手錠 -4- 


 正直、俺にとって東城に会うのは気が重い。さして会いたくはなかった相手だと言ってもいい。ましてや、ナツのあの発想は、寒気が走る。
 でも、思わず顔もにやけてしまうのも真実だったりする。
 何故かって?それは、愛して止まない相手にヤキモチを妬かれるというのは、最高に良い気分だ。例えそれが検討違いで、薄気味悪い発想でも。
 けれど、このままにしておくのはマズイとは思いだしている。ちょっとナツが煮詰まりすぎているから。そう思って仕方なしにやっては来たけれど、あいつの部屋は譲クンのどっち隣だ?
 そういえば聞いていなかったし、玄関には表札もなくて確認できない俺は、譲クンに聞こうと譲クンの部屋の扉を叩いた。
「ほい?」
「――――っ、東城?」
 え?
 玄関を開けて顔を覗かせたのが、譲クンではなくて東城で。俺は一瞬言葉に詰まってしまった。どうしてお前がここにいる?
「澤崎・・・」
「ここは、譲クンの部屋じゃぁ?」
「おう、そうやで」
 そうやでって―――――
「じゃぁ、なんでお前が出てくるんだ?」
 しかもそんな、リラックスしてますっていうスエットのダラけた格好で。もしかして、寝起きなんじゃないのか?
「泊まったから」
「泊まった!?」
 だめだ。思わず声が上ずってしまった。
「おう」
「泊まったって――――っ」
 どういう・・・・・・
「あ・・・・・・、圭」
「譲クン、こんにちは」
 東城の後から覗いた、ちょっと驚いた顔の譲くんに俺はなんとか冷静に言葉を返した。笑顔が驚きに少し引きつっていたかもしれないけれど。だってまさか二人の仲がこんな進展しているのだとは思いもしていなかった。
 譲くんがまだちゃんとした服装で出てきてくれたのが救いだけれど。
「こんにちは・・・、あ、の、どうしたの?」
「ああ、いや。実は東城に話が合って。部屋がどっちかわからなかったので聞こうと思って」
「ああ・・・」
 ちょっと困った顔で俯く譲クンと、余裕顔で笑っている東城。俺はその両方を見比べてみても、この状況の理解がまだ出来ない。
「ちょっといいか?」
 俺はつとめて冷静な声を、東城に向ける。とりあえずここを離れて落ち着きを取り戻さなくては。
「ああ」
 それに、このままここで話を切り出すわけにはいかない。
「じゃぁ・・・」
「うん」
 俺はまだ譲クンになんと言葉をかけていいのかわからなくて。少しぎこちなく挨拶をすると、譲クンもちょっと困ったように頷いた。
 靴を履いて外に出た東城に目をやりながら、立ち去り際にちらっと譲クンを振り返ると、心配そうに東城を見ていた。
 東城の背中を。
 ―――――それって・・・・・・
 東城もチラっと譲クンに視線を向けて、あの頃以来に見る、穏やかな笑みを浮かべた。
 俺はそれをどう解釈していいのかわからないままに、とりえず下へと降りていった。どうせこんなアパートだと、隣で話せば話が筒抜けになってしまうに違いないから。俺は下まで降りて、近くにある小さな公園へと東城を連れ出した。
 公園は幸いな事に、ほとんど人影が無かった。まぁ、12月28日という時期を考えれば当然だが。
「――――で?」
 足を止めて振り返った俺に、東城のほうから言葉を切り出した。てっきりにやけた笑顔でも浮かべていると思ったのに、意外なほどに真面目な顔をしていた。
「ああ・・・、うん」
 面食らった俺が、少し言葉を濁してしまう。
「聞きたいことがあってね」
 けれど、一瞬逸らした視線を東城の顔に向けて、俺はハッキリと言葉を告げた。
「ああ?」
 俺は真っ直ぐ東城を見つめると、東城も負けないくらい真っ直ぐに見返してきた。昔も、こんな場面があったな。
 ―――――あの頃は、俺が追及される側だったけど。
「譲くんと付き合ってるの?」
「――――単刀直入やな」
「回りくどい言い方しても仕方ないだろ」
 そんなものは、今さらだ。
「まぁー・・・な」
 東城が、口の端を僅かにゆがめた。一瞬の沈黙。冷たい風が、駆け抜けて。目の端で落ち葉が舞う。
「で?」
 焦れた俺が先を促すと。
「付き合うてるで」
「・・・・・・へぇ」
「ああ」
 予想通りというか、予想外というか。この答えはある程度予想していたものの、まさかとしか言えない東城と譲クンという組み合わせ。
 冷静になれと、頭の隅が警告を発していた。何もまだ決まったわけじゃない。
「好きなんだ?」
「当たり前やん。好きやから付き合うてるんやろ?――――俺は澤崎とはちゃうで」
 ――――っ・・・、むかつく言い方するじゃないか。
 人の忘れたい過去を抉りやがって。
「そっちこそ。譲とは幼馴染みたいな、兄弟みたいなもん?向こうでの知り合いなんやろ?」
「まぁね」
「で、お兄さんとしては心配なわけ?俺が相手やったら」
「・・・・・・」
「澤崎みたいなタイプより俺の方が安心やと思うけどなぁ〜」
 暢気な声に思わずカッとなって、俺は東城を睨みつけた。ちくちくと遠まわしな言い方が勘に触らないわけも無く。わかっていてわざと口にしてくる東城には頭に来た。
 ――――やっぱりコイツ、根に持ってるんだ・・・、だから譲クンと―――――その考えが俺の中で確信へと変わっていく。
 その途端、いきなり相好が崩れてにやけた笑顔が浮かんだ。
「――――って、ネチネチ言うんは俺の性には合わへんなぁ〜。やめやめ!」
 はぁ?
