海の上の籠の中で 後編18








「ふぇ・・・っ」
 アオイは声を殺そうと唇を噛み締めて、指を滑らせていたシーツをぎゅっと握り締めた。ゆっくり身体を辿って行くデュークの指先に、身体がビクっと震えてしまう。
 なんだろう、わからないけれど久々の感覚に身体も思考もついていけそうになくなっていた。心臓がドクドク鳴っているのが自分でもわかる。
 恥ずかしくてシーツに包まっているアオイには、中に潜っているデュークの姿は見えない。ただ、肌に感じる息遣いと、触れる指先。それだけしか分からないから神経の全てがそこに集中してしまう。
 その、デュークの手が、膝にかかってそっと立てられた。
「――――っ」
 一瞬、ヒクっとアオイの喉が鳴った。
「あ・・・っ」
 デュークの指がアオイの少し小さめのそれにかかり、ゆっくり摩られる。まるでなんだか、壊れ物でも扱うようにそっと触れて、包み込まれて。じわじわと快感を感じさせられる。そのあまりに優しい愛撫は初めてで、今まで知らなかった様に弄られる感覚に心がついていけなくて溺れそうになる。
 ―――――そんなの知らない。
 こんなの、知らない。
 デュークの指先の動きに痛いほど気持ち良くなって、喉から勝手に声がせり上がってくる。チュっと腹にキスされて、胸にもキスされながら弄られて、もうなんだか全然我慢出来そうに無かった。
 まるで、溶けていくような、快感。
 アオイは瞳をぎゅっと閉じて、救いを求めるように名を呼んだ。
 その刹那。
 反射的に、イっちゃいけないと思った。
 それは、長い間に刷り込まされた―――――――習性。
「デュー、クッ」
 勝手にイクと、怒られる。悪い子だって、ぶたれるの。だから―――――――――
 もう、触らないで。
「デュークっ」
 そんな風に弄られたら、もうイキそうで、止められない!
 お願い。止めて。
 もう、触らないで。
 やめて。
 やめてっ。
「ふっ・・・、ぁあ・・・っ」
 恐い。
 やめて。
 嫌だ。
 痛い。
 叩かないで。
 嫌だ。
 ごめんなさい。
 もうしないから。
 ぶたないで!!
 イヤだ!!
 ごめんなさい――――――
「――――!!」
 声にならない、悲鳴。
 ―――――ダメっ!!!
「アオイ!?」
 アオイの、想像もしていなかった悲痛な声にデュークが慌ててシーツから顔を出して、アオイの顔を覗き込んだ。てっきり、気持ちよく感じてくれていると思ったのに、その顔はそんな甘い顔じゃなくて。
 まるで恐怖におびえおののく子供の、それ。
「どうした!?」
 そっと頬を挟んで、瞳を合わせた。
「―――あ・・・・・・」
 ―――――・・・・・・違う。
 見開いた瞳の先にあるのは、あの人の顔なんかじゃない。
 そうだ。
 なんで。
「ごめ、・・・さい・・・」
 デュークの、顔、なのに。
 デューク、なのに。
「ごめ・・・っ」
 ああ、僕は今、どうしたの!?
 僕は、今、何を!?
 アオイの見開かれた瞳は、驚きと動揺に大きく揺れた。
 自分自身にショックを受けて、アオイは思わず自分を抱きしめて肩に爪を立てた。もう、引き裂いてしまいたい、自分なんて。
 愚かな。
 愛した人に、抱かれていたのに。
 僕は。
 僕は。
 僕は――――――!!
 僕は――――――――――!!!!
「アオイっ」
 その手を、慌ててデュークが引き剥がして、くっきり爪の跡の残った肩にキスをした。
 そして、傷をいたわる様に舌を這わした。とても、丹念に。
「バカ。こんな事、2度とするな」
 幸い血が滲む手前だったそれに、デュークはほっと息を吐き出してアオイに軽く怒ってる口調で言った。腹の中では、アオイの心に傷を作った男に対して腸は煮えくり返ってきたけれど。
 切なさに、歯噛みしていたけれど。
「―――っ」
「どうした?嫌だったか?ん?」
 アオイには何も怒ってないよって顔で、優しく囁いた。まるで、睦言を囁く様に。小さな子供を、あやすように。
「ちが・・・っ」
「うん」
 愛してると、どれだけ言えば伝わるんだろう。
「イキそうで、だから」
 どうすれば、悲しい涙を止められる?
「だったらイケばいい。その為にしてるんだから。俺は、アオイが気持ち良さそうにイってる所が見たいんだぞ」
 デュークの言葉に、アオイ驚いた様にきょとんと瞳を丸めた。
「そー、なの?」
「ああ。これでイカない方が、俺としてはショックだ」
「怒らない?」
「何を怒るんだ」
「・・・・・・」
 困惑顔のアオイに、デュークはくすっと笑ってキスをした。そしてそのまま下へと手を伸ばして、アオイのものを扱き出した。
「あぁっ」
 切ない声に、またキスをする。
「ふっ、あ・・・ぁぁ」
 きゅっと肩をつかまれて、その強さが心地良かった。顔が見えないからいけなかった。今傍にいて、気持ちよくさせているのは誰か、視覚的にわからせていなければ。
「デューク」
 そして、感じている顔を存分に見たい。
「気持ち良さそうだな」
 クスっと笑うと、アオイの顔が朱に染まっていく。
「もっと、感じて」
「あぁ!!」
 愛しているのは、誰か。
 こんな顔をさせているのは、誰か。
 ―――――アオイ・・・・・・
「あぁ、ダメっ・・・ぅ・・・」
「イっていいよ」
 デュークはそう囁いて、アオイを絶頂へと導いた。
「ああぁっ!!!」
 ビクっとアオイの身体が跳ねて、手の中に生暖かいそれを感じた。ふふっと笑ってアオイを見ると、アオイは快感に顔を赤らめながらもまだ少しおどおどした視線をデュークに向けていた。
「気持ちよかった?」
「ん・・・」
「それは良かった」
 デュークはおどけた様に言いながら、指をそっと奥に這わせた。
 そこからはアオイにはもう僅かばかり、断片の様な記憶しかない。優しいけれど、逃げることの出来ない愛撫に翻弄されて、甘い声を上げたのは憶えている。
 こんな事は言いたくないけれど、抱かれるのは決して初めてではなかったのに。
 久しぶりの挿入はやはり違和感を伴っていたけれど、幼い日々より慣らされてきた身体はすぐに馴染んだ。そんな身体に本当は少し吐き気を覚えたけれど、耳元で"愛してる"そう囁かれるたびに何かが壊れて、もっと別の泣きそうなほど甘く切なく、どうしようもないほどの何かが流れ込んで来て埋め尽くされた。
「デューク」
 そう言う度に、大丈夫だよとでも言うように抱きしめられていつしか不安も恐さも、自分への言いがたい嫌悪感も消え去って、デュークが入ってきた時はもう快感だけで頭が埋め尽くされていた。
「デューク」
 圧倒的な快感の並に、うわごとの様に名前を呼んだ。
 中が熱くて、その熱に身体が溶けてしまうんじゃないかと本気で思った。
「好き、好きだよーっ」
 切なくて嬉しくて、感じすぎている身体が恐くてそう叫んだら、デュークが中でドクンって脈打って大きくなったのを感じた。それが、感じてるのが自分だけじゃないんだって分かって、嬉しかった。
 感じて良いんだって思えて嬉しくなって笑ったら、その後直ぐに、嵐の様にキスの雨が降り注いで、俺も愛してると強い声で言われた。その揺ぎ無さが嬉しくて、やっぱりまた涙がこぼれて折角のデュークの顔が、ぼやけてよく見えなかった。
 何度イったのか、デュークが何度イったのか、もう全然わからなくなって。
 ただ、身体の中にあるその熱だけが、確かな想いだった。それだけを感じていた。
 そして最後、何度目かの絶頂の後、落ちて行く意識が踏みとどまる事が出来なくて遠のいていく寸前、耳元で愛してると囁かれた、それだけははっきりと憶えている。
 僕も、と答えられたかどうかは定かではないのだけれど。




・・・・・




 いつも、朝目覚めるのが嫌だった。このまま眠りについて、別の世界にいけたらいいと何度も思った。とくに、抱かれた翌日は消え入りたいくらいに嫌で、自分を壊してしまいたいくらいに嫌で、どうしてこのまま空気に溶けて消えてしまえないのかと思った。
 それのに。
「おはよ」
「はよ・・・」
 今朝はちょっと照れくさくてなんだか目が醒めて困った。でも、全然嫌じゃなかった。優しく髪を梳かれて、その感触に目が醒めて、瞼を開ければ笑っているデュークの顔があったのだ。
 それがどれくらい幸せな事なのか、初めて知った。
 好きな人のするってどういう事なのか、初めて知った。
「今、何時?」
 デュークに見つめられる視線が照れくさくて、アオイは差し込む日差しに目を逸らして尋ねた。
「んー、たぶん昼ごろだな」
「昼!?」
「ああ」
 デュークはくすくす笑って、アオイの髪をもてあそぶ。
「それって、凄い寝坊じゃない?」
「だな」
「大丈夫、なの?」
 全然慌てる様子のないデュークに、アオイは少し不安そうに上目遣いで視線を向けた。いつもなら、誰かが怒って起こしにくるはずだから。
 だけど。
「大丈夫だろう」
「そう?」
「ああ。たぶん―――――誰も起きて無いんじゃないか?」
「え!?なんで?」
 確かにそう言われれば、ちょっと静かな気がする。誰の足音も、大きな声も、何も聞こえない。まるで、二人っきりで船に揺られている様な気にさえなるほど。
「デューク?」
 くすくす笑いっぱなしのデュークに、アオイが焦れて声を掛けてその手を催促するように引っ張った。
 すると、素早く手を取られて指を絡められた。
「みんな、俺達と同じだからさ」
「同じ?」
 絡め取った手を、デュークは自分の方へ引き寄せた。
「昨日は、寝るのが遅かったって事」
「え?それ・・・、あっ!!!」
 デュークの言葉の意味を悟ったアオイの顔が、一瞬にして火が付いた。
 そして恥ずかしくて、思わず布団の中に潜り込んだのだった。

 幸せすぎて。
 やっぱりちょっと抱かれた翌朝は困る、そう思った。










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