手錠 -2-
帰ってからは、俺は圭の手伝いもせ-へんと、夕飯までの時間を部屋に閉じこもっていた。 何をしてたかってかというと、部屋の本棚からアルバムを引っ張り出して見ていたんだ。もしかして東城が写ってるのとかないかと思ったからやねんけど、やっぱり見つけることは出来へんかった。 そりゃまぁ、俺のアルバムやからなぁ・・・。圭のアルバムにやったらあるかもしれへんけど。 そんで、改めて思ったのは、圭が大学時代の頃、俺たちが一緒に写ってる写真がほとんどなかったってこと。 あの頃は、圭と俺が1番遠かったから。 俺は圭の大学時代を全然知らへん。家にもいーへんし、高校や中学とは時間割が全然違っていてよく分からんくて、朝は俺が起きてる頃には寝てて、夜は俺が寝てから帰ってきて、その上圭はバイトもしてて休日も顔も合わさへん日が多かった。 あの頃、生活リズムの似てる春哉兄ちゃんから圭の話を聞くのが嬉しかったんやった。 切なかった日々。 あの頃に知り合いの、東城さん。 ちょっと様子のおかしくなった圭。 そして俺にとってちょっと重い、冬木の存在。 二人だけわかるみたいな、会話。 俺の全然知らない、東城さん。 俺の全然知らない、時期。 ―――――考えれば考えるほど、俺の胸は、苦しくなった。 近くに、1番近くにいたはずの圭を、遠く感じて・・・・・・ ・・・・・ クリスマス・イブから3日後。 イブは正直最悪やった。気持ちも盛り上がらへんくって、イライラして。圭もちょっと上の空で、エッチもせーへんかった。 あの日から、俺の気分は最悪。 俺のもやもやは相変わらずどころか、より一層ひどくなっていく。なんか、圭と一緒にいるのがちょっとツライ。こんな事初めてや。もやもやして、イライラして。 時々わけもわからず泣きたくなる。 こんなん、もう嫌やねん。 だから、しゃぁないねん。そう、思うやん? って、俺は誰に言うでも、誰に同意してもらうでもないのに自分で自分に納得させて、コッソリと圭の部屋へ忍び込んだ。 圭は今、用事で出かけてる。だから、その隙。 こんな事したらアカンってわかってるのに、それでも俺は止められへんかった。だって、どうしても見たかったから。 圭のアルバム。 もちろん俺かって圭に頼もうって思っててんで。でもな、もしそうしたら圭はヤバい写真は隠すかもしれへんし。全部は見せてくれへんかもしれへんやん。だから、これはしゃーないねん。な? 俺はすり足で歩いて本棚に近寄って、それらしいものがないか探す。普通に小説や、昔使っていたらしい参考書、辞書しかない。 あれ? 全然見当たらなくて、もしかして無いのか焦りを感じて立ち上がった。 あ・・・ ふと巡らした視線の先。机の上に、分厚さのある―――――あった!!やっと見つけた!! いそいそと手に取ってみると、それがまさに俺の探し求めていたアルバムやった!!なーんや、机の上にあったんやん。 俺は、どきどきわくわくしながら、早速ページをめくった。 っ!!・・・・・・、まじ!? 俺の顔が一瞬で熱くなった。だって、そこには、俺の写真。これ、いつ取ったんや!? 思いっきり笑ってる、俺。1年くらい前、かな。半袖Tシャツ着て、ああこれって庭の風景。 「・・・っ」 次は、俺の寝顔。これは・・・、結構最近のちゃうん?なんやねんこれ。口半開きやし、めっちゃアホ面やんっ。めっちゃ恥ずかしい・・・ 自分のアホ面は恥ずかしすぎて、見なかったことにしようとページを捲ると、それから後は俺と圭が一緒に写っているのや、家族写真が丁寧に張られていた。その中には何故か、俺だけが写ってる写真も結構あったけど。でも―――― これだけ? 違う。俺が見たいんはこんなんちゃう。俺の知らへん頃の、圭を見たいねん。でも、ここにあるんは全部俺の知ってる圭しかない。一体、大学生の頃の写真は一体どこにあるんやろう? 俺は机に置かれた他のものを手当たり次第手に取るが、それらはノートやったり本やったりで、どれもアルバムちゃう。 なんで? どこにあるん!? なんで無いん!? 早くしな帰ってくるのに――――――っ 「そこで何してるんですか?」 「っ!!!!!」 心臓が一瞬、止まった。 世界が真っ白。 伸ばした手が、固まった。 マジ・・・・・・? アルバムを探すのに必死になって、外の気配に気を配るのをすっかり忘れてた。もう圭が帰ってきていたなんて。あかん、言い訳どうしたらええん?あかん、なんも考えてへんのにっ やばすぎるっ!! 俺は、半泣きになって、全身の血の気が下がっていく感覚に襲われて、ちょっと震えさえ起こしそうになりながら、恐る恐る振り返った。 