yoinimakasete 3


 ――――昨日の夜はやばかった。
 譲はGWまで後2日となった日の3限目。国語の時間、先生の教科書を読む声を右から左に聞き流していた。
 だって、GW前で勉強になんて身が入らない。
 それに、気になるのは昨夜の事。東城の事、GWの事。
 ――――なんで、何も言わなかったんだろう。
 絶対変だって思ったはずなのに、東城は何も言わないで、風邪ひくなよって言ってバスタオルで髪をゴシゴシしてくれて。
 いつも通り布団を敷いて寝ると、東城はキッチンの横のテーブルでパソコンしていた。カチャカチャ言う音が聞こえなかったから、仕事じゃなくてネットでもしてたのかDVDでも見てたのか、何をしてたか知らない。
 いつの間にか寝てたから。
 そしていつも通り朝起きたら隣で寝てて。
 僕は静かに出かけてきた。
 動き出す時間が合わないから自分の部屋で寝たら?って言った事があったけど、東城は残業しなきゃいけないときとか大喧嘩した時くらいしかそうしない。
 "一緒にいるって、それだけで大事な事だろ?"
 そう言って笑った。
 でも。
 じゃあ、一緒にいない僕と父はもうダメなのだろうか?
 だから、父と母はダメになったのだろうか?
 でも、ずーっと一緒にいたのに。
「――――」
 父は、ずっとあの人と一緒にいるんだろうか?
 一緒に生きていくんだろうか?
 家族じゃない。
 僕の母でもないあの人と。そして母は、別のところで誰かの母になるんだろうか?
 もう僕は、母の息子じゃないのだろうか?
 ―――― 一緒にいるってなんなんだろう。
 なんか、最近、父さんも母さんも凄く遠く感じるのは一緒にいないからだろうか?それとももう、僕にとって関係無い人になってしまったからだろうか?
 もう、僕の道に交差しない人?
「佐々木!!」
 ――――!!!・・・びっくりしたぁ・・・
 吉岡のでっかい声に、譲はビクっと肩を揺らしてハっとした。そうだった、今は国語の授業中。眠気を誘うだけの様にしか聞こえない吉岡の念仏しゃべりも、別に眠りへといざなっているわけでは無い。
 が。
「居眠りしてられるほど、いい成績だったか?」 
 バシっと丸めた教科書で佐々木が頭をはたかれている。どうやら向こうは寝ていたらしい。
「すいませんっ」
 潔くそう言うナツが譲には少しばかり羨ましく思えた。言い訳はしない。開き直ってるって言えばそうかもしれないけれど。
 ――――佐々木の場合それともちょっと違うんだよなぁ。
 悪びれてないとかでもなくって。
 うん、真っ直ぐなんだよなぁ。
 だからきっと先生も、苦笑するしかないんだろうな。
「ったく。じゃあ寝ないように続きを読め」
「どこからですか?」
「お前な・・・、26ページ、5行目からだ!」
 教科書さえまともに開いてなかったナツに、呆れた先生の声が落ちる。
「5行目、はい!」
 そんな先生を逆に励ますようにナツの大きな返事が返って来て、朗読が始まった。その声を譲は、吉岡の声よりは眠気をそそらないな、なんて思いながら聞いた。
 自分にも、佐々木の様な潔さがあったらこんな事で悩まないでいられたのだろうか、と思いながら。

 でも、性格はそう簡単には変わったりはしないもので。

 譲は放課後になっても悩んでいた。
 いや、悩んでいたというのは少し違うかもしれない。煮えきれない自分にどうして良いのかわからなかったのだ。
 帰らないと言った自分。
 それはそれで後悔はしてない。だって、帰るつもりなんて全然無かったし、正直やっぱり――――東城といたかったし。
 でも、いつか帰らなきゃいけないだろうし、いつか正面向かい合って会わなきゃいけなくなる時が来る。それは、わかっていた。
 けれど、それはいつ?
 いつになったら気持ちの整理がつくんだろう。
 それが自分でわからないんだ。

