海の上の籠の中で 前編29





 アオイが海に身を囚われようとしていた頃。
 宿ではアオイの居所が分からない事に気づいて大騒ぎになっていた。
「どういう・・・」
 宿の前で、デュークは愕然と呟いた。
 部屋に入ってみるとアオイの姿は無く、異様に整えられた室内が不気味に瞳に映り、言いようの無い気持ちに襲われてデュークは慌てて階下へ降りていくと、そこにはヒデローの姿しか無かった。
「デューク!!」
 ヒデローが船からミヤとトウヤとナナを連れて戻って来た。
「どうだった?」
「いや、いない!」
 もしかしたら船にいるのかもしれないと思い、ヒデローが見に行っていたのだ。しかし、アオイの姿はそこには無かった。
「どういう事なの?アオイがいないって―――っ」
「俺は昼に会ったぜ。お前がいないって慌てて飛び出して来たところで、とりあえず一緒に宿へ戻ってきて。どうするって聞いたら、一人で散歩するって」
「俺らは昨日別れて以来まったく・・・」
「私も船で別れて」
「ってことは、俺が最後か・・・くそっ!」
 ヒデローの顔に焦りの色が浮かぶ。
 こんな事なら一緒にいれば良かった。昨日あんなに飲むんじゃなかったとさえ思う。しかし今更後悔したところでもう遅い。
「とりあえず手分けして探そう。ナナはここに残ってくれ」
「わかったわ」
 4人はそう言って四方に飛び出した。しかし、小さな町だ。探すといってもしれている。ミヤとトウヤは再度港をくまなく探し、ヒデローは町に西側を重点的に探し、デュークが逆に東側。しかし、小一時間ほどで全ての場所を確認出来てしまった。
「いたか」
「いない」
「こっちも全然だ」
「俺もダメだ。見かけた人もいない」
「どういう事?」
「もしかして、攫われた、とか?」
 ナナが青ざめた顔で言うが、デュークは静かに首を横に振った。
「違う。たぶん・・・あいつは自分の意思で出て行ったんだ」
「なんで!?」
「部屋が・・・」
 デュークがそう言うと、ヒデロー以下4人がデュークの部屋へ向う。
 そこでナナはハッと息を飲み、ヒデローは歯軋りをした。ミヤとトウヤにいたっては、言葉も出ない様子だった。
「これって・・・」
「部屋をちゃんとして、衣服を畳んで整えて。・・・デューク!!お前ら、どうなってたんだ!!」
 壁が震えるほどの咆哮だった。
「どうもこうもねーよ!!」
 デュークの声に、全員が息を飲んだ。
「俺だって、わかんねーよ」
 デュークが壁に背中をつけて、ずるずるとしゃがみ込んだ。
 ―――――アオイ・・・・・・っ
「昨日、何があった?」
 ヒデローは厳しい瞳でデュークを見下ろしていた。その顔には、言い訳も言い逃れも一切を許さない厳しさがあった。
「一緒に食事をして、帰って来て。――――抱いてくれって言われた」
「ああ」
「俺は、もう少し時間をくれって―――――痛!!」
「お前っ!!」
 ヒデローがデュークの胸倉を捕まえて、その身体を引きづり上げた。
「なんでそこで据え膳喰わねーんだよ!!!不能か!!!」
「今日!!・・・今夜話をしようと思ってたんだっ!!ちゃんと、全部。それまでは――――、俺はまだアイツにけじめを付けて無かったから。そんな気持ちでアオイを抱きたく無かったんだ・・・っ」
「・・・・・・」
「真っ直ぐこっちを見つめてくれる瞳に、俺も何の陰りも無く真っ直ぐ見つめ返してやりたかった。ありったけの想いで抱きしめてやりたかった。その為には、昨日じゃだめだったんだ」
 ギリっとヒデローの奥歯が鳴って、投げ捨てるようにデュークを廊下に落とした。
 バカヤロウ、小さな呟きがヒデローの口の中で消えた。
 ナナはヒデローの迫力に言葉も無く、見つめているその顔は青ざめていた。
「お前の気持ちもわからなくはねーけど。でもその為に、大切なものを無くしたのか?それで良かったのかよ!!」
「・・・・・・っ」
「結局お前は何も―――――っ!!!」
「ヒデロー!言いすぎだ」
「ケイト!」
 どうやら船で待っていられなかったらしい。ケイトが階段陰から姿を現した。
「とにかく、明日になってもう少し範囲を広げて探しにいこう。アオイの足だ。そう遠くは行けまい」
 ケイトがそう言うと、デュークが首を横に振った。
「それは出来ない」
「デューク!?」
 目を剥いたヒデローには視線を向けず、デュークは懐から封筒を取り出してケイトに渡した。
「ダール爺さんからの手紙だ。20日まで、その場所で待っていると」
 その言葉に封筒を受け取って、ざっと目を通したケイトは僅かに眉を顰めた。
「―――ここからだと、半月はかかるな」
「貸せ!」
 ヒデローがそれをぶんどって読む。
「・・・こりゃぁー・・・」
「わかるだろう?ダール爺さんの話というのは、もしかしたら例の南の大陸の地図の事かもしれない。あの、誰もが行きたがり、そして行って帰った者の僅かな未知なる場所。その場所への道しるべだ」
「それって」
 ミヤの声が色めき立った。
「ダール爺さんには引退の噂が出ている。そのタイミングでの呼び出しだ。大切な話があるのはたぶん間違いない。それならば、この機会を逃す事は出来ない。俺達は海賊である以上な。それに―――――そこまで俺を買ってくれたダール爺さんの気持ちを無下には出来ない」
「確かに、あの人には借りもありますからね。引退されるなら、挨拶に伺わないわけにはいかない。・・・・・・俺達にとって、ある意味親以上の人だ」
「・・・じゃあ、・・・じゃあアオイはどうするんだ!?」
 ヒデローの叫びに、その場はぐっと重苦しい空気に包まれた。
「でも20日までだったら、後2、3日の猶予はあるんじゃないっすか?」
「ばか。もし嵐にでもあったらどうする。これは遅れるわけにはいかない期限なんだぞ。第一、2〜3日で何が出来る。これだけ探していないとなると、この町を出たと考えるべきだ。この町からは4本の道が伸びている。そのどの道をアオイが通ったかわかっていないのに」
「そして、その先にはまた分かれ道が待ってる」
「2、3日じゃあどうしようもない」
 デュークの声に、全員の視線が集まった。
 ナナは青い顔でデュークを見つめ、ヒデローは燃えるような瞳を向けた。ケイトは一番冷静な顔色を浮かべていたが、ミヤには戸惑いが見え、トウヤには苦渋が見えた。
「これは」
 ゴクっとヒデローの喉が鳴った。
「二度とないチャンスだ」
 ナナが息を飲んだ。
「それに、ケイトの言った通り俺には、ダール爺さんには挨拶に行かなきゃならない義理がある」
 フッとケイトが瞳を細めた。
「義理を無視すれば、この先俺達は海を渡っては行けなくなるんだ」
 デュークはゆっくり全員を見つめて。
「明日、予定通りここを立つ」
 それは、海賊船頭としての決定事項だった。















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