手錠 -6-
「東城!ばか!早く追いかけろよ!!」 「あ・・・」 みるみる小さくなっていく譲くんの背中。俺は思わず東城の腕を掴んで激しく揺さぶった。 「譲くんと敦は別だろう!?譲くんは譲くんだ。わかってるだろう!?今、あんなにも全身でお前を必要としてたのに。お前はそれを見捨てるのか!?」 「・・・・・・俺はっ」 「同じなんかじゃない。どうして同じになるって思うんだ。今お前は自分が傷つきたくないから、譲くんから逃げようとしてるだけだろ!」 「うるさい!!」 図星だったらしい。東城が声を荒げて睨みつけてきた。けれど、止めてはやれない。たぶん、昔、力にはなってやれなかったから。今だけは譲れない。 それが、免罪符になるとは思っていないけど。 「譲くんは俺に昔を見ているだけなんだ!」 わかってやってくれ。 「昔?」 譲くんのこと。 「家族がちゃんとあって、幸せで。その幸せに疑いを抱く事もなかった、そんな日々。それを俺に見ているだけだ。譲クンには酷な言い方だけど、―――――俺に恋をしているわけじゃない」 帰れない日々が、彼にとってかけがえの無いものだから。 「・・・昔・・・」 東城は、何かを反芻するように呟いた。一瞬、何かを手繰り寄せるように視線を泳がせた。 「東城!!」 「なぁ―――・・・」 「なんだ?」 「殴ってもええ?」 「は!?――――ガっ!!・・・・・・痛っ」 いきなり飛んできたパンチに、ドサっと無様な音を立てて俺はその場に倒れこんだ。手加減はしてくれたらしいが、東城の拳は俺の頬にヒットしたのだ。 「昔から1回は殴りたいと思ってたんや。これですっきりした。―――――じゃぁな」 「おい!」 「圭!?」 痛い。 頬を押さえて見上げると、譲くんが消えていった方向に、東城の走り去る後姿が見えた。 ぎゅっと抱きしめられて、瞳を巡らすと、心配そうなナツの顔。 「大丈夫!?」 「ええ・・・」 俺はナツに助け起こされて、ちょっと恥ずかしくて視線が合わせられない。恥ずかしいだけじゃなくて、格好悪いから。 「赤なってる」 「フイ打ちでしたから・・・」 少し格好悪くて、そんな言い訳も口にしてみる。口の中に血の味がするから、少し切れているのかもしれない。 俺のどの言葉が東城に届いたのかあからないけれど、とにかく良かった。 「――――圭、冬木の気持ち知ってたんやな」 「はい。・・・告白されたので」 「・・・そっか」 「はい」 立ち上がって土のついた膝や尻を払う。同時に、ナツの足も払ってやってから見つめると、少し困ったようにナツは視線を泳がせていた。 「・・・知りたいですか?」 言いたくはないけれど。 「え?」 弾かれたように顔を上げて見つてくる瞳が、口よりも正直にその心のうちを物語っている。 「私の大学時代の事」 「〜〜〜〜〜っ」 あれ?即答で頷くと思っていたのに、何故かナツはかなり苦悩した顔を浮かべていた。どうやら真剣に悩んでいるようだ。 「ナツ?」 「知りたいっ。メッチャ知りたい!でも――――圭は、ホンマは言いたくないんやろ?」 「・・・・・・」 ナツ・・・ 「それやったら、俺・・・」 そこまで言っておきながら、"聞かなくてもいい"とは言えないところが正直というか、子供と言うか。けれど、そんなナツを見ていたら、なんだかもうどうでもいいような気になってきた。 こんな事で、壊れてしまう関係じゃない。 ただ、自分が恥ずかしくて言いたくなっただけなのだから。聞いてナツが安心するなら、いくらでも恥かしい思いをすればいいのだ。 「敦の事は、聞こえてましたよね?」 「あ・・・、うん。ちょっとだけ、付き合ってた人なんやろ?