プレゼント・前




 それは、24日の正午になろうかと言う時間。由岐人は剛の腕の中でゆっくり目を覚ました。
 まどろみに何度か瞬きをして、熟睡していた頭をゆっくりと目覚めさせた。瞼はまだ少し閉じている状態に未練があるのか、重そうにして気を抜けばくっつきそうだ。
 その時ふっと、自分を抱きしめる腕に力がこもった。その仕草に由岐人は、後ろから抱きしめられていた姿勢から身じろぎをして、振り返って見れば剛が起きていた。
 すっかりと瞳を見開いた、寝ぼけてもいない顔に視線がぶつかる。
「おはよ・・・」
 こういうのも、少し慣れてきたなと由岐人はぼんやり思った。
 朝目が覚めて、傍に人のいる現実と抱きしめられている温もりに。慣れていいのかどうなのか、不安はまだ拭い去れてはいないけれど。
「おはよっ」
 でも、挨拶を返されるのは決して悪くは無い。剛らしい、屈託の無い笑顔も。
 ―――――・・・っ
 降って来る軽いキスに驚いている事を剛は知っているのだろうか。今日は目の端に落ちてきたそれを由岐人は何でも無い事の様に受け止めて、剛の顔を無表情に見上げた。
「メリークリスマス」
「ふっ」
 剛のちょっとキメすぎな言葉に由岐人は思わず笑いを零した。気取っているのが、正直全然似合っていない。
「んだよ。笑うなよな」
「だって」
 剛の抗議にも笑みを消さない由岐人に剛はちょっと怒った顔を作りながら身体をひねって、ベッドの下に手を伸ばした。
「動くなっ。寒い」
 嘘。
 空調はすでに効いていて、暖かくなった室内に布団が少し動いたくらいじゃあ寒さなど感じない。
「悪い悪い」
 ―――――・・・っ
 振り返った剛の手には高さ30センチ横20センチくらいの、ラッピングされた包みが。
「はい、プレゼント」
 由岐人は満面の笑みを浮かべた剛から目の前にだされたそれを見て、一瞬息を詰めてしまった。なぜならそれは、想像していた大きさより遥に大きかったから。
 ―――――え・・・だって・・・・・・
 驚きに、珍しく表情さえも作れなかった。
「・・・由岐人?」
「あ、ありがと。開けてもいい?」
 ちょっと声が上擦ってしまった。
 ―――――落ち着けってば。包みが大きいだけど、中にあるのかもしれないし・・・・・・
 由岐人はぎこちない笑みを浮かべながら、リボンに指をかけた。リボンは、ひっかかり無くスルリと解けて。
「・・・マフラー・・・」
「と、手袋!ほら由岐人仕事用のあるけど、普段用のが無いって言ってただろ。これから寒くなるし、って思ってさ」
 ―――――・・・無いっ。
 由岐人は手袋とマフラーを出された袋をぺしゃんと潰して他に何も入って無い事を確かめて、肌が嫌な感じで粟立つのを感じた。
「由岐人?」
「え、ああ。ありがと。あったかそうだね」
「・・・気に入らなかった?」
 剛の言葉にハッと顔を上げて、由岐人は笑みを浮かべて首を振った。
「ううん。あったかそう」
 こういう時、この仕事で良かったと思う。心の中がどうであれ、嘘笑いが出来る。顔を作ることが出来るから、ちゃんと気持ちを隠してしまえる。
 由岐人は剛がくれたそれを首に巻いて見せて、
「色も綺麗だし」
 と、喜んで見せた。
 いや、別にマフラーが気に入らなかったわけじゃない。
 ワインレッドにブラウンとオフホワイトなどの色が入ったマルチボーダー。その色は由岐人の顔に映えて、とても良く似合っていたし、安物じゃない証拠に本当に肌触り柔らかであったかかった。
 手袋とセットで、1万円〜1万5千円というところだろうか。
「ホントありがと。大事にする」
 由岐人はそう言うと、マフラーと手袋を持ってベッドを降りた。
「風呂入って来るよ。今日も仕事だから」
 由岐人は剛をそこに残したまま、部屋を出た。
 廊下を歩く足が、変にふらついて足早なのは自分でもどうしようもなかったけれど、剛にはきっと気づかれなかったと思う。
 部屋に戻ってマフラーと手袋を置いて、着替えを手にバスルームへ向かった。タイマーセットしてあった湯船には、たっぷりに暖かいお湯が張ってある。
