新年早々8




「俺は、剛が言ったみたいに、同時進行だった時もあったし、大体にして彼女たちとは真剣には向き合ってなかった」
 ふっと一瞬ある顔が脳裏に横切ったけれど。
「だから、憶えていないっていうか、記憶に残るようなものは無くて。自分でも今思えばどうかと思うし・・・・・・それをいい加減だって言われたら、反論できない。そういうの、咲斗さんが許せないって思うなら」
 思うなら、なんだろう。
 しょうがない?
 嫌いになるなら?
 ―――――痛い。
 いやだ。
「違う」
「え?」
「許せないとかじゃないよ。たぶん、俺は響のすることで、許せ無い事なんか、ないと思う」
 え?
「そうじゃなくて」
「うん」
「響は彼女たちにも真剣で、でも終わったらあっさり忘れてしまうのかなって」
 咲斗がゆっくり響のほうへ向いた。
「いつか、俺の事も・・・って」
 それはあまりにも響にはありえなくて、言われた言葉の意味をわかるまで数秒。返事は剛のほうが早かった。
「んなわけねーじゃん!!」
「剛っ」
 思わず由岐人が剛の服を引っ張った。
 いやまぁ、自分もそう思ったけれどさ。
「うるさい!!」
 咲斗もバツが悪いのだろうか、顔が赤く染まる。
「そんなわけないじゃん!」
 これは響。やっと咲斗が何を心配して何に拘ってたのか理解したらしい。
「響」
「・・・・・・」
「俺が、俺が咲斗さんのこと忘れたり、っていうか、そもそも別れたりしないし」
 だろうな、と剛と由岐人は同時に頷いた。
「絶対。しない」
 はっと響の瞳が開かれる。
「え・・・、咲斗さん俺と、――――――別れたい、とか?」
「違うよ!違う、そんなわけないじゃん。え、ちょっと泣かないでよ!?」
 焦った声に響を見てみると、泣いてはないけれど、瞳が少し濡れて見えた。
「だって、俺昨日からずっと」
 響がぎゅっと手を握り締めて、それを振り上げた。
「もうダメなのかな、とか。さっきだって、咲斗さんはもう俺の事嫌いなのかなとか、いっぱいぐるぐる考えて」
 拳が咲斗の肩に当たる。
「どうしたらいいだうって、どうしたら今までみたいにいられるんだろうって。いっぱいいっぱい」
 いっぱい色々ぐるぐる考えた。
「ごめん、ごめん響?」
 珍しい響の醜態に、咲斗があわあわと腰を浮かせ、殴られるのもそのままに響を抱きしめようと手を伸ばす。
「ごめん、俺が悪かったから、泣かないで?泣かれたらどうしていいのかわかんないよ」
 咲斗がとにかく響を抱きしめたそれを見ながら、剛はふーっと息を吐き出した。その気配に由岐人がそちらに視線を向けると、意外なほど真面目な顔をしていて。
 由岐人は言葉に詰まった。
 けれど、咲斗はそれどころじゃない。
「響?」
 咲斗は、ただくだらないヤキモチで、響を哀しませてしまったことを悔いてしまう。確かに、響の過去の女性に対しての態度があまりに冷たくて、それが今の響の姿となんだか違いすぎて、戸惑いと不安を覚えたのは事実だったけれど。
 もっと、ストレートに言えば良かった。
 その響が、咲斗の肩に頭を乗せるようにしてもたれかかってきた。
「――――」
 響の口から小さな息が流れる。
「彼女たちと、咲斗さんは全然違うよ・・・」
 小さな声は、それでもちゃんと3人の耳に届いた。
 でも、何が違うのか、響の中でどう違うのか、じゃあ彼女たちとはどういう気持ちで付き合っていたのか。
 その咲斗の気持ちをくみとったのかどうか、剛が口を開いた。
「響は、あの時はリハビリ中だったようなもんだ」
「リハビリ?」
 由岐人がなんの話?と剛を見れば、咲斗は無言で剛を見返す。
 響の右手が咲斗の衣服を甘えるように掴んだ。
「人と馴れ合うっていうか、人付き合いするため――――――――かな」




