新年早々7




「来たよー」
 由岐人がドアを開けると所在無げにソファに座っていた響がハっとしたように顔を上げた。向かいに座る剛の表情からは、何かを読み取る事は困難だったけれど、
「こっちは準備万端。まずはビール?それとも日本酒?焼酎?」
 どれにするんだ?と棚に並ぶ酒を物色しつつ問う剛はいつも通りに見えるから、心配は無いのかもしれない。
「咲斗?」
 早く答えろよ、と剛は少々尊大な態度で促す。
「ああ・・・、俺は焼酎にする」
 咲斗はそう言うと剛の横に立ち棚から1本の焼酎を取り出した。剛の尊大な態度にクレームをつけれるほどには、まだ心のゆとりを取り戻していないらしい。
「同じでいいのか?」
「え、俺?」
 その上、意見まで求められなられて剛がびっくりして自分を指差すと咲斗は眉を寄せる。不愉快なのか、失敗したと思っているのか。
「僕は同じでいいよ」
 由岐人がすかさず答える。
「ライムで割るか・・・」
「却下」
 さり気ない剛の一言はさすがに聞き入れられなかったらしい。高い焼酎になんたる暴挙。そこまで認めるほど、咲斗は自分を見失ってはいないらしい。響ならまだしも。
「ジントニックでもつくろうか?」
「お、まじ!?じゃあそれで」
「お酒の用意すぐするね」
 響はバタバタとキッチンへと立つ。その姿はいつも通りだけれど、空気がまったくいつも通りじゃないのは剛も由岐人も、咲斗だってわかっていた。
 その背中がまるで、逃げるようなのも。
「なぁ、お湯割り?水割り?」
「湯」
「水」
 どうやら双子といえども意見が別れるときがあるらしい。
「わかった」
 響はポットに湯を入れ、デキャンタに水を入れ氷も用意する。レモンも梅も小皿に置いて、ジントニックを作り出す。
「先、持ってくよ」
「あ、うん」
 咲斗が不意に手伝いに来て、ドキっとするけど一瞬の差で目が合わなくて響はなんだか情けなくなる。
 過去の事は取り消せなくて、それなら自分はどうしたらいいのだろう。巻き戻す事も消しゴムで消してしまう事も出来ないのに。
 そう叫んでしまえば、咲斗はいつものように"ごめん"と言って笑って抱きしめてくれるだろうか?
 その背に手を伸ばし、服に指を絡ませてすがり付けばいいのだろうか?
 ―――――もう、わかんないっ
 昨日の朝までは、何もかも分かり合えてると思っていたのに。
「お待たせっ」
 明るく言った声が、揺れてないといいけれど響には少し自信が無かった。でも、誰も何も言わず、剛もいつも通り"サンキュ"と笑って受け取る。
 鍋だけは、いつもと変わらず美味しそうな湯気をたたせて、4人を待っていた。
「じゃあ食べようっか」
「おう!腹減ったしな」
 テーブルの上には、豪華な鍋の材料が並んでるし、それ以外に小エビのから揚げやスペアリブも並ぶ。
 全部今日のために、作っておいたもの。
 それなのに。
 ―――――あーあ、初詣なんか行かなければ良かった。
 響は心底後悔しながらグラスを手に取った。
「じゃあ、今年もよろしくってことで!」
 ムードメーカーの剛が音頭をとると、由岐人もあわせた様に「乾杯!」と声を上げて4つのグラスがカチンっと鳴った。




