新年早々1




 寒くなると言われた冬が、そうでもなくいわゆる暖冬のままに推移して12月。カレンダー最後のページになってやっと冬らしく寒くなってきたなぁと思ってみると、慌しく紅葉とクリスマスが過ぎ去って、はぁとため息混じりに落ち着いていると、もう年末。
 カレンダーの残りも数日で、既に新しいカレンダーもスタンバイ状態。
 今年も残すところ数日となった今日、リビングのソファに座って響はゆっくり部屋を見渡した。見慣れたカーテン。先日綺麗に磨いた床。お気に入りの座り心地の革ソファ。毎日食事を食べるテーブル。咲斗には内緒だけれど、半年前に掃除機をぶつけて壁紙を小さく破いてしまった隅。
 咲斗自慢のオーディオセットと、どんどん増えるDVD。
 ―――――ここで新年迎えるの、何回目だっけ?
 卒業直後の春にいきなり連れてこられて、いきなり押し倒してきた酷い男になんでなんだか恋をして一緒に新年を迎えて、剛が下に越してきて2回目の新年。
 ―――――ああー、そっか。3回目かぁ。
 あっという間だなぁーと腕を伸ばして背もたれに頭を乗せた。
 キッチンも、玄関も浴室もトイレも、ベランダもリビングも部屋も全部掃除済み。これだけはしなきゃと12月に入ってからコツコツ掃除してきたのだから、今日はとっても気分がいい。
 でもだからって、本日はのんびり〜と出来るわけでは無い。
 ほら、響の耳に慌しい足音が聞こえてきてドアが開けられる。
「響、お待たせ」
 声の主は言わずと知れた、響を砂糖漬けにしてはちみつかけた上からさらに砂糖を降りかけるくらいに甘やかす恋人、咲斗。
 誰もが認める男前で、黙っていればどんな女の子だって振り向かずにはいられないルックスなのに、中身は不器用で傷を抱えた、エロい人。
 その咲斗は、今日はスーツではなくラフなカジュアルスタイルだ。
「んーん」
 響はひとつ伸びをして立ち上がった。
 時計を見ればお昼の11時35分。普段の出勤にしては随分早い時間、ということになるのだが。今日は出勤だけれど、通常の仕事では無い。
 互いに年末といえば、のお店の大掃除なのだ。
 響は小城と2人で。咲斗はといえば、掃除は従業員がほとんどするのだが、オーナー室など咲斗か由岐人ではないと触れないところの掃除と、従業員に餅代を配ることがメイン。
 上條への挨拶はとうに済ませているし、上條はもう日本にはいないだろう。どこか温かな国で優雅な休日を過ごしているころ。
「じゃあ行こうか」
「うん」
 そんな日なので2人は揃って家を出て、響は咲斗の車で送ってもらう事になったのだ。
 咲斗の車は、外車ではなく国産の環境に優しい車になっている。何故そかというと、環境のために大げさな事は出来ないけれど、これくらいなら自分にも出来ることだから、だそうだ。
「道、わりと空いてる」
「もう会社は仕事納めのところも多いからね」
「でも今年は海外旅行少なめらしいって」
「ああー原油高?」
「だって。それで国内旅行の方が需要が伸びてるみたい」
「原油高はいつまで続くんだろうなぁ」
 サービス業の2人には景気の動向に影響されやすいので、非常に気になるところなのだ。
 そんな2人は年末年始は家でゆっくりするが、年始の慌しさが過ぎた1月末頃に実は旅行の予定なのだ。夏に約束させられた、北海道。
 その所為で、剛は冬休みバイトをだいぶ頑張っていて、ひーひー言っているらしいが。
「北海道も混んでるかなぁ」
「大丈夫だろ?年越し中じゃないし」
 混んでいようが関係ない。旅館は離れを借りてるし、部屋に露天風呂もついてある。ただ、全室7部屋しかなく、4人で一部屋になってしまったのが残念だか、2泊目は別のホテルを予約してあるし、そちらは別々に部屋を取った。もちろんそれも、かなりいいホテルのお部屋なのだが。
「まーね。でもボード俺やったことないんだけどなぁ」
「・・・・・・」
 そうなのだ。響は完全に初心者。咲斗は2度ほど客と行った事があるし、由岐人も同様の用だ。剛は中学生のころなどの含めて3〜4回。
 果たしてどうなることか。
 このままでいけば、剛が教えるという事になるのかもしれないが、咲斗のプライドがそれを許しそうに無いし、大体3〜4回の経験で人に教えられるものか。
「ま、もしボード出来なくても温泉と美味しいご飯を楽しめるからいいか」
 響はそう言って笑みを浮かべた。
