海の上の籠の中で 後編31





「後始末はどうすんだ?」
 デュークが艦長に視線を向ける。傍らには無残な人間の残骸と、抜け殻になった老人がいる。
 彼らに加担した海賊たちもそこに縛り上げられて転がっていた。
 船は半端に壊れ、荒れ放題。向こうには半分沈んだ船の残骸も浮かぶ。
「こちらでする。あの沈没した船の事もあるしな」
「そうか」
 デュークは相変わらずの無表情でそう言ったが、ふと迷うように艦長を見た。
 しかし、言葉にはしなかった。
 "ダール爺さんとどういう知り合いなんだ?"
 その質問はなんだかこの場にそぐわな過ぎる気がしたのだ。
 それは今度、再びここに戻った時でもいいさ、そう思った。
「――――じゃあな」
 ただそれだけを言い残して背中を向けた。
 その背中に。
「ああ。・・・あ、そうだ。俺達は今日は海軍じゃねぇ、別件だからな」
 艦長はそれだけを言って、離れて行く。
 デュークは思わず、ふっと笑った。
 ―――――なるほど、ダール爺さんの知り合いだけの事はある。
 それがなんだか、面白くて嬉しかった。
 楽しみが一つ、増えたような。

「デューク」
 船に戻ったデュークに、最初にケイトが声を掛けた。
 どこへ向かえばいいのか。その判断を待っていたのだ。
 甲板には全員が揃っている―――――アオイを除けば。その顔はやり遂げた安堵感と、まだ緊張との半々だった。
 返り血に汚れた身体。
 けれど誰一人、傷付かなかった事実にデュークは内心ほっとしていた。
「回れ右して、港に戻ってくれ」
「しかし―――――いいのか?」
 ケイトの視線がチラリと向こうの船を見る。追って来ないのか?と心配しているのだ。
「ああ。どうやら今は海軍じゃないらしい。それに後始末もあってそれどことじゃないだろう」
 デュークはそういうと、大丈夫だと軽く頷いた。
 その言葉と仕草に、ケイトは分かったと頷いた。ケイトにとってそれだけで、信じるに足りうるのだろう。
 デュークはミヤとトウヤに視線を移して、よくやったとねぎらいの言葉をかけた。
「あと少しだ。港に着いたらその身体綺麗にしろよ」
「――――頭、アオイが・・・」
 そうか、緊張していたんじゃない、その顔の強張りは心配していたのだと分かった。
 デュークは薄く笑って、小さく頷いた。
 そして傍らに立っていたヒデローの肩をポンと叩くと、船内に戻っていった。アオイと話をするために。
 甲板からは、ケイトの号令が聞こえてきた。




「アオイ」
 声をかけて部屋の扉を開けてみると、ベッドの傍ら。床にペタンと座り込んだアオイがいた。
「アオイ、大丈夫か?」
 デュークがそっと声をかけて、横に腰を下ろした。幸いラグを敷いているので、お尻が冷たくなる事は無かった。
 そっと肩に手を乗せると、アオイがゆっくりとデュークを見た。
「・・・・・・」
「大丈夫か?」
 泣いているかと思った顔に、涙は無かった。
 いく筋かの、痕は残っていたけれど。
「大丈夫?・・・うん、大丈夫だよ」
「そうか?」
「うん」
 放心した顔でそう言われてもなぁと、デュークは内心苦笑を漏らした。
 その瞳さえも空ろなのに。
「えっと・・・」
「ん?」
「どうなったっけ?」
 思考が付いていっていないのだろうか、少し舌っ足らずになっている。
「?」
「船・・・、動いてる?」
「ああ。港に向かってるよ」
「港?」
 少し視線がデュークに定まる。
「ああ。食糧とか、ちょっと買い足しだ」
「――――港」
 デュークはそっと腕を伸ばして、アオイの体躯を抱え込んだ。
 すると何気なく、アオイが頭をデュークの肩に乗せてくる。そんな仕草が、愛おしかった。
 ああ、ちゃんと受け入れられてるんだなってそう思った。
 甘えてくる仕草が、どうしようもない気持ちにさせる。
「そっか・・・。もう、問題なくなったもんね」
 ぽつりと呟いた。
「アオイ?」
「港に行っても、大丈夫なんだ」
 声音が変わった。
「大丈夫なんだ」
「ああ、終わった」
 デュークはぎゅっとアオイを抱き寄せた。
「あの人、死んだ?」
「ああ」
「死んじゃったんだ?」
 声が少し、濡れていた。
「ああ」
 甲板に崩れ落ちて、血で汚したその姿。
 床に這い蹲る姿は、かつての面影の無い。
 恨んで、憎んだ人。
「死んだ―――――僕が、殺そうっ・・・って、っ」
「アオイ」
 言わないでいいと、デュークはアオイの頭を抱え込む。
 そんな言葉を、口にしないでいいと。
「殺せなかったら、僕が――――――」
 僕が、死のうって――――――――――――
「アオイ!」
 アオイの身体がピクっと震えた。
「言うな。お前は、何に変えても俺が守る、そう言っただろう?」
 そんな言葉、例え話でも聞きたくないとデュークが首を振る。
 でも。
 でもね、そう思ってたんだ。
 デュークを傷つけるなら。
 船を傷つけるなら。
「信じてなかったのか?」
 みんなを傷つけるくらいなら、僕が死んでしまおうって。そうしようって、何回も何回も考えたんだ。
「ちがっ。そうじゃないよ。ただ僕は―――――」
 僕は守りたかっただけ。
 デュークを。
 この船を。
 みんなを。
 ―――――想い出を。
 ここにいた、幸せだった暖かい日々を。
 そのためなら、なんでもしようって思った。自分が、どうなってしまっても。
「愛してる」
「――――っ」
 ドキって鳴った。
「頼むから、一人にしないでくれっ」
「デュー・・・ク?」
 その声に驚いてアオイはデュークの腕の中で身じろいだ。けれどその顔を見る事は、デュークの力の前に叶わなかった。
「もう、一人は嫌だ」
 あの人の影にアオイが怯えている時。
 デュークもまた、怯えていたのだ。
 失う事に。
 守れない事に。
 過去を繰り返す事に。
「ごめっ。ごめんなさいっ」
 アオイの頬に、我慢していた涙が流れ落ちた。
「デューク、ごめんなさいっ」
 アオイは腕の中動いて、デュークを抱きしめた。
 抱きしめられるだけじゃなくて、抱きしめたいと思った。
 わかるから。
 デュークが泣いているのが、わかったから。
 渾身の気持ちで抱きしめたかった。
 ありったけの想いを込めて、抱きしめた。
 好きって気持ちを伝えるために。
 愛してるって想いを伝えるために。
 ここにいるって、教えるために。

 どれくらい抱きしめあっただろう、身じろいだ合間に視線が合った。
「デューク」
 初めて。
 アオイからキスをした。

 それは、ちょっと塩辛い味がした。












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