yoinimakasete 2


 チャイムを押して1分ほど。渋い顔に出迎えられた。
 しかしそんな事にめげる東城では無い。さっさと上がりこんでソファにどっかり腰を下ろして、圭にいれさせた紅茶を飲んでいた。
「茶菓子はねーの?」
「あるか」
 別段何かがあったとか――――まぁ、何も無かったわけじゃないが――――今現在対立する関係性でも無いのだが、どうも東城と圭が2人でいると色々互いの過去が脳裏を過ぎっていくのか、穏やかな空気にはなりにくい。
「んーだよなぁ」
 悪態をつきながら、東城は紅茶をすする。4月のこの陽気で暖かいのが出るのは普通なのか嫌がらせなのか。
「・・・で?」
「で?って」
「用事だ」
 圭がわざとらしいため息をつきながら言う。
「なんやねん、用が無かったら来たらあかんみたいやな」
「用が無いのに来たのか!?」
 そういう言われ方はなんや切ない気持ちになるんは俺だけやろか・・・と東城は密かに息を吐く。別に歓迎して欲しいわけちゃうけどさ。
「いや、まぁ。用はあるねんけどな」
 諦めと、言い難さがごちゃまぜになったのか東城は視線を逸らせて言った。その東城に圭は無言で先を促した。
「最近佐々木クン元気?」
「ナツに用があるのか?」
 途端に圭の眉間に皺が寄って、不穏な空気を放ち出す。圭にとって東城は自分の自堕落だった頃を知る男で、出来うる限りナツには近づけたくないと思っているのだ。
 本当ならば、そうそう行き来できない遠い場所に住んで欲しいくらいなのだ、譲の事が無かったら。
「いやっ、そういうわけじゃない」
「・・・じゃあなんだ?」
「あー、なんか最近聞いてへんかな?」
「何を」
「何をっていうか、なんかこう話題の中で気になる事は無かったか?」
「気になるといえば、新学期そうそうの実力テストの結果だな。せめて上の下くらいであって欲しい成績なんだが、うっかりミスが多くて。落ち着きが無いのは一体誰に似てしまったのか」
「え?」
「後は、進路かな。夏休み前には三者面談もあるというし、少しずつそういう話も・・・」
「いや!そうじゃなくてやな」
 時間もそうあるわけじゃない、寄り道しそうな話の方向に思わず腰を浮かせると。
「わかってるよ」
 圭は、とても人の悪い笑みを浮かべて東城を見た。
「譲くんの事だろ?お前がここまで来る用事なんて、譲くん絡み以外考えられないからな」
 そう言ってにやにや笑う圭の顔を見て、からかわれたのだと知ると、この時ばかりは東城も本気でぶん殴りてー!!と思ったが、今はなんとか我慢して拳を震わせるだけにしておく。
「で?」
 ギラっと睨むように言う東城に圭は、
「で?って」
「お前な!!」
 これには我慢も超えたのか東城は思わず立ち上がった。その拍子、テーブルの上に乗っていたカップがカチャっと音を立てた。
「わかった。落ち着けって」
 圭は降参とばかりに手を上げたが、東城はまだ立ったまま圭を見下ろしていた。
「悪いけど、譲くんの事は何にも聞いて無い。ただ、なんとなく様子がおかしいのは知ってる」
「知ってる?なんで?」
「昨日うちに来たんだよ。ナツと一緒に帰って来て、Wiiやってたよ。最近あればっかりやって俺が怒るもんだから、譲くんを隠れ蓑にしたらしい。まったく、悪知恵ばっかり働くんだから」
 そう愚痴ってみても、圭の顔はどこか笑っている。一方、穏やかで無いのは東城だ。
 昨日、ここに寄ったことも知らなかったし、昨日見ただけで譲の様子がおかしい事に気づいた圭にも暗い嫉妬心が湧き上がる。
「様子がおかしいって・・・なんか聞いたんか?」
「いや。というか、それは俺の役目か?」
 お前はそれでいいのか?
 圭の瞳はまっすぐに東城にそう問いかけた。
 圭もわかってる。自分にはナツが1番で、2番も3番も、ナツなのだ。その自分が、譲に聞くのは筋が違うし、返って譲を傷つける事を知っている。
 それでももし、東城がいなければ圭は手を差し伸べただろうけれど、でもそれでは譲の心が芯から救われない。
「いや――――俺の役目だ。手、出すなよ」
「出されたくなかったら、もたもたするな」
 尤もな指摘は人を時々酷く腹立たせる。
 東城も、頭にカチンと来て強く圭を睨みつけてから、荒々しい足取りで部屋を出て行った。
 圭がわざと炊きつけてきた事は理性ではわかっていても、己の甘さが腹立たしくて悔しくて、東城は理性的な態度でも冷静な気持ちでもいられなかった。

