嘘 1
この事件はまさに、アキの嘘からはじまった。 元を正せばたぶん、アキの善意なんやと思う。それはめっちゃわかるねんけど、でもな、世の中には有り難迷惑っちゅうのがあるねん。 アキはホンマにそれを学んだ方がええと思う。俺が言うのもなんやけど。 「どーしよっか」 俺の隣では冬木も困った様な顔をして、俺にコソっと声をかけてきた。 そらそやわな・・・ 「どうもこうもないやろ」 4月入って早々の休みの土曜日。 アキにどうしてもって言われて遊ぶ約束して、言われた2時って時間に待ち合わせ場所の駅前に着いたら説明も無いまま電車に乗らされて駅3つ。 降りてみたら待ってたんは。 「まさかここで帰られへんやろ」 3人の女―――アキの彼女プラス二人、同級生らしい――――やった。 勘弁してくれ。 「はじめましてぇ」 「こんにちはっ」 アキの彼女の横で、笑顔を浮かべて言う彼女らに何の罪も無い。言いたくは無いが、小さめな背の俺よりも背の低い2人ってだけで、アキと彼女が気を使ってくれたんやろなぁって思うし。 女の子だって、普通に可愛いもん。 一人はちょっと短めのスカートにジージャン着てて、ロングボブつーの、そんな髪型。もう一人は、ストレートの長めの髪で、ジーパンになんかワンピース上から着ててちょっとフワフワした感じ。俺のタイプはこっちやなぁ〜。冬木はどうなんやろ――――って、ちゃうちゃう。 「どうも・・・」 冬木が戸惑ったように小さく挨拶を返したから、俺も慌てて笑顔を作った。 「はじめまして」 「なんやねん、2人とも堅いなぁ〜」 アキがこれやからあかんねん、って顔で言った。つーか、そら堅くもなるうっちゅうねん、アホ。 「もしかしてアキ、今日の事説明してへんかったん?」 アキの、どこがええんかさっぱりわからん気ぃ強い彼女がちょっと怒った顔でアキに詰め寄る。 「ヤ、ちゃうねんって。こいつらさ、なんか照れくさいんか言うて恥ずかしがって来−へんねんやん。だからな」 「そーなんや、なんかかわいいっ」 タイプじゃない方が、笑みを浮かべて言った。いや、可愛い言われてもなぁ。 「とにかく、移動しような」 「移動って?」 まだ動く気か? 「カラオケ」 「・・・カラオケ」 あーあ、冬木思いっきり困ってるし。まぁそうやろなぁ、冬木みたいなタイプが初対面の子らとカラオケやって盛り上がるわけないもんな。 つーかそれは俺も苦手やねんけどなぁーアキっ!!! 「行こっ」 う・・・・・・ タイプちゃう方が俺の横に来て並んで歩き出した。それを明らかにハズして歩く勇気は流石に無くて、俺は流されるままに歩き出した。 駅前のカラオケは、土曜の昼間やいうのもあってそこそこ混んでたけど、満室ってほどでもなく俺らは待たされる事なく部屋に案内された。 こじんまりした部屋。 なんつーかいいねんけど、5人でギリギリみたいな小部屋に押し込められて歌歌うって、どうも変なシステムやなぁーって思うねんけど、そんなん思うんは俺くらいなんかな。 左手の奥にアキと彼女が座って、右手奥からタイプちゃう子、俺、冬木、タイプの子って並びで俺らは落ち着いた。 「なぁなぁ、何歌う?」 ドリンクも来−へんうちに、アキの彼女とタイプちゃう子が選曲するためにページをめくりだした。 「何歌う?」 「えっ!?」 向こう向いてたタイプちゃう子がいきなりこっちを振り返って、思わずびっくりしてしもた。不意打ちってやつやな。 にしても、不思議やな。 圭がおっても、一応俺の中で女の子をタイプかタイプちゃうんかで分けてる。好きになる気ぃも無いし、そんな可能性も無いのに。 これが男ってもんか? 「ああ、俺は後でゆっくり考えるし」 圭と違って、目線は下。 「そうなん?」 圭には無い、胸。俺にも無いけど。 「うん。好きなん、歌いーな」 たぶん、ぎゅーってしたら柔いんやろなぁって思う。でも、ぎゅーってしたいとは思わん。 圭のほうがぎゅーってしたい。 