 はい、ここから、って誰かが線を引いてくれたらいいのに。
 そしたらきっともっと上手に、気持ちを切り替えられるに違いない。





・・・・・





「え・・・、これ・・・何?」
 ガコンという音とともに目の前に置かれたビニール袋を見た瞬間、譲はそう言わずにはいられなかった。
「何って、酒」
「酒って・・・」
 それを高校生の目の前に置くか、普通!!
 しかも、ビールやチューハイ、梅酒にカクテルまである。
「なぁ〜んかなぁ、飲みたい気分だったんだよ」
「・・・仕事でなんかあった?」
 ――――東城でもそういう事あるんだろうか。
「ん〜、ほらなんつうの、誰もが望んだ学校に進めるわけじゃないしな」
 薄い上着を脱いで、東城は薄い笑みを浮かべて譲の横に座った。手にはグラス二つ。
「おい」
「付き合えよ」
「未成年なんだけど」
「もしかしてそれ、守ってんのか?」
 その、ちょっとバカにした様な笑いにカチンときた。
「別に、お酒くらい飲んだことあるよ」
 実際は、正月のおとそを一舐めくらいだったけど、男たるもの見栄ってのがある。
「頼もしいなぁ」
 それが痛い目を見ることになるなんて事は、譲にはまだ未学習だった。
「ふん」
 東城はにやにや笑って、袋の中からツマミに買ってきたのだろう乾きものやサラミ、ミックスナッツなどを出してきてちゃぶ台の上に並べた。
 その上、譲が夕飯にと用意してあった冷奴や枝豆に焼きソバが並べば立派な居酒屋の出来上がりだ。
「じゃあ、まずは乾杯」
 飴色の液体の注がれたグラスをカチンと鳴らしあう。その液体は東城の飲みっぷりに対抗するように譲も喉に流しこんだ。
「ゲホッゲホッ――――・・・マズっ」
「はは、譲はまだまだ子供やなぁ。ビールの苦味はわからんか」
 カチンっと来た。今日2度目。
 それが図星だからだなんて、認められない。
 譲は意地になってグラスに残っていたビールを一気に煽った。
 らしくない。
 そんな態度ももしかしたら譲の一面なのかもしれないし、今がそういう気分なのかもしれない。冷静になれない、そんな状況。
 東城は譲のグラスに今度は梅酒を注いだ。梅酒の方がだいぶ甘くて飲みやすい。
 譲が酔っ払うのに、そう時間はかからなかった。
「んん〜〜」
 ちゃぶ台に頬をペタっと張り付かせる格好で、譲はシラっとした顔をしたままの東城を見上げていた。
「大丈夫か?」
「ら〜いじょうぶだよっ」
 そういう瞳はとろんとしていた。
「そうかぁ?譲はどうやら酒は弱そうやな」
「んなこと無―い!」
 普段あんまり見れない譲の姿に東城は、かわいいものを見るように優しい瞳で見つめていた。額にかかる譲の髪を上にかき上げてやる。
「さきいか、食う?」
 1本取り上げたさきいかを譲の口に持っていくと、譲が素直に口を開けた。
 濡れた唇にはむはむと消えていくさきいか。
 色っぽくて、―――――――キスしたい。
 そう思ったけれど、それをする前にしなければ行けない事がある。
「ところで、GWどこ行くか決めといたか?」
「ごーるでんうぃーく・・・」
 東城がチラっと譲の顔を見た。
「ああ、GW」
 ―――――ごーるでんうぃーく・・・
 パチンと、記憶が浮かび上がった、声。
 "帰ってこないか?"
「やだ」
「ん?」
 帰らない。
「かえんないよ」
 泣くつもりなんか、無かった。
 でも頭がボーっとして身体がふわふわして、なんだかよくわからないままに譲の瞳から涙が零れ落ちた。
 ちゃぶ台が濡れていく。
 お酒の所為だ。
「どうしたん、譲」
 東城は少し慌てた声で、グラスを置いて譲の頬に手をやった。濡れた頬をぬぐってやる。
「かえりたくない」
「帰るって、どこに?」
「会いたくない。まだ、―――――会えない・・・っ」
 ――――会いたくて、会えない人?・・・帰って――――・・・・・・・・・
「―――もしかして、お父さんから電話あったんか?」
 コクンっと譲の頭が動いた。
 動いた拍子になんだか脳まで揺れた気がした。
「あつい」
 熱くて、なんか全部が遠い。
 ぼーっとしてて、考えがうまくまとめられない。
 僕は、何を口走ってるんだろう。
 でも、歯止めがきかなくなってる。
「帰ってこないかって」
「いつ?」
「こないだの、にちよー。東城が、いない日」
「ああ」
 いない日。
 一人の日。
 電話になんて出なきゃ良かった。
 無視したらよかった。
 家に、いなきゃよかった。
「東城、こっち、寄らないから」
 言いたかったのに、言えなかった。
 










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