その後、その人と東城サンが付き合ってたって」 「ええ。・・・何から言えばいいのか。歩きながら話しましょう?」 「うん」 ナツを促すと、寄り添うように歩き出した。家に着くまでには話し終えるだろう。そんなに込み入った話でもない。 「・・・私は、ずっとナツが好きでした」 「え!?」 脈絡のない唐突な私の話に、ナツの顔が派手に朱に染まってこっちを見上げてくる。 「ずーっと、ずーっと好きでした。でも、あの頃ナツはまだ子供で。私も自分の思いに確固たる確証が持てるほど大人じゃなかった」 「――――」 「それが言い訳になるとは思っていませんが・・・、告白されるままに色んな人と付き合いました。敦もそのうちの一人です。けれど、誰とも長くは続きませんでした。―――いつも、空しかったんです。誰を目の前にしていても、本当に望んでいる相手ではないと思い知らされるばかり。ナツ以上に気になる存在にも出会えない」 "圭が好きなのは私じゃない" "圭が好きなのは、俺じゃない" あの当時、何度その台詞を聞かされただろう。けれど、言う方がどれほど悲しかったのか、あの時の俺はそれを顧みる余裕もなかった。 「でも、ナツを押し倒すわけにはいかないし。どんどん煮詰まって、また告白されては付き合ってみて、別れて。その繰り返しでした」 「ずっと・・・、俺が好きやったん?」 「ええ」 唯一無二の存在ですから。 「遊んでいた事も、その時人を無造作に傷つけたことも、取り消せません。過ちだったと認めてもね」 「うん・・・」 「だから、写真もないんですよ」 「・・・そうやってんや―――――っ、写真!?」 面白い様にナツの声が裏返った。 思い通りの反応に、思わず、堪え切れなかった笑みに頬がヒクっと動いてしまう。 「そうです。写真に残しておきたいような思い出も、相手もいませんからね」 「あー・・・」 バレてない?って窺う視線で見てもダメですよ。 「欲しいのはナツだけです」 「うん・・・」 あ、今ちょっとホッとしましたね?甘いですよ、ナツ。 「でも、人の部屋に勝手に入って探したりするのは、ダメですね?」 わざと軽く睨んでみる。 「あああっ!!」 そして盛大なため息。 「・・・え〜・・・っと、・・・あー・・・」 面白すぎますよ、ナツ。なんて顔してるんでしょう。赤くなって青くなって、口が小刻みに震えてませんか? 「まったく。そんな悪い子にはお仕置きが必要ですね?」 クスリと笑って見ると、ナツが今度は再び真っ赤になって立ち止まる。あーあ、固まってしまってますね。 「ナツ?」 「〜〜〜〜」 ああもう。なんて、顔。 「そんなかわいい顔してもダメですよ?・・・朝まで寝かせませんからね」 「う〜〜〜!!兄ちゃんのアホーっ」 ナツ。私は一言も春哉から聞いたなんて言っていないのに。本当、そういうところも全部可愛すぎですよ。 絶対、誰も渡しませんから。 もし、ナツが私を嫌いになってしまう未来が来たら、攫ってどこかに監禁して。一緒にずーっと暮らしましょう。 誰もいない世界で。二人で。壊れてしまえばいい。 その考えが狂っていると言われても構わない。ナツに嫌われた現実を受け入れるくらいなら、いっそ狂ってしまえるほうが楽でしょうから。 ふと、視線を横にやると、真っ赤になって春哉の悪口を言うナツが、言葉にならないほど、愛おしい。 一方、その頃。 「開けろ!」 ったく。毎回毎回籠城すんじゃねーよ。ホンマにこのドア蹴破ったろうかな。 俺は結構がんばって走ったはずやのに、譲には追いつくことは出来へんくって、アパートについてみたら譲の部屋の扉は天岩戸よろしく、開きゃぁしない。 「譲!!」 ――――ドン!! 