身体も俺よりでかくて、筋肉もついてて骨ももっと太くて、柔いなんてのとは遥か遠いさわり心地で。 でも、圭がいい。 女の子のサラってした髪よりも、圭の髪触りたいし、触って欲しいって思う。 「ドリンク、お待たせしましたぁー」 不意に開いた入り口とその声につられて振り返った拍子に、冬木と目が合うた。 ―――――ああ・・・ こいつ、ものっそ困ってるやん。 「なんか、歌うか?」 アキの彼女の歌声に掻き消されるようにしながら、俺は冬木に尋ねた。 「勘弁してよ」 返って来たんは、ほとほと弱りきった冬木の声やった。 うーん、これはこれで、歌わしてみるんもおもろいかも。 なーんてちょっと、俺の心に悪魔が囁いた。 ・・・・・ 2時間のカラオケタイムが終了して、薄暗い小さな箱の中から俺はやっとお日様の下に帰って来た。 つっても4時半。4月のお天道様はそうそう長居はしないらしく、外は少し夕方風が吹いていた。 「ねぇねぇ、この後どーする?」 ・・・って、甘えた声で俺に聞かれてもなぁ。 なんか、タイプちゃう方の女の子に俺は気に入られたらしく、ベタベタくっついてくる。俺、こういうノリ苦手なんやけどなぁー・・・ 「マクドかファミレスで茶でも飲んでこーや」 俺と冬木から一歩離れたところにいたアキがこっちに向かって言う。 俺は、どうする?と冬木を見た。アキと冬木の三人やったらそれもええねんけど、正直俺は女の子とはもうゴメンナサイしたかった。 「・・・・・・」 冬木は無言で困った顔を折れに向けてくるし。 まぁ、そうやなぁ・・・ 「ナツ?」 「あー、―――あのなぁ・・・」 「あ・・・っ」 アキの呼ばれて俺がどう言うてこの場をお開きにしたらいいのか、考える間もなくとりあえず口を開いてみたその横で、冬木が小さな声を漏らした。 「ん?」 「―――よう」 げっ!!! 「東城・・・」 って冬木、まだその呼び方なんかいっ!! 「なんや〜」 その東城は、わざとらしぃ〜仕草で俺らをゆっくり見つめて、にやりと笑った。 「高校生のくせに、マセた集まりやなぁ」 「関係無いやろっ」 って、思わず言い返してしもた、けど。冬木は大丈夫なんやろかって見ると、ちょっと青い顔して立ってた。 あかん、マジで大丈夫か? 「ふ〜ん?」 「な、なんやねん!?」 「まーええけどな。遅ならへんうちに帰りや。・・・じゃあな」 東城は意味深で物凄い嫌な感じの笑みを浮かべて言うと、そのまま冬木の顔も見ーへんと回れ右して駅に向かって行ってしもた。 そりゃもう、さばさばした様な足取りで。 関係無いさって足取りで。 「・・・冬木?」 ええんか?とは、言葉が続けられへんかった。でもな、これは不可抗力で、冬木の所為ちゃうし、ようはこんなん友達同士の付き合いやん。 そんな顔、すんなや・・・・・・ 「えーっ、今の誰ぇ!?」 「知り合い?知り合い?」 途端に上がった浮かれた女の子の声がウザかった。誰でもええやん、関係あるかっ!!って怒鳴りそうになった。っていうか、怒鳴ってもええねんで、って冬木に言いたい。 だって、あの人、お前のんやろ? 「・・・僕」 ああでも、わかってるんや。 「ごめん」 冬木はそう言うと、俺にもアキにもまして女の子にも目もくれず、まったく無視して、もう視界の中にはいない東城の後姿だけを見つめるように走り出した。 たぶん、冬木には見えてるんやと思う。人ごみが隠した、東城の姿が真っ直ぐに。 「え?なになに?」 「なんなん!?」 だからなんでもええやん。 「佐々木クン知り合いなんだよねぇ?」 つーかさ、自分らは誰がええん?男やったら誰でもええんか? たった一人の人は、おらんのか? 「関係無いやろ?」 マジうざいで。 「え?」 「ナツ!?」 俺は、たった一人でええ。 「悪いけど、俺も帰るわ」
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