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 ―――――今日も来てないっ
 バイトが終わって、剛は1番に携帯の着信を確認する。あの日から、ずっと由岐人からの連絡を待ち続けて既に1週間が過ぎていた。それは剛にはいくらなんでも、遅すぎるように思えた。
 ―――――やっぱり・・・・
 やっぱりあいつは約束を守らなくて、響には話してなくて、俺を騙してるんじゃないだろうかという考えが剛の脳裏によぎる。
 大体、響が待ってくれって言ったって事自体が信用しづらい。
 ―――――もう1週間・・・姿をくらますには十分の時間じゃないのか!?・・・・・・いや、店までは移せないよな・・・・・・
 自分は店の場所まで知っているし、その事をあいつだって知っている。
 剛はもう1度、何も移していない液晶画面を見つめ考えた。あのマンションへ行ってみるべきなのか、もう少し由岐人からの連絡を信じて待ってみる方がいいのかを。







「どうするの?1週間がたったよ」
 剛がもんもんと一人考えを巡らしているとき、由岐人も咲斗の部屋のリビングで腰かけて、響に声を潜めて同じ質問をしていた。
「うん・・・話、しなきゃいけないとは、思ってる」
 いつものように咲斗を迎えに来たら、ちょうど咲斗に仕事の電話が入っていて、待っている少しの間にコソコソと会話が交わされていた。
「じゃぁ、電話していい?」
「あのさ、その事・・・・・咲斗さんには内緒にしてて欲しいんだけど」
 この1週間、響は響なりにずっと考えていた。自分の気持に気付いた今、どうする事が1番いいのか、どうすべきなのか、一体自分がどうしたいのか。
 それこそ、ぐるぐるぐるぐる同じことばかり考えていた。
「内緒って・・・剛と話す事を?」
「うん」
「えー、それバレたら怒られるのって僕だよね?」
 わざと嫌そうな口調で言いながらも、その目は試すように威嚇するように響を見る。その響の本心を、由岐人は由岐人なりに見極めようとしているのだ。
 そして、その強い視線を響は正面から受け止めた。
「由岐人さんには絶対迷惑かけないから」
 その言葉に由岐人はため息をつく。
「って言われてもね・・・」
 かけられないハズがない。
「それと、二人っきりで話をさせて欲しい」
「は!?それ僕にも席をはずせって事?」
「うん」
「あのね・・・・・・、何?僕に聞かれたらまずい事でもあるの?」
 響の言う条件は、クリアしようと思えば出来る事だろうと由岐人は考えながらも、そんな事を言い出した真意くらいは知っておきたいと考えていた。それは、利用されるだけっていうのがシャクだという、由岐人本来の性格による部分も多いのだが。
 一方で、咲斗のためにならない様な事は絶対したくないという強い気持ちもあった。
 けれど、響がその由岐人の問いに答える前に、電話を終えた咲斗が戻って来てしまった。
「どうしたの?由岐人、また響に何か言ったの?」
 二人の間に流れる微妙な空気を感じたのか、咲斗が眉をちょっとひそめて言う。
「そんなんじゃないよ。待ってた僕に向かって失礼だな。もう行くよっ」
 由岐人はその空気を誤魔化すように勢いよく立ち上がって咲斗の横をすりぬけ、先に玄関へと向かう。
「響、ほんとに大丈夫?」
 由岐人はああは言ったが、本当に何もなかったのかと咲斗は響に向かって尋ねた。
「うん、なんでもないよ。いってらっしゃい」
 響はそんな咲斗に本当になんでもないよと、笑顔を向けた。それを見た咲斗も、ほっとしたように微笑んで、行ってきますのキスをその口に落とす。由岐人が玄関にいるのを意識してか、いつもより軽いキス。
 その唇を思わず追ってしまいそうになる自分を、響は心の中でたしなめて、二人を玄関で見送ってホっとため息をついた。

