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 次の日の午後、咲斗は約束通り響を外へ連れ出した。買い物が多くなるだろうからと車にして、マンションから少し離れた国道沿いにある大きなショッピングモールへと向かっていた。
 その車中、本来ならばうれしそうな顔をしていなければならないはずの響なのに、何故か今その顔に浮かんでるのは不満げなものだった。
「響、いつまで怒ってるの?」
「だって、せっかくの休みだったのに!」
 その口からも、不満気な言葉が洩れる。理由は、今の時間が既に3時を回ってしまっているから。響はせっかくの休みに外に出られるのだったら色々行きたいと思っていたし、"外"をもっと満喫したかったのだ。
 ―――――それなのに・・・・・・
 そもそも何故こんな時間になってしまったかというと、咲斗が昨日出かけに残した言葉を、帰ってからちゃんと実行した所為。
 それは昨夜というか、朝早くといっていい時間。
 響は何かもぞもぞとしていて、変な熱さと感覚に目を覚ました。そして眠い目を必死で開けて見てみると、なんと咲斗がフェラの真っ最中だったのだ。さすがにびっくりして、すぐ止めさせようとしたのだがソコをしっかり掴まれていては抵抗も出来ず。結局なすがまま流されるままに、咲斗のいいように扱われた。
 響は朝っぱらから散々鳴かされて、何回イカされたのか、咲斗が何回イッたのかさえもわからなかった。
 響は何度も"もう止めて"と言ったけれど咲斗が聞き入れるはずもなく、一週間分の押し売りを利子までつけてその身体を堪能した。
 何度も、寝かせてと頼んだのに。もう許して、と何度も頼んだのに。
 その数と同じくらい、腰を揺らしてねだらされた。
 すっかり快楽に慣らされた響は流されるままに与えられる快感を感受してしまい。その所為で腰は痛いしアソコもなんかまだ違和感があって、何かまだ入ってるみたいな感覚で。
「響だって、俺のを銜えて離さなかったくせに」
「なっ!!」
 その無節操な言葉に思わず咲斗の顔を見ると、その顔はかわかう様ににやにや笑っている。それがもうどうにもくやしくて、響は目一杯怒ってる顔をしてそっぽを向いた。
 響には言いたい事は山ほどあったけれど、せっかくの外出なのだ。下手な事を言って咲斗の機嫌を損ねてしまいたくはない。そう分かっていても、ついついその態度と顔が拗ねた物になってしまうのは、まだ子供というところだろうか。
 流されている自分に、まだ折り合いをつけられていないからだろうか。
「響・・・ほら、機嫌直してよ。ね?」
 咲斗は赤信号で車を止め、響のあごに手をやり自分の方へ向かす。その向けられる瞳の色が、あまりに優しくて、甘くて。響は戸惑って、思わず目を逸らしてしまった。
 こんな風に見られると、どうしていいのかわからなくなる・・・・
 ―――――・・・なんなんだよっ
 意地悪なのか優しいのか、酷いヤツなのかそうじゃないのか・・・ちっとも分からない。
「そうだ、久しぶりだし何か食べて帰る?」
「本当!?」
「うん。何が食べたい?」
「ん―――寿司!こないだテレビで、渋谷にでっかい回転寿司屋出来たってやってたんだ。安くてうまいらしいよ!行きたいっ」
 さっきまで拗ねていたと思ったのに、今は目を輝かせて言うその物言いや仕草がなんとも18歳らしくて咲斗は思わず笑ってしまう。
「なんだよ」
 その笑いをバカにされたと感じた響は途端にむすっとした顔になる。そのころころと変わる響の表情が、咲斗は好きだった。そんな響に触れる度に腕の中で存分に甘やかしてしまいたくなる。そしていつも笑っていて欲しいと思った。
「いや、回転寿司ってとこがお子様でかわいいなぁと思って」
 なにより、この笑顔が好きなのだから。
「あっ、ばかにすんなっ!」
「してないよ。寿司が食べたいならもっとおいしい所知ってるから、そこに連れて行ってあげるよ」
 咲斗がにっこり笑う。
 きっとちゃんとした寿司屋になんて行った事ないのだろうから、緊張した顔して食べるかもしれない。そんな顔も見てみたいと思う。そんな風に考えるだけ、咲斗の心は沸き立った。
 ―――――まるで初恋の中坊みたいだな。
 自分の考えに苦笑して響を見ると、その響は困惑顔で咲斗を見ていた。
「どうしたの?」
