新年早々3




 夜になって剛の方から響にメールがあり、怪我もないし何も無いから、と知らせてきた。
「だって」
 響はその携帯を咲斗に見せる。
 買ったワインがもう残り僅かで、テーブルの上には料理はほとんど残っていない。オードブル系のものがつまみ代わりにある程度だ。
「なんで響に連絡してくるんだ」
 酔ってるわけじゃないだろうが、咲斗の声は絡み酒の様な声音だ。
「咲斗さんにするわけ?」
 それは無いだろ〜と、逆に酔った顔で響が言う。
 咲斗は一瞬空を睨んで考えたけれど、確かにそういわれればそうだし。響に連絡するしかないわけだ。連絡してこなかったら来なかったで腹も立つだろうし・・・。
 由岐人が連絡してくれば、何故本人がして来ない!となるわけで。
 ―――――しょうがない・・・か。
「どうした?」
 頬を赤く染めた響が咲斗の顔を覗き込む。
「いや」
 酔っている所為だろうか、瞳が潤んで見えそれはまるで誘っているようである。咲斗はそんな響の身体をぐいっと引き寄せてキスをした。
 少し熱く感じるのはやはり酒の所為か。男のわりにはふっくらと弾力のある唇を触れるだけで離すと、離れ際目と目が合う。
 この存在が、本当に心の奥から愛おしいと思う。
 決して華奢なわけじゃないし、女っぽいわけでもない。男としての自立心と咲斗との合間で揺れていることがあるのもわかっている。
 守りたい、と言えばきっと不満な顔をするだろう。自分が咲斗を守るんだ、とその瞳は語るだろう。
「響」
 そんな響の丸ごとが、愛おしく大切だと咲斗は思う。
 1年後も、10年後も、この命が尽きる間際でもそう思っているだろうと思う。そして、腕に抱いていたいと思う。
「ん?」
 響にとっても、自分がそんな存在でって欲しいと、そうに違いないと信じている。
「もうお腹いっぱい?」
「うん」
「そう」
 咲斗は甘い笑みを浮かべて、テーブルの端にあったグラスを倒れないように中央へ押しやってから、腕の中に響をしっかり抱え込んだ。
 まるで、壊れ物の様に優しく、けれど決して離しはしないという強い意志を持って。
 それはまるで、新年の誓い。