 空調のおかげで暖かいはずなのに、由岐人は震える指でパジャマのボタンに指をかけて、少々乱暴に脱ぎ捨てると浴室へと逃げるように入った。
 頭がまだ少し、混乱している。
 由岐人は桶で湯をすくって身体にザバっと掛けて、そそくさと湯船に身体を沈めた。寒いわけじゃあ決して無いはずなのに、なんでこんなに震えるのか、自分で自分がわからない。
 由岐人は足を悠々伸ばせる浴槽で膝を抱えて丸くなった。
 ――-――だって・・・
 プレゼントの箱はもっと小さいものだと思っていた。
 由岐人は先週の日曜日、買い物に出た先で剛にコートを買ってやった。クリスマスプレゼントだ。今年1年は咲斗たちの旅行や大学の付き合いやらで少し散財してしまったらしく、コートを買えず寒そうにしていたから。 
 本人は、買えなくは無いけど・・・と言葉を濁していたから、てっきり由岐人はそれを、アレを買うためにお金を貯めているのだろうと思ってたのだ。
 別に、それが欲しかったわけじゃない。
 どちらかというと、あの店の物は自分の好みじゃない。けれど、剛が好きで僕にってそう思ってくれているなら、きっとそれを貰えたらどれだけ嬉しいだろうと本当は思っていた。
 傍にいることに慣れる事を怖がりながら、少しずつそんなアイテムが揃っていく事に心が弾んでいた。
 ―――――バカだ・・・
 ほんとに、バカだ。
 きっとこんな風になっちゃだめだってことなんだ。
 浮かれすぎて、だんだん欲張りになっていく馬鹿な僕の気持ちを諌めるために、――――その存在を信じては無いけど、これは神が下した警告。
 そう思うと由岐人は少し泣けてきてしまった。少し前までは、そんな風に思う事は当たり前な事だったのに。
「――-―」
 チャプン・・・と音がして水面に波紋が広がっていく。
 その波紋を由岐人が見るとは無しに見つめていたその静寂を急に破って、
「あったけ〜」
 明るい声を上げながら剛が入ってきた。
「!!・・・剛!!」
 由岐人が慌てて顔にパシャンと水をあてて顔を洗っていたような振りをしてから顔を上げた。
「せっかくだから一緒に入ろうと思って。―――――よいしょっと」
「ちょっとっ」
 慌てる由岐人を尻目に剛は、由岐人が小さくなって湯船に入っていたのをいい事に勝手に湯船に入ってきた。
 水が、2人の容積分水を盛大に吐き出す。
「剛っ」
「ん〜〜」
 剛は背を凭れさせて足を伸ばし、由岐人を背中から抱え込むようにぎゅーっと抱きしめた。必然、尻に剛のモノがなんとなく当たる。
 剛が由岐人の手をとって、膝を抱えていた腕を自分の腕へと絡めさせた。
「イイ気持ち」
 剛の呟きに由岐人は何も言えず、唇を噛む。
「身体っ。――――流してないだろ」
「あ、忘れてた。ま、いいじゃん」
 悪びれない剛の口調に腹が立つ。お湯が、汚れちゃうのに、そう思ってみてそんな事を考える自分が由岐人は少しおかしかった。
 案外、冷静なのかもしれない。そんな風に、強がれる。
「なぁ」
 剛の息が由岐人の耳にかかった。
「何、怒ってんの?」
 ―――――っ、・・・バカ。
 由岐人が、強がったまま心に蓋をしようとしているそれを剛が待ったをかけてしまった。
「何も怒ってないよ」
「じゃあ、プレゼント気に入らなかった?」
 ―――――そうじゃない。
「別に」
「・・・ごめんな。もっとイイもんが良かったよな・・・」
 少し自嘲気味に言った剛の声が由岐人をいっそう悲しくさせた。
 そうじゃない。
 別に、イイ物なんかじゃなくたって由岐人は良かったから。そう思って、切ない気持ちが、どんどん溢れ出して来た。
 言いたい。
 問いただしたい。
 あの人は、誰?って。
「由岐人」
 なんであそこにいたのかって。
「――――上がる・・・っ」
 由岐人は堪えられなくなって立ち上がろうとすると、
「ダメ」
 剛はそう言って、強い力で動けなくした。
「離せっ」
「由岐人が話してくれたら」
「はぁ!?」
 ―――――離して欲しいのはこっちだよ!!