「昔のことは昔のことやしな。もう終わったことや。俺は今は譲を自分のモンにするのに必死やねん」
「え?」
 さっきまでの陰湿な空気はどこへやら。東城はそう口にした。あっけらかんと。それは俺のよく見知った顔。
「まだ、半分も手に入ってへんしな」
 ――――え?
 てっきりちゃんと付き合っているんだと思ったのに。そうではないらしい。俺の意外そうな視線を受けて、東城はちょっと力なく笑って、寂しそうに息を吐いた。
 こいつの、こういう顔を見るのは、これで何度目だろうか。何年も前の事が、リアルに思い出されて一瞬時間がトリップするような錯覚に襲われる。
「なんか、譲。失恋したてで、前のやつのことまだ忘れてへんねんて」
「へぇー・・・」
 やばい。
「俺ってそういう運命なんかなぁ〜。前もそうで今度もそうやろ?」
 俺にそれを言われても、俺はなんと言葉を返していいのかわからない。しかも、今度も俺に失恋してるなんて、まさかこの状況で言えるはずもない。
 過去。俺が捨てた相手を好きになって、傷ついたコイツに。
「―――あいつの事は、もうさっぱりなのか?」
 少し緊張しながら口にした言葉に、東城は心の読めない顔で肩をすくめた。
「敦?ああ、別れて以来1回も連絡してへん。最近の近況も知らんわ。そっちは?」
「俺もだ。お前と別れたって聞いた後に1回だけ電話があったけど、会う気はないとハッキリ断って。それっきりだ」
「そ、っか・・・。結局あいつはお前が好きやったんやろな」
「――――」
 東城の言葉に、俺は同意していいのか否定したほうがいいのかわからなかった。第一、敦の本心なんて、今となっては誰にも分からないだろう。
 本当はどうだったかなんて。今更それを考えるのもばかげている。遠すぎる過去だ。
「で?澤崎がわざわざ俺に会いに来たのは、譲のことを聞きたかったからか?」
「ああ」
「それだけ?」
 何かしらを探るような視線を投げつけてくる東城に、俺は出来るだけそ知らぬフリをして返事を返した。
「・・・ああ」
 けれど、何か不自然だったのか。再び訪れる沈黙。
 そして。
「――――もしかして、なんか因縁ありなんか?」
「っ、なんで?」
「それだけっていうのもなんかなぁ〜と思って。それに俺との事が気になって、譲とほんまに兄弟みたいに仲いいんやったら、俺やなくて譲に聞けばええんちゃう?」
 ああ――――なるほど。そうくるか。
「いや。お前の真意が知りたかったから」
 だから、譲クンに聞いても仕方が無いんだ。それは、本当のこと。
「へ?」
「・・・・・・」
「どーいう意味?」
 顔は別に普通なのに、目だけがマジになっている東城。そういうところは昔と何一つ変わらないな。いつも真面目な顔で適当な俺と、適当な顔しながら真面目な東城。昔、よくそれは回りにからかわれたものだ。
 俺は、小さくため息を吐いた。誤魔化しても仕方が無い。
「もしかして、俺と譲クンが知り合いなのを知っていて譲クンに近寄ったのか、と思ってね」
「はぁ!?なんで?」
「いや、・・・お前の中でまだ昔のことが決着ついていなくて、意趣返しみたいな――――とか。色々あるだろう」
「色々ねぇ?」
「ああ」
「あほくさ。つーか、俺はそこまでお前に関心ないで。しかも、俺はそんなみみちい男とちゃう」
「すまん」
 俺は東城の言い方に苦笑を浮かべて潔く謝ると、東城の盛大なため息が聞こえた。春哉の言うとおり、俺の考えすぎっていうか深読みしすぎだったようだ。
「俺は譲はマジやで。昔もお前も関係ない。ただ、久しぶりにホンマに好きになった相手やねん。だから、今度こそ逃がしたない―――――クサい言い方やけど、幸せにしたいし、幸せになりたいねん」
 俺じゃない向こうを見つめながら、東城はハッキリ言い切った。その横顔に、なんと言うか、決意みたいなものが見てとれて、俺は少し切ないような思いに囚われた。東城の、この真摯な思いは果たして譲クンにたどり着くことが出来るのだろうか、と。
 そんな思いで横顔を見つめていると―――――
「うわぁっ!」
 いきなり左手が伸びてきて、俺の胸倉が掴かまれて引き寄せられた。
 息さえ届きそうな距離に東城の顔を感じて。
「っ!」
「だから、なんか知っていることあるんやったら、全部白状せぇ」
 ―――――っ、・・・・・・
「譲のこと。お前なんか知ってる事あるやろ?」
 確信に満ちた強い瞳。
 俺の背中に、嫌な汗が流れ落ちた―――――その時。
「アカ――――ン!!」
「うわぁ!!」
「おわぁ!!」
 何かがいきなり、体当たりにぶつかってきた。










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