――!?
 この展開は予想にもしていなかった。当然だろう。今頃部屋にいるはずの男が、外にいて目の前にいるなんて誰が予想するだろうか。お互い言葉を発しない数秒の沈黙の後、もうこうなってしまった以上は直接話をするしかあるまいと、半ばやけくそ気味に開き直った剛に対し咲斗は意外な反応を返した。
「・・・君は・・・どっかで見た覚えが」
 ―――――おい!!こいつ・・・っ
 その言葉に一瞬剛の頭に血が上る。馬鹿にされたのだと思った。
 ―――――いや待て、わざと挑発してきているのかも・・・そうだ。落ち着け、落ち着くんだ、俺。
 剛は相手の挑発に乗らないようにと至極冷静に丁寧にしゃべる事を心がけて、口を開いた。
「先日お会いしました、本屋で」
「本屋・・・?ああ、そうか。角川剛だ。そうだ、そうだ、うん、わかった」
「思い出していただけて、良かったです」
 ―――――なんなんだ、この男!!
 そのとぼけた態度にますます、剛は腹が立ってくる。
「で、何してるの?」
「響と話がしたいんです」
「ああ、なるほどね。でも、よくここがわかったね?」
 それは咲斗にすれば当然の疑問だろうし、いまさらそれを隠したところでどうしようもない。剛は仕方なく自分がここまでたどり着いた経緯を話した。
「凄いねぇ〜、偶然にも助けられてるけど、その根性は立派だよ」
 笑みをたたえたままのその言いは、感心しているというよりはバカにされている気もする。
「それはどうも」
「でも、どうしてそこまでがんばるのかなぁ?ただの、同級生の為に」
「どうしてって、俺とあいつはただの同級生じゃなくて、あいつは凄い大事な友達です。親友なんです。そいつがいきなりいなくなったと思ったら、俺の全然知らない人と急に一緒に住みだして。そればかりか連絡も取れない、住んでるところも言えない、って普通変に思いませんか?普通誰だって心配すると思います」
「確かにね」
「じゃぁ!」
「でもさ、だからってここまでやれるってのはちょっとね」
 理解出来ないと、咲斗は首を捻る。
「あんたには、そういう相手いないっすか?」
「いないねぇ」
 ごく普通の事のように、少し笑みすら浮かべながら言い捨てる咲斗を剛は複雑な思いで見つめた。
「そりゃぁ・・・寂しいっすね」
 思わずポロっと滑り落ちたその言葉に咲斗の顔が少し怒気を含んだものに変化したのだが、付き合いのない剛にはそんな変化わかるはずは無い。
「ひとつ聞きたいんだけど、君は響に惚れてるの?」
「はぁ!惚れてる!?」
 いきなりの話題の展開と、この発言に剛は心底驚いたような顔をする。
「そう。恋愛感情があるのかって事。抱きたい、もしくは抱かれたいと思ってるのかって事だよ。恋愛感情があるのなら、そういう必死な君の気持もわからないわけではないんだけど」
「あんた、何考えてるんだよ!?親友なんだって言ってるだろう?」
 もしやと思った咲斗の問にも、返ってきた反応はそういうのとはまったく縁遠い呆れた感情だけだった。
「ほんとに?別に僕はゲイにもレズにも偏見はないし、カミングアウトされても大丈夫だけど?」
「俺は響と友達なの。二人で一晩で何人の女の携帯アド聞きだせるかって勝負した事もあるんだぜ!?その俺とあいつがなんて、ありえねーよ」
「そうなの?それも意外。響ってそういう事して遊んでたんだ」
 にやにやと笑う顔に、いい加減焦れてきた剛がいらだたしげに眉を吊り上げる。
「クラブとかで遊んでると、逆ナンとかされるしな。それでおもしろ半分だよ、だからってヤっちゃうとか、響はなかったと思うけど、――――つーか!会わしてくれんのかよ!」
 話が一向に進まない事に業を煮やした剛はとうとう声を荒げる。
「それは僕ではなんとも言えないなぁー」
「はぁ!?あんたふざけてんのか!?いい加減にしろよっ!」
 こんな、普通の人はまだ起き出していないような時間、シンと静まり返った空気に剛の怒鳴り声が響いた。長身の剛が全身に怒りを漲らせて怒鳴る姿は、かなり怖い物があったのだが当の相手は顔色一つ変えなかった。
「ふざけてはいなんだけど、響の事は咲斗に聞いてみないとわかんないからねぇ」
「・・・っ、あんたがその咲斗だろ!!」
「ううん」
「ううん!?」
「僕は由岐人。咲斗の弟」
「は!?・・・・・・えっ、弟!?」
「そう」
 ―――咲斗と同じ顔、で、弟・・・・・・?
「何、言ってんの?・・・弟って・・・だって」
 軽くパニックになっている剛をよそに、由岐人は笑顔を浮かべている。
「うん、だから弟だってば」
「・・・・・・双子!?」
「正解」
「・・・・っ・・・騙したのか!?俺はてっきりっ!!」
 てっきり咲斗だと思ったから、話を――――
「何言ってるの。君が勝手に思い込んだだけでしょ。僕は一度も咲斗だなんて言ってない」
「――――」
 それはそうかもしてないが、ちょっとひどい言い分だろうと剛は思った。何も知らなくて、普通にその顔にばったりでくわして、もしかして双子がいてその片割れかもしれないなんて考える奴はいないと思う。
 考えなかったほうが悪いなんていうのは、ちょっとないんじゃないかと思うのだが由岐人にはその気持は通じないし、考慮する気も無いらしかった。
「じゃぁね」
 由岐人は聞く事は聞いたしもう用はないとばかりに、剛をその場に残しさっさと中へ入ろうとする。
「ま、待って!!」
 剛は思わずその腕を掴んだ。
「何?」
 由岐人は、冷たい表情で振り返る。
「響に会わして欲しいんだ」
 こいつに言っても仕方ないかもしれないと頭では分かっていても、今はこの目の前の男を頼るしか出来ないと、剛は思った。
 溺れるものは藁をも掴む。
「・・・・・・」
「会って、ちゃんと話がしたいだけだから。それとも、会わせられない理由でもあんのか?」
 最後は、少し脅しみたいで嫌だなという自覚が剛にもあったのだが、このままここでまで来て会わせてももらえないでは、何のためにここ数日がんばってきたのかわからない。
「・・・・・・・わかった。近いうちに響に話してみるよ。だからとりあえず今日は帰って。連絡するから」
「信じていいのか?」
「あのね、ここまで突き止められてるんだよ?ここは持ち物だから引っ越すわけにも行かないし。店なんて移転のしようもないんだから、仕方ないでしょ」
 由岐人は眉をしかめながらも、ため息交じりでそう言った。けれどその瞳は意外に冷静な眼差しで、少し血の登った頭を冷やすには良かったようだ。
「わかった」
 その言葉は確かにその通りで、嘘はないようだと思い剛はその掴んでいた腕を離した途端、由岐人は振り返る事もしないで、中へと消えていった。
 その後姿を見送ると、剛も車へと戻り家路についた。







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