・・・6・・・ ・・・体育祭まで今日を入れて後2日。 体育祭まで後2日という事もあって、今日の放課後の特訓も短めで終わり、その特訓自体も今日で終了という事になった。綾乃にとってはホッとしたところだ。そんな放課後、久しぶりに時間があるという事で、4人は教室でおしゃべりをしていた。 もちろん話題は体育祭の事。 「そうなの!?」 「ああ、体育祭当日の観覧席はちょっとした社交場だぜ」 「皆様、いろんな繋がりを求めてらっしゃいますからね。いい機会なんでしょ。子供の体育祭にかこつけて、裏では色んな話がまとまるんじゃない?」 翔と薫の話に、綾乃は呆然としてしまう。そういう事をまったく考えていなかったのだ。というよりも、綾乃に考えつくはずもない。 「もう高校生だし、そんなに家族とか来ないだろうって思ってた・・・」 「とんでもない。だから準備が大変なんだよ。何か不備があってはいけないし、細部にいたるまで注意を怠れない」 薫は中等部時代にも生徒会を経験しているので、その言葉には実感がこめられていた。 「みんなのご両親も来られるの?」 「ああ、もちろん。うちは兄貴もいるしな」 「うちも来るよ。営業活動でもするんだろうね」 薫は多少苦々しく言う。 「夏川君の所も、来られるんじゃないの?」 「え?」 「ご両親。だって、桐乃華の体育祭だよ?しかも、夏川君は今南條家にいるんだから凄いツテじゃない?それを利用しないはずないと思うけど?こんなチャンス普通の人にないもの」 杉崎は、さも当然の様に言う。 しかし、その事も綾乃には考えもしていない事だった。言われなければ気付きもしなかっただろう。綾乃はその現実を考え、途端に顔色を失う。 ――――ほんとだ・・・・・・ 綾乃の叔父は、大きくはないが会社を経営している。そして、そういう権力や名誉、世間からの視線に物凄く弱い人だった。その事を、綾乃は嫌でも知っている。確かにその叔父がこの機会を逃すはずがないと思った。 ――――どうしよ・・・・・・そんなの、絶対嫌だ・・・・・・そんな風に利用されたくないし・・・雅人さんにも迷惑かけたくないのに・・・・・・・・・ 「綾乃、大丈夫だよ。そういう事は理事長がもう考えてると思うよ。それに、気になるなら聞いてみたら?」 綾乃の顔色を見て、薫は安心させようとする。 「・・・・・・うん」 「そだそだ、綾乃。うちの親も綾乃に会いたいって言ってた」 「えっあ、うん・・・」 翔のその言葉に、綾乃は気がどんどん重くなっていくのを感じたけれど、翔はそんな綾乃の様子にも気付かないのか、いたって明るく言葉を続ける。 「いつも仲良くしてくれてるお礼言わなきゃねぇ〜って。あ、薫にも久々会えるって喜んでたぜ」 「そうだね、僕もご挨拶しないと・・・ああ、いけないもう行かないと」 薫は時計を見て慌てて立ち上がった。 「生徒会?」 「ええ、まだちょっとごたごたしてて。翔もだよ」 「へーい」 人手が足りない所為もあって、会長は弟である翔さえも借り出したのである。 「そうなんだぁ。がんばってね」 「ええ、ああ、綾乃。そんなに、深く考える事ないから。気楽にね」 「・・・・・・うん」 「大丈夫だから。じゃぁ・・・・・・気をつけて帰ってね」 「うん、ありがと」 4人は一緒に教室をでて階段のところまで行き、そこで綾乃と杉崎は下へ、翔と薫は上へと別れたのだが、薫は数段階段を上がったところで、振り返った。けれど、もう階下へと降りていっている2人の姿を、その視線に捉える事ができなかった。 「薫?どうした?」 「いえ・・・・」 薫は本当は2人を一緒に帰す事をしたくなったのだが、今はそんな事を言ってられる余裕が自分にはなくて。けれど、できる事なら自分もついて帰りたかった。なんだか自分の力不足が思い知らされて、顔には出さないまでも、少々落ち込んでいたのだ。 「薫っ、行くぜ」 その翔の言葉に、薫は後ろ髪を引かれる思いで階段を上がった。 そんな薫の危惧をまったく知らない綾乃は、何も気にせず杉崎と帰り道を共にしていた。 「さっきの話なんだけどね、僕の両親も夏川君に挨拶がしたいって言ってたんだけど、いいかな?」 「あ、うん。でも挨拶って、普通に"こんにちは"とか言うだけじゃないよね?」 さきほどの会話から察してもなにやら会話しなければいけないのだろうと思う綾乃は、何を言っていいのか検討もつかず、困惑の表情を浮かべる。 「いや、そんな感じだよ」 そんな様子の綾乃に、杉崎は笑いをかみ殺して言う。 「でも・・・・・・そういえば、杉崎君のご両親って何やってるの?」 