・・・・・




 ぶりしゃぶは、たぶんきっとすっごく美味しかったんだろうと思う。でも、響にはその味を十分に堪能することは出来なかった。
 あんこうも、大好きなマロニーも思うほどに喉を通らなくて。
 それはどうやら、他の3人も同じだった様だ。
「あのさぁ」
 呆れたように剛が声を上げたのは、食事を始めて1時間と少しが過ぎた頃か。
 無口でテンションが低いままに食べる咲斗と、落ち込んだ顔色のままの響と、普段から無口な由岐人とが気を遣ってる姿を見ながらの食事に、剛が最初に我慢が出来なくなったのだろう。
「剛?」
 由岐人が少し心配気な顔を向ける。
「響が"おかわりいる?"って聞いてんだし、もうちょっと言いようがあるだろ?んな不機嫌な顔して"ああ"って」
「剛!」
 いいから、と響が目で訴えると同時に、咲斗のキツい視線が剛に突き刺さる。
「何を気にしてるのかしらねーけど、いい加減機嫌直せば?」
「お前には関係無い」
 憮然とした顔で言う咲斗の目が座って見えるのは、もしかして酔っているのだろうか。
「咲斗」
「関係無くねーし。俺ら4人で家族なんじゃねーの?」
 この一言には咲斗も思わず言葉が詰まる。
「元カノがいたのがそんなに気になるのかよ」
 咲斗が捜した言葉がみつからないとでもいうように、僅かに残っていた酒を煽る。
「器量の狭い男だな」
「剛っ」
「ん〜ちょっと違うんだなぁ」
 慌てた響の声をさえぎるように、由岐人の少しばかり暢気な声が間へ入った。
「由岐人っ」
「なに?」
 咲斗の制止の声にかぶさるように、響の声が上がる。
「あのね」
「由岐人」
「咲斗うるさい」
「剛!?」
「咲斗が気にしてるのは、――――――響の気持ちかな?」
「俺の、気持ち?」
「響は元カノのこと全然覚えてないよね?」
「まぁ、全然じゃないけど・・・。そのよくわかんない時期があったし」
「よくわかんない?」
 これには咲斗が思わず聞き返す。
「え・・・あ・・・」
「なんつーかまぁ、とっかえひっかえっていうかな」
 剛の助け舟に、響はバツが悪いのかにらみで答える。
「こっちは付き合ってるつもりなくて、まぁ一晩の遊びって思ってたら、向こうは付き合い開始だと思ってて、気づけば3〜4人同時進行、みたいな?」
「響、すごいね〜」
「なっ!剛だって似たようなもんだよ!?」
「ばか、響!!」
 これには思わず腰を浮かせた剛に、冷ややかな由岐人と咲斗の視線が突き刺さった。
「へぇ〜」
「ほぉ〜」
 どうやらとばっちりが来たらしい。
「で、でも俺は響ほど多くないぞ」
「うっ」
 言い返した言葉に響の反論はなく、一瞬きまづい空気が流れた。
「でもまぁ、それなら憶えてない人もいるかもね」
「そもそもちゃんと付き合ってた人なんか、いたのか?」
 剛は甚だ疑問だな、と言う顔で肩をすくめた。
「それは・・・、まぁ」
 響は自信投げに口のなかでもそもそと言う。『いたよ!』と今この場で言っていいのかも迷われるのだが、果たしてそう言い切れるのかも自信が無かった。
 確かに、そういう意味で自分はいい加減だったのだろうと思う。
 思い返してみてもそう思う。あの時は、あんな風にしかいられなくて、そこに判然とある世界にただ放りだされて泳がされて、でも足が地についていなくて、息が旨く出来なかった。あんな風にしか、立っていられなかった。
 といより、そこにいる自分を、どこか不思議に客観的に見ていて、自分であって自分じゃないような。
 それを、説明したほうがいいのだろうか、と目線を上げた。
 その時、
「・・・響はさ、そういう人たちとどういうつもりで付き合ってたの?」
 咲斗が、響に目を合わさないようにして聞いた。
 その一言が響の胸に、刺さった。
 場は、さらに気まずい空気が流れる。
 響は泳がせた視線に、剛の視線が合う。同じ時間を共有しあった剛は、苦い顔をしていたけれど、でも響と目が合うとしっかり頷いた。
 その剛に背中を押されるように、響は咲斗の横顔に視線を向けて息をひとつ吸い込んで。
「正直に、言うね」
 勇気を掻き集めて、言葉を吐き出した。









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