「いる?」
 ―――――由岐人もセットかよ〜
 玄関をあけて剛は思わず苦笑する。てっきり一人だと思っていたのに、てっきり仏頂面が一人で立っているのだろうと想像して扉を開けたのに、そこにはにっこり笑う由岐人もいた。しかもその笑顔は何気に恐くて、剛は”俺は別になにも悪くねーぞ”と言葉が喉まで出かけてなんとか押さえ込む。
「いるぜ―――っておい、俺はまだ入っていいなんて言ってないぜ?」
 いる、という言葉に咲斗は無言で有無も言わさず上がろうとするのを、剛はひと睨みしてやると、咲斗ではなく由岐人から鉄拳が飛んできた。
「っ痛!」
 見事に腹にクリティカルヒットしたそれに剛は思わずしゃがみこんでしまうと、その隙に咲斗はさっさと部屋に上がってしまった。
「あぁ〜〜」
「うるさい」
「お前なぁ!!」
 ちょっとはもったいぶって焦らしてやるんだと思っていたのに、そんな剛の思いはいとも簡単に打ち砕かれてしまった。
 おもしろくない。
「何?―――・・・ねぇ、そんなことより響のバイト先ってどこか知ってる?」
 由岐人は相変わらずきつい視線を向けながらも、気になっていたことを剛に尋ねた。もしここで剛に相談していたとなれば、咲斗の機嫌がどこまで落ち込むかわかってもんじゃないからだ。
 しかし、返事はある意味由岐人には意外なものだった。
「いいや、知らない。俺も今さっきバイトするつもりなのを聞いたばっかしなんだぜ」
「へぇ〜相談されなかったんだ?」
 剛の言葉に内心ホッとしながらも、意外だったその事実につい面白がった響きの言葉が口を突いて出てきてしまう。その口調に剛がカチン来た。
 それは自分でも少々ショックな出来事だったからだ。
「なに?」
 なのに、思わずじとっと睨み見上げた視線すらも由岐人はおもしろそうに笑うから、剛は悔しそうに口を歪めしかない。
「・・・・・・別にっ―――そうだ、花火って客と行くのか?」
「は?」
「いや、響がな、咲斗が客と花火行くらしいって。その浴衣も新調して見せられたってえらい落ち込んでてさ、家出の原因はそれみたいだから」
 剛の言葉に由岐人は一瞬絶句して、剛は悪くも無いのに何をバカなことを言っているんだこの男、という明らかにバカにした様な視線を剛に投げつけて。
「・・・・・・・・・・・・あほらしい」
「・・・・・・・・・・・・やっぱりな」
 やはり恋は盲目というのか、周りで1番冷静な2人は深いため息をつくしかなかった。
「で?由岐人は?」
「僕?」
「花火、客と行くんか?」
「――――僕は・・・・・・まぁそれなりにね」
 由岐人にしては珍しい曖昧な笑顔を浮かべる。それを剛は照れているのかと思い込んで。
「ふ〜ん。なんだよ、恋人できたんか!?」
 興味津々みたいな、それでいて良かったなとでも言いたいような笑顔を由岐人に向けたのだが、由岐人はそれに対して何も答えなかった。
 再び曖昧な笑顔を浮かべて。
 けれど、ふと見せたその横顔は決して浮かれたようなものでも、恋する男のものでもなくて、暗い影しか落としていなかった。



 一方こちらは。
「咲斗さん・・・」
 咲斗が勢い込んで部屋に上がりこむと、響はクッションを抱き締めて、リビングのソファに座っていた。
 目が赤くウサギみたいになっていて、泣かしてしまった事実を咲斗に突きつけている。それだけで、胸がしめつけられる様な思いが咲斗を襲う。打ちのめされていたのは自分の方なのに。
「響――――帰ろう?」
 ちゃんと話をしようと、極力優しい声で呼びかけたのに。
「やだ」
 小さくだが、はっきりと告げられる言葉に咲斗は後一歩近づく勇気が持てなくなる。
「・・・・・・なんで?」
 楽しい午後を過ごすつもりだった。途中までその通りに時間が進んでいて、幸せな思いに包まれていたのに、どうしてこんな風になってしまったのかわからない。
 問いかける言葉も、本当は答えが恐くて、このまま黙って引っ張って閉じ込めてしまった方がいいような思いに駆られてしまう。
 不安で、恐くてどうしようもなくなってしまうから―――何も聞きたくなくなってしまう。
「だって・・・・・・」
「だって?」
 響が、抱き締めていたクッションにより一層力を込める。逡巡するように、瞳が泳いで、唇を噛み締めて。そんな仕草に全てが、咲斗の胸をしめつけていく。
「もう・・・・・・帰ってこないの?」
 ―――――俺が、響を苦しめてるの?俺の存在が―――――――・・・・・・
 ほとんど絶望するような想いで問うた言葉に、響は慌てたように首を横に振って咲斗を見る。
 ―――――違うの?
