手錠 -1- 


 クリスマス・イブ。
 恋人達にとって特別な12月24日やけど、俺はいつもの様に遅めに起きて、ちょっと遅めの朝ごはんを食べた。
 そして、洗い物をして、ちょっとごろごろしてから圭の庭掃除の手伝いをした。
 暖冬暖冬といわれた今年やけど、やっぱりこの時期になれば少しは寒くなる。
 とは言っても、大阪ではホワイトクリスマスなんかありえへんけど。降ったらロマンチックやのにな。そう思って見上げた空は、普通に快晴やった。
 午後の3時を過ぎる頃になって、圭は洗濯物を取り入れるために3階の屋上へとあがっていく。
 俺はその間に圭に言われた通り、植木に水をやるためにジョウロに水を入れる。
 ジョウロは、何故か俺が子供のときに買ってもらった象の形のものがいまだに使われていたりする。何度か、買い換えれば?って言うたんやけど、圭はその度に頷くのに買い換えようとはせーへんかった。
 色あせた、薄緑の、古びたジョウロ。今となっては思い出がありすぎて買い換えられへん、それ。
 俺は勢いよく水を注ぐと、ふちに当たった水が跳ねて手にあたる。やっぱり冷たい。
 ――――――・・・・・・
 その冷たさが思い出させたのか、ふと、俺の脳裏にあの日分かれた冬木の姿が思い浮かんだ。
 冬木には言っちゃぁ悪いけど、ボロいアパートの2階。地震とか来たら倒壊するんちゃう?と、思わずにはいられへんその玄関先で、ちょっと頼りなげに俺を見ていた姿。その姿に俺は精一杯手を振って別れた。
 あの時はあれで必死やったけど。今思えば、俺が言った言葉は本心と強がりが半分半分やった気がする。
 友達になりたいという思いもほんまやけど、圭を渡せないって思いもあって。もしかしたらその牽制の意味もあったのかもしれないと今になって思う。そんな、自分の気持ちに嫌気がささないわけはなくて、俺はなんとなく、鬱々とした思いも抱きながら過ごしていた。
 冬木は、年末年始は帰らないと言っていた。
 それは、あの何もない寂しい部屋で、一人で年を越すと言う事だろうか?
 それを想像すると、俺の心はズキっと痛む。俺の家には間違いなく、父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも姉ちゃんも帰ってくるから、賑やかで楽しい年越しになると思うから。
 そして、そこに圭もおるから。
 俺はすっごい幸せにまた新年を迎えるんやと思う。
 別に冬木を呼んでもいいねんけど、それを冬木が喜ぶかどうかがわからへん。むしろ、嫌なんやろなぁって思うから呼んだりは出来へん。
 結局、俺が圭を好きである限り、冬木の力にはなってやられへんねやと思う。
 友達になりたいけど、なられへんこともあるんかな。
 それとも、俺が、ただ・・・・・・
「はぁ・・・」
 俺の思考は、ここのところずっとそんな事を考えて堂々巡りを続けてる。
 思い出す。圭が一人アメリカに行ってしまっていたあの頃。俺は圭が好きで、でも圭がどう思ってるんかはわからんくて。向こうからはかかって来ーへん電話。手紙にも返事がなくて。寂しくて辛くて、どうしようもないくらい不安やった日々。
 あの頃の自分を知ってるから、冬木の今の辛さもめっちゃわかる。
 わかるのに。
 でも――――――圭は譲れへんくて・・・・・・でも、なんかしたくて。
「ナツ?」
 ――――――・・・結局俺は、やっぱりずるいだけなんやろうか?
「ナツ?」
 ――――――・・・両方取ろうなんて、勝手過ぎなんかな・・・
「ナツっ」
「えっ、あ・・・はい?」
 自分の考えにどっぷり囚われてしまっていて、圭が庭に戻っていた事に全然気づいてへんかった。急に間近で圭に呼ばれて、ビックリして顔を上げた。
 返事がちょっと、間抜けやったな。
 見上げた先には、ちょっと不審気な顔の圭。
「ジョウロ、空ですよ?どうしたんですか」
「あ・・・」
 そう言われて手元を見ると、確かに傾かせたジョウロの先からはもう水が零れ落ちていない。
「ごめん」
 俺は慌ててジョウロに再び水を入れ出した。
 俯くと何故か、自然とため息が漏れたけど。でも、考えたって仕方ない。
 俺は俺で。冬木は冬木。苦しさを乗り越えるのは冬木であって、俺ではなくて。俺にはどうしようもなくて。仕方のない事なんや。
 だって、圭は、圭だけは譲れへんもん。
 絶対、嫌や。
「こっちも水あげるんやんな?」
「はい。お願いします」
 元気出して俺が言うと、圭はいつもの様に笑っていて。良かった、俺がちょっと変なんは気づいてへんねんや。
 圭には、やっぱ気づかれたないから。俺は出来るだけいつもの様に振舞おうと、勢いよく水をまき出す。
「それが終わったら、ケーキ取りに行きましょうか」
「ケーキ?」
「はい。クリスマスケーキを予約しておりたので」
「うん!」
 そうやん。今日はクリスマスやで。いつもと同じようでやっぱり全然違う特別な日やん。ケーキ食べて、ちょっといつもよりご馳走なモノを食べて。大好きな人とラブラブに過ごす日。
 落ち込んでてどうすんねん!!