 旅費をどうするとか、奢られたくないとか毎回揉めてしまう2人なのだが、夏の旅行の"2人で所帯のお金なんじゃないの?"という由岐人の言葉に、響は何か吹っ切れるものがあったらしい。
 だからといって、"贅沢すぎるのはダメ!"という信条は捨てていないので、そこら辺は毎度攻防にはなるのだけれど。
「雪景色綺麗だろうしね」
「うん」
「遊びに困ったら、山の上から剛を転がして雪だるまにしたらいいだろ」
「・・・咲斗さん」
 ―――――それは剛が死んじゃうって。
「人間雪だるまも、おもしろそうだ」
 ふふっと笑う咲斗に響は何も言わず、聞いてもいない振りで外を眺めた。寒そうにしながら歩く人々。荷物を持っているのは、年末年始の買い物だろうか。
 車はスムーズな道を緩く走りぬけ、響のバイト先であり小城の店のあるビルの下に車をつけた。
「ありがとう」
 響は咲斗に言うと、車を降りようと扉に手をかけた。その響の肩を咲斗が掴んで自分の方へ顔を向かせる。
「え――――――ん・・・・・・っ」
 軽い、甘い、いってらっしゃいのキス。
「いってらっしゃい」
「〜〜〜ってきます」
 別にキスが嫌なわけじゃない。ただ、どうしたって照れくさいのだ、しかもこんなところで。誰かに見られたらどうするんだ。
 まったく!!
 響は耳を真っ赤にして車を降りた。建物に入る前、チラリと振り返ってそしてそのまま中に消える。怒ってるって態度で無視してそのまま行かないから、咲斗がどんどんどんどんつけ上がるのに。
 それが出来ないのは響の優しさだろうか。
 そんな響をしっかり見送ってから、咲斗は再び車のエンジンをかけた。
 帰りも一緒に帰る予定だから、早く今日の予定をクリアしてしまおう、そう思う。
 響が店のドアを開けたのと、咲斗の車が立ち去ったのはほぼ同時。その音が響の耳に意識して届いたかどうか。たぶん、頭上で鳴ったベルの音に掻き消されただろう。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
 響の元気な声に小城は穏やかな笑みを浮かべて頷く。どうやら、小城も今着たところの様でまだ椅子の上にかばんを置き、ちょうど上着を脱ぎにかかっているところだった。
 響もさっそく鞄をロッカーにおいて、腕をまくった。
「どこからしましょうか?―――窓?それとも棚から?」
「そうだな、とにかくそこらじゅうの埃を払わなきゃいけないから、はたきをかけて、棚を空にしてくれるか?」
「わかりました!」
 響はさっそく裏からハタキを持って、棚の上や電球などから順にハタキをかけだした。飲食店なので、日ごろから掃除は怠っていないが、それでもやはり取りきれない部分があるのだろう。
 埃がハラハラと舞い上がる。窓を開けているので、冷たい風が入ってきてまくり上げた腕には少々辛い。
 一方小城はキッチンに立ち、レンジから換気扇からオーブンから、パネルやら部品をどんどんばらしていく。
 こちらも日ごろの掃除だけではなかなか行き届かない部分があるのだろう。
 響と小城はそれから無言のまま、真剣な顔で店の大掃除にとりかかっていった。


 小城が口を開いたのは、キッチン周りがほぼ終わり、響が埃を払い棚を空けて掃除機をかけ、窓の掃除を終え棚を拭き酒瓶を1本1本綺麗に磨き上げ、テーブルや椅子、戸棚や電気などそこらじゅうの拭き掃除を終えたときだった。
「はぁーだいぶ終わったなぁ。後は・・・」
「玄関と、ロッカーです」
 振り返ってみると、なるほどキッチン周りがピカピカ輝いている。冷蔵庫の中も掃除したらしい。
「じゃあ俺が玄関をするから、響はロッカーを頼む」
「はい」
 響は頷いて雑巾を硬く絞り、バケツの水を真新しいのに替えてロッカーへと入る。ロッカーが残ってるとはいえ、ハタキはホールを掃除するときに一緒にかけたし、掃除機もかけた。
 そこで響は奥の方の、ストックが入ってるのか何なのかとりあえず物が詰まれてわけがわからなくなっている棚から片付け出す。
「これは・・・ゴミ。これもゴミ、なんだこれ・・・あ、クリスマスの飾りここにもあったんだ・・・」
 どうやらバラバラに仕舞われていたのがあったらしい。響は見つけたクリスマスの飾りを、先日使ったクリスマスの飾りが仕舞われている箱に改めて入れて、ゴミは分別してゴミ袋に。よくわからないものは机の上に置いて。
「・・・・・・なに、これ?」
 棚の上の方に響が見た事の無い、メイド服らしい衣装が出て来た。
 ―――――前に、女の人が働いてたのかな?