「おっと・・・」 叫んだとたんに扉が大きな音が鳴った。おそらく中で譲が扉に向けて何かを投げつけたんだろう。 ったく、上等じゃねーか。 「何拗ねてんだよ!言いたいことがあったらハッキリ言え!それともお前の口は飾りなのか!」 たまには俺に正面向かってぶつかって来い! 俺が、全身全霊で受け止めてやるから。 つーかまぁ、今回は俺も悪いけどな!! 「・・・・・・譲・・・っ」 だからなぁ・・・頼むから。俺と正面向いて、向かい合ってや―――――俺も、もう逃げたりせーへんから。もっかいチャンスくれや。 「・・・お・・・?」 俺の願いが聞こえたのか、カチャリと鍵の開く音がして。 「譲」 「じゃぁ、圭とどういう関係なのか教えて」 泣くのを必死で堪えてるのだろう、眉根をきゅっと寄せて。上目遣いに睨んでいるような目線。耳たぶが真っ赤になってるのがかわいくて、思わずキスしたくなるんやけど今したらシバかれるよな。 「話す。話すから、中入れて?」 立ち話にするには、若干格好悪い過去だから。 「・・・・・・」 譲が無言で一歩退いたのを見て、許可されたのだと俺はそのまま身体を中に滑り込ませた。 そのまま傍にいる譲に手を伸ばすと、ビクっと後に下がるその腕を捕らえて引き寄せて、思いっきりその身体を抱きしめた。 「ちょっ・・・!」 細っこい身体で暴れられたところで、さしたる抵抗でもない。俺は難なくその抵抗を封じ込めて、思いっきり譲の香りを嗅ぐ。 「ああもう、マジで好き」 「・・・っ」 我慢出来へんくって呟いてしまった言葉に、譲の肩がビクって揺れる。 「東城っ」 涙が混じっているような声に俺はちょっと驚いて譲の顔を覗き込む。すると、目じりを赤く染めて唇を噛み締める譲の顔にぶつかる。 泣かせてもうて、ごめんな。 「座って、話そっか」 俺はそう言うと、譲の返事を待たずにその身体を離すことも無く、勝手知ったる我が家の様に奥へと入ってコタツに潜り込んだ。 驚いたことにコタツは電源が入っていなくて俺は慌てて入れて、どうりで冷たいハズの譲の手をぎゅーっと握り締めた。 「何から話したらええんやろな・・・」 真っ直ぐに見つめると、譲は困ったように視線を外しして下を向いた。 「俺の、昔話。・・・昔、好きな人がおってん。大学に入って知り合ったそいつとは気が合うて、自然といつも一緒にツルむようになった。そして、・・・何がキッカケやったんやろうなぁ。今となってはわからへんけど、気がついたら好きになってた。でも――――――そいつは、澤崎が好きやってん。それ知った時はショックやったけど、奪う気概もなくて、友人であり続ける事を選んだ俺は、あいつの気持ちに何気なく気づいたフリして励ましてみた。そしたら相談されて、・・・俺は良い理解者ってのを演じることにした」 遠い過去。忘れ去ったはずの過去が、少し心を重くした。 「そんで、俺が背中押して、二人はめでたく付き合うようになったわけや」 一瞬、譲が視線をあげて俺の視線とぶつかる。すぐに、視線はハズされたけど。 譲?今、何を思ってるん? 不安に俺の指先は、冷たくなってる。 「けど、その付き合いは長くは続かへんかった。――――そいつは、圭に振られて。泣いて荒れて・・・俺は卑怯やったけど、それがチャンスやって思って、ずーっと傍について支えてた。その甲斐あって、俺はそいつと付き合う事が出来たんや」 「・・・うん」 「その時、あいつがまだ澤崎のこと好きやったんも知ってた。けど・・・いつかは俺を見てくれるって思ってたんや。けど―――――結局はアカンかった。卒業したら一緒に住もうやって言葉は、謝罪で返されて。あいつは俺の元から去ってった」 |