海の上の籠の中で 前編18





「ナナっ」
 アオイはナナの陰に隠れるようにしながら歩き。デュークの傍まで行くと、しがみ付いていたナナの腕からデュークの腕へと乗り換えた。
「アオイ?」
 そのアオイの様子に、わけのわからないデュークは少し目を見張る。すると、目の前の恐い顔の男テッドがにやりと笑った。
「ほぉ〜こいつは別嬪さん二人だなぁ。なんだお前、両手に花か?」
「バカか。ナナはケイトの花だ」
「マジかよ!!!」
 思わず目を剥いたテッドは凄い勢いでケイトを見た。
「ああ」
「てめぇっ、なんだよそりゃぁ!!こんな別嬪がいるなんて聞いてねーぞ!!いるならいるで言えよっ。水臭ぇなぁ!!んーだよそれで乗せたのかよ」
「ああ、間違っても手を出すなよ?」
 つばを飛ばす勢いで言うテッドに、ケイトは笑顔で釘を刺した。
「指一本触れたら、その首を胴体から切り離してやるからな」
「な、なんだよ、いーじゃねーか指でちょっと触るくれぇーっ」
「ダメだ」
「・・・っ」
 身長だけはケイトと同じくらいのテッドだが、その体格はケイトの倍はあるガッチリ型で、顔も髭を蓄えた厳つい恐ろしい顔つきなのに、ケイトの笑顔にはどうやら負けるらしい。
 悔しそうにしながらも、言葉に詰まった。
 この二人、本気で剣を交えればどちらが勝つかわからいくらい腕は拮抗しているのだ。もちろん二人とも相当な使い手なのだが。
「じゃ、じゃあこっちの別嬪さんならいいだろう?」
「やっ」
 悔し紛れに腕を伸ばしたテッドの指先がアオイに触れる前に、アオイは悲鳴をあげて逃げた。デュークを盾にして。
「おい!?」
「どうした?アオイ」
「やだっ」
「やだってなんだ!」
「やぁ〜っ」
「アオイ、どうしたんだ?」
 右から腕を伸ばせば左に逃げ、左から腕を伸ばせば右に逃げるアオイに、そのつど振り回されて盾にされるデュークがアオイを捕まえた。
「デュークっ」
 そしてそのまま抱えあげて笑みを向けた。
「この人はテッドって言って、俺の古い友人だぞ。どうしてそんな顔をしてる」
「だって」
「ん?」
「・・・・・・っ」
 きゅっとアオイが唇を噛む。
「昔読んだ本に出て来た、悪い海賊にそっくりなんですって」
「ナナ!!」
 バラしてしまったナナにアオイはその顔を真っ赤にして抗議の視線を向ける。
「悪い、海賊・・・ぷっ、・・・くくく・・・」
「おい、ケイト。何笑ってやがるっ」
「はははは!確かにそんな人相だな」
「ヒデローてめぇ!!お前もお前だ。言うに事欠いて悪い海賊だと!?」
「いやぁ〜〜っ」
 つかみかかりそうになって来たテッドにアオイはあられもない悲鳴を上げて、デュークの腕からも逃げ出した。
「待ちやがれっ」
 もちろんテッドはじゃれているだけのつもりなのだが、アオイは真剣そのもの。
「やだぁ!!」
「テッド!!!」
 アオイが中に逃げ込んで、それを追おうとしているテッドにデュークの鋭い声がかかった。
「んーだ!?」
「それ以上アレを怖がらせるな」
「・・・、おい。その言い方ってもしかして、アイツはお前のって事か?」
 追いかけようとした姿勢のまま、テッドが振り返った。
「―――いや・・・」
 この問に、困ったのはデュークの方。なんともぎこちなく首を横に振った。
 が―――――――
「ま、近々アイツのモンになるけどな」
「ヒデロー!」
「本当か!?」
 デュークの制止の声よりも、テッドの歓喜の声のほうが大きかった。
「そうなのか!?」
「ああ」
 同意の言葉はヒデロー。
「そうか!!やっとお前もそんな気持ちになってくれたか!!」
「おいっ」
 抗議の言葉がデューク。
「いやぁ〜めでたい!!」
「テッド!!」
 人の話を聞け!と怒鳴るデュークの声を無視してテッドは満面の笑みを浮かべて喜びを全身に表した。
「おい野郎共!!今日は飲むぜぇぇぇ―――っ!!」
 そして、自分の船に向かって拳を突き上げて大声を上げた。
 甲板ではわけもわからないが、どうやら良い事があったらしいとテッドの船では大歓声が上がる。
 アオイには悪い海賊と言われたテッドだが、その底抜けに人の良い性格と親分肌に、仲間からは絶大な信頼があるのだ。
「・・・ケイト、どういう事?」
 ナナはその大騒ぎの光景をよそに、こそっとケイトの袖を引っ張った。この展開についていけなかったのだ。
「テッドはデュークの古い友人でね、色々知ってるんだ。だから、デュークが新しい恋をした事が嬉しくて仕方がないんだろう」
「・・・・・・」
「アオイは怖がってたけど、テッドはあの見た目に全然比例しない中身なんだよ」
「そんな言い方っ」
 ナナは思わずクスっと笑みを漏らしてしまった。
 目をテッドに戻せば、小躍りしそうなくらいの上機嫌になっている。それに、困った顔で見ているデュークと、にやにやと笑っているヒデローがいて。
 よくわからないが飲めるのはいいなと楽しんでいるミヤとトウヤの姿が視界に入った。
「トウヤ、どうも今から酒席の様だからツマミでも作ってくれるか?」
 観念したらしいデュークの声に、トウヤは二つ返事を返してミヤと共に中に姿を消した。その後ろ、デュークも続いて中に入っていった。

