海の上の籠の中で 後編15 「あれぇ?アオイ寝た?」 「お前らが飲ますからだろうがっ!!」 デュークに凭れかかった、顔を真っ赤にしたまますっかり寝入っているアオイの頬をプニっと指先でヒデローが押してみる。 「こら」 「かわいい顔して寝ちゃってる」 「ああ、だがこれで作戦成功だろう?」 ケイトが目を細めて言うと、ヒデローも呼応するようににやりと笑った。 「作戦?」 「そう、―――――ああ、トウヤが戻って来た」 「え?何の話っすか?」 こっちはヤケ酒気味のミヤを寝室へと運んで来ていたのだ。ちなみにこの場にナナもいない。ナナも早々に酔い潰れてケイトが部屋に寝かせて来たのだ。ナナの場合は、祝い酒が過ぎたのだろう。 「例の話」 「ああ。じゃあアオイ寝かせてきた方がいいんじゃないすか?」 「あぁ〜だけどなぁーデュークが離したくないって感じだしなぁ」 にやにやとした顔でひやかされたデュークは顔をムッとさせたが、それでもアオイを抱き寄せたまま動こうとはしない。そのアオイは、くーくーと気持ち良さそうに寝息を立てていた。 その幸せそうな顔といったら。 「仕方ないな」 「そうっすねぇ」 「作戦ってなんの話だ!!」 三方からからかわれて、思わず声を荒げたデュークに3人はシー!!!っと人差し指を立てた。幸いアオイはまったく起きる気配も無くて、ほっと胸を撫で下ろした。ここで起きられては、酒を飲ませて眠らせた努力が水の泡になってしまう。それだけじゃない、この1週間、ナナとミヤに気づかれないようにこっそり準備をするのだって随分と骨が折れたのだから。 「今から話すよ」 思わず小声になったケイトに、4人の頭が必然と寄った。 そして深夜の酔いどれの密談はコソコソと開かれたのだった。 ・・・・・ ―――――ん・・・・・・ なんとなぁく、ゆらゆらと揺られている様な感覚を身体に感じていた。それはまるで、小さな子供が揺りかごで揺られている様な、そんな感覚だろうか。随分と気持ちの良い感じだとアオイは思っていた。 暖かい日差しも気持ちよくて、このまままどろんでいたい――――そう思った瞬間ハッとした。 「掃除!!―――――あ・・・・・・」 朝の掃除の時間だ!そう思って反射的に身体を起こして、周りの景色が違う事に今度はドキっとした。そうだった、ここはもうジャシカとトルタスのパン屋の上じゃない。 船、海賊船の中だ―――――― ―――――僕は、帰ってきたんだ。 「おはよう」 穏やかな声にビクっと身体を揺らして首をめぐらすと、椅子を前後ろ逆にして座っているデュークの視線とぶつかった。 「あ・・・、おはようっ」 何か今更なんだけど、不意打ちに心の準備が出来ていなくて思いっきり照れてしまったのか、アオイは顔が熱くなったのを自分でも感じた。思わずシーツをぎゅっと掴む仕草は、もしかしたら随分子供っぽいのかもしれない。 「大丈夫か?」 気遣う声に小首を傾げた。 「何が?」 「二日酔い」 デュークはそういうと椅子から降りてベッドに手を付いて、アオイの額にそっとキスをした。 「あ、・・・うん。へーきっぽい」 「そっか。良かったな」 「ん」 ふっと一瞬見つめ合って笑いあった後、デュークは今度はベッドの周りをぐるりと歩き出した。そのデュークを視線で追うと――――― 「――――な、に、・・・・・・」 唐突に、目に入ったのは。 「ん?」 嬉しそうに笑うデュークの顔と。 「それ・・・」 真っ白な、ウエディングドレス。 「ああ」 光を浴びて、輝くように白く。 「うん」 穢れ無き、白。 「ウエディングドレスだ」 思わず、目を背けたくなる程の、白。 シロ。 しろ。 「うん」 ―――――どうしてデュークは、そんなに嬉しそうに笑うんだろう? アオイの心臓が、トクンと大きく鳴った。 「着て」 ―――――どうして白が、こんなに瞳に眩しいんだろう・・・? ドクン、ドクンと身体の中で音が響く。 「――――ボク?」 驚いて、張り付くようにドレスを見つめていた視線をデュークに戻した。 今デュークはなんて言った? 「そうだ。アオイに、着て欲しい」 ボクガ、ウエディングドレスヲ、キル? 「・・・・・・」 アオイの首が、ぎこちなく、まるで錆付いたロボットの様に微かに動いた。意識があったというよりは、本能に近かった。 「ん?」 「それ、」 「ああ」 真っ白な、綺麗な綺麗なドレス。 「・・・ダレの?」 その美しさとは真逆に、アオイの心が汚い色に染まった。いや、きっとそれは汚くは無いのだ。本当はそれこそ、純粋な色。 そして、もう一つの想い。 心臓が、イタイ。 「アオイ?」 少し驚いたデュークの顔に、アオイは見開いた瞳を向けた。 「ダレノ?」 