「あっ・・・明後日になったら帰るっ」
「明後日?」
「ん」
 せっかく咲斗に向けた瞳を、また響は下に落としてしまう。
 けれど、帰らないとは言わなかった、明後日には帰って来るという言葉に咲斗は少し勇気づけられて、固まってしまっていた足をゆっくり1歩前に滑り出した。
「なんで、明後日?」
「・・・・・・」
「響?」
 震える足をなんとか叱咤激励して、ゆっくりとでも歩くという行為を思い出したらしい足をひ引きずって、咲斗はなんとか響の横へとたどり着く。
「座っていい?」
 響が小さく頷いたのを見て、咲斗は響の横に座って。
「触っていい?」
 自分でも吃驚するくらい泣きそうになっている声で咲斗が言うと、響がクッション投げ捨てて咲斗に抱きついた。強く抱き締めてきて、その身体が少し震えているのが咲斗に伝わる。
 きっとまた泣いてしまっている。響が埋めた肩あたりが、少し濡れてくるのがわかるから。
 咲斗もまた、響の体を強く強く抱き締め返した。
「―――っ、やっぱり・・・やだぁ」
 歯噛みするように搾り出された言葉に、意味が分からないと咲斗は響に問い返す。
「何が、いや?」
「明日・・・、行かないでよぉ」
「・・・明日?明日ってなに?」
 苦しそうに泣いている響を、なんとか宥めようと咲斗はその背中を摩ったり、頭を撫でて髪を梳かしてやったりする。
「花火・・・・・・行かないでよ。―――― 一緒に見たいっ」
「・・・・・・・・・一緒に見るよ?そのために浴衣も揃えたんだし」
 心底不思議そうに言う咲斗に、思わず響はくっつけていた身体をガバっと引き剥がして大きく見開いた瞳を咲斗に向ける。
「響?」
「えっ!?だって、あの浴衣は咲斗さんので、あれ着て明日はお客さんと花火見に行くんじゃないの!?」
「まさかっ!なんで俺が客と花火行くのに自分で浴衣なんて買うの!?あれは、この夏は絶対響と一緒に花火に行こうと思って自分で柄も選んで揃えた浴衣なんだよ。響に着てもらうために」
「え・・・――――そうなの?」
 響はこの時になって初めて自分がなにやらとんでもなく勘違いしててたのかも・・・という事に考えがいたったのか、ちょっと顔色が変わる。
「だって、あれどう見ても俺には子供っぽいし。あの箱にはちゃんと下にもう1反俺の分が入ってたんだけど?」
「・・・・・・・・・気付かなかった。っていうか、子供っぽいって何!?」
「だって、響には大人っぽいのよりちょっと子供っぽい方がかわいいもん」
「〜〜〜〜〜〜っ」
 切なく泣いていた濡れた顔から、子供っぽく拗ねた様な顔にがらりとその顔色を変えて、咲斗もようやく安心したような笑顔を戻ってくる。
 なんだかまったくかみ合わない誤解を重ねていたらしい。
「客と行くと思って、拗ねてたんだ?」
 わかってしまえばなんて事もない勘違い。そして、それは新しい響の思いを咲斗に知らせてくれて、急激に気持ちが浮かれてくる。
 どしようもない焦燥に駆られたけれど、こんな思いを運んでくれたのなら悪くなかったなんて、咲斗はかなり都合よく喜んで。
「・・・・・・だって・・・」
「で?バイトって何?」
 すっかりペースを取り戻しつつあるところが、咲斗らしいとでも言うべきか。逆に響の顔は、先ほどとは違う意味で顔色を失っていく。
