VALENTINE









好き嫌いせずに食べよう!



 私立アレフガルド学園には立派な中庭がある。ガラス張りの天井を通して日光が降り注ぐため、天気が良ければ二月でもぽかぽかと暖かい。まるで春の日のように、心地よい陽気と可憐な草花を楽しむことが出来るのだ。
 隅っこにあるベンチに座って、グレンとローラが仲良く弁当を食べている。本人達はさりげないつもりらしいが、桃色のオーラを放ちまくっているので目立つことこの上ない。
「グレンにバレンタインのチョコを渡したかったの」
 弁当を全て食べ終えると、ローラはいそいそと包みを取り出した。
「開けてみて?」
「はい」
 かわいらしい包装を解くと真っ赤な箱が現れた。四つに仕切られた箱の中には、一口大のトリュフが行儀良く並んでいる。
「わあ、美味しそうですね」
「良かった。食べてくれる?」
「いただきます」
 ほんのりピンク色のそれを一つ摘み、口に放り込もうとしたその時だ。
 二人の前に黒い影が立ちはだかる。何処かしら昭和の香りを漂わせる黒尽くめの男は、アレフガルド学園の番長竜王(初代)である。もももコーポレーションの御曹司で、この学園にもかなりの寄付を寄せているらしい。ちなみに竜王(次代)とは兄弟の関係にある。
「姫よ、貧民にチョコを与える必要などない。姫が真実チョコを渡すのに相応しい相手は、この私であるはずだ」
 愛する彼女を付け狙う竜王(初代)を睨みつけ、グレンはローラを庇うように立ち上がる。竜王(初代)は蔑みの視線でグレンを眺めた。
「チョコを渡してもらおう。それはお前には過ぎた品物だ」
「これは姫が僕のために作ってくれたチョコだ。お前には渡せない」
「……ならば力尽くで」
 竜王(初代)がマントをはためかせたのと、空から黒い塊が降ってきたのはほぼ同時だった。
 それは思い切り竜王(初代)を踏みつけつつ着地する。空から降って現れた少年に、グレンとローラは目をぱちくりさせるばかりだ。
「ア、アレン……」
「あ、悪ぃ、竜王(初代)、んなとこいると思わなかった」
 頭を掻きつつ、アレンは竜王から足を退ける。竜王(初代)が起き上がろうともがき始めた時、再び新たな影がその上に下りてきた。
「逃げんなアレン!」
「しつけぇな! 樹の上まで追いかけてくんなよ、俺は今日お前に構ってられねーんだよ!」
 ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てながら、アレンとアトラスが怒涛の勢いで走り去っていく。後には呆然と立ち尽くすグレンとローラ、そして大地に長々と伸びた竜王(初代)が残された。


 ナナは何時も教室で弁当を食べる。
 教室のそこここに、机をくっつけた小さな島が出来ている。ナナはアンナとカタリーナと共に窓際の席で食事兼おしゃべりに興じていた。
「……泣いてた? ベリアルが? うっそでしょ?」
「さっき廊下でベリアルにぶつかったのに、彼女ったら謝りもしないのよ。睨みつけてやったら、逃げるみたいに走っていったんだけど、様子がおかしかったのよね」
 オレンジジュースのパックを片手に、そう語るのはクラスメイトのカタリーナだ。
「今日はバレンタインでしょう? もしかしたら振られたのかしら」
「まあ、かわいそう。チョコを渡す時って、不安なことをたくさん考えてしまってとても緊張するのに……私も心臓が破けるかと思った」
「アンナはもうチョコを上げたの?」
「うん、さっき。喜んでもらえてよかった」
 アンナは頬を染めて頷き、穏やかな視線をカタリーナに向けた。
「カタリーナは? コナンにチョコを上げないの?」
「ど、どうしてわたしがあんな奴に!」
 カタリーナとアンナは共にコナンに恋をしている。素直に気持ちを表現するアンナとツンデレの見本品のようなカタリーナは、互いにそれを踏まえた上での良い友人だ。コナンがどちらかを選択すれば状況も変るだろうが、今のところその気配はない。
「ご機嫌よう、レディ達」
 ふらりと噂の人物が現れた。ぐるりと少女達の面を見回し、乙女心を擽る甘い微笑みを浮かべてみせる。
「アンナ、先程はかわいらしいチョコレートをありがとう」
「あ、そうだ。あたしもコナンにチョコあるのよ」
 ナナは友チョコを一つ、無造作にコナンに放った。数多のチョコを受け取るコナンには無用とも思うが、習慣づいた行動を今更止める理由もない。
「ありがとう、ナナ」
「うん、アレンは? さっきから探してるんだけど、休み時間になるとどっか行っちゃって……」
「さあ?」
「あ、あああああ、思い出したわ!」
 俄かにカタリーナがすっとんきょうな声を上げた。がさがさと机を探り、やたらと凝ったラッピングの箱を取り出す。
「これ、お祖父様の会社の新商品なの。宣伝のために学校に持ってきたんだけど、その、ええと、あなたにあげてもいいわ。ぎ、義理にもならないチョコだけどね!」
「君からも貰えるとは思っていなかった。ありがとう、カタリーナ」
 ふいと横を向いたカタリーナの耳は真っ赤だ。ツンデレな人生もなかなか大変そうだと、サンドイッチを頬張りながらナナは思った。


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