その顔色は、あまりにも白かった。 「アオイのだ。これは――――――」 「ミドリさんは、着た?」 「え!?」 きっと、普通じゃあ言葉に出来なったその想い。けれど、幸いなのかどうなのか今は寝起きで、頭が完全には回っていなかったから、脳が制止するまえに本能が口にしてしまった。 だって、聞かずにはいられなかった。 確かに、変わりでもいいと思ったこともあったのに、今は変わりなんかじゃ嫌だと思っているから。絶対に嫌だと心が喚き散らしている。それが傲慢だと、我がままだと、身の程知らずだと罵られようとも止められない。 ボクナンカガ、そう思うのに。 汚くないって。 好きだって言ってくれたから。 「ミドリさんに、着せたかった?」 僕だけの。 僕だけを。 そう、望んでしまう。 「アオイ」 「本当は、僕じゃなくて・・・・・・っ!!!」 恐い。 だって、不安で不安で。 不安で―――――――――― あの日みたいに、全てが崩れ去る日が来るのが恐い。 何もかもが―――・・・・・・・・・・・・ 「アオイ!!」 零れ落ちた涙がシーツを濡らす前に、デュークの腕がアオイを抱きしめたから零れ落ちた涙は、デュークの肩口を濡らした。 デュークはぎゅっとアオイを抱え込んで、優しく囁いた。 「アオイ?これは、アオイだけのものだ。ヒデローとケイトとトウヤが俺たちを待っている間に、用意してくれていたんだ」 「――――」 「アオイが帰ってきたらって計画を立てて」 アオイの開いた口から、微かに息が漏れた。 「今日は、3組の合同結婚式なんだって」 「・・・ごーどー?」 「ああ。残念ながら牧師はいないから、ヒデローがやってくれるらしいが」 「・・・うん」 「俺はそれでいいと思ってる。牧師の前で誓うより、みんなの前で誓いたいんだ」 ―――――誓う・・・? 「わかるか?」 「うん・・・」 アオイの自信無げな声を聞いてデュークは一層アオイを抱きしめた。 「嫌か?これを着て俺と結婚するのは、嫌か?」 「・・・っ」 「俺と一緒だって事、みんなのまで誓うのは嫌か?」 ふっとアオイが小さく息を飲み込んで、賢明に頭を横に振った。嫌じゃない、嫌なんかであるはずがない。好きだった。ずっとずっとアオイはデュークが好きだったんだから。 でも、本当にそんな事をしていいのかどうか、わからない。 デュークは本当にそれでいいのか。 自分にそんな資格があるのかどうかさえも。 だって未来さえも、見えないのに。 けれど。 「良かった」 ホッとした様なデュークの声が耳に心地良く響いた。背中をさする、大きな手のひらも。だから不安も何もかもに口をつぐんで、ずるくても、このままここにいたいと思ってしまう。 そんなアオイにデュークは優しい瞳を向けてそっとアオイの身体を起こして瞳を合わせた。 「アオイ」 「・・・っに?」 「―――――ミドリの事、だけどな」 アオイのヒクっと身体が揺れて、心臓がバクっと跳ねた。思わず離れようとした身体は、デュークの強い腕の阻まれて叶わない。 聞きたくないという想いと、聞きたいという想いが交差した。 「確かに俺は、ミドリを愛してる。今だって、別に嫌いになったわけじゃないし、やっぱり愛してるんだと思う」 「――――っ」 「でもな、――――もう、ここにアイツはいない。死んでしまった。抱きしめる事も、愛してると囁く事も、些細な事で喧嘩することも、くだらない事で笑いあう事も出来ないんだ」 「――――、・・・」 「長い間それが俺を苦しめていた。守れなかったっていう、悔いもあったからな。けど、今はそれを整理して、思い出にする事が出来た。それを、薄情だといわれるならそれも仕方が無い。その言葉を俺は甘んじて受けようと思う。だが、俺は生きてる。生きて、今ここにいるんだ」 「・・・うん」 「生きて、前を向いて生きていこう」 「――――ん・・・」 「そう、思えたのは、アオイのおかげだ。アオイに出会って、俺の新しい扉が開いた。――――過去を消す事は出来ない。過去があるから、今俺はここにこうしているんだから。だから、それはどうしようもないけれど、俺は未来をアオイとずっといたい。今度こそ、生きるときも死ぬときも、一緒でいたいんだ」 「うんっ」 縋りついたアオイの腕は、細かったけれど力強かった。それだけ、アオイの気持ちがデュークには痛いほど伝わった。 アオイがまだどれほど不安なのかも、わかった。その肩に、その背中にどれだけの不安を孤独を抱えているかも。 ―――――守ってみせる。 何に変えても、守り抜いて幸せにしてみせる。今更なのに恥ずかしくて口に出せないその言葉をデュークは心の中で誓って、アオイの身体を力強くぎゅっと抱きしめた。 |