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 テーブルの上に置かれたいくつもの写真。
 登校途中の写真。
 友達と笑いあっている写真。
 一人で散歩する写真。
 雪人とプールではしゃぐ写真。
 そして、雅人と2人ホテルに滑り込む車の写真。
 遠めからのものから、アップの物まで。 
 明らかに隠し撮りと分かるそれらを二人は見つめた。

 真っ赤に塗られたマネキュアが禍々しい指で、その中の1枚を取り上げる。

「随分うまくやっているようだ」
「本当にねぇ。あの時はまさか本当に南条家にいつくなんて思いもしなかったけれど」
 女は忌々しそうに、中心で写る少年の顔を指ではじく。
「しかし、これを利用しない手はないだろう」
 どれほど細かろうとも、南条家中枢へのパイプを手に入れたのだ。男には自身の会社が一気に大手に上り詰める絵が想像されている。
 南条家のバックアップを得て、今やっているベカーリー&セルフカフェを一気に関東から全国展開へと広めて、そこから一気に飲食業会の中で大手の仲間入りを果たす。
 それは一種幻想とも呼べないしろものでしかないのに、男は今すぐにでも実現されるような錯覚に陥って、にやりと顔を歪める。
 金と、権力。
 それは人をおかしくするくらいの力があって、理性を失わせるには十分だ。特に、こういう男には。そしてそれは傍らに座る女も同じ。
「後はどうやっていくか・・・だな」
 男は途端に冴え切った目になって、置かれた写真たちを睨みつける。
「ええ。それと、なんとしても孝輔を桐乃華高等部へ進学させなくっちゃ」
 女の方も、悔しそうに唇を噛み締める。
 あんな子ではなく、自分たちの子供こそが桐乃華にかようにふさわしいと二人は信じて疑わなかった。あの子が通っている、その事実だけで苛立ちは募る。
 何がどうというのではない。ただ、おもしろくないのだ。
 面倒をみてやっていた、見下していた子供が、自分たちの子供より上の学校に通っているなんて、しかも自分たちも通わせたいと思ってる学校に在籍しているなんて、どう考えても納得できるはずもない。
 そして、できれば妹の恭子も中等部へ途中編入させたいと考えていたのだった。
 いや、当然そうあるべきだと確信して疑わず。
 2人の夢は無限に広がり、その口元を歪めて笑いあった。