「え!?・・・っと」
「相談もしないで勝手に決めちゃったんだったら、お仕置きしなきゃね」
「っ、やだ!」
 にっこりと笑う咲斗の顔を見て、その危険度の高さを察知した響が逃げようとソファに手をかけると、咲斗がその手を払いのけて、うまく響の身体をソファに押し付けてしまう。
「だ、だめっ」
 覆いかぶさろうとする咲斗の肩に響は手を置いて思いっきり力を入れて突っ張る。けれど、響よりも咲斗の方が手が長い。覆いかぶされなくても手は十分に届くので、その手を伸ばして響の胸の突起を服の上から軽く摘み上げた。
「ああっ!」
 響は慌てて空いた手で咲斗の手を掴むが、咲斗は今度は逆の手を響の足の間に滑り込ませる。
「だ、だめぇ・・・咲斗さんっ、ああぁぁ」
 緩く股間を撫で上げると、響の肩がピクリと跳ねる。そんな反応に目を細めて咲斗はもう1度同じことを繰り返すと、響が緩く頭を横に振って。
「ほんとにっ、だめ・・・ここ・・・・・・剛ん、家・・・っからぁ」
 突っぱねていた手にも徐々に力が入らなくなって、がくがくしてくる。突っぱねているのか、その肩に縋っているのか。
「じゃぁ、帰る?」 
「ああっ・・・える、帰るっ」
 夏用の薄い生地のパンツの上から施される刺激は、かなりダイレクトに伝わってきて、すでに形を変えようとしている。
 けれど、まさか剛の家で、たぶん廊下に2人がいるであろうこの状況でする根性は響にはなかった。
「だからっ、ね?」
「仕方ないね」
 咲斗もここで最後までする気は、・・・・・・まぁどっちでもよかったのだが、帰るという言葉を引き出せたのならそれで良かった。
 ここに響を1秒でも長くいさせるのはやっぱり、おもしろくない。
 ゆっくりと咲斗は身体を起すと、響は慌てて身体を起して衣服を乱れを直して、咲斗を軽く睨みつけてから廊下にと続く扉を開けた。
「・・・・・・あれ?」
 けれどそこには誰もいなくて、玄関まで行くと、靴箱の上に二つ鍵が置いてあってメモが添えられている。
「響?」
「・・・なんか、剛出かけたみたい。これ合鍵だから持ってっていいって?」
「はぁ?」
 ―――――合鍵!?
 咲斗は思わず響が読んでいたメモを奪い取って目を通すと、そこには『響へ。ちょっと出かけるから、帰るならこれで鍵閉めてって。これは合鍵だから響が持っててくれていいから。家出したい時はいつでも来いよ』と、剛の字が並んであった。
「気、きかせてくれたのかな?悪かったな・・・」
 申し訳なさそうに言う響の横で、咲斗は思わず持っていた紙をぐしゃりと握りつぶした。
 ―――――あの野郎、やっぱり一度締めようかな・・・・
「由岐人さんはなんて?」
「あっ・・・・・・ああ、ええーっと、車持って帰れって」
 咲斗はざっとメモに目を通して、どうやら由岐人が剛を連れ出してくれたらしいことを知る。
 由岐人には面倒かけすぎてるなぁと、心の中で手を合わせながらも、今はこちらが先決。
「じゃぁ、帰って続きしよっか?」
「っ」
 途端に真っ赤になった響の手に、咲斗は自分の指を絡めて、ばらばらに出てきた家へと2人一緒に帰って行った。













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