サンタの災難・前




「おはようございまぁす」
 響は25日の月曜日、いつもの様にカランという音をさせながら扉を開けた。
「おはよう」
 今が夕方の5時だって、出勤の挨拶は"おはよう"なのだ。なんといっても、彼らの1日は今から始まって行くのだからそれもまた当然かもしれない。しかもいつもの出勤時間より2時間も前なのだから、早朝気分だ。
「悪かったな、早出してもらって」
 そう言う小城は相変わらずの落ち着いた空気を漂わせていたが、珍しくラフなTシャツ姿をしていた。
「いえ、全然」
「大丈夫だったか?」
 "咲斗は"と続く言葉は皆まで言われなくてもわかる。早出に咲斗はむくれたり怒ったりしていなかったか?と、小城はからかっているのだ。
「はい。なんかあっちはあっちで昨日忙しかったみたいだし」
 本来ならば出勤しない日曜日なのだが、クリスマスイブとなればそうは言っていられないらしく出勤していった咲斗は、昨夜というか今朝方、いつも以上に遅くそして酔っ払って帰って来た。
 売り上げが物凄く良くて上機嫌で、フロアに出たらしく、それを聞いた響はホントは物凄く不機嫌な気持ちになった。顔には出さなかったけど。
 だから響は、咲斗が少々ムクれようが知った事は無いって気分だったのだ。
 それなのに。
「今日も予約いっぱいらしいから、さっさと出かけましたっ」
 だから今語尾がちょっと強くなるのは、間違いなく八つ当たり。リュックをドサっと乱暴に置いてしまうのも。
「そっか。じゃあクリスマスはまだか?」
「今日帰ったらなんか言ってたけど・・・どうせベロベロなんだ」
 ちょっと愚痴ってしまうのは、やっぱり腹立たしいから・・・だろうか。仕事だから仕方ないんだけどさ。
「じゃあこっちも盛り上がって、妬かせてやるかな」
 小城は笑みを浮かべながらそう言うと、奥から段ボール箱を持って来た。
「これなんです?」
「パーティーの飾りつけ」
「え、飾り付けまでするんですか?」
 "25日、ここでクリスマスパーティーをしませんか?"そんなうたい文句が書かれた黒板が店の中に飾られたのが2週間前。
「もちろん。それなりに用意しておいたから飾ってくれる?俺は料理の準備をするから」
「わかりました」
 特に参加者を募ったわけじゃないけれど、常連のお客さんなんかは楽しみにしてるらしく絶対来るっなんて事も言っていた。
 たぶん今日は盛況な入りで、盛り上がるのは間違いないだろう。
 別に小城の言葉に乗せられて妬かせてやろうって思ったわけじゃないけれど、響は、よし!!と気合を入れて腕まくりをしてダンボールを開けた。


 それから1時間ちょっと、響は壁に定番のキラキラをつけて天井からサンタやトナカイから雪の結晶など飾りつけ定番のものを糸で吊るして、光るボールも吊るして、まるでツリーの中にいるかのように可愛く派手に飾り付けた。
「いい感じになったな」
「でしょ?力作です」
 響もまんざらでは無さそうに笑う。その鼻には、なんだかとっても良い香りが漂ってきて思わず腹が鳴りそうになってしまった。
 どう考えてもチキンが香ばしく焼けている感じだ。
「今晩のメニューはなんですか?」
「定番のローストチキン、牛肉の赤ワイン煮、ホタテのカルパッチョ、サーモンのクリームチーズ巻き、ライスコロッケかな。後は普通にパスタとオムライスの準備はしてる」
「すごーい。美味しそう!!このガーリックの香りは?」
「ああ、ローストチキンだろう。少しアレンジしたからな」
「いいなぁ〜・・・残るかなぁ」
 残ったらまかないとして食べれるかも?と響は淡い期待を抱いているようだ。そんな様子にクスクスと小城は笑いを零して、
「赤ワイン煮は多めに作ったから持って帰るといいよ」
「ホントですか!?やったーっ」
 小城の料理の腕は相当なものな上に、今回はさらに気合の入ったているのだから絶対美味しいに違いないと思っていた響は、食べたくて仕方が無かった様だ。
 不届きに、ちょっと多めに料理が残るといいなぁ〜などと、お店の売り上げに関わるような事を思ってみたり。
「あと30分で開店時間だ」
「はい。すぐ着替えてきます」
 響は浮かべていた笑みを引っ込めてそう言うと鞄をつかんで奥へ行こうとした。その響に小城がなにやら袋を差し出した。