 ―――――くそっ!!!!




・・・・・




「ただいまぁ〜」
 いつもより30分は早く帰って来た東城に譲は少し驚いた顔を見せた。不意打ちは、功をそうしたのか部屋のテレビはついていなくて、譲が取り繕う前だった事が知れた。
「あっ、お帰り。今日、はちょっと早い?」
「まだ新学期頃だしな、残業も無いしでさっさと帰ってきたわ」
「そう」
 譲が慌てたようにテレビをつけて、たち上がった。
「お茶、飲む?」
「おう、さんきゅ」
 東城は何も気づいて無い顔で、いつも通りあがりこんで、炬燵が取り外されたちゃぶ台の前に腰を下ろす。
 お茶はまだ熱いもの。
「宿題済んだんか?」
「うん、もう終わった」
「学校、順調か?」
「うん。なんで?」
 心底驚いた顔をされて、学校絡みじゃない事が知れた。
「別に。うちの生徒とかでも新学期入って、友達作りに乗り遅れたり、クラスに違和感を感じ出す子が出る頃だからさ。大丈夫かと思って。まぁ、佐々木が一緒だしな」
「うるさいけどね」
 譲はそういいながらも、まんざらじゃなさそうに笑みを浮かべた。どうやらうまくやれているらしい。
 ―――――んん〜ってことは、なんなんやろなぁ・・・
 東城は熱いお茶をズズっとすすりながら横目で譲の顔を盗み見た。が、その顔からはその心の中まで読み取る事は出来ない。
 困った。そう思いながら、何気なく東城は口を開いた。
「なぁ、GW―――」
「え!?」
 ――――え!?
 ビクンっと跳ねた譲の身体に東城が驚いてしまった。
「あ、なに?」
 譲の顔が明らかに引き攣っていたが、それを悟られまいと必死で押さえているのが東城にも分かった。
 キーワードはGW。
 ―――――そこに何がある?
「いや、せっかく休みなんやし車でも借りてドライブでも行かへんかなぁって思って」
「ドライブ?」
「そ。四国とか、淡路とか遠出してもええで」
「そ、うだね」
 乗り気じゃないわけじゃない。けれど、心の中に何かある?
「あんま日も無いしな、考えといて。譲の予定とかもあるやろうし・・・」
「無いよ!」
 返事が、あまりに早かった。
 それがおかしい。
 それに、譲はもっと上手に隠し事をすると東城は思っていた。だからこれはきっと、心の中で押し隠せないほどの事なのだろう、譲にとって。
 いや、それとも俺だからだろうか?
 出来ればそう思いたいけれど。
「どうしてん?」
「何が?」
「なんか、変やで」
 ―――――言うてしまえ。
「変じゃないよ」
 吐き出してしまえ。全部俺が、受け止めてやるから。
「譲」
「お、お風呂!お風呂入ってくる」
 譲は東城の言葉を遮って言うと、勢いよく立ちあがった。
 慌てて去っていく後ろ姿。
 捕まえようか?一瞬そう思案している隙に、譲は東城のほうを見る事も無く言葉を待つことも無く行ってしまった。
 浴室はすぐそこ。
 扉を開ける事はたやすかったけれど、それで譲の心の扉が開かれるとは思えなくて、東城は動かなかった。
 ―――――GW。
 それに、何の意味がある?
 東城は湯飲みを見つめてじっと考えていた。











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