海の上の籠の中で 前編6
パタンと扉を閉める。 「じゃぁ俺甲板片付けて来る」 ミヤはケイト達に何か聞かれる前にと、そそくさと駆け足で去って行った。トウヤもキッチンへと戻っていく、その後ろでケイトはヒデローを睨みつけた。 「ちょっといいか」 「ああ」 明らかに不機嫌なケイトとは逆にヒデローはどこか面白そうな表情を浮かべて、ケイトの後に付いていった。行き着いた場所はケイトの部屋。 「お前はどういうつもりだ」 部屋に入って扉を閉めるなり、座ればの言葉も無しに切り出した。鋭利な刃物でも突きつけるような冷たい声で。 しかし、それで怯むヒデローでもない。 「何が?」 「あの二人の様子を見ただろう?」 「ああ。なーんか全然知らない間にちょっと仲良くなってるよな。つーか、分かり合ってる?」 にやけた顔のままに言うヒデローを、ケイトは剣呑な視線で射る。 「・・・面白がっている場合か!?」 あまり大声は出せないと分かっていても、ケイトの声はついつい荒くなった。 「面白がってねーぜ。でも、俺は。これは結構良い事だろうと思ってる」 「・・・・・・っ」 「誰にもかまい付けなかったデュークが、アオイには違うらしい」 あの態度は、どう見たってそうだ。それはケイトにも分かるのか、忌々しそうに口を歪めた。 「あれは、どういう素性の者かもわからないんだぞ」 「素性なんか、どうでもいいだろう。そんな事よりも俺は、これが良いきっかけになればいいと思ってるぜ。だって、なぁ――――――もう、十分だろう?」 その言葉に、ケイトは苛立たしげに眉を寄せたままの顔を、フイと反らした。ケイトにも、ヒデローの言葉の意味が分かっていた。 そして、ヒデローの言わんとしている意味も。嫌と言うほどに。十二分に分かっていた。 「相手は誰でも良いと、俺は思ってるぜ」 「誰でもは――――」 「アオイじゃぁ、不満か?」 「あれは弱すぎる。海賊には馴染めないだろう。第一、――――秘密が多すぎる」 だから不安なんだと言うケイトに、ヒデローは優しい笑みを浮かべた。 結局は、ケイトもデュークが心配なだけなのだ。 「ミステリアスな方が燃える事もあるだろう?」 どこまでもふざけた口調で言うヒデローに、ヒクっとケイトの額が動いた。しかし、次の一言はまったく違った。 「俺はアオイが。――――デュークを捕らえている鎖を断ち切ってくれるんじゃないかと、期待している」 「・・・・・・」 「大体にして、あいつが人を攫ってきたのは初めてじゃないか」 「ああ」 「それだけで、俺はもう答えは出てると思うんだがなぁ」 クックッっと笑うヒデローに、ケイトはなんとも複雑な顔をした。 ケイトはヒデローほど楽観的な見方は出来なかった。それでも、何かを期待している自分がいる事もまた事実で。 それでもまだ、アオイの存在を受け入れる事は出来ないとも、思っていたのだ。 結局はお気楽なヒデローよりも真面目な分、ケイトは損な役回りなのかもしれない。ケイトの苦悩はの顔を浮かべたまま深くため息をついたのだった。 二人がそんな会話を交わし、話は終わりとヒデローにチェスの相手をしろと無理矢理広間にケイトを引っ張っていった頃になって。アオイが小さな声を漏らした。 「気付いたか?」 「ん・・・、ああ。デュー・・・ク?」 「ああ」 アオイは声のする方にゆっくりと首を巡らして、その視界にデュークを捕らえた。 そのデュークは、普通に優しく笑っていた。 「ごめん、・・・僕?」 「日射病で倒れたんだ」 「にっしゃびょう・・・?」 わからない、とアオイは小さく首を傾げた。 「あー、こう、太陽に当たりすぎて、その熱気に参ったって感じかな。水分不足もあるし」 「うん・・・」 「水飲むか?」 「ん・・・、あ、ごめんね?迷惑かけた」 アオイはゆっくり身体を起こしながら、困ったように謝罪の言葉を口にした。それはどこか、次に来る言葉を怯えているようにも見えた。 「迷惑はかかってないけど、心配はした。――――ほら、グラス持てるか?」 デュークはグラスを支えてやって、アオイが水を飲むのを助けてやる。そのグラスが空になるまでゴクゴクと水を飲んだアオイは、口を離してちょっと不思議そうな顔でデュークを見つめた。 「なんだ?まだいるか?」 「ううん、水はいい。――――そうじゃなくて、うん。ごめんね」 「だから謝らなくていい。それよりも、体調がヤバそうだと思ったら自分でちゃんと休め。我慢してたんだろう?」 「ううん、そんな事ない。全然、わかんなかった・・・」 「分からなかった?