「んー回転でいいよ・・・・・・そんな高いトコ勿体無いし」
「そんな事気にする事ないよ」
「だって、俺、金ないし、それに・・・―――借金だって全然返していけてないのに・・・」
 その言葉に咲斗の甘い妄想に膨らんだ心は一気にしぼんで、返す言葉に詰まった。心が締め付けられて、痛い現実が突きつけられる。
 甘い時間など幻想なのだと――――――心臓に棘を刺す。
「俺のおごりなんだからいいの」
「でも・・・」
 それでも納得出来ないような響の様子に咲斗がさらに言い募る。
「第一響から生活費もらおうなんて思ってないよ。生活の一切は俺が見るから、そういう事心配する必要はないんだ」
「・・・・・・」
 咲斗はただこの会話を終わらせたくて、ただ一緒に楽しい時間を過ごしたかったそれだけでだったのに。その言葉は響の心をひどく傷つけた。自分が本当に買われている現実。二人の間にはセックスしかなくて、それでしか借金を返済するすべもなくて、まるで飼われている様な今に、ふいに泣きそうになる。
「響?」
 最近芽生えた、この自分の中にあるよくわからない感情に響は戸惑う。
「ん?何?」
 それを悟られないように、無理矢理笑顔を作って笑う。
 咲斗の顔を見ると、心がキリっと痛む。その理由が響には、まだわからなかった。
 ただ、男のプライドが傷ついただけもしれない。







 ほどなくして、車はショッピングモールの駐車場に滑り込んだ。そこから咲斗の希望で、二人は先にDVD売り場へと向かう。その店は都内でも有数の大型店で、かなりの品揃えを誇っていた。
「なんか見たいのある?」
「うーん、なんか一杯ありすぎて・・・」
 きょろきょろと響の視線は先ほどから定まらない。たった2週間外に出なかっただけなのに、外の人ごみとうるささに多少気後れしているのかもしれない。
「響はどんなのが好きなの?」
「うーん、ホラー以外は何でも見るけど。あ、血とかグロい系も無理」
「怖いの嫌なんだ?」
「うん、トイレ行けなくなるし、一人でいたらなんか背中に誰かいるような気になっちゃって」
「ふふ、お子様だねぇ」
「うるさいっ」
 ぷんと怒ったような顔をして、響は色んな物を手に取っては置いてを繰り返す。何がいいのか決められないらしく、手に取るものに一貫性も無い。
「何捜してるの?もしかしてAV?」
「は!?」
 思わず見た咲斗の顔がにやにや笑っている。
「AV見ながらスルのも燃えるかもね。たぶんね、あっちの方にあると・・・」
「ばかっ!最低!!」
 一瞬で顔を真っ赤にした響は、ぷりぷり怒って一人奥へと入っていった。その後姿を見て咲斗は苦笑を浮かべる。
 ―――――少しは機嫌直ったかな。ったく、何に怒ってたんだか・・・
 何が気に障ったのか、車の中の会話の途中から様子が変わった響の態度が気になっていた。けれど、咲斗はそれを問いただす事は出来なかった。それは、ただの勘のだが。なんだか今はまだ触れられない気がした。だからこんな風にしか、出来ない。
 からかって、怒らすしか。
 こんなに近くにいるのに、こんなにも遠い。
「あ、これ見たいなぁ」
 響は棚から1本のDVDを抜き取った。それは、ミニシアター系で上演されていた戦争で傷つけられたアフガニスタンのルポタッチの映画。一部の人の間ではかなり話題に上っていたのだが。
「見たい?じゃぁ買おうか」
「え!?いいよ、買うとか勿体無いし。レンタルでいい」
「返しに行くのが面倒だ」
「面倒って・・・じゃぁ俺、行くよ?」
 ちょっと期待を込めて言ってみる。せめて自由に外出出来るようにして欲しい、その口実に。
「だめ」
 ・・・けど、その返事はにべもなく。
 ――――― 一人での外出は当分望めそうにないなぁ・・・そういえば電話の件もうやむやだし。
 響は、ソっとため息をついた。
「いいから、他に欲しいのはないの?」
「他って・・・え!?それ全部買うの?」
 咲斗の持っていた籠の中には既にDVDがどっさり入っていたのだ。
「うん。話題作からマニアックなものまで一通り見て知っておかないと仕事上困る事があるからね」
「見る暇・・・あるの?」
「無い」
「無い・・・って」
「だから、響見て。で、感想聞かせてよ」
「――――は!?」
 い、今なんつった?この量を全部見ろ、と?何本ってか何十本あんだよっ!!