「じゃぁ車で行きますから、鍵取ってきますね」
「待ってる!」
 俺が植木全部に水をやり終えると、圭はそう言って家の中に入っていった。俺はジョウロを片付けて、タオルで手を拭いて片付けて圭を待つ。
 ケーキ。どんなんやろう〜〜。生クリームたっぷり苺も一杯乗ったの大きいやつで、圭と一緒に食べよう!!
 そんで、そんで――――、プレゼントかって渡して、一緒に風呂とかも入っちゃおうっかなぁ――――――なんて・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・あかん。もっと、浮かれてていいはずなのに。
 いや、実際浮かれる気持ちもあんねんけど。
 でも、ふと一人になると、どうしても冬木の事が頭を過ぎる。
 心が痛むのは、俺が圭を独り占めしてるからやろか?
 冬木に対しての、罪悪感?
 だからって、何にも出来へんのに・・・





・・・・・





「あ・・・」
 車で少し行ったところにある知る人ぞ知るメッチャおいしいケーキ屋さんで、特別に予約していたクリスマスケーキを買って、ご機嫌に車で帰る途中。
 俺は、前方に見知った背中を見つけた。見つけてしまった。
 冬木。
 俺は思わず小さく声を漏らして、唇を噛んだ。やっぱり一人で歩くその姿。手には近所で買ったらしいスーパーの袋と。
 あれ・・・ケーキ??
 圭も冬木に気づいたのだろう。当然のように、車を冬木の横に静かに止めた。
「譲くん」
 声をかける。俺の心臓が、ちょっとドキっと音をたてた。あの日以来の再会。
 そして、圭が冬木の名前を呼ぶのが、少しドキリとする。今まではなんでもなかったのに、冬木の気持ちを知ってからは、なんとなくドキっとしてしまう。
「あ・・・、圭。と、佐々木」
 声に驚いて振り返って、ちょっと笑って、少し困った顔になった冬木。冬木にとっても、どんな顔していいのか、戸惑うんやろうな。
「よお」
「どうも」
 なんかぎこちなさ過ぎる挨拶を交わして、冬木は視線を泳がせた。
 やっぱり、俺の顔見るんはちょっと嫌なんかな。
「お買い物?」
「うん」
 圭はこの空気には気づかなかったらしく、いつもと変わらない口調でしゃべりかけた。その言葉に、冬木は少し買い物袋を掲げる。
 それは、小さな袋。
「ケーキ?」
 圭も気づいたのだろう。冬木が逆の手で持っていた、四角いケーキ屋の箱。小ぶりだから、丸い形じゃないかもしれないけど。
「あ、うん・・・」
 冬木は少し、ためらう様に頷いた。ちょっと困ってる様な、なんか照れてる?もしかして、一人で食べるために買ったんやろか?
「東城がね、買ってきてって」
 東城?
「東城って・・・、譲くん、彼と結構仲良くしてるんだ?」
 ん??なんか、圭の声がちょっとビックリしてる。っていうか、慌ててる?
「ん・・・、まぁ。隣同士だし」
 東城・・・って、誰やっけ?
「そうなんだ・・・」
 ああ!!思い出した。ちょっと前に冬木と一緒にいた人やん。あの人と一緒にケーキ食べるって事!?
「随分前から親しいの?」
「ううん、・・・ここ一ヶ月くらい、かな」
「―――そう」
 ・・・?なんやろ、圭。気になるんやろか、その東城さんのコト。
 チラっと圭の横顔に視線を向けると、なんだか少し考えてるっぽい。
「あ、ねぇ圭・・・・・・」
「ん?」
 そんな圭に冬木は少し言いにくそうに、目を泳がせて逡巡したあと、なんか思い切った感じで口を開いた。
「・・・・・・、東城って、どういう奴なの?」
「え!?どうして?」
「あ・・・、いや、なんか・・・、うん」
 冬木は圭の言葉に、凄く困ったような顔になって曖昧に俯く。
 なんか、なんなんやろう?全然会話が見えへん!
「なんか、その・・・、ちょっと知りたいなぁーって。・・・大学時代に恋人とかいた・・・?」
「譲くん、――――東城となんか、あった?」
 圭が、少し声のトーンを落として質問を返した。その口調がちょっと詰問調で、なんやろう?なんか、東城って人、なんやあるんやろか?なんか、圭の空気がちょっと変わった?っぽいし。
「あっ!いや、そういう事じゃなくて、ね・・・っ、・・・・・・」
「うん?」
「ああ、ううん。ごめん、いいや。気にしないで!!」
 明らかに動揺して慌てて打ち消す冬木に、圭が少し慌て出す。
「気にしないでって」
 圭はそれでは納得出来ないらしく、車の扉に手をかけた。降りて、冬木に問いただすつもりなん?
