海の上の籠の中で 後編26





「ナナ!!」
 ナナが扉を開けると、直ぐにアオイが声を上げた。どうやら扉をじっと見つめていたらしい。
「大丈夫!?」
「ええ、大丈夫よ?何心配してるの?」
 ナナは努めて明るく言って、アオイの隣に腰掛けた。ベッドは失礼にも、キシっと音をたてる。
「デュークは!?」
 ―――――どうして帰って来ない!?
 アオイは思わず切羽詰った様子で、ナナの腕にしがみ付いた。その手を震えて、その脳裏には最悪の状況が想像されていた。
 あの人がそこにいて。
 今にも扉を開けて、―――――――入ってくる・・・・・・・・・・・・
「上よ。アオイ、大丈夫」
 そう言われて、それをそのまま安心出来るはずが無い。
 むしろその、子供を宥めるような口調がアオイの神経を逆撫でした。
「じゃあなんでそんなの持ってんの!?」
 アオイは叫ぶようにそう言って、傍らにある小剣を指差した。
「あ・・・、これ?これは、アオイに襲われた時用に」
 ふふっと笑って冗談にしようとしたナナの計画は、申し訳ないがこの場には通じなかった様だ。
「ふざけないで!!あの人、あの人がいるんだろ!?」
 アオイはそう言うと咄嗟にその小剣を掴んで、部屋を飛び出そうとした。その身体を慌ててナナが止める。
「待って!!アオイ、落ち着いて!!」
「うるさいっ」
「アオイ!!
「離せっ!!」
 行こうとするアオイをナナが無理矢理止めようと揉み合って、二人して床に派手に倒れこんでしまった。
「ダメ、――――きゃぁっ!!」
「うわぁっ!!」
 ゴツン!!と大きな音とドテという鈍い音がする。
「痛ぁ」
 顔をしかめたアオイに覆いかぶさるようになっているナナは、これ幸いと上から押さえつけてアオイの顔を見た。
「落ち着いて」
「――――」
「いい?まだどうなってるのかわからないの。私も知らない。とりあえずアオイと一緒にいてくれって言われたから来たの」
「あの人が来たんだ」
「そうかもしれない」
「―――――っ!!」
「違うかもしれない。それは私は知らないわ。でも、今アオイが外に行ってどうなるの!?」
 強い口調でそう言われて、アオイは思わずグッと言葉に詰まった。
「デュークはここで待てって言ったの。なら、そうするしかないでしょう!?」
 ナナの強い言葉に、アオイは怯むように押し黙って小さく頷いた。
 ――――――確かに・・・、僕が行っても仕方が無い・・・か。
 アオイは力が抜けた様にベッドに再び腰を下ろした。その横に、ナナも座ってアオイの肩を励ますように抱いた。


