海の上の籠の中で 後編27





「戦闘の準備をしろ!!ヒデロー、俺の部屋に二人がいる。下へ連れて行け。トウヤ、後ろにはいないか!?」
「了解頭」
「わかった。すぐ戻る」
「後ろには、何の影もありません!!」
 甲板の上は、一気に騒騒しくなった。
 望遠鏡で覗くまでも無く、肉眼でも船を捉えることが出来る。そして、はためく海賊旗。
 デュークの歯が、ギリっと鳴った。
 ――――――ここで、会うとはな・・・・・・
 昨夜の3艘の船と無関係という事はないだろう。しかし、今のところ見渡す限り他の船の姿は無い。どうにも状況が飲み込めないが、出来れば逃げ切りたい。
 が―――――――
「ケイト!どうだ?」
「無理です。追いつかれます」
 風、か。
 風が、デューク達にとって不利に吹いていた。
 デュークはじっと動かず、海賊船を見据えていた。きっとあの甲板にも、こちらをじっと見据えている男がいるはずだ。
 あの船の頭、クリフ。
 かつて、ダール爺の片腕になるに違いないと言われた男。そして、船から放りだされた男。
 その男の姿を。
 デュークの瞳が捉えた。





「やつらは、追いつくのか?」
 昼の日差しを遮るように厚いカーテンを引かれた部屋で、一人の男の声がした。陰の所為で顔ははっきりとは見ることが出来ないが、深い影がこけた頬を強調していた。手入れされた口髭が、男の地位を表しているようだ。
 その男はよく見ると、車椅子に座っていた。
 傍らには、初老の男性。
「大丈夫でしょう。そのために船の改造費まで出したのです」
「しかし、あれに傷をつけたりしないだろうな」
「そんな事になったら、海軍が彼らを捉えます。彼らもそれは十分い承知しているのですから、ご安心ください」
 イライラとした気持ちを隠しもし無い男に、初老の男性は宥めるように声をかける。
「しかし―――っ、ゴホッゴホッ」
「ご主人様っ」
 咳き込んだ男に、初老の男性は思わず方膝を付く。その顔は、心配と悲しさに満ちていた。
「もうベッドへ。―――――― 一眠りもすれば・・・」
「そうだな・・・」
「はい」
 初老の男性がうやうやしく頷くのを見て、車椅子の男も満足気に小さく頷いた。そうして彼らは、陰の一層濃い方へと姿を消していった。





