新年早々2
「咲斗さん―――――ぁ・・・」 来訪者は響の予想通り咲斗だったけれど、その後ろからもう一人。 「なんだ、一緒だったんだな」 小城がやわかい声で言うのに、高崎は軽く頷いた。 「こっちは終わったから。向う先は一緒なんだからってことで、送ってきてあげたんです」 少々恩着せがましくふふんっと咲斗が笑って言うのに、小城は視線を投げかけるが、礼を言う気は無いらしい。 その2人の視線の間を抜けて、 「あ、あの・・・」 響は咲斗の後ろに立つ高崎に声をかける。 「?」 「その、・・・その節は」 響は小さな声で言うとペコっと頭を下げた。高崎に会うのは、夏に4人で店を訪れて以来で、その際面倒をかけた事を謝罪する機会は今まで無かった。 大体ちゃんと面と向かい合ったのがこれで初めてなのだから。 「ああ、いえ」 微かに笑みを浮かべて高崎は首を横に振る。口数が少なめなのは、シャイなのか自分に対して思うところがあるのか、響にはわからない。 怒ってるのか怒って無いのかも、正直よくわかない。 ただ、相変わらず綺麗な顔だとは思った。こんなに綺麗な人なのに、どうしてホストとして仕事をしないのだろうか。勿体無いなぁと単純に響は思うのだが。 だって、お客さんがいっぱい付きそうなのに。 「響、こっちはもう終わった?」 「あ、うん。ちょうど終わったところ」 もう少し高崎と話てみたいと思うけれど、咲斗の問いを無視することも出来ないし、第一次への会話の糸口が見つけられないでもいた。 「じゃあ、もう出れる?」 その問いに、小城への3人の視線が集まった。 「ああ、いいぜ」 「いいですか?」 「いいよ。掃除も完了したし、俺も帰るだけだ」 帰っていいよ、と小城が促して響は"はい"と元気良く返事を返してロッカールームに鞄を取ってきた。 ロッカールームの空気も冷えているけれど清々しい。 「いい年を」 「はい。今年はお世話になりました。来年も宜しくお願いします」 響は年末の挨拶を口にして、きっちりと頭を垂れた。その頭に何か軽いものがパサっと触れて、顔を上げればそれはポチ袋だった。 「え?」 「お年玉」 「えぇ!?え、そんないいですよっ」 この歳でお年玉を貰うとは考えもしていなかった響は、顔の前で両手を振る。が、小城は響の上着のポケットにそれをするっと入れてしまって。 「来年も宜しくな」 「・・・はい。ありがとうございます」 小城の笑みに咲斗はチラリと視線を投げかけて、"響、行くよ"と声をかけ小城に背を向けた。自分が高崎に渡した餅代の何割かが響に還元されたということだろう。 いわゆるボーナスだ。いくら入ってるかは、咲斗にも少々気になるところだが。 「咲斗も、いい年を」 「小城さんも。楽しいご旅行を」 外への出際、2人は軽く言葉を交わして、咲斗は高崎に視線を投げかけて外へ出た。高崎には既に話しておかなければならない事は話しているし、挨拶も終えている。 響は、振り返ってもう一度高崎と小城に一礼してから外へ出た。 小城が綺麗に掃除した階段を、結局は身内が最初に踏むということに少々恐縮しながら、できるだけそっと階段を降りる。 外は、流石に12月末の冷たい風が吹きぬけていた。 「んー疲れた!」 ほっとしたのか、思わず洩れた言葉に咲斗は心配そうに眉を寄せて、 「早く帰ろう」 車のドアを開けた。 車の中は温かで、規則正しい振動と合いまわって響は眠気に襲われていた。寝ているつもりはなかったけれど、どうやらうとうとしていたらしい。 「・・・ょう――――響?」 「えっ・・・あ・・・・・・」 ハッと意識が覚醒して思わず頭をぱさぱさ揺らした。外を見れば信号待ちで、そんなに眠っていなかったことはわかる。 「ああ、ごめん。寝てた・・・」 「だいぶ疲れたんだろ。まったく、小城さんは人遣い荒いから」 「そんな事ないよ。―――ごめん」 「全然。起こしてごめんね。夕飯、どうするかと思って。――――適当に買って帰ろうか」 外で食べてもいいかとも思ったけれど、疲れている時は家でだらだらしながら食べる方が楽だ。お酒も飲めるし。 そのまま寝てしまってもいい。 「うん。その方がいいかも」 「OK」 それならば、と咲斗はハンドルを右に切った。そのまま真っ直ぐ走り、有楽町にある有名百貨店に併設されている駐車場に車を止めた。 年末という事もあるのだろうが、駐車場はかなり混雑していた。ただ、車が駐車場に入れたのは意外と回転しているからかもしれない。 みな目的は買出しなのだろうか。 「行こうっか」 「うん」 百貨店じゃなくてスーパーでもいいのに、と響は思わないでもないが言わないでおく。どうせ言っても仕方が無いし、確かにこっちのほうが美味しいのも間違いない。 年末だし、ちょっと贅沢するのも悪くは無いか。 なんて気持ちを切り替えてしまえる様になったそ響は、段々咲斗に毒されていってるといえる。 