「アオイ、入るぞ?」
 デュークは、自室に声を掛けて扉を開けると隅で枕を抱きしめて座り込むアオイの姿があった。
「今から宴会だそうだ。おいで」
 アオイは首を横に振って拒否をした。
 その仕草にデュークは息を吐いて、アオイの目の前に腰を下ろした。
「テッドは、怖い人でも悪い人でもないぞ」
「・・・だって」
「アオイは人を見た目で判断するのか?」
「っ!」
 ハッとしたように顔を上げて、アオイがきゅっと唇を噛む。眉は困ったように垂れ下がった。
「テッドは良いヤツだ。確かに顔は熊みたいで怖いし、図体はでかいし口は悪いし、大酒のみで酔うと始末には終えないが」
「・・・それ、褒めてる?」
「ああもちろん。単純明快なあいつは、貴重な存在だからな」
 笑って言うデュークにアオイはちょっと複雑そうな不可解な表情を浮かべる。友人のいないアオイには、こういう感覚がよくわからない。
「アオイにも、俺の友人と仲良くなってもらいたいんだが・・・だめか?」
「え、ううん、そんな事、無い・・・よ」
「良かった。じゃあ上に戻ろうか?」
「うん・・・」
 まだ少し不安なのか、アオイは視線が定まらず唇を噛む。そのアオイから枕を奪い取って、デュークはアオイを抱えあげた。
「唇を噛むと切れるぞ」
「―――っ!」
「ん?」
「・・・んでも、っない・・・」
 デュークの言葉にピクっと反応したアオイはそれでも何もないと首を振った。ただ、その台詞をよく言われたから、身体が反応してしまったのだ。
 その後、おぞましい舌が唇の上を這い回った。
「じゃあ行こうな」
 それを察しているのかどうなのか、デュークは何も言わず笑って、アオイを抱えようと腕を伸ばすと。
「―――っ」
 ビクっとしたアオイに、デュークは眉を寄せる。
「どうした?他に何か―――心配な事があるのか?」
「え、あ、ううん。違う。そうじゃない」
 慌てたように首を振るアオイの顔が、心なしか青くてデュークは心配そうに見つめた。そして、ことさらゆっくり腕を伸ばして、そっとアオイの頭を引き寄せた。
「大丈夫。大丈夫だからな」
「ん。・・・ごめん」
「何も謝ることは無い。苦しいなら苦しいと言えば良い、悲しいなら悲しいと、辛いなら辛いと。それだけで、いいから」
「ん」
 優しい言葉は、アオイの心にゆっくり染み渡った。けれど、言葉を紡いだデュークは反対に苦しそうな顔をしていた。
 ―――――それだけでいい・・・・・・
 それが"逃げ"なのだと、デュークには分かっていた。まだ一歩踏み込めない自分。全てをさらけ出させて、受け止めるだけの決心が付かない。
 付くはずがない。
「もー平気。行こう?」
 顔を上げて、にこっと笑う顔にデュークも笑い返してその身体を抱きかかえた。
「・・・・・・」
 認めよう。
 アオイを、愛している事を。
 この腕の中の存在を守りたいと思ってる事を。
 それでも、それが自分に許されない事もデュークには嫌と言うほど認識していた。
 戻った甲板ではすでに酒瓶が持ち込まれ、テッドの船からは酒樽までもが運び込まれていた。
「おいおい、随分また飲む気だな」
 空は快晴で、時刻はちょうどおやつの時間だと言うのに。
「あたりめーだろ!こんな嬉しい日はねーや。お〜別嬪、来たな?」
「う、うん」
 怖くないと言われてはいても、アオイは思わずデュークにしがみ付いてしまう。本当に熊みたいで、力が強そうで、アオイなど力ずくで押さえ込む事のはたやすいだろう。その容貌がアオイには怖かったのだ。
 押さえ込まれた日々が、身体をそうさせるのかもしれない。
 デュークやケイト、ヒデローとてアオイを押さえ込む事は難なく出来るのだが、彼らは見た目がそこまで厳つくない。様は、威圧感の問題なのだろう。
「そんなデュークにしがみついてないで、こっちに座れや!」
 テッドはどかりと腰を降ろして、アオイを手招きする。その横にデュークが腰を下ろして、アオイをその横に置いた。
「おいおい、別嬪をこっちに座らせろよ。なんで俺がお前と隣なんだ」
「悪いな。こいつは人見知りするタチで、そんな厳つい顔を間近で見たら泣き出す」
「っ、てめっ!」
「っ!!」
 別にテッドは怒ったわけではなく、顔は笑っているのだがやはりどうもアオイにはそこら辺がわからないらしい。一瞬で青ざめた。
「アオイ、大丈夫。テッドも怖がらすなよ」
 そういいながらアオイの横にヒデローが座った。
 そこへミヤとトウヤが料理を運んで来て、それに続いてナナやケイトも出て来た。どうやら二人も料理を手伝っていたらしい。
「あ、ごめん。僕手伝わないでっ」
「いいよ。大丈夫」
 腰を浮かせかけたアオイにトウヤが手で制止する。
「これが最後だから。どうせ片付けを手伝ってもらう事になるからね」
「うん」
 このメンバーでは飲めないアオイ以外はほとんどが酔い潰れるは、目に見えていた。
 甲板にはテッドの船の人間も多数移ってきて、あちこちに人の輪が出来ていた。ナナやケイトもその中に混じって座ったところで、テッドがビールジョッキを高々と掲げた。
「乾杯!!!」
「乾杯!!!」
 お天道様の下での、宴が始まった。









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