・・・・・




 目の前のローテーブルは綺麗に片付けられた。片付けたのは、響では無くて由岐人。響はといえば、ソファでその身体を横たえてすでに眠ってしまっていた。
「悪いな」
「いいよ」
「いっつも準備は響なんだし」
 咲斗が謝罪の言葉を述べれば、由岐人も剛もなに言ってんだか、という顔で軽く流す。
「で、さっきの話の続き聞いてもいいか?」
「ん?ああ」
 そうだった、と剛は頷いた。
 "人と馴れ合うっていうか、人付き合いするため――――――――かな"と剛が言って、4人の間に沈黙が流れた。
 剛は自分から言い出すべきか、響が自分で言った方がいいのか迷っていたのだが、響は自分でどう言っていいのかわからなかったのか。景気づけでもするように、いきなり焼酎をストレートでそのまま煽ったのだ。それも瓶口付けで。
 "響!?ちょっと"
 慌てた咲斗が止めたけれど、かなりの量が響の胃袋に流れ込んでしまっていた。
 "出して!!"
 急性アルコール中毒にでもなったら大変と咲斗が響を揺すったのが良かったのか不味かったのか。
 "咲斗ダメだって。響、水飲んでっ"
 由岐人が水割り用の水をグラスに注いで響の口に持っていこうとするけれど。
 "そうだよ!とっかえひっかえだったよ。でもだからってなんなんだよっ。向こうだってそうだったじゃん"
 "響!?"
 突然目が据わって言い出した響に、咲斗はまたおろおろとしてしまう。が、限界値を超えて酒が入った上に、たぶん色々溜まっていたのだろう、響は意に返さずさらに言う。
 "見た目とかイメージとかで、俺の事ちゃんと中まで見て好きとか言った子なんて誰もいなかった。彼女たちの勝手なイメージに付き合う義理は俺には無いだろっ"
 まぁーな、と剛は思った。
 当時響が無口だったのは、クールなのではなく、どう言っていいのかわからなかっただけだ。遊び人だったわけじゃなく、彼女達の始まり方や終わり方に対処出きていなかっただけだ。
 ただそれを向こうが勝手に勘違いしただけ。
"わかった。わかったら響"
"わかってない!!咲斗さんは全然わかってない!!――――――――――んん――――"
 一際大きな声で叫んだかと思うと、響の頭がぐらぐら動いて、ふわっと後ろに倒れた。
"響!?"
"大丈夫?救急車呼ぶ!?"
 珍しく、由岐人までもが慌てている。
"大丈夫だろ。寝かせとけば"
"でも"
"昔2回くらいこういうの見た事あるから。でも大丈夫だったし。ただ、明日になったら覚えてないけどな"
 剛はそう言って笑った。その余裕に、咲斗が悔しそうに顔をゆがめたけれど、だからって反論の余地は無いし、救急車も呼ばないでいいならその方がいい。
 けれど、目の届かない寝室に寝かせるはやはり落ち着かなくて、ソファに横たえらせて、とりあえずテーブルなどにある空き皿や残った料理を片付け出す事にしたのだ。
 その片付けも終わって、軽い酒肴の用意だけ残された今、咲斗は剛の持っている情報を全て引き出そうとしている。
「続きっつっても、どっからだっけ?」
「響がリハビリ中だった理由と、響がどんな高校生活を送っていたのか、だ」
 断定して言い切った咲斗の目が据わって見えるのは気のせいでは無いだろう。
「そうだった。でも―――――」
「でも?」
「勝手に話していいのかな」
 剛は響の知らないところで勝手に話してしまうことに後ろめたさも感じて、ソファに眠る響の視線を向ける。
「大丈夫だ。フォローはしておく」
 咲斗は聞くまで諦める様子もなく、剛も黙っていてもしょうがないか、と手にしていた台拭きをキッチンに置いてから、ソファに座った。 
 その前に、由岐人が入れたての茶をソっと置く。
「・・・なんか、改まられるとどっから話していいのかわからなくなるな」
 剛は一息入れて。
「じゃあまぁとりあえず、出会いから話してみるか」










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