 にしては随分大柄な人のようだ。しかもなんだか、バーの制服には見えないヒラヒラっぷりなんだけど。
「まぁいいや」
 わからないものは机の上。
 と、整理して片付けているとやはり埃が舞う。響はしょうがないともう1度掃除機をかけて奥の隅まで綺麗に拭いて、必要なものはまた置き直す。
「よし、っと」
 響はゴミ袋を両手で持ってホールへと出る。すると小城の姿がない。
「あれ・・・?」
 外か、と玄関を開けると小城は階段を綺麗に掃除しているところだった。
「手伝います」
「あ、ああ。そっちは終わったのか?」
「はい、とりあえず掃除して、捨てていいのかわからないものがあるので後で見てもらえますか?」
「分かった。―――――ああ、響階段は俺がやるから、そこに置いてるホウキとちりとり片付けてくれるか?」
「はい」
 どうやら玄関を綺麗に拭き、さらに階段掃きまた拭き掃除をしているらしい。
 響は言われた通りロッカーにホウキとちりとりを片付け、自分の使っていたバケツも片付け雑巾だけを手に戻って来た。
 手が、だいぶ冷たくなって赤くなっている。
「小城さん」
「ああ、もう終わるからいいよ。中に入っておいで」
「でも・・・」
 とは言ったが、階段は残り2段だけ。確かに手伝う事は出来無い様だ。響は仕方ないと、玄関扉を大きく開けておき、戻って来た小城から雑巾を受け取って。
「ロッカーの机の上に置いてあるのが、捨てていいのかわからないものだったので見てもらえますか?」
「ああ、わかった」
 響はその間に小城の雑巾を綺麗に洗い、バケツを洗って片付けるためにロッカーの扉を開けた。
「綺麗に片付けてくれてありがとう」
「いえ」
 見ると、机の上にあったものは綺麗に片付けられていた。
 ―――――そういえば。
「前の人って、女の人だったんですか?」
「え?」
「メイド服が」
「ああ」
 小城の顔がにやっと笑った。
 その顔があまり見た事の無い、普段の小城からすればらしくないもので、響はちょっと目を見開く。
「え?」
「ま――――色々あるんだよ」
「・・・はぁ・・・」
 その時響は、残念ながら高崎とメイド服がつながらず、変なのと思うだけだった。あの、黒のスーツをビシっと着こなしながらも柔和な笑みを浮かべていた高崎のイメージが強すぎたのだろう。
「さて、っと」
 小城はぽんと、膝を叩いた。
「大掃除はこれで終了だな。すっきりした」
「はい」
 時計を見れば、もう5時を少し回っていた。
「帰りはどうするんだ?」
「咲斗さんが迎えにくるはずなんですけど・・・」
 響はロッカーから鞄を取り出し、中を探って携帯を取り出した。見れば、メールが来ている。
「・・・あ、5時半ごろ来るってあるんですけど・・・」
「じゃあもうすぐだな。ということは、こっちもそれくらいかな」
 小城はそう呟いたが携帯を見る事は無かった。メールなど送ってこないだろうことをわかっているからだろうか。
「小城さんも待ち合わせですか?」
「ああ。どうせ同じところに帰るんだしな。と、いうか俺達はこの後飛行機だ」
「え?旅行ですか?」
「ああ。―――――響は?どこも行かないのか?正月休みは長いのに」
「いえ」
「あ、そうか。北海道行くって言ってたな」
「はい」
「寒いのに、寒いところに行くんだなぁ」
 どうやら小城は寒いのが嫌らしい。背中をぶるっと震わせる。
「小城さんは暖かいところですか?」
「ああ。インドにな」
「ええ!?」
「聖なるガンガーを見ながら新年を迎えるよ」
「はぁ・・・」
 唇をにっと上げて笑う小城に、インドって新年に恋人と行くところなのか!?と響は思いっきり疑問に思ったのだが、その事は口にはしなかった。何事にも人の好みや趣味はあるものだし。
 人様のことに口を出すものでは無い。
 それに、新年じゃなかったらちょっと行ってみたい気がしないでもない。
―――――咲斗さんは苦手そうだけど。というか、小城さんがそういうところを好きだったのも今はじめて知ったな。
 やっぱりもう少し聞いてみようかな、と響が小城に視線を向けたちょうどその時、ドアのベルが鳴った。










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