嘘 2




 ―――――あれ?いない?
 数分も開けずに追いかけて来たはずなのに、駅前にその姿が既に無くて。僕はきょろきょろと辺りを見渡した。
 けれど、やっぱり姿は見つけられなくて、もしかしたら切符を買ってもう構内に入ったのかもしれない。そう思って、鞄の中から慌てて財布を取り出して券売機の前に立った。
「どこ行くの?」
「―――っ」
 100円玉を入れる寸前。
 不意の、声。
 意地悪だ、と思う僕はきっと絶対間違っていない。
「・・・家に、帰る」
「もう帰るんか?」
「うん」
 僕はそう言うと、100円玉をチャリンと入れて、続きの10円玉も数枚入れる。そして、目的の切符を買って僕は振り返った。
「―――っ」
 東城和弘が、笑ってた。
 ちょっと嬉しそうなのは、僕の気のせいかな?希望かな。
 欲目か?
 でもちょっと抓ってやりたくなるのは、悔しいから。だって―――――――
「ほんなら、帰るか」
「うん」
 東城の言葉に僕は頷いて、その横に並んで歩き出した。肩と肩が僅かばかりぶつかるかどうかの距離。
 もし僕が女の子だったら、手とか繋いでもっと堂々と歩けるのかな、って最近思ってしまうのは僕が女々しいからなのかな。
 構内に入ると、人があまりいなくて。電車が行ってしまった後なのだと知れて、僕らは設置されてる椅子に座った。
「――――で?」
「え?」
 で?、って何?
「今日のあれはどう見てもコンパちゅうやつやんな?」
「う、うん」
 僕はもう触れられないんだろうと思ってた話題を急にふられて、びっくりして東城和弘を見ちゃったけど、向こうはちっとも僕の方を見ようとしない。
 それがなんだか悲しくて、僕は思わず俯いた。
「佐々木と、青木ってクラスメイトと遊びに行くって聞いててんけど」
「僕もそう思ってたよ」
 呟いた僕の声は我ながら物凄く暗くて、そして疲労感が滲み出ていた。
「譲?」
「ん?」
「なんかあったんか?」
「え?」
 あ、目が合った。
「今日は、どういう集まりやったん?」
「よく、わかんない。青木に誘われて行ったら、女の子がいて。みんなでカラオケ行く事になってて」
 ゴー!!っと、大きな音を立てて、反対車線に電車が滑り込んで来た。
「僕、そういうの苦手だし。歌いたくないし。・・・・・・もう疲れちゃった」
「そうか」
「うん」
 ―――――だから。
 東城が、僕の頭をくしゃっと撫でた。それ、ちょっと好き。
 もう、怒ってないかな?
 僕はちょっとおずおずしながら視線を再び上げると、楽しそうに笑ってる東城の顔が見えてやっぱり目が合った。
 ちゃんと、こっち見てた。
「じゃあ家帰って、ゆっくりしよか」
「ん。・・・東城はいいの?用事とか」
「俺は別に無いで。暇やしぷらぁ〜っとしとっただけやもん」
「そうなんだ」
「ああ」
 ほっとして、知らずに入っていたらしい肩の力が抜けた。
 最近ちょっと、恐いんだ。東城と、いるの。その口から、次に何を言われるのかって思うと、訳も無く不安になる。
「駅前でなんかDVDでも借りて帰るか?」
 東城にはきっとこんな気持ち、わからないんだろうな。
「うん」
「AVとか?」
「サイテー」
 泣きたくなるような、不安な気持ちとか。
「んーだよ。冗談だろ?そんな顔すんなって。な?」
 ちょっと慌てた東城の声に被るように、電車の到着を告げるアナウンスが流れた。気づいたら回りにはそこそこ人がいた。
「譲?怒ってんのか?」
 電車に乗るべく立ち上がった僕に、東城は機嫌を取るように声をかけて来る。なんか、ちょっと、嬉しい。
 だから僕は、ちょっと笑っちゃった。
 そしたらなんか、東城もほっとした顔して、僕らは並んで電車に乗り込んだ。席は少し開いてたけど、並んで座れるところは無くて、僕らはドア付近に並んで立った。
「・・・夕飯、何がいい?」
 外の景色を見ながら僕は尋ねた。
 DVD見ながら、一緒にご飯も食べたくて。
「あ、俺カレー作った」
「嘘!?」
 ちょっと照れた顔で行った東城の言葉を、僕は考えるより前にそう言ってしまった。だって、あの東城が料理してるなんて。
「嘘ってなんやねんっ」
「だって・・・」
「あれやで。チキンカレー。こないだな、同僚の人に作り方聞いて」
 え・・・
 同僚の人って、誰?
 女の人?
「いっつも作ってもらってばっかじゃああれやし、って思って。なんか俺でも作れるモンないかなぁーって相談したら教えてくれてん」
「へー・・・」
「コレは子供も旦那も好きやから、って」
「え・・・」
「ん?」
 旦那。
 子供。
「あ、ううん。なんでもない」
 なんだ。
「楽しみ!」
 そうっか。
 あ、なんか僕、今物凄く嬉しいかも。
「おうっ。絶対俺の事見直すで」
 ちょっと得意気に東城が笑って、僕はますます楽しくなって笑っちゃった。





「あのさ、俺も帰るわ」
 冬木が去ったその背中を皆して唖然としながら見つめる事数分。他の子らが口を開く前に、俺もそう言った。
「え!?」
「えぇ〜なんでぇ!?」
「おい、ナツ!?」
 タイプじゃない子が、何がそうなのかわからへんけど思いっきり不満そうな顔したけど、俺としてはそんなん関係ないし。興味も無いし。
 アキにはちょっと悪いなぁ〜って思ったけど。
「ごめんな。じゃあ」
 タイプじゃない子が俺の腕を掴もうとしてきた、その手を交わして俺は背を向けた。
 カラオケは嫌いちゃう。
 友達同士で騒ぐには申し分無いって思うけど、こういうんはどうにも苦手やし面倒くさい。だから俺はそそくさと逃げ出した。
 後に残されたアキが彼女に責められてるんやろなぁーって事は容易に想像が付くから、それはホンマに可哀相やなぁって思うねんけど。ま、しゃーないな。
 こっちが折れる気には、ならへんな。
 俺は切符を買って、改札をくぐった。
 ―――――ああ、間に合ってんな。
 ホームに立つと、右手に2人の姿が見えた。別に喧嘩してる風にも見えない様子に俺は邪魔にならぬようにと、左サイドへ足を向けてベンチに座った。
 にしても。
 うまくいっているような二人の姿に俺はほっとした。
 去年色々あったけど、年末には2人してウチに御節もらいにやって来たし、3学期はいたっていつも通りで過ごしてたけど、どうもあんまりそういう話をしたがらない性格なのか、二人の付き合いの話を聞く事はあんまり無かった。
 まぁ、冬木の口からノロケなんてあんまり想像出来へんけど。
 ―――――でも、家帰らんでええんか?
 それは圭もちょっと心配してたけど、お正月も春休みも東京の家に帰る気配をまったく見せへん冬木。
 東城は、どー思ってんねやろ。
 って俺がそんなん考えてもしゃーないねんけどなぁ。でもなぁー・・・・・・
「あ・・・」
 ちょうどその時頭上でアナウンスが流れて、ホームに電車が滑り込んで来た。