「っ、春にーちゃん!!!」 「よう」 そこに立っていたのは、圭ではなくて、―――――俺の兄ちゃんの春哉兄ちゃん!! なんか、ボロいデニムパンツにロンT、ニットのカーディガンっていう、ミナミにいる若者のような格好で、緊張感なくにやけた顔で。 「ビックリした?似てたやろ?」 「びっくりしたわ!何すんねん!!」 圭の口調を春兄ちゃんが真似たんやっ。マジもー心臓止まったらどうすんねん!!つーかアホー!!くだらんことすんなっ!! 俺は今までの心臓バクバク分ムカついて、噛み付いてやりたい気分で叫んだ。 「何すんねんちゃうやろ?ナツこそ圭の部屋で何してるんや」 「あー・・・」 確かに。痛いとこ突くなぁーって、突くわな。 「俺で良かったやん。早ぉ出て来なさい」 あ・・・まだ・・・ 「ナツ」 「・・・はい」 兄ちゃんのいう事はもっともで、これがもし圭やったら冗談では済まされへんくて、俺は兄ちゃんに言われるままにまだ名残惜しい圭の部屋を渋々出た。 結局お目当てのものを見つけることは、出来へんかった。 俺はそのまま兄ちゃんについてリビングに戻って、兄ちゃんが入れてくれたリンゴジュースの入るグラスをぎゅっと握り締めながらソファに座った。 冷たい。 「で?なんで圭の部屋にコソコソ入ってたんや?」 「・・・・・・」 「ナツ?」 「春にーちゃんには関係ないやん」 ちょっと拗ねた気分で俺は言葉を口にする。春兄ちゃんに見つかるなんて、マジでアホやわ、俺。あれ?ちゅーか―――― 「なんで兄ちゃんがおるん?」 そうやん。 「おい。俺は自分の家におったらアカンのか?」 呆れたように兄ちゃんは言うて、ドカっとソファに深く腰をかける。 「だって・・・」 仕事で東京ちゃうん? 「俺はな、この家でナツが一人寂しい思いしてると思って、みんなより一足先に帰ってきたんやん。それやのにその言い方。兄ちゃんは悲しいわ」 兄ちゃんはそう言うと、なんかわざとらしい芝居がかったような態度で顔を押さえて泣きまねをした。 いやいや一人ちゃうし。その芝居がかった態度、うっとうしいで。 「まぁーな、ナツには圭がおったらそれでええんかもしれへんねんけどな」 「なっ!?そんな事言うてへんやん!!」 あかん、顔に出たかな? 俺は兄ちゃんの言葉にちょっと慌てる。慌てて、ジュースとか意味もなく飲んでみる。 「で?」 「で?」 でって何? 「だーかーらー。圭の部屋でコソコソしてた理由。言うとくけど、誤魔化されたりせーへんで?」 う・・・っ。 「圭に黙っててほしかったら、全部兄ちゃんに白状しなさい」 「・・・言うたら圭には黙っててくれるん?」 「もちろん」 春兄ちゃんのその満面の笑顔がなぁー、嘘くさいねんけどなっ、まじで!!かといって、黙って通せるわけないしな・・・ ちょっと前のめりになって、ニコニコ笑って俺を見る春兄ちゃんの顔を見つめて俺はちょっと考えて見る。笑顔は完全に胡散臭いねんけど、でももしかしたら兄ちゃん、何か知ってたりせーへんかな? だって、同い年やし。色々話してたし。 「あのな・・・」 そんなわずかな期待が、俺が口を開く気になる理由なんは、浅はかかな? 「うん?」 でも、知りたいねん。圭の事。俺の知らへん、圭の事。 「東城サンって人の事、兄ちゃん知ってる?」 「東城?男か?女か?」 「男」 あかん、兄ちゃんなんも知らんかも。 「誰の知り合いなん?」 「圭」 「なら圭に聞けばええんちゃうか?」 兄ちゃんはちょっと呆れたように言って、ソファに背中を預ける。そんな兄ちゃんに、俺の身体は自然と前のめりになっていった。 「聞いた。聞いたら、大学時代の顔見知りやって。共通の友人がおって、それでって。でも、たぶん、それだけちゃうと思うねん」 「ほー?」 「なんか絶対俺に隠してる」 隠してるんは、間違いないねん。 「隠してる?」 「うん。――――今な、こっちに冬木がおんねんけど」 「冬木?」 「ほら、圭が昔関東で住んでたときの近所の子で、何回か家に遊びに来たこともあった」 「ああ!!あの。へー、今こっちに住んでるんや?」 兄ちゃん何も知らんなぁー。ほんま、アカンな。 「うん。その冬木と東城が仲良くしてるんを、圭が気にしてるねん」 「ほー」 でも、俺は兄ちゃんに話するんを止めへんかった。たぶん、ただ誰かに聞いて欲しかったんやと思う。もやもや3日も一人で悩み続けてもう自分の中が決着つけへんくなってたから。 「絶対なんかあるねん」 「それでなんで部屋探ってたん?」 「アルバムとかあるかなぁーって」 「アルバム?」 「圭の、大学時代のとか。