・・・・







「そうなんだ・・・・何もなかったんだ?」
「うん・・・」
 2学期が順調に始っていた昼休み。どこかへ行ってしまった翔はほっておいて、教室の片隅で綾乃は薫にあの日の事を話していた。
 ホテルまで行って何もなかったの日の出来事。
「でも綾乃も寝ちゃったんでしょう?」
「そうだけどさ・・・・」
 確かにデザートを食べてお腹一杯で、いつのまにか寝てしまって気がついたら翌朝自室のベッドの中だったのだけれど。
 でも、必死の思いでじぶんから誘ったのも事実なのだ。それなのに―――――
「でもさ、理事長の言う事もわかるよ?まだ高校1年生なんだしさ、そういう事するのは早いかなっていうのはさ」
 どこか冴えない顔の綾乃を励ますように薫は明るく言う。
「でも、薫は経験ありなんだよね?」
「ん・・・まぁ、ね」
 じとっと見つめてくる視線に薫は思わずぎこちない笑みを返す。そこを突かれるとなんと言っていいのかわからなくなってしまう。
「でもさ、理事長は透サンと違って大人だし、やっぱり色々考えることってあるんじゃないかなぁ」
「色々って?」
「ん・・・わかんないけど。でもほら、保護者的な立場っていうの?そういうのもあってさぁ・・・・」
 薫が困った顔で言いよどむと、綾乃ははぁ、と小さく息を吐いた。
 別に薫に答えが出せると思っていたわけじゃないけれど、あの時拒否された事は、綾乃の心の片隅でわだかまっているのも事実だった。
「―――なんか、さ・・・」
「うん?」
 雅人はかっこよくて、大人で。一緒に歩けばみんなが振り返るくらいで。しかもちゃんとした地位もあって家柄もあって、普通のあの年齢の人の何倍も稼いでいる。きっと女の人も選り取りみどりに違いない。
 そんな雅人が、自分の事を好きだと言ってくれた事が綾乃は今更ながらに信じられなくなってくるのだ。
 ダメだと思うのに、じわじわと押し寄せてくるこの思いに、囚われてしまいそうで。
「なんかね・・・・・うん、ちょっと」
 ――――不安なんだ・・・・
 言葉に出して発してしまうとその思いは急速に襲い掛かって来そうで、綾乃は口にも出来ない。けれどその思いは薫には伝わったのか、薫は励ますように綾乃の頭をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だよ」
 その言葉には別に根拠もなにもないんだけれど、今はその言葉に救われるような気がして綾乃は顔を上げる。
「薫・・・」
「ん?」
 なんだか切なくて、ちょっと綾乃の瞳に涙が込み上げきた時だった。そんな空気を一掃するかのような明るい声が教室に響いて、駆け寄ってきた。
「薫!綾乃!2階の渡り廊下のところにこないだのテストの成績張り出してるぜ!」
「あ、そうなんだ。翔はもう見に行ってきた?」
「まさかっ。さっき長谷川にすれ違って言われただけ」
「だよねぇ。翔が進んでそんなの見に行くはずないもんねぇ」
 薫はなるほどと納得顔で頷きながら言うので、翔はサッと頬を赤らめて怒った顔になった。
「るせーっ!!せっかく教えに来てやったのにっ」
「はは、どうする綾乃。見に行く?」
「うんっ・・・行く」
 なんだかセンチメンタルな気分になっていたけれど、少し暗い思いに引きづられそうになっているけれど、落ち込んでいても仕方ないと綾乃は笑顔で顔を上げた。
 とりあえずこの想いはどこかへ押しやってしまおう、そんな風に思って。
 無理矢理片付けて。
 いつも通り笑っていようと綾乃は思って、2人の後についていった。
 昔もそんな風に、やり過ごしていたことを思い出すようにして。
 その渡り廊下では、生徒たちが自分の名前を見つけては上げる感嘆の声と落胆の声が丁度飛び交っているところだった。
「綾乃、ちょっと順位上がった?」
 普段綾乃の成績からはちょっと良い位置で学年では19番に入っていた。雪人と遊んで過ごしてたわりには、の出来に綾乃もちょっと内心ホッとしていた。
 まぁ時間をみつけてはそれなりに勉強はしていたのだがそれでも不安感があったから。やはり理事長の関係者という立場の自分があまり成績を落とすのはまずいだろうと思っていたのだ。
 そして、綾乃から丁度5番後ろに、杉崎の名前を見つけた。
「・・・・・・杉崎くんも今回がんばったんだ」
「そうみたいだね」
 良かったなぁと思う綾乃とは対照的に、薫は軽く肩をすくめただけだった。
「薫は―――・・・いつも通りだね」
 綾乃はその、学年4番の成績に思わず感嘆の言葉を上げた。自分なりにはまぁまぁと思ってもなかなか10番内に入る事はできないのに、さすがだねと綾乃は軽く首を振ってふと思った。
「翔の名前は―――――どこ?」
 2人の立つ視界の間には、到底その名前を見つける事はできなくて、首をぐるりと巡らしても見つけられない。
「たぶんね、あの廊下の端まで行って、階段を下りて1階にたどり着く頃にやっとあるんじゃない―――った!」
 嫌味ったらしくわざと本人に聞こえるように言ってやると、その背中に容赦ないチョップが飛んで来た。
「痛いなぁ〜何するんだよ」
「そんな向こうまであるか!!せいぜい廊下の端までだ!」
「その廊下の端の端に名前があるんでしょ?」
「〜〜〜〜〜っるせー!!」
 翔は本当の事なので反論のしようもなく、ただ顔を赤らめて怒っている。どうやら放課後担任に呼び出されるのは確実らしい。
「あ・・・・」
 ふと見た廊下の向こうから、杉崎がコチラへ来るのが見えた。成績表を見に来たのだろうか。
「杉崎君、23番だよ」
 綾乃はごく普通に杉崎に言葉をかけた。その綾乃の行動に、一瞬ギョっとしたのは杉崎ばかりではなかったけれど、綾乃は今度は表を指差す。
 指された方向へ杉崎がチラリと視線を走らせて、眉を寄せる。
「なるほど。自分の方が上だからその余裕?」
「っ、お前なぁ!!」
 翔は杉崎の姿を視線に捉えたときから、唸り声を上げる狂犬の様になっていた。それを薫が抑えているのだが。
「そんなんじゃないけど。良かったなって思って」
 綾乃は気にしていない様子で笑顔を浮かべた。
「ふん、そんな余裕すぐに追い抜くから」
 けれど杉崎は冷たく言い切って綾乃の前を通りすぎていってしまった。
「綾乃っ、何話しかけてんだよ!!」
 まだそんなには遠くへ行っていない杉崎に、わざと聞こえるように翔は大きな声で言う。
「だって。せっかくお友達期間があったんだし」
 友達になれたらいいと思わない?と首を傾げて言う綾乃に、翔ばかりか薫も一瞬あっけにとられて、薫はすぐさま苦笑を浮かべる。
「僕は推奨しないけど、やれるだけがんばれば?」
「うん。そうしてみる」
 綾乃は少し俯いて、笑った。










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