・・・・・・




 30日は何をしていたのか。昨夜のベッドでの長い戯れが尾を引いたのか起きたら昼で、そのままだらだらしてしまったと思う。気づいたら夜でアッという間に終わって31日。
 この日はだらだら過ごすわけにはいかないと、まだベッドの中で響を腕の中に閉じ込めたまま、まどろんでいたい咲斗の腕の中から響は9時には起きだして、不平を言う咲斗に"じゃあ買い物一人で行ってくるから!"と宣言して慌てさせ。
 こんな日に。
 こんな人ごみの中を響ひとりで咲斗が出させるわけがないのだ。
 響は内心ムフフと笑い、計画通り家を出る事が出来た。
 今回は百貨店ではなくいつもいく大型スーパーにしたのだが、そこでもすでにというか当然というか、きっちり正月値段。響は割高感に不満も感じながらも、買わないわけにはいかない。1日は初詣に行って外食することにしても2日は4人で飲む。その鍋の材料が必要なのだ。
 鍋は、あんこう鍋。それ以外にから揚げや焼き物などアテになるものも作る予定で響は買い置きできずにいたものを手早く買い、今日の夕飯には尾頭付きの鯛とお造り盛り合わせ、ステーキ肉を買った。
 雑煮も食べたという要望で餅も買うし、そういえば切れそうだったとパン粉とみりんも買い込んだ。
「小麦ってまた値上げするんだっけ?」
「ああ、確かそう言ってた気がする」
 まだ半袋残っていたけれど、買っておこうと響は小麦もカートに入れ味噌もと。
 なんだか気づけば凄い量の買い物だけどこれで1週間くらいの分・・・もないかもしれないがとにかく数日分なのだからしょうがない。
 レジで1万円を出してわずかばかりのお釣りを貰い車に詰め込んで、小腹が空いたとモスに寄って家に帰ればもう午後に4時を回っている。
 慌てて買ったものを冷蔵庫や戸棚にしまい、響はキッチンに立った。
 御節は作らないとはいえ、ちょっとした煮しめや海老を焼いたり鯛を焼いたりするのだ。響は咲斗の存在をとりあえず無視して、目の前の仕事にかかる。
 といっても、毎日キッチンに立っているのだから流石に手際や段取りは慣れたもの。
 料理に集中していると、
「響〜紅白始まる」
 と咲斗の声がかかるときにはほぼ終えていた。
「んー」
「K-1にする?」
「どっちでもいいよ〜」
「・・・それいつまでかかる?」
「あ、お腹減った?」
「減ったし・・・なんか孤独なんだけど」
 ようは放っておかれて寂しいらしい。一人に飽きたのか。K−1にしても紅白にしても一人で見るなんて、咲斗にはそんな行為はできない様だ。
 隣に、響がいなければ何を見てても同じ。
「後20分で夕飯だから」
「じゃあ用意しようか」
「お願い」
 なんだかいい匂いが漂ってくる。というか、だいぶ前から漂っていた。だから、咲斗は今か今かと待っていたのだ。
 咲斗が箸や取り皿を並べる頃、鯛が焼けて海老が焼けて、綺麗に盛りなおされた刺身が出て、サイコロステーキが出て筑前煮が出た。
「ん〜これは日本酒かな」
 並んだ素晴らしく美味しそうな料理に咲斗はにんまり笑って、戸棚からとっておきの日本酒を取り出した。
 テレビを見ればゼロ円生活〜の文字が。どうやらチャンネルを押し間違えていたらしいが、これもいいかもしれない。
 テーブルに並ぶのは、ゼロ円にはほど遠い料理の数々だけど。
「じゃあ夕飯だね」
「うん」
 咲斗と響は、テレビから流れる元気な声を前にゆっくりとおちょこグラスを鳴らした。
「今年もありがとう」
 響がなんとなく照れくさそうにそんな言葉を呟いた。1年の終わりだから、挨拶をと思ったのだろうか。
「こっちこそ。来年もよろしく」
 咲斗は嬉しそうに笑ってそう答えて、クイっと日本酒を喉に流す。
 もう後数時間で訪れる来年。それがきっと今年と変わらず過ぎて、1年後もこうして挨拶をしてるんだろうなって思えるのが幸せだと思う。
 咲斗はそれを知ってるから、嬉しくなるのかもしれない。
「うん」
 響も笑って、日本酒をちょっと舐めた。舐めてみて、どうも日本酒は苦手だなと響はグラスに炭酸とグレープフルーツジュースで即席カクテルにしてしまう。
 良い日本酒なのに。
 とっても手に入りにくい日本酒なのに。
 そこは勿体無いと思わないらしい響と、良いお酒であろうと飲みたいようにのめばいいと響にはひたすら甘い咲斗では揉め事にもならないらしい。
「お造り美味しいっ」
「ホント?ちょっと高かったけど良かった」
「まぁ、見事に正月値段になってたもんな」
「ああいうのってスーパーが儲けるのかな?卸す方が儲けてるのかなぁ?」
 どっちなんだろうか、と3990円もした造りを食べながら、無人島で魚をモリで付いてる映像をテレビで見るのもなんだか。
「北海道行ったら蟹食べまくろう」
「食べたい!!あと、いくらも」
「いいね。お土産もいっぱい買って」
「うん」
 CMを機に、チャンネルを紅白に回してみる。
「年始、SALEも行こう。ちょっと臨時収入あったし。いい?」
 どいやら小城から貰った餅代は服に化けるらしい。
「もちろん。一緒に行く」
「咲斗さんもなんか欲しいものあるんだ?」
「んーまぁね」
 というよりは、咲斗は響に買いたいだけである。自分はSALEでどうこうというのはほとんど無い。響にはまだ内緒だが、好きなブランドの新作時計を予約したばかりなのだ。その額120万円。
 響にはしばらく内緒である。
 テレビから演歌が流れ出して、再びチャンネルが回された。
「鯛の身、取ろうか?」
「あ、お願い」
 生の鯛を買って今焼いたばかりだから身も柔らかくて、鯛らしい甘みも生きている。響は身を取り分けて咲斗の皿に盛る。
「そうそう、小城さんたちインドに行くんだって」
「らしいな。小城さんはアジア圏の国に行くの好きだし」
「高崎さんってなんかそういうイメージ無いけど」
 響は脳裏に高崎の綺麗で上品な顔を思い浮かべる。その雰囲気と、インドの雰囲気がマッチしない。といっても、響の知識はテレビで見る程度のものだけれど。
「小城さんに感化されたのか、結構好きらしい。ただ、肌が弱くて日焼けすると火傷みたいになるから、この時期行くんだ」
「へぇ〜」
「前にスリランカに行ったとかって、変なお面みたいなのを土産に貰った記憶がある。随分前だけど」
 そういえばあの気味の悪いお面はどうしたんだっただろうかと、咲斗は一瞬記憶を探るがバカバカしくなって止めた。
 どうせ、いるものではない、貰っておいて申し訳無いが。というか、土産にあのチョイスはほとんど嫌がらせだ。
「へぇ〜いいなぁ。俺もちょっとそういうトコロ行ってみたいかも」
「本気で!?」
「うん。なんで?」
 きょとんと言い返す響に、咲斗は一瞬口ごもった。いや、もちろん悪いというわけじゃない。ただ、自分が行けるかどうか。
 まぁ確かに見た事の無い世界が見えるかもしれないとは思うけど。
 ただなんというか、衛生面や食事の面が。
「小城さんのお土産話楽しみだなぁ〜」
 言いながら響は栗金団を口の中に放り込む。
 その横で咲斗はなにやら真剣に考え出したようだ。インドか…とりあえずタイあたりか、とぶつぶつ言っているのだが、響が紅白にチャンネルを回したため歌声に咲斗の声は掻き消され響には届かなかった。
 今年も残り4時間弱。
 のんびりと穏やかに、咲斗と響の1年が終わりを迎えようとしている。










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