「響はこれ着て」
「え?」
「今夜の特別衣装だ」
 そう言って笑った小城の顔が物凄く楽しそうだった理由は、袋を開けてすぐに分かった。
「マジですか?」
「今夜には必要だろ。ほら、早く」
 抗議の言葉は受け付けないとばかりに小城は響を奥へと押し込んでしまった。
 ―――――えぇ〜・・・そりゃぁそうだけど・・・
 響は思わずう項垂れた様に両肩を落とした。
 これ、絶対小城は着ないんだろうなぁと思う。間違いなくいつも通りの普通の格好なんだろうな、と思う。だって小城がこれを着る姿は想像出来ないし。
 ―――――でもっ、だからって・・・っ
 俺だって似合わないよーっと本人には言えない愚痴を響はぶちぶち言いながら、嫌々にその真っ赤な衣装に腕を通した。
 ―――――うう・・・絶対みんなにからかわれるのにぃーっ






 結論から言えばパーティーは大成功だった。といっても、まだ結論を言うには早いだろうけれど、営業時間内だし。
「竹内さんって」
 響は困ったように常連客の名前を呼んだ。
「なぁ〜によっ」
 呼ばれた竹内は完全にへべれけに出来上がっていた。3時間前からのおしゃべりを要約すると、クリスマス直前に付き合っていた彼氏と別れたらしい。自分から振ったんだ、とは言っていたけれどこの絡みっぷりはたぶん振られたんじゃないだろうか。
「もうお酒はね」
 響はそう言って水を差し出す。その腕を竹内が掴んだ。
「生意気言うなぁーっ。今日はお姉さんにとことん付き合いなさい」
「真奈美っ。もういい加減にしなきゃ困ってるってば」
 これは連れのお友達さん。
「ごめんねぇ」
「いえいえ」
 パーティーという事で、だいぶ無礼講な空気が流れている店内。あっちの隅では知らない人同士が輪になっていってる。
 その空気につられて竹内もだいぶ飲んでしまったようだ。響はしょうがないと苦笑を浮かべながら、なんとか竹内の指を引き剥がして、違うテーブルに向かった。
「空いた皿お下げしますね」
「ああ。これ上手かった」
 そう言って、こちらも常連さんで照明デザイナーらしい神崎が響に皿を渡す。
「ありがとうございます」
 その隣にいるのが、最近神埼が連れて来るようになった男だが響は名前を知らない。年は20代前半くらいかなぁというくらいなので、たぶん神崎より年下だというのが、響の見立て。
「お代わりはいいですか?」
 響がそう言うと神崎はちらっと連れを見てから、響に勘定をしてくれと言った。その顔が随分甘く見えて、もしかしてこの人は恋人なんだろうかと響は一瞬勘ぐってしまった。
「すぐに」
 響が背を向けた途端、さらに甘い顔を連れに向けたのだからまんざら勘ぐりでもないかもしれない。
 その彼らが勘定を済ませて帰っていくと、それを機にしたように他の客もパラパラと席を立ち出した。
「真奈美、わたしたちも帰ろ」
「んんー」
 とうとう2人だけになってしまい、連れの子が焦ったように竹内の腕を取るが女の子では中々立ち上がらせる事は出来ない様だ。
「大丈夫ですか?」
 響が近寄って腕を取る。
「すいません」
「いいえ」
「なによっ」
 竹内がグズっと鼻を鳴らした。
「私の何があの子に劣るのよーっ!!」
 竹内は突然そう言うと涙を零した。どうやら二股の上に振られてしまったらしい。心の内でその気持ちをとどめきれなくなったのだろう。
「好きだったのに。凄い好きだったのに・・・っ」
「真奈美・・・」
「何言ってるんですか。そんな男と別れて正解ですよ」
「え?」
「二股かけるような男は最低です。そんな最低野郎と別れてよかったんですって。これで新しい恋、出来るじゃないですか」
 響はにっこり笑ってそう言った。
「新しい一歩、踏み出せますよ」
 だって二股するってことは、彼女の事本当に好きだったわけじゃないんだと思ったから、そんな男と縁が切れて良かったじゃないかと本当に思ったのだ。
 が、酔っ払いの傷心相手にそういう事を笑顔で言うのはちょっとヤバい。
「響くーん」
 案の定、竹内は嬉しそうに両手を広げて響に抱きついた。
「うわっ」
「真奈美っ!」
「ねぇねぇ響くん今フリー?」
「え・・・!?」
「新しい恋しよー」
