声<1>


 枯れ木のようにみすぼらしい腕が、私に葡萄酒色の包みを差し出した。
 私は王座に腰かけたまま、恭しく奉げられたそれに無造作に手を伸ばす。すると指先が触れた瞬間小さな稲妻が弾け、その衝撃に私は反射的に手を引いていた。
「デスピサロ様。こちらが黄金の腕輪にございます」
 そんな私を上目遣いに伺いながらエビルプリーストは丁寧に包みを解いた。
 光が黄金の滝の如く大理石の床に流れる。その華々しくも毒々しい輝きに、私は思わず眼前に手を翳した。
 蝋燭に照らされただけでここまでの輝きは放てまい。黄金の腕輪はまるで太陽のように自ら光を発しているのだ。
 太陽は嫌いだ。太陽が育んだ思い出は私に苦痛を与える。取り戻すことの叶わぬ日々は金色の陽光に煌きながら、こうしている間にも鋭い痛みを伴って私の心をえぐり続けている。
「黄金の腕輪あって進化の秘宝は完成します。あなた様は魔族の王から地獄の帝王になられるのです」
 犬のように忠実なエビルプリーストの顔に私はじっと目を凝らす。土気色の顔の中、爛々と輝く双眸を覗き込めば、その者が何を考えているかくらいは分かるのだ。
「地獄の帝王か……天空の竜神さえも敵わぬ力を持つというのは本当なのだろうな」
「その昔不完全な進化の秘法で誕生したエスタークさえ、天空の竜神は倒すこと叶わず封印するに止まりました。完全な進化の秘法で生まれ変われるあなた様にとって、天空の竜神が如何ほどの脅威になりましょう。竜神に代わって神となられるピサロ様のご加護の下、我々魔族は新しい世界を作り出すのです」
 平伏するエビルプリーストに、私は小さく唇を歪めて笑った。
 馬鹿め。
 私が何も知らないとでも思っているのか。
 地獄の帝王などと言えば聞こえはいいが、その実態はただの化け物だ。理性も知性も目的もなく、巨大な力を闇雲に振り回して破壊を繰り返す存在。そんなものは神でも何でもない、ただの殺戮兵器に過ぎぬ。
 お前は私を化け物に作り変えて、自ら魔族の王に取って代わろうというのだろう?
 いいだろう。くれてやる。こんな地位。こんな世界。私には何の未練もない。私の目的はただ一つ、人間供を根絶やしにすること。その後世界が誰の統治下にどう変わろうと、私の知ったことではないのだ。
 黄金の腕輪は私の願いを叶える力を秘めている。そう思えば網膜を裂く冷たい輝きが、暖炉の炎のように温もりを帯びて見えるのだから不思議なものだ。
(ピサロ様)
 黄金の腕輪を手に取り、ためつ眇めつしていた私を呼ぶ声がした。
(ピサロ様)
ああ、ロザリー。
(ピサロ様、お止めください)
 耳を塞いでも声は止まない。何故ならそれは鼓膜を通してでなく、私の心に直接響くのだ。
(恐ろしいことはお止め下さい。人間を滅ぼそうなどとお考えにならないで……)
 お前は死して尚、そうして私を引き止めようとする。お前を傷つけ死に追いやった人間を殲滅させようというのに、何故お前は私の邪魔をするのだ。