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 呼ばれて目を開けて時計を見てみると、わずかな時間しか過ぎていなかった。響が寝ていたのは、30分ほどと言うところだろうか。
「なんで?」
 ―――――なんでここに由岐人さんがいるんだ?
「響に用事があってね。咲斗のいないところで話がしたかったんだ」
「・・・え?だって、鍵は?」 
 ―――――咲斗さんが鍵をかけていくのを忘れていたのだろうか?
「ああ、合鍵持ってるから」
「え!?合鍵って咲斗さんに返したんじゃ?」
「ううん、ただ勝手に入ってくるなって言われたけどね」
 響の疑問に、由岐人はこともなげに言葉を返した。その言葉に、咲斗が嘘ついたんだとわかると響の顔は思わずふくれっつらになる。
 ―――――・・・・・返してもらったって言ったのに。うそつき
 それを横目でチラっと見ながらも、フォローする気などさらさら無い由岐人はサラっと無視して口を開く。
「時間がないから単刀直入に言うけど、今朝、マンションの下で角川剛と会った」
「え!?」
 由岐人の口から思っても無かった名前が出て響はふくれっ面も忘れて、大きく目を見開いた。
「彼なりにがんばっちゃって、ここまで突き止めたみたい」
「・・・・・・・・・・・」
 ―――――剛・・・そこまで。
 きっとかなりがんばってくれたんだろう友人の思いが、今更ながらに響はうれしかった。
 やっぱり剛は、親友なんだ。
「会って、話したいって彼は言ってる」
「うん」
「このままじゃぁ、納得できないって」
「うん」
 ―――――剛はそういう奴だから、その気持は分かる。たぶん、俺が逆の立場でも同じ事を言うだろうしな。
「どうする?どうしても話したいっていうならセッティングするけど」
「・・・咲斗さんはなんて?」
 響は、咲斗は今朝そんな事があったなんて、一言も言わなかったのを不思議に思う。大体そういう事なら、何故咲斗ではなく由岐人が話してくるのだろう。
「内緒」
「は!?」
「咲斗には内緒なの」
 ―――――内緒って・・・、そんな後が怖いコト・・・
「まだね」
 咲斗に言えば響をどこかへ移すかもしれないし、最悪仕事場にも来ないかもしれないと由岐人は考えたのだ。しかし、職場を押さえられている以上いつまでも逃げ回れるわけではない。近いうちに会ってちゃんと決着をつける必要があるだろう。
 その為にも、まず響の気持を知りたいと由岐人は思ったのだ。
「それ・・・まずいんじゃあ・・・・」
 しかし、響にはそこまではわからない。ただ今までの咲斗の行動を思い返しても、後でばれると返って面倒な事になるような気がしてしまうのだ。
 とばっちりは真っ先にこっちにきそうだし・・・そう思って響は困ったような由岐人を見てしまう。
「まずいよ。でも、言っちゃったら絶対会わせたりしないと思うよ?」
「う・・・」
 ―――――確かに、それは十分にありえる・・・っていうか、確実っぽい。
「だから、わざわざ僕が出てきてあげてんじゃん。響がちゃんと話したいんなら、一肌脱いであげようって言ってるのに」
 どうなの?と由岐人は視線を投げかける。
「・・・ちゃんと、話したいとは思う。でも・・・・」
「でも?」
 響は、しばらく逡巡するように目をそらす。
「ん・・・」
 ―――――なんて言えばいいんだろ・・・
 響は今の状況をどう話していいのかわからなかった。
 剛に、どういう事だと問われれば、義父に売られてそのお金を自分に背負わされていて、母をたてに脅されて、ここに閉じ込められて、sexでしか借金の返済が出来ないようにさせられてて。
 それだけ聞いたら、剛は物凄く怒ると思う。
 咲斗につかみかかると思う。
 何がなんでも、自分を連れ帰ろうとするだろうと思う。

 でも、本当に自分はそれを望んでいるんだろうか?

