新年早々5
ご飯を食べてお腹いっぱいになった、そのお腹をならすためにもと響と咲斗は暖かい部屋を出る事にした。外は寒いだろうと、響はダウンジャケットを、咲斗は上質なダークブラウンのコートを羽織ってマフラーを巻いて、寒さに肩をちょっといからしながら駅まで歩き、程よく込み合った電車に揺られて十数分。 目的地の駅は、ほどよくというよりは結構な混雑だった。結局のところ、みな考える事は同じなのだろう。 年末にテレビで見るようなほどではないけれど、それでも今目の前に広がる光景は、十分人だかりが出来ているといっていいだろう。 「ま、元旦だしね」 響は独り言の様に呟いて、両手をポケットに入れた。寒いのだ。 「若い人が多いな」 普段、信心や道徳などにはとんと縁が無さそうな人たちのほうがこういう日は多く神社で見かけるというのは、なかなか皮肉である。 所詮彼らは、遊ぶ目的や口実を探しているに過ぎないのだろう。遊びの波に取り残されぬよう、人と同じ経験をしそびれぬよう、にと。それは、ブームを作り上げようとしているマスコミに乗せられているのか、それともマスコミが彼らの行動をブームと勘違いして乗せられているのか。 批判し合いながら、所詮は持ちつ持たれつの関係なのかもしれない。 「オールで遊んでそのまんま、ってとこだろうな」 「経験あり?」 さり気なく吐き出してみた言葉は、結構本気で探っていたりして、咲斗のその内心はさり気なさとは程遠かったりする。 「高3の時は」 「ふーん」 "誰と?"と言う言葉は、賢明にも飲み込んだ。新年早々、元旦からなにも聞かなくてもいいし、こんな日くらいは心広く穏やかにいようと咲斗は目一杯の自制心でもってそう思う。 過去を気になったって仕方ないじゃないか、今からの未来は全部自分のものなのだから、と。 「あ、後でたこ焼き買おう」 そんな咲斗の心の葛藤を知ってか知らずか、響の浮かれた声を上げてその視線は屋台の方へ向う。 しかし、そんな響にも"妬く"という感情があることも、咲斗の事が気になる事も知っているから、咲斗はまだ少しは心穏やかで無駄なヤキモキはしないで済むのだが。それでもなんだかちょっと、と思う気持ちが僅かにもたげる。 自分がこんなに気にしているのに、響は気になら無いのだろうか。いや、響は咲斗の過去を知っているし、もし誰かと初詣に行ったとしてもそれは客ということになる。 だから、安心しきっているのだろうか。 好きでもない相手にグダグダ言われるのは鬱陶しい限りだが、好きな相手からのヤキモチは甘い言葉に聞こえるのに。言って貰えないのはなんだか寂しい。 「あ、境内はそんなに混んでない」 外には、たむろしたりうろうろしたりと遊ぶ若者の姿が多かったがもう参拝を終えたのか、はなからそんな気は無いのかはわからないが、とりあえず境内はそこまでの混み具合ではなかった。 まぁ、時間ももう3時になろうとしているし。 それにしてもなんというか、厳かな、という空気からはだいぶかけ離れて商売繁盛な空気が境内には流れている。新年を神聖な気持ちで向かえるというよりは、稼ぎ時だという空気の方が強いと感じてしまうのは自分だけだろうか。 「5円、5円っと」 響は財布から5円玉を2枚取り出して、1枚を咲斗に差し出した。 「ありがと」 それを2人仲良く揃って投げて、ジャラジャラと鈴を鳴らして手を合わせ、じっと拝むこと一分あまりか。 あまり長く佇んでは迷惑と、2人は後ろの人にその場を譲る。大体、5円で何分も粘ったところで、聞き届けてはくれなさそうだ。 神様にも"渋いヤツ"と思われていそうである。 「おみくじ引こう」 「うん」 巫女はバイトだよなぁ・・・と毎年思うのだが、その巫女さんにお金を払いクジを引き、おみくじを貰う。 「あ、吉」 「・・・凶って」 咲斗の沈んだ声が響の耳に入り、思わず覗き込むと凶とかかれた太文字が目に飛び込んでくる。 ―――――うわぁ・・・ 「まぁ、これからは上がるばっかりってことで」 「なんかその慰め前にも聞いたことがあるような・・・」 「そう?とにかく、結んでおこう」 おみくじなど、ぶっちゃけて言えば響はまったく信じていない。初詣もおみくじも、新年の行事ごとくらいにしか思っていない。したからといって、縁起がいいとか、何かいい事があるとかまったく思っていない。ただ、イベントごとを楽しむだけ。 「はぁ・・・」 一方咲斗は、気にする方なのかなんだか重いため息を吐き出す。まぁ、信じていなくても新年からおみくじで凶を引くのは少し気分が落ち込むものだろうが。 「まぁまぁそう落ち込まないでさ、たこやきでも食べて元気になろうよ」 励ましてるのか、さり気なくたこ焼きを食べたいを自己主張しているのかよくわからない慰めではあるが、咲斗はその響らしさに思わず口元を緩めた。 「そうだね」 咲斗は経営者という立場からか、多少縁起を担いだりするので凶というのはひっかかるものがあるのだが、ここは一つ由岐人に大吉を引き当てて貰おうか、と他力本願な考えを起こし、響の意見に同意した。 由岐人と2人して凶を引いたらそれこそお払いでもしてもらおう。 