 ―――――・・・好き。

 それはこの一週間、響はずっと考えていた思い。思い違いじゃないのかって、勘違いじゃないのかって、何回も何回も自問を繰り返して。
 でも、結論はかわらなかった。
 ―――――咲斗さんが、好き。
 ―――――誰に何を言われても、好き・・・・・・・・・
 だから、話をしなくちゃいけないと響は決心をつけていた。剛にだけは、どんなに否定されても、例え認めてもらえずこれで自分たちの関係が終わったとしても、ちゃんと向かい合って話をしたいと思っていた。それは、剛が響にとって、ただ一人、友人と呼べる人だから。だから、誤魔化したくなかった。もちろん、出来ればわかって欲しいと思っていたのも事実だけれど。
 それと同時に響はその思いを、由岐人にも咲斗にも、知られたくはなかった。叶わない思いだと、わかっていたからだ。
 ―――――気持は伝えられなくてもいい。叶わなくてもいい。
 ただ、傍ににいられるうちは、傍にいたい。それが、響のたった一つの願いだった。初めて、生まれて初めて響が好きになった人。
 ―――――でも、なーんであんな人好きになっちゃうかな・・・・・・
 響の口が自嘲気味に歪む。それも何回も考えた事。
 ―――――仕方ないか・・・・・・初恋は叶わないって言うしな・・・・・・
 そう思って、心が少し痛んだ。
 ―――――行くか・・・
 響は、咲斗にも由岐人にも内緒で剛に会う決心をした。それは、さっき由岐人と交わした会話の中で決めた事だった。さきほどの由岐人の様子では、絶対2人っきりでは話はさせてくれないし、そのことは咲斗にも伝わってしまうだろうと、響は感じたのだ。
 全部内緒で、終わらせてしまいたいから。
 響は咲斗の部屋に入ってクローゼットを開け、中から比較的カジュアルなパンツとTシャツを選び出し身に付け、玄関で下駄箱の奥に仕舞ってある自分のスニーカーを取り出して、履いた。
 それは、何気ない流れるような行動に見えて、実は響は震えていた。
「はぁ・・・」
 ―――――大丈夫。うまくやれる。
 ・・・・・・・大丈夫。
 響は自分に言い聞かせる。
 咲斗に外出を禁止されている、その言いつけをやぶるだけで、響の心臓はうるさいくらいにどきどきと音を立てた。もちろんバレない様にするから咲斗が帰ってくるまでには戻ってくる。そう思ってるのに、分かっているのに、震えが止まらなかった。
 もし、万が一バレたらどうなるかわからないから。
 怖い。
 嫌われたくないし、不安もあって怖くて挫けそうになる――――――けど。
 響はもう1度深呼吸してから、ドアに手をかけた。ドアを回す音が、やけに大きく響いている気がする。
 ―――――鍵がないのが問題だけど、仕方ないか・・・・・・・・・
 開けたままで出て行くのはかなり無用心なのだが、鍵のない響には仕方ない。ここは最上階だし、自分がここへ来て尋ねてきた人もいなかったし、大丈夫だろうと自分に言い聞かせて、響は階下へと急いだ。