「まだ、気持の整理がついていないっていうか、ちゃんと話せる自信がないんだ」
「事実を話せばいいだけじゃないの?」
「・・・・・・事実って・・・」
「彼には知られたくないって事?」
「知られたくないっていうか・・・。それもあるけど、でも」
 知られたく無いわけじゃない気がする。別に、知られてもいい。でもそしたら剛は怒るから。きっと咲斗さんを責めて―――――――
「それとも、上手く言いくるめる方法が見つからない?」
「・・・・・・・」
 ―――――言いくるめる?剛を?
 違う。そうじゃない。
 俺は――――――――
「恋愛関係だったの?」
「は!?」
 由岐人のいきなり飛んだ話の展開にびっくりして、素っ頓狂な声を上げた。
 ―――――今、なんて・・・?
「いや、かなり迷ってるみたいだからさ。実は二人はそういう関係で、今も彼が好きだから、彼には咲斗との事を知られたくないって事なのかなぁって」
「やめてっ。一度も考えた事もないってか・・・考えたくもないっ!!」
 一瞬想像でもしたのだろうか、響の顔が思い切り嫌そうにしかめられる。
「・・・そうなんだ・・・じゃぁ、何を迷ってるの?」
 随分疑ってみたが、響と剛が恋愛関係にないというのは、どうやら本当にらしいと、由岐人は納得する。けれど、それなら一層何に悩んでいるのか、由岐人は考えを巡らす。
「・・・・・・わかんない」
 けれど、わからないのは、当の本人の響も一緒で。
「あのね・・・」
「本当にわからないんだ。何をどう伝えたら、話したらいいのか。自分の気持もわからない。だから・・・後もう少し待って欲しいんだ」
 それは、なんの計算もない、響の本心だった。
 本当に、わからない。
「・・・はぁ」
 由岐人は困り果てた顔の響を見て、ため息をつくしか無かった。
 正直予想外の展開だったが、響にそう言われては由岐人としては無理矢理セッティングも出来ない。響がどうしたいのかしっかりしてもらわないと話が先に進まない。
 ―――――結局、鍵を握ってるのはこの子なんだよね・・・・・・・
 由岐人は一つ軽くため息をつくと腰を上げた。
「わかった。彼にはそう伝えて置くよ」
「うん。ごめんなさい。あいつ納得しなくて、由岐人さん困らすかもしれないけど・・・」
「大丈夫、そこはうまくやるよ」
「お願いします」
 響は笑顔でぺこっと頭を下げる。それを見て、もう1度ため息をついて、由岐人はリビングから玄関への廊下に通じる扉に手をかけたとき、ふと響を振り返った。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「?」
 由岐人の視線が真っ直ぐ響に、突き刺さった。
「響にとって、咲斗ってどんな存在?」
「え・・・・・・、咲斗、さん?・・・どんなって―――」
 ―――――そんなの・・・・・・
「そう」
 ―――――え、そんなの・・・・・・
 そんなの・・・、なに?
「今すぐじゃなくていいから、彼に会う前までに答えを聞かせてくれる?」
 由岐人はそれだけ言うと、響の返事も待たずに部屋を出て行った。程なくして、扉の閉まる音と鍵のかかる音が聞こえてきたけれど、響はその場から動けなかった。

 ―――――どんな、存在・・・・・って・・・・・・・?









  由岐人は咲斗の部屋から出ると、ポケットに入れていた携帯を取り出して電話をかけた。相手は、それを待ち構えていたように1コール目で勢い良く出た。
『響か!?』
「残念、由岐人だよ」
 その勢いに由岐人は思わず苦笑を漏らした。
『ああ!?なんで響の電話から!?』
 剛が受け取った電話のディスプレイには、響からの電話を示していたのだ。
「借りたの」
 響が以前に捜していた自分の荷物は、見つけられないように咲斗が由岐人の部屋においていたのだ。由岐人はその中から響の携帯を捜して、勝手に拝借していた。
『響は?』
「今、側にはいないんだ。ただ、君に会った事と、君が響に会いたがっている事を話したからね、その報告」
『それで、響なんだって!?』
 由岐人の言葉に、思わず剛の声に力が入る。
「あのね、そんなに怒鳴らなくても聞こえる。それとも僕の耳をおかしくしたいの?」
『は!?余計な事言ってないで、響はなんて言ってたんだ!?』
 由岐人の言葉に、剛は一層声がでかくなる。
「ったく。響はね、もう少し待って欲しいって」
『はぁ!?待って欲しいってなんなんだよ!』
「だーかーらーっ、うるさい!!つうの」
 がんがんと怒鳴り声をあげる剛に、とうとう頭にきた由岐人が怒鳴り返す。それが効いたのか剛が声を落としてきた。
『・・・待って欲しいってどういう意味だよ?』
「僕の口からは細かい事情は言えないんだけどね。今、こういう状況になるには色々あったわけ。で、その状況に響自身まだついていってないっていうか、混乱してる部分もあるって。それは分かるよね?」
『お、おう』
「そういう状況で、君に会ってもまだちゃんと話せる自信がないって言ってるんだ。だから、もう少し整理をしてからにしたいって」
『嘘だ。どうせあの咲斗ってやつが、そう言わしたんだろ!』
 由岐人の言葉を、剛は即座に否定する。その返事は剛の想像の中にない答えだったからだろう。
「違う。咲斗のいないところでちゃんと聞いたよ。咲斗には、君と会った事もまだ話してない」
『そんな事、信じられるかっ』br> 「信じる信じないは、君の自由だけど、僕は君を信用したから間も取り持ったし、こうやって電話もしてるんだけど」
『・・・っ』
 そう言われては、剛には返す言葉に詰まってしまう。どうも信じがたいと思っていても、実際嘘だという証拠も無いわけで。
「響に時間を上げてよ。近いうちに必ずもう1回連絡するから。ね?」
『・・・・・・・・・分かった』
 由岐人に押される形で不承不承ながらも剛はその事を了承した。
 今すぐにでもマンションへ押しかけたい気持が剛にはあったけど、もし、もしも由岐人の言ってる事が本当だったら、と思うとどうしてもその感情のままに突っ走って行く事は出来なかったのだ。剛も響の友人。無理矢理押しかけて、響の望まない形にしたくないという思いもあった。
 とりあえず、響の携帯を由岐人が持っている事もわかった。連絡しようと思えば、電話すればいい。
 着実に状況はよくなっているのだからと、剛は自分に言い聞かせた。









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