 その東城ってなんなん!?俺の記憶には、姿形もあんまり残ってへんねんけど・・・圭の慌てぶりっていうかなんていうか、その態度が凄い気になる。
「ほんとに、もうっ。あ、うん。じゃぁ、じゃぁーね」
「え、譲くん!?」
 なんか思いっきり不自然に言って、冬木は小走り出す。その後姿を見て、圭はすばやく車から降りてその腕を捕らえようとする。
「圭!?」
 咄嗟に、俺の口から声が漏れた。
「あ・・・」
「・・・っ」
 圭は、俺の言葉に反応して振り向いて、足が止まった。
 心臓が、どきどきした。
 嫌だ。
 俺を置いて、――――冬木を追いかけんといて。
 唐突に湧き上がる、俺の、独占欲。
 でも、嫌やねん。
「圭・・・」
 圭の視線が、俺と冬木の去っていった方向を何度か往復して、諦めたように車の中に戻ってきた。
 咄嗟に呼び止めたものの、俺も何を言っていいのかわからなんくて。ただドキドキしてざわざわして、イライラした。
 圭も何も言わなくて。車の中は、さっきまでとは打って変わって重苦しい空気に包まれてしまった。
 俺は言葉を探して唇を噛み締めた。けれど、探せば探すほどに、上手い言葉は遠くなっていく。
「帰りましょうか」
「うん・・・」
 わざと明るく、何もなかったかのように言う圭の声が、ちょっと勘に触った。
 自分で引き止めといてなんやけど―――――
「冬木、ええの?」
 口が、勝手に動く。
「はい」
「追っかけようとしてたのに?」
 あかん、俺、何言うてんねやろう。
「ナツ・・・」
 思わずシートを強掴んで、爪を立てる。
 俺の中のムカムカとイライラと、なんかわからん悲しさがグチャまぜになって俺ん中で暴れてる。俺はそれを上手いこと、押さえつけることが出来へんくって。
 圭がちょっと息を吐く音がして、なんか呆れられているようでそれも嫌で。自分の顔が、強張っていくのがわかるのに、それをどうする事も出来へん。
 友達になりたいとか。力になりたいとか言うといて、俺は結局自分だけやん。
 でも、圭だけは、アカンから。
 自分の中の相反する感情がぐちゃぐちゃで、わけわかんくって、俺は圭の顔から視線を逸らして俯いていると、圭は無言のままに車が走り出した。
「すいませんでした」
 少しの沈黙の後、いきなりの言葉。
「・・・っ」
 何、それ?なんの謝罪なん?
 アカン、なんか泣きそうやし俺。
「東城って、どういう人なん?」
「ああ・・・、私の大学時代の知り合いですよ」
「それは前も聞いた」
 もっと詳しいことが知りたい。冬木と圭にだけはわかってるっていうのもなんか面白くないし。
「知り合いってどれくらいの付き合いなん?」
「個人的に付き合いはほとんどないですよ。ただ、共通の友人がいたので見知っているという程度です」
 その程度の人が、冬木の横に住んでて、それだけでそんな慌てるん?東城と冬木は一緒にケーキを食べるような仲で、それを知って圭は慌ててるん?
 俺は思わず、前を向いて運転している圭の横顔をじーっと見つめた。でも、圭はこっちを見ようとはしない。
「それだけ?」
 なんか圭、意図的にこっち見てへん感じがする。
「それだけです」
 いやにキッパリ言い切るやん?なーんか、怪しくない?つーか、怪しい。
 って、何が怪しいんやろう?
「でも、気にしてる」
「私が?」
「うん」
 気にしてるちゅうか、なんちゅうか。
 でも、それは冬木に?それとも、もしかしてその東城って人に?いや、両方?
「別に、気になんて」
「ふーん」
 圭は誤魔化すのが上手いけど、こっちだって付き合い長いねんから、なんか引っ掛かりがあるかも、くらいはわかるで?
 大学時代の知り合いの、東城さん。
 子供の頃から知ってて、弟の様に想っている冬木。
 圭にとって気になってるのはどっち?何を気にしてるん?
 冬木が東城サンと仲良くしてる。それがなんか問題なんやろか?
 俺の無言の視線にも、圭はそれ以上は口を開かへんかった。むしろ、ちょっとなんか考えてるっぽい。気になることがあるっちゅうか。だから、俺の視線に気づいてへんのかもしれへん。
 あかん。いらいらして、むかむかして、ちょっとヘタれる。
 圭の1番は俺なんちゃうん?
 なんやん?










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