 とりあえず、剛のバイト先に行ってみよう。







「剛・・・・・・」
「響―――っ」
 響が1階まで降りエントランスを抜け外へ出てみると、なんとそこには中をうかがっている剛の姿があるではないか。
「えっ・・・なんで?」
「そっちが全然連絡してこねーから心配になって来たんだよ!その、由岐人からは連絡を待てって言われたけど、もう1週間にもなるし。って、お前あの由岐人って奴から俺の事聞いてるよな!?」
 止められていたのに来てしまった事にたいする後ろめたさがあるのか、少しいい訳じみた言葉を剛は口にする。
「あ、うん。それは聞いてる。聞いてて、今から会いにいくつもりだったんだ」
「俺に?」
「そう」
「由岐人から連絡なかったぞ」
「うん、言ってない。咲斗さんにも言ってないし」
 そこで、響はちょっと困ったような泣きそうな顔をする。
「それ・・・・・・大丈夫なのかよ?」
 何が大丈夫なのか剛も分からないのだが、なんとなく状況からマズい気がしたのだ。
「うん、帰って来るまでに戻ってればバレないと思うし・・・あ、じゃぁ部屋にあがる?」
「おう」
 ここで会ったのならその方がいいと響は剛を誘う。そこで二人はもう一度中に入ろうとして、入り口まで来て、響は気付く。
「あ、鍵ないんだ・・・・・・・」
 このマンションはオートロックだ。鍵がなければ、その自動扉が開くことはない。
「おい」
 剛が呆れた声を上げた。
「ご、ごめん・・・えっと、誰か来るまでそこにいよっか?」
 響は苦笑を浮かべて、エントランスへと続く階段を指さす。そこに座っていれば誰か来た時一緒についていけばいい。2人は仕方なくそこへ並んで座った。
「えっと、とりあえず、ごめんな、心配かけて」
 なんだか久しぶりで、状況も状況で、少し気まずい空気が流れたが、それを振り払う様に最初に口を切ったのは響の方だった。
「いいけど。まぁ、元気そうだし」
 剛の方も、なんだか拍子抜けしてしまったし、最初に会ったらなんて言ってやろうか、盛大に文句を言ってやるとこの1週間色々考えていたのに、響のこの困った笑顔を見ていたら、そう強い事も言えない気分になっていて。
「うん、元気だよ」
 響も、そんな剛の気持が分かるのか、くすりと笑う。
「あのさ、一体何があったわけ?」
 とりあえず一番聞きたかった事を剛は切り出した。その質問に、響の顔がヒクリと引き攣る。
「うーん・・・・・・あのね・・・・・、・驚かないで聞いて欲しいんだけど」
 響がかなり言いにくそうに言葉を切る。決心していたとはいえ、どう切り出していいものか、本人を目の前にしてやはり迷ってしまう。
 穏便に、と思うけれどどうしたら穏便になるのか。
「その・・・・・・実は、俺、義父に売られちゃって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
 たっぷり15秒ほど反応が遅れて、剛は変な声を上げる。その声色が、響の言っている事がうまく理解できない事を物語っていて、響は最初に自分が咲斗にされた説明をできるだけ忠実に話して聞かせた。
 それでもまだにわかには信じられない様子の剛は慌てて問いかける。
「ちょ、ちょっと待て!それ・・・本当の事か!?」
 この現代日本で!?
「うん、ちゃんと借用書も見せてもらった。俺のサインと印鑑があったよ」
「って、そんなの偽造じゃねーか!警察に行きゃぁいいんじゃねーの!?」
「うん、俺も最初はそう思ってたんだ。でも、部屋から出られないようにされてたからそれも無理で」
 さすがに鎖に繋がれてたとは言えない響は、その事は口を濁して誤魔化した。
「今は?」
「え?」
「だから、今。部屋から出てきてんじゃん」
「あ、うん、2,3日前からね。お願いしたら、そうしてくれるようになって」
 何をどうお願いしてそうなったのかわからない説明なのだが、今の剛にはそこを指摘している余裕は無いらしく、剛は勢い良く立ち上がって怒鳴った。
「じゃぁこんなとこで話してる場合じゃねーだろ!!今から警察行くぞ!!」
 その様子に響は慌てて剛の腕を捕らえた。
「ちょ、ちょっと待って。俺、警察にいくつもりはないから!」
「はぁ!?なんでだよ!!」
「とりあえず、座ってっ。声も大きいって」
 やはり穏便に、とはいかなかったらしい。剛は顔を真っ赤にして怒っている。
「ほら、座ってって」
 しかし事を荒立たせたく無い響はしきりと剛の腕を引いて、座らせようとする。そんな響の態度に、剛は明らかに不満そうな顔を浮かべながらも、とりあえず腰を下ろした。
「俺はね、とりあえず、今は、このままでいいって思ってるから」
「このままでいいって・・・・・・お前、何言ってんの!?」
「だから、このまま、咲斗さんとここで一緒に暮らすから・・・」
「一緒に暮らすって・・・!?」
「うん」
「それ、どういう事だよ!?」
 その問いに響は、心に決めた思いをいよいよ言わなくちゃ、と一つ深呼吸をする。決めていても、逃げないって決めていても、剛からどんな反応が返ってくるかと考えると止まっていて震えが再び響に襲い掛かる。
 どんな顔をされるだろうか、と―――――――――
「お前、もしかして・・・・・・・」
 その様子に剛が今まで以上に険しい顔をして、響が口を開く前に響を見つめてくる。
「え・・・・・・」
「他にも何か弱みでも握られてるんだろ!そうだろ?だからそんな事を言うんだよな?いいか、そんなの絶対ダメだ!そういうのに屈したらどんどんやばい事になるんだよ!!ったく、やっぱ警察・・・」
「違う!そうじゃないんだ!そうじゃないんだよ・・・」
「響?」
「・・・・・・・・・剛にはわかんないかもしれないけど、俺は本当にこのままでいいんだ」
 その響の様子に、剛はいぶかしむように見つめる。
「・・・・・・」
「剛・・・・・・・」
「―――ああ」
「剛。俺さ・・・・・・・・・」
「ああ」
「俺・・・・・・・・・っ」

 ―――――あの人が好きなんだ

 そう言おうと響が口をひらきかけた時、―――――――二人の目に前に真っ黒の車が止まった。
「あ・・・っ・・・・・」
 それを見た瞬間、響の顔色がサっと変わる。
 指が、ビクビク震えた。
「響?どうした・・・?」
 車のドアが勢い良く開けられる。
「・・・・・・・・咲斗さん」
 そこには、ついさっき出かけたはずの、明日の明け方まで帰るはずの無い、咲斗と由岐人の姿があった。










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