yoinimakasete 1


 GW を一週間後に控えた日曜日。大学時代の友人と会うからと、東城が出かけて行った部屋で譲が一人本を読むでも無い、テレビを見るでも無い、静かな空間を持て余しながら過ごしていた午後。
 それは、突然の電話だった。
 ナンバーディスプレイに表示されたその相手先に、一瞬譲の手が空中で止まったけれど、取らないわけにもいかない。
 今、取らなくてもいつか取らなければいけないのだから。
「・・・はい」
 我ながら、硬い声だと思った。
『譲か?』
「うん」
 新学期の始まった4月8日以来の電話。
 この間隔が、久しぶりなのかそうじゃないのかよく分からない。でも、声を忘れるほどじゃあ、到底無いのは確かだ。
 忘れたいのか、忘れたくないのかはわからないけど。
『学校はどうだ?』
「別に、変わりないよ」
 青木とは離れてしまったけれど、佐々木とは同じクラスになった2年。それが良かったのか悪かったのか、譲にはよく分からなかったけれど。
 でもあの性格のおかげなのか、佐々木とセットに見られて2年のクラスにはわりとすんなり馴染めそうだ。
 担任は、女で。40過ぎくらいの社会科の、わりと評判のいい先生になった。それは良かったかもしれない。
『そうか』
 そんな話を父にするつもりは無いけれど。
「うん」
『ところで、―――なんだが』
 ざわっと、嫌な予感がした。
「・・・なに?」
『――――GW 、帰って来ないか?』




・・・・・




 する事が無くて借りたDVDを見て、一人で夕飯を食べて、もう寝ようかと部屋の電気を消してから、1時間位した後だろうか。
 ガタンっと何かにぶつかった大きな音が隣から聞こえてきた。
 ―――――帰って来たんだ・・・
 まだ眠りについていなかった譲が、寝返りを打った。カチカチっと音が聞こえてきて電気をつけたのだと分かる。
 薄い壁が、こんな時は嫌だと思う。
 動作がわかってしまって、耳をそばだたせてしまうから。
 ―――――あ、テレビ付けた。
 そして、なんだよ、そう思う。
 こっちに顔出したりしないのかよ。日曜日、一人にしといてなんか言う事無いのか?そんな気持ちが沸きあがってきて、唇をきゅっと噛んだ。
 なんて女々しい。
 そう思う。
 だいたい、電気を消してるんだから来ないほうが気遣いなんだろうって思う。思うけど、分かってるけど、面白くない。
 壁に、枕でもなげつけてやりたい。
 出来ないけど。
 地団駄とか踏んでみたくなる。
 絶対、出来ないけど。
 東城は今日、どんな1日だったんだろう。
 大学時代の友人と会うって言ってたけど、どんな人と会ったんだろう。女なのか男なのか、そもそも何人で?2人で?
 もしかして、付き合ってた人とか?
「――――っ」
 聞きたくて、聞けなかった言葉が頭の中をぐるぐる回る。
 重たくなりたく無いし。
 鬱陶しいって思われたくない。
 それになにより、僕の方がたくさん好きになりたくない。東城が、好きって言ってきてこうなったのに、僕の方が東城よりいっぱい好きになってるなんて、嫌だ。
 そんなの我慢出来ない。
 おかしい。
 怖い。
 だから。

 本当は、聞いて欲しい。
 "今日、何してたんだ?"って。
 そうしたら、父さんから電話があったって言える。帰って来ないかって言われたって言える。
 どうしよう?って言える。
 話してしまえる。
 だから。


「―――」
 夢を、見た。
 良く憶えていないけど、なんだかほわっとして、誰かに髪を優しく梳かれる夢。
 子供の頃の夢?
 あの手は、母?
 ――――圭?
 わからない。
 でも。
 優しい声で。
"譲"って呼ばれた。

 もっと、呼んで欲しかった。





・・・・・





「ん〜〜」
 ―――――どうもおかしい。
 譲が登校した後の部屋で、東城は首を捻った。譲の態度がなんとなくおかしい。なにがどう、とはっきり言えるほどとはちゃうんやけど、何かがどうも気になる。
「んん〜〜」
 東城は、ごろんと再び布団の上に寝転んだ。東城自身の出勤時間まではだいぶ間があるのだ。いつもならばこの時間に洗濯などをしたりするのだが、あいにく今日は曇天。午後には傘マークの出ている天気予報では、洗濯をする気にはなれない。
 じゃあ掃除でも、と思わないでもないが、まだ温もりの残る布団の方が魅力的なのだ。
 それに。
 ―――――譲や。
 今は掃除より、譲のこと。
 いつからやろ?
 昨日、仕事から帰って来た時は、あんまり時間も無くて気づかなかった。でも、いつも通りかといわれれば、そうでもなかった気もする。
 じゃあその前。
 ―――――んん〜〜ん。
 月曜日はどうやった?
 あの日は前の日にマサやんと飲んで、帰って来た時に譲は寝てたし話はしなかった。朝も俺が起きれんくて、起きたら譲は登校した後やった。
 朝ごはんは、――――いつも通り用意してあったな。
 俺が起きて行かなかったから怒ってるんか?
「・・・いや」
 そんな事は今までにもあった。仕事の打ち上げとかで遅くなった翌朝、起きれないこともあったけど、譲はそんな事で怒ったりした事は無かった。
 酒臭い、と嫌そうに言われた事はあったけど。
 ―――――じゃあ、日曜日か?
 しかし、日曜日は別行動やった。確か譲は、特に予定が無いから家にいるとか言ってなかったか?それだったら家で嫌な事なんかあるやろうか?
 変な来客があった。
 しつこい勧誘が来た。
 実は出かけてた。
 ・・・んん〜、しっくり来ーへんな。
「あーどうすっかなぁ〜」
 譲の性格からして、言わへんやろうなぁ。
 言うてくれたらええのになぁ〜
 んー、日曜ちゃうかったら、月曜?火曜?学校で何かあったか?新学期やしな、それはありうる。
「そーやん!」
 澤崎んトコのと同じクラスになったんやったよな、って事は何かあったら佐々木の態度でヤツが感づく。ということは、もし学校でなんかあったとしたら澤崎が何か知ってる可能性あるよな。
 チラっと東城は時計を見た。
 善は急げや。
 今から洗い物をして、用意をして出れば寄っていく時間は十分ある。

 東城は、大慌てて行動を開始した。











2へ    ハナカンムリ    ノベルズ    トップ