「やってるっていうか、父がANB銀行の頭取なんだ」 「へーすごーい!ANBっていったら大手じゃん」 「でも別に朝比奈君や樋口君の家みたいに自分の会社を持ってるとかじゃないからね」 「会社持ってるんだぁ・・・あ・・・ねぇ、あの2人の家って何やってるか、杉崎君知ってるんだ?」 綾乃の言葉に、杉崎は心底驚いたような顔をする。 「夏川君、本当になにも知らないだ?」 「うん・・・・・・」 「それ、ちょっとまずいと思うよ。そりゃぁ夏川君は南條家の人じゃないし、関係ないのかもしれないけど、そこに住んでる以上相手は一応南條家に対する接し方をしてくるんだし。そこであまりに何もしらないんじゃぁ、南條家の人が恥をかいちゃうよ?」 「・・・・・・・・」 「やっぱり、相手の立場とかを踏まえた付き合い方とか、接し方とかもあるからねぇ。夏川君が出来ないと、後見人の理事長が責められるんだよ?」 「・・・・・・・・・そっか・・・・・・・・・そうだよね」 ――――そうだ。今まで雅人さんも直人さんもそういう事言わなかったら気にしなかったけど、杉崎君の言うとおりだ・・・ 今まで何も気付かず考え様ともしなかった自分に、綾乃は少し落ち込んでしまう。 ――――甘えるばかりではだめだ。ちゃんとしないと・・・・・・ 「とりあえず、親しい人くらいは知っておかないと」 そんな綾乃に、杉崎は少し責めるような口調で言った。 「うん・・・・・」 「僕が知ってる範囲で教えるけど。樋口君の家は弁護士一家だよ。大きな事務所を開いて、お父様もかなり有名な弁護士。もちろん祖父様も。朝比奈君の家は、全国規模のレストランチェーン店を展開している会社を経営しているよ」 「そうなんだぁ・・・」 ――――なんか、ほんと別世界って感じ・・・・ あまりにも今までの自分と違う生活、世界の中に2人がいることを改めて突きつけられて、綾乃は出来ればそんな事知りたくなかったな、と思ってしまった。 元々綾乃は親もいなければ、家というものもない。たまたま縁があって今は南条家にいるけど、きっとそれも高校にいる間だけだろうと思うのだ。 ――――卒業したら薫や翔るとも会う事はなくなるのかな・・・・・・・ 結局は住む世界が違う。それは、仕方のない事なのかもしれない。 そう思うのは、ちょっと寂しいけど・・・・・・・・・ その夜、綾乃はとりあえず3人の家の情報だけでも頭にいれておこうと、インターネットで検索をかけた。 薫の家の事務所は、オフィシャルHPを持っていたのですぐにヒットした。かなりお金のかかってそうなかっこいいHPで、そこには10人の所属弁護士の紹介や、これまで取り扱った案件、結果などが詳細にかかれてあった。 綾乃は一応それに目をやるものの。 ――――全然わかんない・・・・・・ 事件の名前や詳細は難しく、いわゆるニュースで取り上げられるような刑事事件と違い、企業間のトラブルなどを扱っているらしいそれは、綾乃には余計に難しく理解する事は困難だった。 ――――ま、まあいいか。一応なんとなぁーく分かったし。薫のお父さんの顔もわかったし。次は翔んちと。 杉崎から聞いておいた会社名で検索をかけると、そこもすぐに出てきた。 ――――ああ、ここ知ってるっ 会社名までは知らなかったけど、そこがやっている飲食店は、綾乃でも名前を知っているお店から、綾乃は知らないが、今OLの間では絶大な人気を誇る店まで色々と載ってあった。 ――――へぇ、なんか凄い。 よくわからない弁護士という物よりも、ついつい食の方が身近で会社の規模を実感しやすい綾乃だった。しかし、そこには残念ながら翔の父親である社長の写真はなかったが。 綾乃は次に、ANB銀行の検索をかけた。写真が載っているかもと期待したのだ。そこももちろん大手銀行で、すぐにオフィシャルのHPが1番にヒットしたが、綾乃はその下の記載に目が行った。 ――――あ・・・・ それは、『ANB.BK杉崎頭取の長女婚約・・・・!?』とあったのだ。 ――――杉崎のお姉さんってどんな人なんだろっ しかも婚約って何?と、綾乃はかなり興味本位でクリックしたそれは、有名な週刊誌のwebサイトの物だった。切り替わった画面にはその記事がパソコン画面一杯に広がる。 「―――・・・・え」 『あの南條グループ後継者南條雅人氏(25)が、ANB銀行頭取の長女、理恵(22)さんと婚約間近!!』 ―――――こん・・・や、く・・・・・ ―――――雅人さんと、杉崎君のお姉さんが婚約・・・・・・・・・・・・・・・・・? 『2人は頻繁に都内の有名料亭で会っているという噂。