「・・・うっわ」 地下に入って思わず響の口から漏れた言葉。目の前には、人人人人。人だらけ。巨大なおしくらまんじゅうである。 「これは手早く買ってしまおう」 咲斗も思いのほか多い人に驚いたようだ。 だが、こういう時男前というのは特をするのか、咲斗が歩くとその存在に気づいた人が一瞬動きが止まる。 見とれてしまうのだ。 その隙を咲斗は上手に歩きぬけ、思いのほかスムーズに目的の惣菜屋の前についた。そこは高級割烹店が出している店。 「響、何にする?」 「ん・・・っと」 ―――――高っ!・・・・・・たかぁーい。 「えー・・・」 「なんでもいいよ?」 「じゃあ・・・角煮」 響の言葉に軽く頷いて、咲斗は目の前に立ち咲斗の注文を待ち構えている女性に目的のものを告げた。 「豚の角煮と、その湯葉上げを、200で」 確かに買うのは初めてでは無いけれど、いつ見てもこの金額に慣れない響なのだ。炊き合わせが1000円近くもするなんて!! ―――――むむむ・・・ 次に向かったのが、まったく毛色の違う洋風なデリカ。どうやらワインでも飲む気なのだろうか。 咲斗は響に振り向いたけれど、響は無言で任せると視線を向けた。お腹は減ってるけど、何が食べたいって決めれないし、それよりも先に値段に目が行ってしまって。 「エビとホタテのテリーヌ二つ、ビーフブリゼを200下さい」 「はい」 ―――――うわぁーこれだけで2000円かぁ・・・って、さっきのと合わせて4000円!? 「ありがとう」 「あ、俺持つ」 お金では役立てないので響は肉体労働で少しは役立つ気でいるらしい。その後、咲斗は別のところでサラダと、スモークサーモンを使ったオードブル盛り合わせを買って。 「ついでに、明日の朝のパンとかなんか買う?」 「ううん!!いい。まだあるし!」 ここでそんなものまで買っては、家のエンゲル係数がまた上がってしまう。家にある食パンだって、スーパーのではなく近くの美味しいと評判のパン屋さんが焼いたものなのだ。値段は百貨店ほどじゃないけど、味は十分美味しい。それだって響にしたら贅沢なのに。 響は咲斗の提案には目一杯否定して、さっさと帰ろうとしているのに、咲斗は響の抵抗なんてなんのその、結局ワインまで買って――――家にもあるのに――――響から見れば咲斗は景気良くお金を使ってやっと帰宅する気になった。 ―――――くたびれた。 車のシートに背中をもたれさせて、ふぁーと深いため息を吐いた響が、これなら家の残り物で何か作ったほうが良かったかな、なんて考えているのを、咲斗は知ってか知らずか。 ご機嫌な顔で、車を家路へ向って走らせた。 少しばかり混み出した道に少しばかりイライラしながら帰りつき、マンションの駐車場に二人が降り立った時、向こうから自分と同じ顔が歩いて来た。 「由岐人――――どうしたんだ?」 一足先に帰った由岐人がまたどこかへ出かけようとしている。その眉間には不機嫌なのか、皺が刻まれている。 「ああ―――今帰り?」 「夕飯買い出してて。出かけるのか?」 「そ。迎えに」 「迎えって、剛?」 響が軽く首を捻る。剛は買ったバイクで通学してるし、バイトもそのはずだからだ。今は買ったばかりのバイクに乗るのが嬉しくて仕方が無いという風なのに。 駐車スペースにも剛のバイクは見当たらない。 「あのバカ・・・。――――坂道発進失敗したのか、フロントぶつけてミラーとライト割ったんだって。年末で、すぐ修理できないって言われて」 「え!?怪我は?」 「それはないって。無傷だって言ってたけど」 なるほど眉間の皺は不機嫌なのではなく、心配していたのだ。だからしかめっ面になってしまったのだろう。 「とにかく行ってくる」 口調は、咲斗に事情を説明している今の間さえもどかしい感じだ。 「気をつけろよ」 「僕は運転失敗したりしないよ」 由岐人はさらに顔を不機嫌そうにして、足早に車に乗って走りだした。その出し方が、いつも以上に乱暴な感じがする。 「大丈夫かな」 「ちょっと動揺してたっぽいけど・・・」 「あいつはまったく。締める!」 この場合の"あいつ"は当然剛だ。由岐人に心配をかけたのだから、咲斗の心理としてはまぁ有りなのだろうが、響も事故を起こした事があるのは、この際関係無いらしい。 「また夜にでも連絡してみよっか」 「そうだな」 咲斗はそうしようと頷いて、荷物を手に自分達の部屋へと向った。 冷え切った部屋にとりあえず暖房を入れて、キッチンに買った袋を置く。響と咲斗はとりあえずラフな家着に着替えて、キッチンに戻り咲斗は酒の用意、響は食事の準備にとりかかる。 といっても、さしたる労力の必要な作業では無い。皿に盛り付けなおすだけであり、暖める必要のあるものをレンジに入れるだけ。 手早く準備を済ませ、すぐにでも夕食になった。 |