海の上の籠の中で 後編28





「なんだ、あいつらは?」
 デュークの声に、ケイトが横目で捕らえられた者達を見ると、彼らは明らかに動揺の色を浮かべていた。
「何を知ってる?」
 静かな語り口だった。それに答えていればいいものを、彼らは視線を泳がせながらも口を割ろうとはしない。
「ひぃっ!!」
 音も無くケイトの剣先が、一人の男の喉元に突きつけられた。
「さっさと言え。こっちはそんなに気長じゃない」
「――――っ!!」
 黙っていると、剣先が喉を突いて血が滲んだ。無抵抗の捕虜に対してのこの行為を、残念ながらデューク達は止めようとは思わなかった。
 3艘の船はどんどん近づいてくる。
 ケイトは無言で剣を突き立てた。
「――――わ、分かった!!言うっ」
 矢面に立たされた男がすぐに根を上げた。それも仕方が無いか、血が首から伝い落ちていた。
「早く言え」
「あ、あいつらだっ。あいつらが俺達にお前らの情報を持って来たんだっ!」
「おいっ、――――!」
 隣で止めようとする男に、今度はミヤの矢が狙いを定める。
「ぅ・・・」
「それで?」
「お前達を襲えって。でも、中に乗ってるユリアスって餓鬼には指一本触れるなって事だった。それ以外はどうしてもいいって」
「あいつらは、何者だ?」
「詳しくは知らねぇ」
「―――――」
「本当だ!!」
 さらに突きつけられた剣先に、男は悲鳴に様な声を上げた。
「ただ、なんか随分えらいさんらしい。名前も知らねぇが、爺さんが"アイディーニ様"って呼んでるのを1回だけ聞いた事がある。あの船の乗ってるのも、海軍のやつらだって!」
「アイディーニ・・・?」
 デュークは口の中でその名を呟いた。どこかで聴いた記憶がある様な。
「おいっ、その名前に間違いは無いんだな!?」
 しかし、デュークが思い出す前にヒデローがその名を覚えていた。
「ああ、間違いない」
「ヒデロー知ってるのか?」
「一人だけ思い当たる人間がいる。―――――ビアトレス国王の側近伯爵の中にその名前の人物がいる。・・・そういえば、何年も昔その当主夫妻が事故で死んだってのを聞いたことが・・・・・・」
「――――なるほど・・・」
 デュークは静かに言って、迫り来る船の方へ視線を向けた。
 船はぐんぐんを迫ってくる。
「相手にとって不足は無いな。軽い準備運動もしたことだし、本番と行くか?」
 その顔は、余裕に満ちていた。今は負ける気がしないらしい。
「そうだな」
「楽しめそうだ」
「ちょっとは手ごたえあるかぁ?」
「じゃあ、一発お見舞いしましょうっか?」
「そうだな、ミヤ。ぶちかましてやれ」
「りょーかいっ」
 ミヤはにやりと笑って、3艘の船に面しているグリフの船の砲台の前に嬉々として座った。
 そうとは知らない猛スピードの3艘の船が、射程距離に入ってくる。
「いっきまぁ〜す」
 ミヤは狙いを定めて、完全に圏内に入ったところを狙って一発ぶっ放した。
「トウヤ」
「はい」
 すでに準備済みのトウヤは続いて2発目を相手に命中させた。





「どういう事だ!?何故打ってくる!?」
 船を指揮している男が慌てた口調で部下に怒鳴り声を上げた。
 彼らにとって不運だったのは、グリフの船とデュークの船がちょうど重なって見えて、その視界にデュークの船をちゃんと捕らえる事が出来なかったこと。
 そしてデューク達は、あろうことかグリフの船から大砲をぶっ放して来たのだ。
 その慌てた甲板を見下ろすように、車椅子の男と初老の男がいた。脇目には、慌てふためく艦長も。
「使えん奴らだな。やられたか」
「おそらくは」
「攻撃します!」
「ならん!!」
 艦長の声に、車椅子の怒号が響いた。
「何故です!?このままでは沈みます」
「近づいて船に乗り込め。もし砲撃などしてあの船が沈んだらどうする!?あの船には、あの子が乗っているというのにっ」
「しかし、このままではこちらにも多数の犠牲が!」
「うるさい!!お前は言われたとおりにしろっ」
 高圧的な物言いに、艦長の顔が思わず赤くなる。彼にとっては、船の中に乗っているらしい少年よりも、仲間や部下の方が数十倍大事なのだ。たとえそれが、アイディーニ伯爵家当主と言われても。
「艦長殿、ユリアス様はアイディーニ家ただ一人の直系当主様なのでございます。その方が海賊の手に囚われている、それがどういう事かおわかりでしょう?」
「―――――」
「もし他国に、売られるような事になったら」
 艦長はぐっと唇を噛んだ。
 腹に何を思っていても、彼もそういう世界の中に生きているから反論は容易ではない。
「もし貴方の砲撃で死ぬような事になったら」
「わかりました」
 声を荒げる事無い初老の男性の言葉に、艦長は頷かないわけにいかなかった。例えそれが苦渋の選択でも。極秘任務なので海軍の船を用いてはいないものの、これは国の面子の問題になっているのだ。
 いかに部下がかわいくても、どんなにこの目の前の男がいけ好かなくても。
「全力前進!!!」
 艦長にはそう言うしか出来なかった。