南條グループでは現在新事業へ向けて確固たる資金融資先を模索。そこで名前が上ったのが、世界規模のBKであるANB.BK。新事業が世界に向けていることからも、お互いの思惑が一致。その話し合いに中で、二人の結婚話が急浮上』 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうか。なるほど。・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういう、事か。 『美男、美女の超ビックカップルの行く末はいかに!?』 だから、薫は、杉崎が嫌いだったんだ。 僕じゃなくて、南條家にいる僕が必要だったから・・・・・・・・・・ この話、翔はきっと知らないんだろうな。翔の態度からもそれは伺えるし・・・・・・・・・・・ そっか・・・・・・・・・・・ だから、杉崎は、僕と仲良くなったんだ。 「はは・・・・・ばかみたい・・・・・・・」 お姉さんの事があったから。 別に、僕と友達になりたかったわけじゃなかったんだ。 時々、杉崎の口から発せられる「南條家」という言葉。それにひっかからなかったといえば嘘になる。けれど、それも今は仕方ないかなって思ってた。 もう少し時間をかければ、ちゃんと友達になっていけると思ってたのに。 「杉崎はそんな事を必要としては訳じゃなかったんだ・・・・・・・・・」 でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ――――――直人さんは・・・・・・・・・当然、知ってるよね? 僕が杉崎と仲良くしてるのも。婚約の事も。 ―――――そして・・・・雅人さんも・・・・・・・・・・・・・・・・ 「なんで・・・・・・・・・・・・・・?」 なんで、何も言ってくれなかったの? いつもは、そういうの、怒るのに。 4月の時、騒ぎになって、1番怒ったのが雅人さんだったのに・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ < ああ、そうか。 雅人さん、結婚するんだ――――だから、 僕たちが仲良くしてた方がいいって思って・・・・・・・・・・・・・・・・・ それで、何もいわなかったんだ。 結婚。 結婚するんだ・・・・・・・・・・・・・・ そりゃぁ、するよね。 もう25歳って言ってたし。 家柄も・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばっちり・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ なんで?なんで、涙が出てくるの? なんで? 杉崎の事より、 彼の真意より、 「ふっ・・・・・えぇ・・・・・・・・・」 黙っていられた事が、痛い。 「ひっ・・・・・く・・・・・うぅ・・・・・・・・」 直人さんが、全部分かってて、教えてくれなかった事より、 仲良くしてた方がいいって、勝手に判断された事より、 「ふっぇ・・・・・・・・え・・・・・・・・・」 雅人さんが、 結婚 するって事が・・・・・・・・・・・・・ 「・・・・・・・・・っ・・・っく・・・・・・・・」 その為に、僕に黙ってて、 それで、仲良くしててって思ってて・・・・・・・ なんで? 卒業したら出て行くし。 そしたらもう、かかわり合う事もないし。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そしたら、 杉崎とも、 翔とも、 薫とも 松岡さんとも 雪人くんとも、 直人さんとも、 ――――雅人さんとも。 会う事もなくなって、 僕は、 また、一人になる・・・・・・・・・・・・・・ ぎゅって抱き締めてもらう事も。 頭を撫でてもらう事もなくなって、 一人になる 一緒に誰かとご飯を食べる事も おかえりなさいって言ってもらう事もなくなって、 一人に なる そんなの分かってたのに、 そう、思っていたのに、 そうなるだろうって、分かっていたのに。 分かってたのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あったかくて、 居心地よくて 忘れてた。 ここは、 僕の家じゃないのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 雅人さんは、 結婚するのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |