海の上の籠の中で 後編24





 翌日、昼過ぎから甲板ではリズム感の悪い剣の音が響いていた。カンと小気味よく鳴ったりするよりも、ガツっと鈍い音やドテっとした重い音も響きが多くて海鳥が呆れ顔で去っていった。
「アオイ・・・もっと足で踏ん張らないと」
「ん」
「"はい"」
「あ、はい」
 ケイトに怒られて、しゅんとした顔をアオイは向ける。しかしケイトがそれで優しくなるはずも無い。ドテっと尻餅をついた格好を見下ろしながら目を吊り上げた。
「さっさと立つ!!」
「はいっ」
 落とされた雷にようやくアオイがシャキっと立ち上がった。その横には、どうやら休憩中のナナの姿もあった。
「アオイ、がんばって」
「うん」
「行くぞ!!」
 言うが早いかケイトは再び剣先を突き出した。
 今、ナナとアオイはケイトに剣の稽古をつけてもらっているのだ。言い出したのは、なんとアオイ。そのわりには腰の入らないヘタレっぷりだが、それでも気持ちはあるらしい。
 外海ではどんな事が待っているかわからないし、せめて少しくらいは自分の身は自分で守れるようになりたい、ならなきゃいけない、アオイはそう思った。だから朝の食事の席でアオイ自身が言い出したのだ。それにナナは自分も一緒にと言い出して、ケイトやミヤ、ヒデローにトウヤも良い考えだと賛同したが、デュークだけは何故か少し渋い顔をしていた。
 だからといって、おおっぴらに反論もしなかったが。
 アオイはあえてその顔を無視して、ケイトは後で問いただすかと思っていた。もしかしたら今この時、ヒデローが問いただしているかもしれないが。
「踏ん張れ」
 カン!!と剣を弾かれてよろめくアオイにケイトの厳しい声が飛ぶ。なんとか踏み留まろうとするアオイにさらに剣を向けた。
「遅い!そんな事ではすぐに八つ裂きだぞ」
「うわぁっ」
「もっと軽やかに動け」
「ひゃっ」
「リズムを感じて」
 次々繰り出される剣にアオイはなんとか身体をよじって逃げる。その足取りはまるでダンスのステップを踏むように動く。
 どうやら逃げる技はだいぶ身に付いたらしい。しかし――――――ガツっと音がして。
「あ・・・」
 壁際に追い込まれて、ケイトの剣が壁を刺した。逃げ場はもう無い。船の上は、無限に広がる台地の上とは違う。
「逃げ足はだいぶ素早くなったが、ただ後ろに逃げるだけじゃダメだ。左右に逃れたり回り込んだりしなければ」
「――――あぁ・・・」
「第一逃げてるだけじゃあ、どうにもならないぞ」
「はぁい」
 見ていて面白くなるくらい落ち込んだアオイに、ケイトはしょうがないとこっそり息を吐いた。
「ともあれ、始めたばかりだ。少しずつ上達すればいいさ」
「うんっ」
「"はい"!!」
 ちょっとフォローされて機嫌を直してるアオイに、再びケイトの落とした雷が鳴り響く。そんな恐い旦那を見ても気持ちは変わらないのか、ナナはクスクスと穏やかな笑みを浮かべていた。
「まぁ、今日はこんなところだろう」
 ケイトの言葉にあからさまにホッとした様子のアオイに、ケイトは渋い顔を隠そうともしなかった。が、小言は言ってもしょうがない。アオイから剣を習いたいと言っただけでも上出来だと、自分を納得させた。
「お疲れ様」
 そんな内心をわかってるようなナナは笑顔でタオルを差し出した。
「ああ、ありがとう」
「ううん」
「アオイ、後でもう1回軽くストレッチしておけよ」
「はーい」
 アオイが気楽な返事をけした時、その身体がブルっと不意に震えた。
「どうした!?」
 ケイトの心配そうな驚いた声に、アオイはゆっくり首をめぐらした。
「あ・・・ううん」
 ―――――なんだろ、・・・今の・・・
 アオイもわけがわからず小首を傾げた。
「汗が冷えたんじゃない?」
 ―――――なんか、・・・ゾクって・・・・・・
「そうかも。着替えてくる」
 ナナの言葉に肩を竦めて、アオイは踵を返した。けれどそのアオイの視線がどこか定まらずぎ、こちなかったのをケイトは見逃さなかった。
「大丈夫かしら?風邪とかひかないといいけど」
 心配そうに言うナナにケイトは上の空の返事をしながら、その視線を海上へと向けた。その視線は、ナナでさえ言葉を失うほどの張り詰めたものだった。




・・・・・・・




「寝られないのか?」
「っ、あ・・・ごめん。起こした?」
 何度目だろうか、わからないくらい寝返りを打ったアオイに当然の様にデュークの声がかかった。腕の中で、少しもじっと出来ない様子では、起こしたも何もない物だと思うが。
「いや。どうした?」
 デュークはそう言うと、今は背を向けている格好のアオイは後ろから包み込んで頭に顎を乗せた。
「んー、なんか・・・、寝れなくて」
「剣の稽古で疲れてないのか?」
「疲れてる・・・んだけど」
 トクンとアオイの心臓が鳴ったのを身体で感じた。
 その時の様子はケイトからデュークに当然話がいっている。どうやらケイトの予感は当たっているのかもしれない。
「疲れすぎると気が立って寝れない事もあるからなぁ」
「そーなの?」
 腕の中でアオイがみじろいで、後ろのデュークに視線を向けた。
「ああ。興奮してるんだろ?身体が」
 にやりと笑って言うと、アオイが一瞬の間の後責めるような視線を向けてきた。言い方がどうもなんというか、という事らしい。
「なんだ?」
「別にっ」
「そうか?――――こういう時はどうすればいいか知ってるか?」
「どうするの?」
「もっと興奮するんだ」
 デュークはそういうと、アオイの唇を塞いだ。くちゅっと濡れた音がして、舌を絡ませる濃厚なキス。
「発言が、おやじっぽい」
 照れ隠しに言う口を、お仕置きとばかりにもう1度塞いだ。
 いつの間にか向かい合って、アオイの手がデュークの腕に絡んでいた。
「明日も剣の稽古はあるからな、早く寝ないと」
 クスリと深い笑みを浮かべて、鼻がくっつく距離でデュークが言う。
「明日も?」
「もちろん。外海は近いんだ。そうのんびりとはしてられないぞ」
「本当?」
「ああ」
 デュークはゆっくりとアオイの内腿に手を這わせ、足を開かせていく。アオイももちろん抵抗しようとはしなかった。
 何も考えられなくなるほどの熱を欲しているのはむしろ、アオイのほうなのだ。
 服もするりと脱がされて露になった肩に、デュークの吐息がかかった。
「外海は、すぐそこだ」
 デュークの声に、アオイの肩からふっと力が抜けて身体がゆっくりと開いていった。そのままベッドに身を沈めた。
 後は、デュークの腕の中でただ、溺れた。













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