「お願い」
「・・・・・・」
「ね?」
 つーかなんでいきなりお願いモードなんだよっ卑怯もん!!
 ちょっと顔がかわいいじゃんかっ。
「――――仕方ないなぁ・・・」
 気付いたら、響はそう口にしていた。
 "お願い"
 そんななんでもない言葉に、響は少し心がざわめいていた。だってそれって、セックスだけじゃないって事だよ、な?
「本当!?助かる、ありがとう」
 咲斗が嬉しそうに笑う。
「うん」
 ―――――なんで素直に言う事聞いてやってんだろ、俺・・・
「それ全部見たら頭くらくらしそーだけどっ。まだ買うの?」
「うーん、そうだね、こんなもんにしとこーか」
「そうして。感想文書くのも大変だから」
 響は軽く言って笑う。笑って軽く流す事で自分の中に浮かぶわけのわからない思いは無理矢理追いやっておく。だって今はまだ、その思いを突き詰めて考えたくなかったから。
 笑った顔が、ちょっと嬉しいなんて。
「はいはい。じゃぁお会計してくるね」
 自分がよく分からないから、できる事なら無視し続けていたい。
 突き詰めたその先にある答えを見るのが、今はまだ怖いから――――――――


  咲斗は続いて行った本屋でも大量に本を籠に入れていく。推理小説、エッセイ、恋愛小説、ノンフィクションなど話題の物を中心にがんがん籠に入れていく。その買い方にいい加減呆れ気味の響なのだが、その中に漫画は入っていない。
「なぁ、漫画は買わないの?」
 響はそこにっちょっと期待していたのだ。だって活字なんか目がくらくらする。大好きなのはマンガなんだ。
「うん、漫画は由岐人の担当だから」
「そーなんだ・・・」
 にべもない返事に玉砕。かなり残念。
「何?なんか欲しいのあるの?」
「え?あ、いやいい」
「なに?どれが欲しいの?」
「いや、本当にいいから」
 俺ってセックスの為だけに、いるんだよね?
 俺が欲しいって言ったら、買うつもり?
「・・・じゃぁ棚ごと全部買おうか?」
「は!?やめて!」
 響は思わず大きな声を出してしまった。
「じゃぁ言って」
 こうなると咲斗は絶対に引かない事を2週間の付き合いしかない響だが、十二分に、嫌ってほど知っている。ここは意地を張るよりは折れた方が得策と、3冊の漫画を選んだ。
「それ全部シリーズ物だよね?出てる分全巻買えば?」
 手に取った漫画を見て咲斗が言う。
「いい!」
 そう来るか!!
「なんで?」
「そんな、勿体無いだろ」
「でも、読みたいでしょう?」
「いや、それは、そうだけど・・・でも本当にいいから」
 困った顔で言う響の様子を見て、咲斗は響から3冊の漫画を受け取ると何も言わずレジの方へ向かっていった。それを見て響は諦めてくれたかとホっとため息をつく。なんとか全巻買いは免れたらしい。
 ―――――そりゃぁそんな高いモンじゃないのかもしれないけど・・・・・・
 でも買ってもらうと、"なんで?"って思う。"なんで?"って思ったら、理由を突き止めたくなりそうで、怖い。
 しかし、咲斗はレジで店員に何やら話しかけるとその店員が籠を手に持ち、響の方へやってきた。
「・・・え」
 なんと店員は響が欲しいといった漫画の全巻を籠に入れていくではないか。
 響はその時咲斗の意図に気付き、慌てて咲斗に走りよった。
「咲斗さん!!」
「俺が読みたいの」
 文句を言おうと開いた口から言葉が発せられる前に、咲斗がいけしゃあしゃあと言う。レジで提示されたその金額は、普通本屋の1回の買い物で出される金額ではない。
 ―――――まじで・・・・・・・・・
 その口からは、もはやため息しか出ない。
 ―――――こんなバカ買い出来るくらいなら、やっぱ8000万は安いのかも・・・
「響、荷物一旦車に運ぼう」
「あ、うん」
 いまさらどうする事も出来ず、ただ響は大きな紙袋に分けられた本を受け取ろうとすると、カートを押した別の店員が近づいてきた。
「こちらでお運びしますよ」
 親切そうな男性従業員の声に、えらい重量になっている紙袋を差し出そうと響が顔を上げる――――――
「あっ!!――――響!!おまえっ」
「剛―――っ!?」
 そこにいたのは、なんと電話をしなければいけない相手。親友の剛だった。







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