 その頃上では、4人が明かりの無い操舵室中で顔を見合わせていた。
「とりあえず、船内全ての明かりは消してきました」
「わかった」
「帆、張ってるんですかっ?」
「ああ」
 トウヤの驚いた声に、デュークの堅い声が返って来た。
 辺りは明かり一つ無い暗闇。幸いなのかどうなのか、今夜は月さえも雲が厚く覆い隠して、月明かりも灯らないのだ。
「進めるんですか?」
「ケイトの操縦士としての腕を信じている。それに、条件は向こうも同じはずだ」
「・・・一体どうやって進んでいるんだか」
 それは両目と、託された海図と波の動きからぎりぎり感じ取れる全てを傾けて操縦していた。幸いなのは、岩場のピークは抜けていた事だろうか。
 4人はじっと甲板の上から四方に目を凝らしていた。小さな灯り一つどころか、海面に浮かぶ魚の影さえも見落とさないぞという気持ちで。
 どれくらいの時間が過ぎただろうか。船は小刻みに左右に揺れ、海の慣れた彼らはまだしも部屋でじっとしている二人は少々船酔い気分に陥りそうになった頃、東の空がうっすらと明るくなりだした。
「デュークっ」
 その時、右側を見ていたヒデローが声を上げた。
「なんだ?」
「あれだ」
 ヒデローの指差す方向に、うっすらではあるが船の陰が浮かび上がった。しかしそれは真横ではなく、右後方。
「帆を張ったおかげでだいぶ引き離せたな」
「ああ」
 しかし、本気で追ってくる気があるのか。デュークは内心首を傾げた。
「頭!!」
 今度は後方を見ていたトウヤの声が聞こえた。行ってみると、後方やや左よりに2艘の船が見えた。
「3艘もいたのか」
「これっていわゆる、待ち伏せだよな?」
 やってきたヒデローが呟いた。それにデュークは無言で、海原と小さくなっていく船を見つめていた。
 そこへミヤが走ってやってきた。
「もう港に着くそうです」
 ケイトからの伝言なのだろう。その声に、デュークの顔が険しくなった。
「どうする?」
「ケイトも、どうするか聞いて来いって。――――どうするって、寄港するんですよね?」
 デュークは前を見据えたまま、じっとしていた。
 ここでの待ち伏せがどんな意味を持つのか。
 3艘。その数に意味はあるのか。
第一待ち伏せしていたということは、こちらの行動を読まれているという事に他ならないのだ。
「トウヤ、――――食糧はあとどれくらい持つ?」
「3,4日です」
「3,4日・・・」
「水は、残り僅かです。せめてそれだけでも積みませんと」
「頭!?」
 弾薬などは使っていないので、十分の量があるのはわかっている。しかし食糧はもっと必須だ。それは分かっているが。
「このまま寄港しないで外海に出る」
 一瞬誰もが、息を止めた。
「え――――」
「頭!?マジっすか!?そんなの」
「ミヤ」
「――――っ」
 ヒデローの抑えた声に、ミヤの開いた口がそのまま固まった。そして、ゆっくり視線がそちらを向く。
「頭の決定は、絶対だ。俺達はそれに従う。ケイトに報告して来い」
「でもっ、水も無いって!!」
「ミヤ!!」
 それは滅多に拝めない、ヒデローの厳しい顔だった。有無を言わさない、男の顔。それに流石にミヤも口を噤まざるをえない。
 けれど、ミヤの心配は最もで、それはヒデローも十二分にわかっていた。
 ミヤは不服そうな顔つきのまま踵を返し、ケイトにその旨を報告した。その時、再度文句を言おうと口を開いたのだが、今度はケイトの厳しい横顔にまたも口を噤まずにはいられなかった。
 ケイトもまた、デュークの決定は予想範囲内だった。
 このまま予定通り寄港すれば、一体何が待っているのか。
 しかし、この情報収集能力と船を3艘待ち伏せさせられる実力に、危機感は募る。ケイトは寄港する方向へ切っていた舵をゆっくりと戻して、直進への道を選んだ。
 目指すは、港から少し先にある海峡。
 荒々しく打ち付ける波間にある、細い海峡は、そこをくぐる事無く船を大破させるものもいるという場所。全神経を集中させなければならない。
 夜から神経を張り詰めているケイトにとって、それはかなり困難で多大なる疲労を伴うものだったが、やるしかない。出来なければ、それで終わる。
 夢も。
 希望も、未来も。
 まさに、一瞬にして終わる。
 甲板には、真っ直ぐ前を見据えるデュークの姿があった。
 ダール爺さんの海図が正しければ、海峡を乗り越え数日我慢すれば、港があるはずだ。そこまで持ちこたえられるかはギリギリ。
 もし、港が無かったら―――――――――
 しかしそれでも、行かなければならない。
 日が少しずつ天に近づき波が徐々に荒くなっていくのを感じる。
 海峡まではもう少し。
 急がなければ夜になってしまう。
 誰もが不安をかかえ、前を見据え、手を握り合ってただ祈っていた、その時だった。

 デューク達の乗る海賊船に向かって、1艘の船が全速力で近づいてきた。











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