「由岐人が今心ん中にあること全部話して」
「・・・っ、なんも無いよ」
 ―――――そっちの"はなして"かよっ!!
「嘘だ」
「嘘じゃない」
 ―――――言えるわけ無い。そんなこと、言いたくない・・・っ
 由岐人は強い力で抗おうとした。そのムキになっている態度こそが何かある事を存分に語っているのだが、どうやら今の由岐人にはそれに気づく余裕は無い。
 ただ、今この状況から逃げて、冷静で鎧だらけの自分に戻りたいだけ。
 けれどそうなられては困るのは、剛。
 剛はしょうがないと由岐人の足に手をかけて、抱えあげた。
「―――ちょっ・・・!!」
 その足を、浴槽の縁にかける。
 さら湯の、入浴剤も一切入っていない透明な湯は、大きく開かされた足の間を隠してはくれない。由岐人は思わず足を閉じようとすると、すばやく剛の手を入り込んできて、いきなり奥の蕾に触れた。
「や・・・っ」
 ビクっと由岐人の身体が揺れて、剛に身体を完全に預けるような形になってしまった。
「剛っ――――あっ」
 剛の指が、入り口をゆっくり撫でる。まるで、中を窺うように、行ったり来たりと。
「やめ・・・っ」
 ヒクっと由岐人のそこが動く。由岐人本体は今でも剛の腕から逃れようと、浴槽の縁へ腕を伸ばそうとしている。
「ユキト」
 指で、そこを広げられた。二本の指で左右に引っ張られて、中に温かな湯が入り込んでくる感じがした。
「湯がぁ・・・っ」
 熱い。
「お湯、入ってくる・・・・・・っ」
 指が入り込んで来た。入り口をぐっと広げられている。
「殴るゾっ!・・・ぁあっ」
 指をプツっと入れられて、語尾が変に跳ねた。
 剛の指がゆっくり由岐人の中に入れられて、入り口を掻き回される。お湯の力の所為か、痛みは伴わないけれど、恥ずかしい。
 由岐人はなんとか止めさせようと、剛の腕を掴むけれど、その指に力がなかなか入れられない。
「ああ!!」
 イイところを、擦られて否が応でも勃ち上がっていく。それを由岐人は隠す事も出来ずに剛の瞳に晒されるのが恥ずかしくて、思わず自分の手で覆い隠した。
「なに?自分でスる?」
「バカかっ」
「ふ〜ん、まぁいいけど」
 くすっと剛が笑ったような気配が由岐人に伝わる。
 その仕草に由岐人はちょっと腹立たしく思うのに、中に入れられた指を動かされればぎゅっと締め付けてしまう。
 動かして欲しくなくて、――――――もっと、して欲しい。
「なぁ」
 性急で無い指の動きが、もどかしくなってきていた。
「っ、に?」
「何考えてた?」
「何、が?」
 剛の、入り込んでいた右手の人差し指と左手の人差し指の2本から、右手の指2本になって、左手の指は由岐人が覆い隠そうとしていたものに、絡められた。
「さっき、プレゼント渡した時」
 ―――――しつこい・・・っ
 怒鳴ってやりたい。
 でも、由岐人にはそれが出来なかった。
 だって、剛に問いかけられるたびに1度心の奥底に沈められた言葉が少しずつ浮上してくる。その言葉を、由岐人自身も吐き出してしまいたかったから。














  
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