「打ってこねぇな」
「アオイが乗ってるからだろう」
「じゃあドンドン行きましょう。どうせ俺らの船じゃねぇし」
 とっても嬉しそうに笑って言うミヤに、デュークも不敵な笑みを返した。
「だな」
「おっしゃぁー」
 ミヤとトウヤがどんどん砲台から砲撃を繰り返す。
「ミヤ、お前は右のを狙え。俺は左のを狙う」
「おっけー」
 トウヤが叫ぶと、ミヤがOKと手を上げた。それを見てヒデローがもう1つある砲台の前に座った。
「俺も参戦。じゃあ俺は真ん中だな」
「真ん中まで届くか?」
 3艘のうち、真ん中の船だけが後方からきている。
「もうちょいしたら。そのまえに、右手の船を沈めてくか?」
 ヒデローは言うが早いか向かって右手からやってくる船の横っ腹に砲撃をお見舞いした。既に、マストは折れ船は傾いていた。
 それもそうだろう、一方的に打たれるだけなのだ。反撃が出来ない。ただ精一杯早く近づこうとしてきた。
 しかし、それも空しく。
「やった!!」
 船が動きを止めて、大きく傾いた。
「おっしゃぁ!!次はこっちかぁ!?」





「第3艇が破壊されました!!」
「ボートを下ろせ!!出来るだけ救助するんだ!!」
「艦長、第2艇も激しい砲撃にさらされています!!」
「出力を上げろ!!援護するんだ!!」
 部下から次々上がってくる報告に、艦長は鬼気迫る顔で指示を繰り出していく。しかし、劣勢は明らかだった。
「アイディーニ様、お部屋に下がった方が」
「いい。私はここで」
 もうすこの船の射程圏内に入ることを危惧したのだが、車椅子の男―――――アイディーニは首を立てには振らなかった。
「あの子は甲板にいるのか?」
 その言葉に初老の男性は望遠鏡を手渡す。しかし、その視界にはアオイの姿は捉えられない。
「どこにいるんだっ!」
 苛立たしい声を上げる顔は、なんという醜さか。
「戦闘を避けるために、中にいると思われますが――――」
「そんな事は分かっている!!」
「申し訳ありませんっ」





 その時だった。
「しゃがめ!!」
 たまりかねた第3艇が砲撃してきたのだ。
 爆音とともに、グリフの船の後方が破壊され、煙と火が上がった。
「ヒデロー、トウヤ」
 こちらか、即座に砲撃を繰り出す。すると、もう一発飛んで来て、今度は船の横っ腹に穴が空いた。
「あぁー!!」
 グリフの船員が悲痛な声を上げる。デューク達はこの船を完全に盾にするつもりで、守るつもりは無い。壊れようが沈もうが知った事じゃないのだ。
「トウヤ、ミヤ、あの船を沈めてしまえ」
「アイアイサー」
 ご機嫌に返事をした直後、ミヤの砲撃が命中して相手の船のマストが折れた。続けざまに、トウヤの砲撃で、相手の砲台を破壊する。
 相手がまた打って来ないのを良い事に、続けざまに砲撃すると、第2艇の足が完全に止まった。





「ばか者!!打つ奴があるか!!」
「アイディーニ様、興奮されてはお体に・・・」
「うるさい―――――ゴホッゴホッ、ゴホッ」
「アイディーニ様!!」
 咳き込んだ拍子に、その口から血が零れ落ちた。初老の男は片膝を折ってハンカチを差し出す。
「やはりお部屋に」
「うるさい!―――――おい!艦長、砲撃を止めさせろ!!」
「しかし」
「首になりたいのか!!――――――貸せ!!」
 アイディーニは艦長の前にあった無線装置を奪い、打つのを止めなければ全員処分する!!とまくしたてた。
 その瞳は異様な輝きを放ち、こけた頬とあいまって異様な迫力を作り出していた。
 それはまるで、何かに取り付かれ身も心も乗っ取られた後の屍のようでさえある。
 いや、実際そうなのかもしれないが―――――――――
『艦長っ・・・艦長!!』
 その時、第2艇から無線が入った。
「なんだ!?」
『何故砲撃してはならないのですか!?』
「あの船にアイディーニ家当主が乗っているかもしれんからだ!」
『しかし!!グリフ達は負けたんですよ!!乗ってるとしたら、彼らの船では無いはずです』
「うるさい!!万が一の間違いがあったらどうするんだ!!」
 横からアイディーニが怒鳴り声を上げた。
『しかしですねっ―――――うわっ、・・・・・・なんだっ!?』
「おい、どうした!?」
『――――――砲台が破壊されました。マストも――――・・・被・・・害甚大、これ以上は進めません・・・・』
 そう言うと、無線は途切れ音信不通となってしまった。













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