俺あの頃の圭の事あんまし知らへんし・・・」 「あー・・・」 「なんか見たら分かるかなぁーって」 「で?探ってたん?」 「うん」 「そういうの、プライバシーの侵害ちゅうの知ってる?」 兄ちゃんがなんか足組んで、ちょっと偉そうに俺に言う。その顔はなんかほんまに、父ちゃんっぽくてなんかムカつくねんけど。 「もしくは、してはいけない行為、とも言うな」 そんなんなぁー、わかってるわ!! でも、知りたいねんもん。それでも知りたいねん。 圭のこと。全部。 ・・・・・・あかん、泣けそうやで俺。 「ナツ?ナツはその東城さんって人と圭とどうやと思ってるん?」 ちょっと兄ちゃんがため息をついた。なんで?俺の行動、呆れられてる? 「・・・・・・なんか・・・」 「なんか?」 「―――――怪しい」 「怪しい!?」 思い切って言った俺に、兄ちゃんは変な声を上げた。完全予想外やったんやな。でも、怪しいねん。絶対。 「怪しいって?」 「なんかあったんかも」 「なんかって?」 う・・・。こう突っ込まれると言い難い。だって俺が怪しんでるんは圭と、東城って人の仲。でも兄ちゃんは圭が男でもOKって事は、たぶん、知らんから。 「・・・因縁ちゅうか。こう、昔恋人を取り合ったとか」 「―――」 ちょっと誤魔化しながら言う俺の言葉に、兄ちゃんは苦笑を浮かべて肩をすくめた。それは、そういう事はあり得へんって事なんやろか?そういう事はなかったんや? 「でも、圭にかって、恋人くらいおったやろ?」 心臓がドキドキした。 「んー・・・、特定な人はおらんかったんちゃうかなぁー・・・」 トクテイナヒトハイナイ。 心臓が、トクンっと音をたてた。 ――――――――――それはー・・・、フトクテイな人はおったってコト??フトクテイタスウ?? 「もしかしたらやけど、東城って人が圭を好きやってー・・・とか」 そんで圭も好きで、元カレでした、とかさ。だからその元カレが冬木と親しげで気になる!とか、考えられるやん? もしかしたら未練あったりして――――― 「うーん・・・、その東城って人、背格好は?」 「え・・・っと、圭くらいで、ちょっとワイルドな感じ?今風のお兄ちゃんちゅうか」 なんで?俺には兄ちゃんの言葉の意味がわからんくって、ちょっと首を傾げた。 「で、圭がその人を好きちゅうことは、圭はその人に押し倒されるんか?」 ――――――・・・・・・!!そこまで考えてへんかった!!確かに、その図は想像出来へんっちゅーか、したない。気持ち悪い。圭が、押し倒される!?あかん、ありえへん。無理。 「あり得へんやろ?」 「うん」 俺は兄ちゃんの言葉に、ちょっとぐったりしながら頷いた。だって想像してもうたもん。 「ちゅうことは、もしなんかあったとしても、向こうの一方的な恋であって、圭が気にかける必要はないんちゃうか?」 ――――確かに・・・でも、それやったら圭は東城って人の何を気にしてるんやろう? 「圭が気にしてるんは、東城って人やなくて、冬木クンの方ちゃうんか?」 兄ちゃんは、もっともらしくそう言う。 でも、圭は冬木が越してきても別に普通やった。冬木と一緒の東城を見て驚いて、そんでこないだ冬木の話を聞いてからなんか慌て出して。 うん。だから、やっぱり、原因は冬木じゃなくて、東城だ。 「ナツ?」 フトクテイタスウの中に、東城がやっぱりいたんやろか?それとも、もっと違う何かがあるんやろか? 全然わからん。 ああもう!! 「圭の大学時代って、どんなんやったんやろう」 俺は無意識に言葉を吐き出した。 知りたくて知れない、謎な何年か。 普段は考えへんのに、何年かの歳の差が大きく感じる瞬間。 「それは本人に聞き」 「・・・・・・聞いたら、教えてくれるんかな」 「――――」 圭のフトクテイタスウな人ってどんな人?圭はあの頃、そのフトクテイタスウの人と、俺にするみたいに優しいエッチしたり、キスしたりしてたんかな? 「ナツ。ナツの気持ちもわかるけど、相手の全部を知ることなんて出来へんで」 「―――もうええ!!兄ちゃんなんか全然頼りにならへんわっ!」 ちょっと冷たく聞こえたもっともらしい兄ちゃんの言葉に、俺は何故か無性に腹が立ってそう言って、乱暴に立ち上がって自分の部屋へとかけ戻っていった。そして、そのままの勢いでバタっとベッドに倒れこむ。 悔しさと苛立ちに、枕をぎゅっと力任せに抱きしめて、壁に投げつけた。 そんなんわかってる。でも、俺の全部を圭は知ってるやん。それやのに、俺は知る事は出来へんの? 元カレとか元カノとか、今まであんまり考えへんかったけど。 もしかして、その中に、めっちゃ好きやった人とかおったりしたかもしれへんねやん――――― |