――――もうちょっと寝ていろ」 デュークはアオイの返事にいぶかしむ様な表情を浮かべる。 「うん、ありがと。――――えっと、・・・別にしんどいとか無かったんだ。なんか急に目が回ったっていうか・・・」 「前にもこういう事はあったのか?」 「んーん。僕は、あんまり外に出た事が・・・、その、無くて・・・」 アオイが困ったように視線を泳がせて、言いにくそうに言葉を濁す。 「そうか・・・」 「うん」 ―――――外に、出た事が無い? その言葉は、デュークにはまったく意味不明だった。別に持病がある訳でもない、確かに多少細い身体ではあるが、外に出れない理由が見出せないのだ。 「なら、これからは気をつけないとな。ここはずーっと外みたいなもんだ」 デュークはアオイの言葉の意味を図りかね、本当はもう少し聞いてみたいところだったが。アオイの心底困った顔を見てはそれを問いただすことが出来なかった。 「うん、気をつける」 案の定、デュークの言葉にアオイはあからさまにホッとした表情を浮かべて、照れるように笑ったのだ。 「良かったぁ。・・・もうここには置けないって言われるかと思った」 「安心しろ。まだ当分は海の上だ。アオイが降りたいと言っても、降りれないぞ」 「うんっ」 へへっと、嬉しそうに笑って。肩の力がふっと抜けたアオイに、デュークも苦笑交じりの優しい笑みを浮かべた。 しかし、どうしてそんなに船に乗っていたいと思うのか――――― あの船を襲ったのは偶然だった。あの船底に足を踏み入れたのも、何かめぼしいものが無いか探すためで、偶然に過ぎない。結局はこの出会い、この状況はデューク達にとってもアオイにとっても偶然の産物でしかない。 ということは、特別ここに固執する理由が無いようにデュークには思えたのだ。 「デューク?」 突然黙ったデュークに、アオイは不安そうな瞳を向けている。 「ああ。――――いや、どうしてそんなに海賊になりたいんだろうと思ってな」 僅かな核心。それくらいは、聞いてもいいだろうとデュークは思ったのだが、アオイはその質問にさえも、困ったように唇を噛んだ。 「なんで、―――――じゃぁ、デュークはなんで海賊になったの?」 「俺か?」 「うん」 あからさまな話題のすり替え。それは、分かっていた。 「俺の場合は、―――――小さい頃に親に死なれてな」 「え?」 「食うためにとりあえず、港で肉体労働に励んだ。近くに大きな港があってな、毎日大きな船が出たり入ったりする。俺はそこで、船の積荷を運んだり乗せたりしていた。ケイトとは、そこで知り合ったんだ」 その日々を思い出したのか、フッとデュークの目が細められた。 「そうなんだ!?」 「ああ。歳も1個違いで気があって、それはそれで楽しかった。だが、給料は安かった。あの頃俺はもっとでっかく儲けたい、もっと血の沸き立つような何かが欲しいと思っていた。ちょうどその時、海賊船が入港して来たんだ。本来ならあんな場所には来ないんだろうが、緊急だったんだろうなぁ。俺はその船を一目見て、その格好良さと勇ましさと。――――海賊、という響きに魅せられてその日のうちに船に乗せてくれと頼みに行って」 「それで?」 目を輝かせて思わず身を乗り出したアオイに、デュークは肩を竦めた。 「けんもほろほろに追い返された。だが、追い返されたんだが、諦めきれず。俺は勝手に船に乗り込んだ。――――俺は一人のつもりだったのに、ケイトも付いてきたのには驚いたが」 「えぇ!?」 「ばれた時はもう海の上だ。本当ならそのまま海に放り投げられていたのかもしれないが、その時の頭が、次の寄港まで猶予をくれた。それまでに物になったら置いてやる。ダメなら、放り出す、とな」 「うん」 「ま、その時めでたく合格したから、俺達は自分の船を持って今もこうして海賊をしているわけなんだが」 「そっかぁー。うわぁなんか凄い!!冒険って感じ!!」 瞳を輝かせて言うアオイの言葉があまりにも素直で。まるで子供が大人の話にときめいているようにさえ見える。その視線は、純粋に真っ直ぐで。 「いいなぁ。それからケイトとはずっと友達なんだぁ。――――いいなぁ、そういうの」 なんのてらいも恥ずかしさも無く言い切るアオイに、今度はデュークの方が困った笑みを浮かべるしかなかった。 あの、鎖で船底に繋がれていた状況を考えると、アオイにはそういう経験が無いのかもしれないとは思った。もしかしたら、友人と呼べる相手すらいないのかもしれない。 だから純粋に羨ましいと思っているのだろうかと、デュークはその時は考えていた。 |