「たこ焼きだけでいいの?」 「うーん、考える」 ―――――考えるんだ・・・・・・ ご飯食べてそう時間がたってない気がするんだけれど、消化されてしまったのかまたは別腹なのか。 まぁどっちでもいいか、響がそれで楽しそうにしてくれるなら、と咲斗は考えて、屋台の方へ真っ直ぐ向う響の背中を追いかけた。 長い足で3歩、それで追いつく。横に並ぶのは、牽制だろうか? 何に? 「あった」 響は咲斗の気持ちも知らず見つけたたこ焼き屋台にまっすぐ進む。 「10個ください」 「10個も食べるの!?」 「え、半分食べない?」 「・・・3つでいいよ」 「じゃあ、すいません8個にしてください」 「あいよ」 ―――――3つ・・・2つくらいでいいけどなぁ。 咲斗は響と違って、食べ盛りはもう過ぎてしまったらしい。元々細い体躯だし、大食いの類では無いのだろうが。 ―――――響の場合どこに入っていくんだろう。 体だってスラっとしてるし、贅肉も無い締まった体型。まぁ、新陳代謝が激しいのだろうと納得させておこう。 「ありがとう」 ほかほかのたこ焼きを受け取って、響は駅前へと歩き出す。確かに、駅前には座るスペースもあった。 が、結構な人出だし、と思ったけど。 「あ、あそこ座ろう」 意外とみんな立ってうろうろしてるので、駅前のベンチに腰掛けるのに問題は無かった。 「美味しそう!!――――ん・・・おいしいっ」 「良かったね」 まぁ、なにはともあれ響が幸せそうならそれでいいかと咲斗は思い何気なく今来た道の方へ目をやった。 するとそちらから、いわゆるお姉系といわれるファッションに身を固めた3人連れがゆっりとした足取りでこっちへ歩いてくるのが見える。 こんなところで客に会ったりはしないだろうと思っていると、 「咲斗さん、食べない?」 響の声に視線を戻すと既に5個になっており、あっという間に3つが響の胃袋に入ったらしい。 「え、ああ。うん。1個貰おうかな」 咲斗はまだ熱いたこ焼きを口に入れて、はふはふと息を口に入れる。 「とろっとしてて美味しいよね」 「はぁう」 ああ、と言いたかったけれど正しくは発音されなかった。 ―――――お茶が欲しいな。 一つ食べてそう思ううちに、たこ焼きは残り2つ。要するに、咲斗の分だけになっていた。 「1個づつしようっか?」 「いいの?」 「うん。どうぞ」 「ありがとっ。・・・やっぱり10個にしたら良かった」 「食べていいよ。俺はちょっとそこの自販機でお茶買って来るよ」 響の食欲に若干圧倒された咲斗はそう言って立ち上がり、自販機の前に立つと、お茶の大部分が売り切れになっている。咲斗は仕方なく、あまり好みではないメーカーのだが唯一あった暖かいお茶のボタンを押し、響のほうへ目を向けたときだった。 ―――――はぁ? さっき目に入ったお姉系の3人組が響に話かけているではないか。 咲斗は思わず買ったばかりのお茶のダメにする勢いで握り締め、響の元へと向った。 「響!」 「ああ」 ひとつだけたこ焼きの残った船を手に、響がなんとなく抜けた声を上げた。 3人の女性も一斉に咲斗のほうへ振り向くが、咲斗には女の顔はもう見えていない。"えぇ〜かっこいいー"という黄色い声も耳が拒絶。 だが、 「あれ、剛は一緒じゃないんだぁ?」 この声は耳に入ってきた。しかも、神経に障る。 「ああ、うん」 「響、どちら?」 咲斗の声に剣があるのは、この際勘弁して欲しい。 よく見れば20歳そこそこではないか。何故わざわざこんな年上に見える格好とメイクに身を固めるのだろうか。 「あー・・・」 「元カノです」 こめかみが、ヒクっと動いた。なるほど、凶を引くわけだ。 「そうなんだ」 「はい」 咲斗の言葉は響に向けられたけれど、同意してきたのは響ではなく女の方で、さらにまた癇に障る。 「響?」 だから、名前を名指ししてみた。 つまらない、まるで三文芝居の修羅場のようになっているなんて、当事者は案外わからないものだ。 「・・・なんか、感じ変わったよね」 響の探るような上目遣いに、咲斗はさらに眉間にシワを寄せた。 「そう?」 「うん」 「前は、ギャルっぽかったもんね。もう今流行らないでしょ」 「ああ」 ピン、と来た。 響の横顔が。 咲斗は響の手からたこ焼きを貰い、 「そろそろ行く?」 「うん」 ほっとしたように立ちあがる響に気分が浮上していくのは、まだまだ修行が足りないだろうか。もう分かった。花火の時に学習済みなのだ。 「えー、行っちゃうの?」 「うん、ばいばい」 響の言葉は軽かった。 物凄く。 彼女の名残惜しそうな声と、対照的過ぎて、あっさり背を向ける態度と、まだこちらを見ている彼女の態度も。 だからだろうか。 咲斗の心に膨れがっていた優越感がするするとしぼんで、代わりに棘の様なものが心に刺さった。 「本当に元カノ?」 だから聞かずにはいられなかったんだけれど。 「んー・・・わかんない」 「え?」 「なんとなぁく、見覚えはあるような気がするけど・・・」 そう言って軽く首を傾げる響の姿に、咲斗の心が何故かわからないけど痛くなったて、彼女の姿が影のように入り込んでしまった。 |