 その真奈美の大きな声が店内に響いたと同時に、カラン・・・っと扉が開いて来店を告げる音が鳴った。
「あ・・・」
 ―――――やばい。
 結に抱きつかれた体勢のまま、目が合ってしまった。嫉妬深い、独占欲いっぱいの恋人と。
 一瞬空気が止まったように感じたのは、きっとたぶん響の気のせいでは無い気がする。
「さ、竹内様タクシー止めますから」
 この空気の中、何事も無い様に小城が竹内の手を取って自分の肩に回す。
「えー、響くーんっ」
 酔っ払いは空気が読めない。ブリザード吹き荒れる咲斗の目の前でまだ響に腕を伸ばそうとしているが、流石にお友達はこの空気を感じずにはいられないらしい。
 慌てた様子で鞄を持って、ぎこちない笑みを響に向けた。
「ごめんね、なんか真奈美が・・・。じゃあ」
「あ、はい。気をつけて帰ってくださいね。よいクリスマスを」
 この空気の中でもにっこりと営業スマイルを浮かべて出口まで見送った響は、客商売としては花丸満点だといえよう。が、恋人の瞳にはそれがどう映ったか。
 階段の途中から、真奈美のおやすみ〜というハートマークが飛び散りそうな声を、響は扉を閉める事で慌てて遮断した。
 しかしまったく聞こえなかったわけでもなく、さらに振り返れば、店内には響と咲斗2人っきり。
「あ・・・お疲れ様。――――今日、ちょっと早いね?」
 目がまともに見られない。
 怖い!!!
 で、でも、別に自分から抱きついたわけじゃないし、こんなの酔っ払いのおふざけだし仕事なんだし仕方ないよね?咲斗さんのほうが絶対色々やってるに違い無いんだから別に俺がこんなビクビクする必要無い。
 そう思い直して響が自分を奮い立たせていると。
「響」
「はいぃ!」
 思わず片付けようと手にしていたグラスが、ガチャンと鳴る。
「・・・その格好、なに?」
「格好?」
「格好」
「・・・サンタ?」
「そんな格好するなんて聞いてない」
「うん」
「うん?」
「あ、やっ、お、俺も今日来ていきなり言われてさっ」
 やばい。どうやらこっちが地雷だったらしい。
 小城さーん!!!
「ずっとそれで仕事?」
「クリスマスにサンタは必要だし?」
「へぇ〜〜〜」
「に、似合わない?」
「そういう問題だと思ってる?」
「じゃない?」
「そのだぶだぶ感と、帽子がかわいいよ」
「あ、似合ってるんだ」
「押し倒したくなる」
「ぶっ!――――何言ってんのっ」
「あ、気持ちはわかる」
「小城さん!?」
 扉がカランと鳴る。どうやら外で立ち聞きしていたらしい。
 っていうか貴方、何同意してるんですか!!
「へぇー、わかるんですか?」
「俺もここまでこう似合うとは思わなかったからな」
 ニヤっと笑った小城の顔に、咲斗の何かがブチっと切れた音がした。聞こえるはずの無いその音が、響には聞こえるのが怖い。
「響、帰るよ」
 咲斗はそう言うと、問答無用響の腕を掴んで引っ張った。
「え!?ちょっ、ダメだって。まだ片付け終わって無いし!」
「コスプレさせられたんだ。構わないよ」
「咲斗さん!」
 響はさすがにまずいと、助けを求めて小城を見たのに小城は笑顔で手を振っている。こうなる事は予想していたらしい。
「あー咲斗。アイツは?」
「知りません!!」
 本当は咲斗の店もまだこれから後片付け。だけれど、経営者特権で、それらを全部押し付けて帰って来たのだ。
 本当は少し良心が咎めたけれど、そんなもの気にするんじゃなかったと今は思っている。
 いやむしろ、もっと仕事を押し付けて帰られなくしてやれば良かった。
「響―、明日ちょい早め出勤で!」
 階段の下のほうに向かって小城は声を上げた。果たして届いただろうか。タクシーに2人が乗り込む姿が遠くに見えた。
 小城は小さな台風の様に去っていった咲斗と、連れ去られた響を思いクスクス笑いながら静かに扉を閉めて、今夜の営業を終わりにした。とりあえず、店内の皿やグラスを洗って片づけをしよう。
 どうせ今夜はあいつも、遅いだろうからのんびり待てばいい。
 クリスマスケーキは、もう冷蔵庫で冷えているんだから。









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