「海賊!?」
 ナナが驚きの声を上げた。二人もまたまんじりともせず夜明けを迎えていたのだ。
「そうだ。しかも、相当ヤバイ相手だ」
「強いってこと!?」
 アオイの顔がサっと青ざめて思わずヒデローの服を掴んだ。
「強いってのもそうだが、ちょっと因縁ありでな。キレてれば、何をしてくるかわからねぇ」
「そんなっ!!」
 ナナも息を飲んだ。しかし、声を荒げたりはしなかった。気丈にも、青い顔をしながらも、静かに頷くだけだった。
「さぁ、早く下へ」
「デュークは!?」
「甲板だ。アオイ、今はダメだ」
 一目デュークに会って、そう思ったアオイの気持ちはヒデローにはお見通しだったらしい。
「今は目の前の敵に集中している。わかるだろう?」
「――――うん」
「いい子だ。――――ナナ」
「はい」
 消沈しているアオイの肩を抱いて、ナナは立ち上がった。そして、やはり護身用の小剣を手に階下へと向かう。
 階段を半分くらい下りたところで、ナナは振り返った。
 ヒデローと目が合う。
「無事で」
 ヒデローは、不敵に笑って頷いた。
 その顔があまりに彼らしくて、ナナはつられる様に微かに笑った。それは、ぎこちなく頬も引き攣っていたけれど、でも笑えた事でどこかほっとした。
 ナナはそのまま足早に階下まで降りて、食糧庫に入って中から扉を閉めた。それを確認したヒデローも、はめ扉をきっちり閉めた。
 もう、そこには階段の面影は消え、ただ廊下の壁になった。
 そして甲板へと向かった。
 しかし外へは飛び出さずに、入り口から外の気配を窺うとデュークの声が聞こえてきた。
「まさか、ここで会うとはな」
「ふん、ここで待っていれば会えると思ってたからなぁ。待ってたぜ?」
「待ち伏せされるんなら、もっと他の相手が良かったな、お前では、色気も何も無い」
「それはこっちの台詞だ。―――――なぁデューク、前ら何したんだ?」
 ヒデローが扉の隙間から外を垣間見るが、相手の顔は残念ながら見えなかった。しかし、どうやら笑ってるらしい。
「どういう意味だ?」
「しらばっくれんなよ。海軍に追われてるくせに」
 ―――――なに!?・・・海軍だと?
 ヒデローの顔に、動揺の色が走った。
「海賊なんだから、海軍が追いかけてきて何がおかしい?」
 しかしデュークの声には動揺の欠片もみられない。
「あくまでもしらばっくれる気ならそれでもいいさ。どうせそのうちわかる事だ」
「―――――」
「なぁ?」
「―――――」
 沈黙が流れた。
 その空気にヒデローの背中には嫌な汗ガ流れたが、相手は随分といきり立っているらしい。
「おいっ、てめぇ」
「で、言いたい事はそれだけか?」
 ダン!!と大きな音がした。
「ふざけやがって!!んな余裕ぶってられんのもいまのうちだ!!」
 ―――――煽ってんじゃねぇよ、デューク!!
「お前の目の前で、"ユーリ"って餓鬼を犯してやるっ!!野郎ども、行けー!!!」
 もしヒデローが甲板にいたら、きっとその時のデュークの顔を一生忘れる事は出来なかっただろう。
 その瞬間、それほどの狂気に満ちていた。
 わぁ――――!!という大きな声とともに、船が揺れた。
 砲台を使うには互いに距離が近すぎる。相手方が船に乗り移ってきたのだろう。ヒデローは、思いっきり扉を開けた。
 そこは、すでに戦場と化していく様相だった。
「――――フッ」
 不敵な笑みが洩れた。
 今の台詞が、怒髪天に来たのはなにもデュークだけではなかったのだ。
「おりゃぁ!!」
 ヒデローの剣が、目の前の男を切り裂いて、返す刀でもう一人。三人、四人と切りつけていく。その視界の向こうに、デュークの姿があった。
「どうした?かかって来いよ」
 何故かぽっかりあいている、デュークの周り。そのデュークの視線は、クリフを捕らえて離さなかった。
 無謀にも一人の男が、デュークの背後から襲いかかる。その男を一瞬で甲板に静めて振り返ると、そのまま流れるような剣さばきで、襲い掛かってきたクリフを切りつけた。
「――――っ!!」
 一瞬早く飛びのいたクリフの服が、切り裂かれた。
 体勢が整うのを待たずに、デュークが襲い掛かる。その踏み込みの鋭さに、グリフはたちまち防戦一方になった。
 別に、グリフが弱いわけではない。
 ただ彼は、言ってはならない言葉を口にしただけ。その段階で、勝敗は喫していたのだ。
 そうでなければもっと、互角の戦いが出来ただろうが。
「うぉっ」
 寸で逃げ切るには限界がある。
 追い込まれて、グリフは無我で剣を繰り出した。その剣をデュークが弾いて―――――――
 鮮血が、飛んだ。
 決着は、いとも簡単についてしまった。
 驚くほどあっけなく。
「―――――な、ぜ・・・・・・」
 グリフの口から血が吐かれ、そのまま海へと落ちていった。
 彼はもう、その理由を知る事は無い、永遠に。
「頭!!」
「頭っ」
「剣を引け!!勝敗は付いた!!!」
 デュークの怒号と、目の前の現実にグリフの船の者たちは次々と剣を投げて、その場に座り込んだ。
 甲板を見渡しても、その勝敗は非を見るより明らかだったのだ。
 上から矢を飛ばしていたミヤが軽やかに甲板に降り立ち、投降した僅かな生き残りに縄をかけた。そして、死体を海へ流そうとしていたときだった。
「デューク!!」
 ケイトの声に顔を上げ、指差すほうを見ると。
「おいおい」
 ヒデローの口からも、呆れ声が漏れた。
 それは、昨日振り切った3艘の船だったのだ。
 ぐんぐんとスピードを上げて、差し迫ってくる。逃げ切れないのは、明らかだった。

 こちらは完全に止まってしまっているのだ。












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